肩肘を張り生きてきた自分。
愛されたくて、ただ愛されたくて人を渡り歩いて。
ずるくなりたくないのにずるく生きなきゃみんな消えていきそうで怖くて。
家族の愛を全身で受け止めたくても父親にでさえ捨てられて
近くにいた母もおまえなど、帰ってくるなと途中で投げ出した。
男友達は口ではうまい台詞並べて、結局はやりたいが為近寄ってくる。
女友達もいざって時は他人の顔して裏切って…
金・金・金・金
どいつもこいつもうるさくて、そんなに欲しけりゃくれてやるって有り金全部入った貯金通帳を相手にぶん投げてやった事もあった。
「金やるから揺るがない本物の愛売ってくんない?」
真顔で口にし、心が助けてと叫んだ。
あたしが発した言葉達は救いを求め、相手の出方を確かめる手段…
“頑張り過ぎんなよ”
もう楽になっていいんだ。
張りつめていたガチガチな緊張の糸は柔らかくほどけ、流したくないのに涙が溢れだす。
全くの他人の前で涙が凄い勢いで目からこぼれた。
「泣きなさい。おもいっきり泣きなさい。泣くのは全然恥ずかしくない」
医者は微笑み、それから黙っていた。
もう頑張らなくていい。
ティッシュを箱ごと差し出す医者に軽くお辞儀し、鼻水か涙かわからない顔を丸めたティッシュで拭いた。
「先生、パニック障害ってよくわからない…初めて聞いたから…」
「そうだよね。まだ世間にそこまで浸透してない病気だから知らないのが当然。でもこれは誰でもなりうる病気なんだよ。原因がわからず君みたいに悩んでる子がたくさんいるのがこの病気の現状なんだ」
「あの…誰でもなるんですか?どんなに強い人でも?」
「うん。強い人っていうか強く生きようと気を張ってる人でもちょっとした拍子に…なんてザラだよ」
「誰でもなる可能性があるんだ…」
「うん。簡単に説明すると人は皆感情を脳でコントロールする。でも怒りを抑えるには脳から…」
落ち着いたのを見計らったのかそれから医者はパニック障害について深く説明をしてくれる。
“セロトニン”“自律神経”
難しい言葉を並べられ、あたしがいまいちわからず首をかしげていると
「だよね。説明してもわかりずらいと思うんだ。これコピーしてあげるから家でゆっくり読んで。まずは薬を出すんで一緒に治しましょう」
医者は看護師にコピーを頼み、印刷された紙をすぐ手渡してくれた。
薬を飲まなきゃいけないレベルまで病んでいた小さな自分。
ショックを隠しきれず、肩を落とし、うなだれたが、医者とのやり取りが始まった時点で、もう治療は始まりだしたんだ。
止まったら
逃げたら
人間崩壊してしまう。
正直こんな現実を受け入れられず、呆然としてしまったが、言葉を発さず椅子から立ち上がり、医者に一礼をして待合室へとあたしは戻った。
待合室で待つ悠希の姿が目に飛び込み、フラッとよろけ、転び掛けてしまいそうだったが、近くにある手摺りに助けられ掴まって体を支える。
「おい、大丈夫か!?」
あたしに気付いた悠希は走って迎えに来てくれ、あたしの二の腕を掴み、待合室の椅子へ誘導してくれた。
悠希に病気だった事やどんな病気か内容を説明したいが、まだ病気だった自分を受け入れきれず、うまく言葉が発せない。
どう伝えていいのかもわからずにいたが、手にした医者に貰った紙を思い出し、悠希に無言で手渡してみる。
察した悠希は紙を受け取り、両手で包み込んで、紙面に連なった文字を目で追いかけている。
「パニック障害か…。おまえ、すげぇ頑張り屋だもんな…」
「頑張ってなんかいないよ…」
「いや、見てるこっちがコイツ大丈夫かって思うくらい頑張ってる。でもさ、おまえは人に甘えないって言うか、自分でやろうとして頼らないから疲れるだろうなって思う」
あたしは返す言葉が見つからなくて下を俯き、下唇をギュッとキツく噛んだ。
何か言葉を発したらまた意地を張り、本心を伝えられない気がするから。
思ってもいないのに平気なフリをまたしてしまいそうだから。
膝に乗せている自分の手は小刻みに震え、握った拳の上に涙が落ちてしまった。
「治そうな」
「えっ?」
「一緒、治そう」
そう言うと悠希はあたしの涙を指先で拭い、頭を抱えるように強く抱き締めてきた。
大好きな
大好きな匂いが、いつもあたしを優しく包んでくれる。
「治したいよぉお…」
「大丈夫!必ず治るから!!なっ!俺がいるから」
悠希の腰あたりにある服を掴み、抱きついたままあたしは声を押し殺し泣いた。
堪えれば堪える程息が苦しくて鼻に力が入り、逆にヒクヒク言ってしまう。
「おまえ本当可愛いな」
そんなあたしを見て悠希は笑い、頭を撫でてくれる。
「あの〜〜いいかなぁあ」
二人がやり取りをしてる間にカルテを手にした看護師が近くに寄ってきて、気まずそうに声をかけてきた。
会計後、薬を貰いに行く説明をしてくれ、あたしと悠希は精神科をあとに、会計受付へと向かう廊下を歩いた。
「歩」
「ん、何?」
「愛してる」
「へ!?」
「マジで愛してる」
突然愛を伝えてくる悠希に拍子抜けしてしまったけど、心地良くて、本当に嬉しかった。
悠希があたしの背中を押してくれたから
悠希が黒の世界から引っ張り出そうと動いてくれたから
だからパニック障害と戦っていこうと思える。
「悠希」
「ん?」
「あたしも愛してる」
「知ってるぅう〜〜」
二人で交わす愛してるのやり取りはむず痒くなってしまうけど、嘘なんて何処にもなかった。
「本物」
その言葉が一番適してる気がする。
この日あたしは悠希の存在がいかに自分に必要かを再認識した。
それと共に、やっと答えに辿り着き、自分がパニック障害と言う未知な病気だった事を知った。
これからが本番
これからが戦いなんだ…
医者に病気だと診断されても生活の面は誰にも頼らないし、自分一人で暮らしていかなければならない。
人を信じていないあたしは職場の誰にも病気の件は話さず、薬を服用して以前と変わらず毎日仕事をしていた。
体の不調は続いているけど心に光がさしてる気がしている。
なぜなら悠希という強い味方があたしを守ってくれるのだから…
頑張るのは嫌いだが、もうちょっとだけ頑張ってみる。
頑張ってみたい。
そして悠希とこの部屋にいたい。
自分の部屋は自分だけの部屋じゃない気がして仕方ないんだ。
~二人の部屋~
この部屋を維持する為にあたしの体よもってくれと願う…
だが、薬だけではおさまりきらない原因は心の奥底に根付いていた。
子供の時に背負った心の傷は修復するには不可能で、全身を切り刻んでいたんだ。
あたしはむしばまれていく体に薄々気付きながらも目を伏せ、二人の部屋を守る為に意地でもアパートを借り続けていた。
悠希と付き合い、気付けば約半年の月日を共にしている。
駆け巡った半年は山あり谷ありだったが、彼氏と共に過ごした時間でこんなに充実した時を過ごせたのは悠希しかいない。
「男がなんぼのもんだ」って気持ちを撤回してもいい。
悠希がずっと隣にいてくれるなら…
二人で時を刻み、月日が過ぎる。
それは否応なしに年をとるという事。
あたしは誕生日が近くなっていても体調の優れなさで自分の誕生日をすっかり忘れていたんだ。
「歩、誕生日近いよな」
「誕生日って?」
悠希のその一言でカレンダーに目を向け、自分の誕生日が迫っていたんだと気付いた。
そういえば夏が目前だ。
大嫌いな暑い夏が。
「お前さ~自分の誕生日くらい覚えとけよ~」
「あははっ…忘れてたわい」
「年寄りかっつの」
「年寄りってわけで、歩ちゃんはこれ以上年とりたくないんでお祝いなんかしなぁ~い」
「また意地張りか?誕生日は別なんだろ?クリスマスの時、言ってたじゃん」
サラッと言った程度なのにしっかり覚えている悠希の記憶力。
本当にへたな事は言えない奴だ…
「言ったけど、この間いきなりめっさ高い服買ってくれたじゃん。だからいいや」
「あれはあれ。誕生日は誕生日」
つい最近、二人で買い物に行った時。
悠希は突然服を買ってくれた。
店員まで引っ張りだして、あれ着てこれ着てファッションショーみたいに悠希に服を着せられた。
終いには「似合うからこれ全部ください」なんて言い出し、本当に全部買ってくれて…
そんなのをされたばかりで誕生日をねだるなんて贅沢過ぎる。
それでなくとも悠希から貰うプレゼントは特別な物なのだから。
あたしはタバコの煙を口いっぱいに含み、短くなったタバコを灰皿に押し付け、悠希を見る。
「いや、マジ服が誕生日プレゼントでいいから」
「だ・め!」
「服でじゅ~ぶん!あんな万札はたいたんだよ?」
「だ・め!金の問題じゃない!つうかさ~歩、さりげ前からヴィトンのポーチが載ってる雑誌見てるよな」
悠希も吸っていたタバコを灰皿に押し付け、あたしを見る。
――なんでわかるんだ!?こいつ不思議ちゃん!?
驚きを隠せず、あたしは悠希の目を見たまま何度も瞬きをした。
確かにブランド雑誌は読みあさっていたし、ある物に狙いをつけていた。
でも、一緒に雑誌を眺めたわけでもはないし、独り言を呟いた程度。
どこまでも見抜かれ、やめてくれって勢いで身ぐるみを剥がされた感覚がする。
「いや、見てたっつうかさ~プラダの化粧ポーチ職場に置いてたら化粧ごとパクられたからいいのないかなぁ~なんて思っただけだったり…あ~、んと」
たいして興味のないふりをして、話題をそらそうと言葉を選んで話す。
すると悠希はごまかそうとするあたしを見て
「ふう~ん」
テーブルに頬杖を付き、唇を尖らせ、目を丸める。
「あの、視線が非常に痛いんすけど…」
悠希の瞳は力がありすぎて視界に入ると意識してしまい、どうしても恥ずかしくなる。
あたしは逃げるように視線をずらし、灰皿に目を向け、押し付けたタバコを再び手にとり、無意味に灰を真ん中に集めた。
「クリスマスプレゼント買ってないし、さすがに今回は絶対買うからな!」
「いっ!?」
「いじゃねえよ!俺は何と言われようが買う!」
クリスマスをしなかったのが相当悠希的に心残りになっていたみたいだ。
悠希の怒鳴り口調から意志の強さが感じられ、一瞬たじろいだ。
今回は止められない。
あたしも誕生日は別って言ってるだけに強く言えない。
自分が言った言葉に後悔し、渋々ながら頷くしかなかった。
「う~ん。んじゃ甘える…」
目の前で雑誌なんか見なければこんな流れにはならなかった。
よりによって高いブランド品の雑誌。
客なら良心は痛まないが相手は悠希。
あたしなんかに無駄遣いしないで欲しいのに。
返事してしまったからには後にひけない。
「よし。んじゃ俺の休みに買いに行こう。決定!」
悠希は決まったのが満足なのか、笑顔で両手を天井に向け背伸びをする。
それに反し、どうしても素直に喜べないあたしがそこにはいた。
悠希は家族の為に家を建て直す夢があると語っていた。
貯金もちゃんとしていて、夢を現実にする努力も惜しまない。
そんな悠希だから、あたしは自分の為に無駄なお金を使わせたくない。
それに悠希はいつも言っていた言葉がある。
「家族が大事なんだ。俺が守るんだ」
耳に張り付いて離れないこの言葉。
家族から電話がかかってくると目の前で必ず出る。
父親がわりの悠希は自分なりに責任を感じていたんだと思う。
俺が守らなきゃって。
俺が父親だって。
「母親は1人で俺達を育てあげたんだ。だから少しでも楽させてやりたい。家の力仕事は俺が全部するべきだし…俺は継がないけど家は自営業で店もやってるから店も建て直してやりたいんだ」
家族に対してやきもちが妬けてしまうくらい家族を愛してるのが伝わってくる。
年頃の青年は恥ずかしがらずに背筋を伸ばし、あたしに投げかけていた。
悠希はとても真っ直ぐで、自分とは違う世界にいる清い人で。
だから負担になっちゃいけない。
他の男に同じ事をされたら当たり前と思うのに、悠希は別。
悠希はあたしにとってとても大切な人。
そんな複雑な気持ちを抱えながら結局、約束の日を迎えたんだ。
約束の日曜。
二人でヴィトンの正規店に向かうと店内はたくさんの人で混雑し、商品を見に行ったのか人を見にいったのかわからない状態だった。
高級感のある革で施された椅子や、厳重に隔離された商品。
身なりのきちんとした店員。
数名ガードマンがいて、馬鹿っぽいギャル風な服装をしていたあたしには場違いな場所だ。
立ち往生して目をまわしていると、悠希は忙しそうにしている店員をつかまえた。
「すいません。化粧ポーチありますか?」
「はい、ございます。こちらにお座りください」
二人は誘導され革の茶色いイスに座り、白い手袋をはめた店員が裏から丸みのある物と角張った物を何点か持ってきた。
「これだよな、歩が欲しそうにしてたの」
悠希は雑誌に載っていた物をものの見事に指さし、同意を求める。
それはあたしが欲しかったその物。
生唾が出るほど、欲しかった物だ。
「これだけど…」
ここまできてポーチを買わせていいのかやっぱり迷ってしまい、下を向くと
「んじゃ、これください」
迷いを打ち破り、躊躇なく悠希は店員に買う意志を伝え、カードを財布から取り出した。
「俺、カードで買うから。カタログは自分で買えよ」
「えっ、カタログ?あ~カタログ!」
店にくる前、あたしがカタログを欲しがっていたのを悠希は覚えていた。
足を振り、子供みたく前後し、こっちを見て微笑む悠希。
悠希のペースに流され過ぎて、あたしは親の後を着いて歩く小鳥みたいだ。
「申し訳ありません。こちらの紙に記入お願いします」
悠希が店員に紙を手渡され、書類に記載してる間に目当ての商品は頑丈に包装されていく…
あたしは店員の姿に見入りつつも、なぜ悠希は安いカタログをセットで買ってくれないのか考えていた。
――なんで安いのに一緒に買わないんだろ。金ないわけじゃないし、ケチな奴じゃないもんな…ゲーム買うだの買い物行ってもいっつも自分から出したがるのに…もしかして、あたしが迷ってるのわかって少しでも気つかわせないように自分で買えよって…
悠希は知ってたんだ。
あたしが変に気を使う子だって。
だから悠希は空気を察し、そうやって気持ちに負担をかけないようにさりげなく買わせたんだろう。