さぁ、いよいよ夏の選手権大会地方予選の開幕!
 とその前に……。
 期末テストでございます。
 ペコリ。

「だ~、ちくしょ~。愛莉ヘルプ!」
 大智は机にだらんと体を伏せるようにして愛莉を呼んだ。
「また?」
 大智に呼ばれた愛莉が眉をひそめて大智を見る。
「さっぱりわかんね~」
 大智は涙ながらに愛莉に助けを求めた。
「もうっ。普段、野球のことしか考えてないから、いつもテスト前に慌てるんでしょ? いい加減学習しなよ」
 愛莉は叱るように大智に言った。
「すみません……」
 大智は体を机に伏せたまま、首だけを動かして愛莉に謝罪を述べた。
「中間テストの時も同じようなやり取りを見たな」
 側で一人黙々と勉強に励んでいた大森が二人の様子を見て苦笑を浮かべながら言った。
「中学の時からよ」
 愛莉がムッとしながら言う。
 大森が大智と愛莉と一緒に勉強するようになったのは高校に入ってからのことで、これが二回目である。中学の時はここに剣都と紅寧がいた。
「毎回の恒例行事みたいなもんだよな」
 大智がニッコリと笑いながら言う。
「わかってるならちゃんとやって!」
 愛莉は語気を強めて言った。
「すみません……」
 愛莉に怒られた大智はしょんぼりしながら謝った。
「いつもはでかく見える大智もテストの時だけは小っちゃく見えるな」
 大森はそう言うと一人、ケラケラと笑っていた。
「やかましい」
 大智は吐き捨てるように言った。
「で、今度はどこがわからないの?」
 愛莉が大智の側に来て訊いた。
「全部。もうどこがわからんとかじゃなくて、どこもわからん」
 大智は一応申し訳なさそうに言った。
「もう~」
 愛莉は呆れたようにため息を吐くと大智の前に手を差し出した。
「参考書貸して」
「はい」
 大智が愛莉に参考書を渡す。
「じゃあ、一から説明するから。ちゃんと聞いてよ?」
「はい」
「あと、わからないのに見栄を張って空返事しないように」
「はい」
「じゃあ、やるよ」
「お願いします」
 そんな二人の様子を傍から見ていた大森はわははっと笑った。
「まるで先生と生徒だな」
 大森は笑ってしまうのを我慢しながらそう言うと、また、わははっと腹を抱えて大笑いしていた。
「うるさい!」
 大智と愛莉の声が揃う。
「す、すみません」
 二人の勢いに押された大森は笑うのを止めると、体を縮こませていた。

「それにしても、愛莉ちゃんは自分の勉強はいいの?」
 長時間、大智に付きっ切りで勉強を教えていた愛莉に大森が訊いた。
「私なら大丈夫だよ。私は二人みたいに普段から忙しいわけじゃないから勉強する時間もあったし。テスト前にこうなることは予めわかってたことだしね。それに、大智に教えようと思ったら、私もちゃんと内容を理解していないといけないから、私にとってもいい勉強になってるの」
「なるほど。愛莉の頭の良さは俺のおかげでもあるのか」
 愛莉の話を聞いていた大智が嬉しそうな顔をして言う。
「調子に乗るな!」
 すぐさま大森がツッコミを入れる。
「調子に乗らない!」
 大森の声に重なるように愛莉も大智にツッコミを入れていた。
「すみません……」
 また大智がしょんぼりとする。
 だが、大智はすぐに顔を上げて続けた。
「ま、冗談はさておき。無理してまで俺に付き合う必要はねぇからな、愛莉」
 大智がキリッとした目をして言う。
「何言ってんの。今更ほっとけるわけないでしょ?」
 愛莉は顔をしかめながら言った。
「うん」
 大森が愛莉の意見に賛同するように頷く。
「え~、俺、今めっちゃ決まったと思ったのに」
 大智は体を後ろに逸らすようにして残念さを表現していた。
「決まるも何も、成績が絶望過ぎてなぁ?」
 大森が愛莉に同意を求める。
「ねぇ」
 愛莉は大森の顔を見て賛同の意を示した。
「何だよ」
 大智が怪訝そうな目で二人を見つめる。
「説得力がないというか、安心できないというか……。放っておくと逆に心配でこっちが集中できなくなる」
 大森が言う。
 愛莉は大森の言葉を聞きながら何度も頷いていた。
「なっ!」
 大智が顔を歪める。
「けっ。見てろよ~」
 大智は吐き捨てるようにそう言うと、解いていた問題集に向き直り、問題を解き始めた。

「どうだった大智?」
 テストの返却が終わり、大智の許に来た愛莉が訊いた。
「ほれ」
 大智は返却されたテストの束を愛莉に渡した。
 テストの結果を見た愛莉は目を見開いて驚いていた。
「凄いじゃない、大智。中学の時も含めて過去最高じゃない?」
 愛莉が驚きと喜びが混じった声で言う。
「はっはっは。見たか。これでもう心配だなんて言わせねぇぞ」
 大智は勝ち誇ったように言った。
「ようやく平均点だけどね」
 あまりにも堂々としている大智の姿を見て、愛莉は苦笑を浮かべていた。
「どれどれ」
 愛莉と一緒に大智の許に来ていた大森が愛莉から大智のテストを受け取る。
 大森は余裕の表情を浮かべながら大智のテストに目を通した。
 しかし、途中から大森の顔が徐々に真顔に変わっていく。
 大智のテストを全部見終えた大森は、机の上で束を整えると無言で愛莉に渡した。
「どうしたの?」
 大森の様子の変化に気が付いた愛莉が声をかける。
「ささっ。練習に行きましょ、行きましょ」
 大森は二人に背を向けると教室のドアへと向かって行った。
 そんな大森の姿を見ていた大智と愛莉は顔を見合わせて首を傾げていた。