――願い事をなんでも1つ聞く。

 すっかり忘れていたけれど、それは彼を助命する上で交わした約束だった。
 私には、願い事をする権利がある。

「さぁさぁ。嫌いな人間の1人や2人いるだろう? 言ってみ?」
「なんで嫌いな人を殺してもらうのが前提なんですか……」

 混乱を極める現代社会に生きる者として、もちろん気の合わない人だっている。

「けれど世の中って結局はバランスだと思うんですよね。自分にとって都合の良い展開だけが続くなんてことはない。そもそも好きと嫌いは裏返しで、どちらか一辺倒にするのなんて無理な話ですし」
「つまり……どういうことだ?」
「要するに、例えドクロさんに私の気に入らない人を()ってもらったところで、私の生活は何も変わらないってことです」

 ドクロさんは腕を組んで頭をひねっていた。
 もう少し話を深掘りしても良いかと考えたが、補足し出すと歯止めが利かなくなりそうと思い踏みとどまる。
 今肝要なのは『願い事』をどうするかの一点である。

「話を聞いてるとやっぱ変なやつだよなお前。皆から変わり者って言われないか? イジメとか受けてない? 学校生活は大丈夫か?」
「失礼な。あやかしに心配されるような境遇じゃないですよ。順風満帆です」
「あ、そう。でも友達少ないだろ?」
「私は少数精鋭を好むんですよ」
「……やっぱ少ないんだな」

 数が全てじゃないさと優しく肩を叩かれる。
 ……なぜわたしはあやかしに同情されているのだろうか。

「――結局どうする? 願い事はあるのかよ?」

 もうなんでもいいやという風で彼は話を戻す。
 最初どくろさんの殺す云々で脱線したが、私は既に願い事を決めていたのだ。
 
「願い事……というほど仰々しいものじゃないですが、私の取材に協力をして欲しいんです」
「取材?」
「はい。私は今日ひとりぼっちで肝試しに来たわけじゃないです」
「まぁ金属バッド持って肝試しはしないわな。それどころか出会ったばかりのあやかしを物理破壊したりしないわな」
「殴ったことを根に持たれているような気がしますが……とにかく、私の今夜の行動にはちょっとした経緯があってですね」

 それは今より数時間前。
 まだ校内にも活気があった放課後にまで遡る――

     ※

「――学校新聞に載せるためのスクープを取ってこい、ですか?」
 
 年に数回来るかどうかのオカルト研究部の部室。
 部長になぜか呼び出された私は突然命令を受ける。

「そ。来月号のね」
「なんで私が……」

 正確には「なんで幽霊部員の私がそんなことを……」である。
 
「ワタシらの高校はめんどくさいことに、生徒全員がなんらかの部活に所属しなくちゃいけないってルールがある。霊ヶ峰さんが楽だからっていう理由で、学校から腫れ物扱いのオカ研に所属してるってのは理解しているさ」

 腫れ物扱いというか……この部が不思議集団と周囲から目されているのはまぁ事実だ。なにせ所属しているメンバーが数人ながらも私以外ガチなのだから(本当に儀式をやったり、変な格好をしている人がいる)。
 普通――と呼ばれる生徒が入部することはまずない。
 そういった理由から、ルールに対する最高のカモフラージュとして機能すると見込み、迷うことなく入部をした経緯が自分にはある。

「ワタシもこういう変な伝統ルール嫌いだし、幽霊部員のことはこれまでは黙認していたんだけどさ。でもちょっと前に来年度の部活予算配分についての会議があってさ」
「予算についての会議、ですか」
「うん。それでオカ研って変人集団と勘違いされやすいじゃない?」
「されやすいというより事実だと思いますけど……」

 逆に健全な文化部だと思っているのだろうか?

「それで周りがうるさいわけよ。文化部として具体的な実績を見せろって」
「実績……」
「ようは予算の出し渋り。変な部活にはお金回したくないのよ」
「大変ですね……」
「他人事じゃないよー。今少ない部員たちはそれぞれ文化に貢献できることをしようと躍起になってるんだから」

 今度の会議で各部員がこれこれこんなことを真剣に研究・調査をしていると提言したらしい。
 
「だから今回だけ、今回だけでいいからさ。霊ヶ峰さんにもなにかしら活動をして欲しいってわけ」
「まぁ……普段隠れ蓑にさせてもらっているわけですし構いませんけど」

 事情は分かった。
 多少なりとも部に恩義があるわけで、この要請を断るほど私は冷たくない。

「ただ急に興味ないオカルトを研究しろとか言っても難しいだろうし」
「こんな私でも取り組みやすいのが、スクープってことですね」
「そそ。まだ学校新聞のオカ研枠が埋まってなかったし、実績作りには丁度いいかなって」

 写真や映像で収めればそれで完了する仕事。
 本物のオカルト現象に遭遇できなくとも、最悪それっぽいものを撮れれば済む話である。

「部長、色々配慮してくれたんですね……」

 彼女の優しさにひしがれる。涙が出てきそうだ。
 いつも言動がはちゃめちゃだから誤解していたが、こんなにも人のことを想いやれる人だったんだと理解させられる。

「私、もう少し真剣にこの部のこと――」

 年に数回しか来なかったけれど、オカルトに対する興味なんてミジンコサイズ以下で微塵もないのわけだけれど。
 ちょっとだけ真剣で向き合ってもいいかもしれないと考えていた――が、

「まぁぁぁなにせ部費が賭かってるから! 霊ヶ峰さんは幽霊部員だから、 きみが使わない分のマネーが浮く! つまりフリーダムにワタシが使えるわけで!」

 ここに来て本音ダダ漏れである。

「世は苛烈なる資本主義。弱き者から死んでいく。いやぁ世辞辛いねぇ」
「…………」
「あれ、どうしたの無言になって? お腹でも痛い?」
「いえ、さっさとスクープ取って仕事終わらせようかと」
「仕事熱心なのはいいことだね! もしかして遂にオカルトに興味を――」
「まったくないです」
「でも米粒ぐらいには――」
「米粒どころか分子レベルでありません」
「ありゃー、マイクロサイズでないわけか」
「もっとです。ナノサイズですよ」

 私はその後もよくわからない掛け合いをした末に帰宅。
 厄介な仕事は早急に片付けるべきとして、早速夜に学校へ行くことを決断した。
 求めるはただひとつ――記事になるようなオカルト現象のスクープである。

     ※

「――という事情があったわけです」

 どくろさんに簡単に回想を語った。

「ようはお前が今後もサボり続けたいがために、ひいては幽霊部員としての立場を保持し続けたいがために、スマホ片手に学校を歩き回っていたってことだな」
「根本的に悪いのは旧時代に囚われ続ける学校の規則であり、私のこのサボりたいと揶揄されてしまった感情は、自分の時間が欲しいというもっと前向きなのものですよ」
「また無駄に弁が立つのな……」
「褒め言葉として受け取っておきますね。余談ですけどどくろさんのような存在でもスマホを知っているんですね」
「そりゃずっと学校にいるからな。長く見てりゃ自然と理解しちまう。スマホってのは確かスーパーマーボホーラーから来る略称だよな?
「全然知らないんじゃなですか……」

 スーパーマーボホラー。直訳するとすっごい不思議で怖い……だろうか? 
 意味不明である。
 詳しく訊いたらまた長そうだし黙っておこう。
 
「そういうことで協力して欲しいというのが私のお願い事です。ではさっそくですけど適当にポーズ取ってもらっていいですか?」
「ポーズ? またどうして?」
「だって探さなくたって目の前にオカルト現象――もといあやかし『がしゃどくろ』がいるんですから。これを写真なり動画に収めれば仕事は完了です」

 つまり私は、この時点でもう事は片付いたと勝手に考えていたのだ。
 しかしさっき自分が言った言葉を思い出すべきだった。自らを戒めるべきだった――都合の良いことばかり起こるはずがない、と。
 どくろさんはガシャガシャと不気味な音を立てて笑い出す。
 それはもう面白おかしそうに、笑う。
 
「勘違いしてるぜ、怜」
「勘違い……?」
「おう。俺たちあやかしやそれに類似する存在ってのは、普通の人間は見ることができない。霊感があるやつだけが視認することができる」
「……まぁそうですよね。信じたくないですけど私にも一応霊感があるんでしょう」

 どくろさんは一体どこに勘違いがあるというのだろう?

「実はな、それは道具に対しても同じことが言える。俺たちは普通の道具(、、、、、)では映すこと(、、、、、、)ができない(、、、、、)
 
 つまり――

「お前達が持ってるカメラとかスマホじゃ、そもそもあやかしは撮影できないってことさ」