あやかしカフェはいつもにぎやか 旦那様救出作戦

翌日、言われた時間に橋へと向かうと、そこにはきれいな女のあやかしが一人立っていた。
いや、一見すれば人間とどこも変わらなく見えるその女はを惟子はジッと見つめた。

(この人が使い?)

そうは思うも、なにせ詳しいことは全く聞けずにいた惟子としては、簡単に声を掛けることはできなかった。

「あなたがお絹ですか?」

静かにきれいな声音で聞こえたその声に、惟子は頷くの忘れてそのあやかしをみつめていたことに気づいた。

怪しく、妖艶、そんな言葉がぴったりのそのあやかしは、自分のうなじに手を当てると小さくため息を付いた。

「お絹さん」

少し強く言われ、惟子はハッと意識を戻した。

(嫌だ。何を見とれているのよ私)

「はい」
少し上ずった声で答えると、そのあやかしはなんとも複雑な表情をうかべたような気がした。

翌日、言われた時間に橋へと向かうと、そこにはきれいな女のあやかしが一人立っていた。
いや、一見すれば人間とどこも変わらなく見えるその女はを惟子はジッと見つめた。

(この人が使い?)

そうは思うも、なにせ詳しいことは全く聞けずにいた惟子としては、簡単に声を掛けることはできなかった。

「あなたがお絹ですか?」

静かにきれいな声音で聞こえたその声に、惟子は頷くの忘れてそのあやかしをみつめていたことに気づいた。

怪しく、妖艶、そんな言葉がぴったりのそのあやかしは、自分のうなじに手を当てると小さくため息を付いた。

「お絹さん」

少し強く言われ、惟子はハッと意識を戻した。

(嫌だ。何を見とれているのよ私)

「はい」
少し上ずった声で答えると、そのあやかしはなんとも複雑な表情をうかべたような気がした。
橋の淵にもたれ掛かると、九蘭は微笑を浮かべながら惟子を見据えた。

(どうする? 私。絶対このあやかしは危険)

惟子はごくりと唾を飲み込むと、思案しながら無意識に胸元のサトリからもらった石と、指輪を着物の上から握りしめる。

そうすると今度ははっきりとその場所が温かくなるのを感じた。
自分の力とサトリの力が混ざり合うのを確かに感じた。

「行くわ」

惟子はそう覚悟を決めると、しっかりと九蘭を見据え返した。



惟子が言い終わるタイミングで九蘭はパチリと指を鳴らした。

そうするとしばらくして、激しい風と共に牛車なのだろうか?いや、一般的に惟子が知っているとは違う顔が二つにわかれた牛にひかれた乗り物が現れた。

それはたぶん昔みた飛んでいた乗り物だと思い出すのに、惟子は数秒かかったと思う。
「乗って」
九蘭にそうは言われたものの、これが空を飛ぶことも信じられなかったし、顔が二つに分かれた牛は鼻息荒く惟子を睨みつける。

目の前でみるそれは、迫力があり高所恐怖症の惟子としては恐怖を覚えた。

「これが飛ぶのよね?」

つい零れ落ちた言葉に、九蘭は怪訝な表情を浮かべた。
いまさら何をいっているのだろう?そう言いたげな表情だったが、それは当たり前なのことだ。惟子はそう思うと覚悟を決めて屋根もない、座席に乗り込む。

見かけだけならサンタののるソリと同じような造りだが、引いているものも、本当に飛ぶことも惟子の中ではありえない事だ。

ごくりと唾液を飲みこみ、キュッと目をつむる。
フワリと飛行機のような浮遊感が惟子を包んだと思った瞬間、急激に上昇するが見なくてもわかる。

必須に悲鳴を上げないようにしていると、ぴたりとその感覚はなくなり安定した。

そろりと目を開けると目の前には先ほどのまでの景色はなく、薄赤い空が広がっていた。

「飛んでる……」
「あたりまえでしょ? さあこれで妖都まで一気にいくわよ」
楽し気に隣でキセルをふかしながら、余裕の表情で足を組む九蘭に惟子は小さく息を吐いた。

下を見なければ、車に乗っている様な不思議な感覚で惟子はようやく息をつくことができた。

「ねえ。私はどんなことをするのかしら?」
下を見ないように、惟子は九蘭に問いかけた。

「ああ、あんたは厨房ってきいているわ」
「どこで? 弥勒様のご自宅とかかしら」

「弥勒様……ね」
小首をかしげて聞いた惟子に、九蘭はなにやら含みを持たせたような言い方をした。

「その言い方、何かきになるのだけど。違うの?」

「もっと楽しい所よ。弥勒なんかじゃなくね」
〝弥勒”そう呼び捨てに出来るほどの九蘭は身分なのだ。そう確信し、惟子は九蘭をチラリと盗み見る。

どうしてそんな上級あやかしが、下っ端の下積みのあやかしを迎えにきたのだろう?
もしかして、身分を知られている?
惟子はそんなことも頭を過り、キュッと唇を噛んだ。

改めて妖都に行くということは、敵陣に乗り込む事であり、今まではうまく事が運んでいると思っていたが、自分が行くことは危険なことではないのか?
ここまできて、ようやくそう思うなんて、私はなんておめでたいのだろう。

そうは思っても、もう引き返すことはできない。

惟子は自分自身を奮い立たせると、気合を入れなおした。

どれぐらい移動したのだろう。すごく長く感じたがほんの数十分かもしれない。

目の前に現れたのは、サトリのおさめる西都とは違い、中国を彷彿させるような鮮やかな赤を基調にした建物が並んでいた。
赤い提灯には見慣れない文字が書かれており、それがいくつもぶら下がっている。
真っ赤な門には金色で「妖都中王」と書かれていた。

「ここって妖王様がおさめる王宮じゃないの?」

これまで聞いた話からも、この国の中心であり、王が住む場所ぐらいきらびやかで豪華絢爛なその建物を呆然と惟子は見上げた。


「妖王様がいらっしゃる王宮はもっと大きいわよ。ここは黒蓮様のご自宅よ」
「ご自宅?」
黒蓮という名前に嫌な汗が流れ落ち、小さく返事をした惟子だったが、そんな様子に気づくことなく九蘭は気だるげに頷いた。

「自宅と言っても、黒蓮様はここで仕事もされるているし、たくさんのあやかしがここで働いているわ。あんたはその中でみんなの料理をつくるのよ」

社員食堂のようなものなのだろうか……。
そう思い、惟子は頭を巡らせる。

今まで聞いた話を統合すると、この国は妖王と時期妖王である黒蓮が収める妖都があり、その下に東西南北の都市がある。
その一つの西都を収めるのがサトリであり、その他の場所にも強く上級のあやかしが収めているらしい。


黒蓮は自宅で仕事をし、用事があるときは王宮へ出向くと言うことなのだろう。
そして、てんから聞いた話から、妖王と黒蓮はうまくいっておらず、サトリを時期妖王にと推す声も上がっている。そんな複雑な状況なのかもしれない。

簡単に状況を頭で整理すると、惟子はそのきらびやかな門に足を踏み入れた。

ぽかん”という言葉は今の惟子にあるのかもしれない。

門を潜り広く開けた場所で、惟子は口を開けて目の前に立つ建物や人を見た。
たくさんの露店というのだろうか、衣類や食べ物、小物や雑貨、いろいろなものを売る店が並び、その奥には階段が続き、その上には立派な赤い御殿のような建物が並んでいた。

また、広場からいくつもの階段があり、上、下といろいろな店や、家があるようだった。

「ねえ。ここはご自宅なのよね?」
思わず疑問に思い声を掛けると、九蘭はクスリと笑い声をあげた。

「西都にはこんな場所ないわよね。ご自宅だけど、使用人たちはこの中に住んでいるし、一つの小さな町のようなものかもしれないわね。大体の用事はこの中で済ませられるようになっているの」

これはこの中の地図を覚えるだけでも一苦労かもしれない。
惟子はそう思うと、小さくため息をついた。
サトリの屋敷も広かったが、平屋だったこともあり、大体の場所はすぐに覚えることが出来た。
しかしここは上下と入り組んでいる。

これほど大きな場所であれば、惟子一人雇うぐらい大したことではないのではないのだろう。
そんなことを思いつつ、露店に目を向ければ、狛犬だろうか、犬のあやかしが惟子に赤い果物を渡してくる。

「ほら、うまいよ。食べてみな」
そう言われ、惟子は初めて見るその果物を口に運んだ。

「うーん! おいしい」
酸味と甘みがちょうどよく、イチゴとライチが合わさったとでもいえばいいのだろうか。

初めて食べる味だが、タルトやシロップ漬けにしてパウンドケーキなどに混ぜ込んでも美味しそうな味だった。

「お菓子にあいそうね」
そう言った惟子に、九蘭もパクリと口に入れながら言葉を発する。

「あら、このカボンを菓子にできるの? それは食べてみたいわ」

カボンというのか。
そう思いつつ、惟子の頭はレシピがグルグルと回る。
こんな時でも料理が浮かぶのは、我ながら笑えてきた。

「後で厨房に届けておいて」
九蘭の言葉に、その狛犬は「はいよ」と威勢のいい声を上げた。

「すごく活気があるのね」

黒蓮に良いイメージがなかっただけに、この場所が意外で惟子は周りを見回した。

「そうね」
特に何の感情もないような言い方で、九蘭は答えると惟子をみた。

「今日はあんたの家に案内するわ。仕事はまた明日からね」

「わかったわ」

九蘭の後について惟子は歩きながら、道を覚えようと必死に頭を働かせた。
階段が目の前に現れ、持っていた荷物を肩に担ぐと気合を入れる。

そうして南西の数十段の階段を上に行くと、小さな同じ家が立ち並んでいた。
「ここを右よ」
そう言われ別れ道をさらに右に歩いて、しばらく行くと九蘭がくるりと振り向いた。

「ここよ」

同じ建物で見分けがつくのかしら?
そう思っていると、九蘭は手をドアにかざす。

「あんたの手も」
そう言われ、惟子は言われるがままに赤い扉に手をかざす。

そうすると、ポワっと青白い炎が上がったと思えば、ドアに何やら花のような模様が浮かび上がった。

「この模様が目印よ。よく覚えておいて」

「わかったわ」
惟子はあとでスマホで画像を取っておこうと思いながら、開けられたドアの中へと入った。

見た目よりも、十分な広さのあるその家は、小さめの玄関がありあがると、扉がもう一つあった。
そこをあけると、15畳ほどだろうか、居間とキッチン、2人用のテーブルとイス。
そして窓際にはシングルサイズのベッドと布団の間のような寝る場所があった。

「こんないいお部屋をいいの?」
惟子はもっと質素な部屋を想像しており、九蘭に視線を向けた。

「いいのよ。何かわからないことがあれば、となりに住む風花に聞いて。年のころも同じぐらいだと思うわ。それとこれ」
そう言うと、九蘭は惟子に封筒を渡す。

「とりあえずの前金よ。お給料がでるまではこれで必要な物は買いなさい。後々給料から天引きするから」

確かにお金がなければ生活できない。このお金がどれほどの価値なのかよくわからなかったが、惟子としてはありがたかった。
素直にそれを受け取ると、惟子は九蘭を見た。
「ありがとう。それと風花さんね」

案内をしてくれた九蘭に礼を言って見送っていると、九蘭が足を止めた。

「また会いましょう」
じっと見つめられた瞳が、赤く光るのをみて惟子はやはりこの九蘭は警戒せねばといけないと、心の中で小さくため息を付いた。
惟子は一人になり、ドサリとベッドへ荷物を置くと床に座り込んだ。

「疲れた……」

やはり気を張っていたのだろう、しばらくそこへ座っているとお腹がグーっと音を立てた。

「そりゃそうよね。今日は何も食べてないわ」
持ってきたおにぎりもなくなり、惟子はそろそろと立ち上がった。

自分の家から持ってきた洋服などは全く役に立たないとおいてきたが、図鑑やお絹から拝借した着物、あとは調味料や日常品を簡単に片づけると台所へと向かった。

「あら、すごい。いろいろ揃えてくれてるのね」

惟子は冷蔵庫のような箱を覗き込むと、中には食材がいろいろと入っていた。
意外にもサービスのいい職場に感心しつつ、台所を確認する。

ガマ蛙の店よりは小さいがコンロも、シンクもありなんでも自炊できそうだ。

「意外と社員思いじゃない」
そんなことを一人言いながら、惟子は何を作ろうかと思案する。

「だいたい向こうと同じ食材だわ」
安心しつつ、久しぶりに大好物の安定の味が食べたくなった。それに簡単にできる。

(まずはご飯がないと始まらないわよね)

ごそごそと台所の下の棚を探すと米をみつけて、惟子はそれを炊飯器にセットする。
ガス窯に似ているのだが、やはりここでも妖火がついたのがわかった。

「これで炊けるのはすごいわ」

感心しつつ、惟子は冷蔵庫を物色し始めた。

「卵もあるし、あらレタスがあるわ。ねぎの代わりにレタスチャーハンにしようかしら」
鼻歌交じりに、色からしてたぶん豚か何かのこま切れ、凍ったエビを見つけるとそれをだした。

「お肉もエビもなんて豪華なのかしら。でもまずはやっぱり腹ごしらえよね。どこにきてもご飯はきちんと食べないと」
自分に言い聞かすように、惟子はそう言うと調理にとりかかった。

#あやかし飯4  エビレタスチャーハン

レタスを一口大に切り、豚肉も食べやすい大きさに切る。
熱したフライパンに油をひき、肉とエビを入れ炒まったところにご飯を入れたら卵をご飯に絡めながら炒めていく。
塩コショウ、現世からもってきた万能中華の元を入れる。

たちまちニンニクのいい香りが部屋いっぱいに広がった。

「本当は生のニンニクとか使いたいけどないみたいだし、そう言う時に現世の万能調味料ってなんて便利」
フライパンを器用に振りながら、惟子は米をパラパラに仕上げていく。

「最後にお醤油を回しいれたら完成ね」

お皿に盛りつけたところで、勢いよくドアが叩かれる音がして惟子は驚いて振り返った。

「はーい。どなた?」

玄関へと向かいながら惟子は声を掛けると、切羽詰まったような声がした。

「ねえ、ねえ、あなた新入りでしょ? とてもいい匂いがするのだけど。あっ、私となりの風花よ」
その言葉に、惟子はドアを開けた。

「あら、こちらからご挨拶に行こうと思っていたのよ」
ニコリと笑顔を向けると、肩までの茶色の髪に真ん丸の瞳がそこにはあった。
惟子と同じぐらいの年と聞いていたが、少し年下のように見えた。

きっとこの子も変身するのだろうが、今はまったく変わったところは見当たらなかった。
惟子は風花を招き入れると、惟子の顔もみず風花はチャーハンへと走っていった。


「これね!」
クンクンと臭いをかぐと、その香りをいっぱいに吸い込んだ。

確かにいい香りだが、となりの家にいたのだろう風花はとても鼻がいいのだろう。
もしかして犬か何かかしら?そんなことを思いながら惟子はとりあえず風花を椅子へと促した。

「ごあいさつ代わりに、あなたも食べる?」
惟子は多めに作ってあったチャーハンをお皿に入れながら風花に問いかけた。

「いいの? もちろん食べるわ。お腹がペコペコだったのよ……」

(可愛らしい子だわ)

惟子はスプーンと皿を置くと、風花は一気に食べ始めた。
その様子はいつもカフェであやかしを見ていた時と同じで、惟子は温かい気持ちになりその様子を見ていた。

ひとしきり食べて落ち着いたのか、風花は大きく息を吐いた。

「ごめんなさい。いきなり。あなたのご飯が冷めちゃったわね」
申し訳なさそうに風花は目を細めた。
惟子は風花のあまりにもすごい食べっぷりに、自分が食べるのを忘れていたことに気づいた。

「ほんとうだわ」
そう言うと、惟子も自分のチャーハンを口に運ぶ。

「うん、美味しいわね。レタスのシャキシャキ具合もちょうどよかったわ」
「うん、とってもおいしかった。この味付け本当に最高よ」

パクパクと口に運びながら、嬉しそうに風花は惟子を見た。

まだ食べ足りないのか、自分の分が終わっても風花はジッと惟子を見つめていた。

「何かつくろうか?」

「いいの?」
これでもかと大きな目をキラキラと輝かせる風花は、可愛らしい顔からは想像できない鼻息を鳴らした。
それはやはり昔可愛がっていた、近所のラブラドールを思いださせて惟子は、パパっとチャーハンを食べると席を立った。

「どういうものが食べたいの? またご飯?」
またもや冷蔵庫の食材を見ながら、惟子は風花に声を掛けた。


「ねえ、おむら……なんとかっていうの出来る?」

「オムライス?」
少し思い出す様な仕草をしていた風花は、惟子の言葉に「それ!」とポンと手を叩いた。

「オムライス……できそうよ」
惟子は卵、鶏肉、トマトを見つけたあと、赤いケチャップのようなものを指ですくうとペロリと舐めた。

「現世に行った友達が、本当においしかったって聞いて一度たべてみたかったの」
嬉しそうに言いながら、風花は料理をする惟子を見ていた。

「ねえ、現世には簡単に行けるの?」
一人飛ばされてしまった惟子としては、簡単に元の世界に戻れるならば、必要な物を取りに行ったりできるはずだ。
期待を込めて聞いた惟子だったが、風花の答えは残念な物だった。

「そんなわけないじゃない。現世に行くにはお金も、審査もとても難しいわよ。それでも行きたいって言う友達も多いけどね」

「どうして?」

「そりゃあ……。あ、名前は?」
風花の勢いに押され料理を作ることに必死で、基本的な挨拶もまだだったことに気づき惟子は手を止めた。

「私はお絹。西都から今日ここにきたばかりなの。何もわからないからどうかよろしくね」

「西都からきたのね」
納得したように言うと、風花は少し表情を曇らせた。

「ここは……なんていうのかしら。差が大きいと言うか」
言葉を選ぶように言いながら風花は言葉を止めた。

惟子は風花の話の続きを待ちながら、鶏肉と玉ねぎを炒め、ご飯を入れたら塩コショウとケチャップで味を付けた。
できあがったら、その基本的なケチャップライスを別皿に移す。

「それがオムライス!?」
いい香りにつられたのか、表情をパッと明るくさせた風花は立ち上がり台所までやってきた。

「まだよ。これにトロリとした卵を乗せるのよ。もう少し待っていて」
クスクス笑いながら惟子は答えると、「はーい」と返事をして風花は元居た席に座った。

「えーと、なんだっけ。そう。ここは上級あやかしにとってはいい場所。私達みたいに一般あやかしには普通の場所。そして下級あやかしにとっては……地獄のような場所よ」

「え?あっ、おっとと」
その内容にも、いきなり低くなった風花の声音にも驚き惟子は危うく卵を落としそうになった。

セーフ
心の中でそう思いつつ、卵を割り入れながら惟子は風花に問いかけた。

「下級あやかしってどこに住んでるの? このあたり?」

「まさか!ここに住めるのは本当に運がいいのよ。だからお絹はよかったわ。私のそのオムライスを教えてもらった友達は……」
そこまで言うと、風花はギュッとテーブルの上で爪が食い込む程に手を握りしめていた。

「はい。お待たせ」
そっとその手に惟子はスプーンを持たすと、ハッとしたように風花は惟子をみた。
「ありがとう。これがオムライス……」
感慨深げに言いながら風花はジッと黄色い卵の上に、赤いケチャップがかかったオムライスをみていた。


「仲の良い友達だったのね」
惟子はお茶を入れて二人の前に置くと、風花の前にすわった。

「ええ、ずっと小さいころから一緒だったわ」
さっきまでとは違い、風化はそっとオムライスをスプーンにすくうとゆっくりと口に運んだ。

「美味しい」
零れ落ちるように言った風花の目からポロリと涙が零れ落ちる。

「あら、いやだ。ごめんね」
ごしごしと大きな瞳をこすると、今度は勢いよく風花はオムライスを口に入れる。

もしかしたらこれ以上この話を、風花が語るのは辛いのではないか、惟子はそう思うと特に何も言わずお茶を啜った。

「ここはね。下級あやかしや、何かミスをするとここでは下へ送られるのよ」

ポツリと食べながら言った風花に、惟子はそっと視線を向けた。

「下?」

「階段がたくさんあったでしょ? お絹はここに来るのに上に上がったわよね」

「ええ」
確かに階段がたくさんあったことを思い出し、惟子は相槌を打った。

「下に続くものもあるのよ。地下にね。そこは真っ暗で食事もろくに与えられず、ただ黒蓮様の指示で何かをしているの」

「何をしているのかはわからないの?」
惟子の問いに風花は、スプーンをおくと食べる手を止めた。

「ええ、戻ってきたあやかしはほとんどいないから……。一度下に行ったものは余程のことがない限り、上には戻れないわ。だから暁は……」
暁というあやかしが風花の友達と分かり、惟子も言葉を失った。
下級だったのか、何かミスをしたのかわからないが、暁は下へおくられてしまったのだろう。

「暁は逃げ出して、なんとか現世に行ったのよ。でもすぐに連れもどされたわ。最後になんとか人づてに聞いた話の中に、オムライスを食べたって嬉しそうに言っていたって……」

今度は決壊したように風花の瞳から雫が零れ落ちる。

「そう。辛かったわね」
月並みな言葉しか言えなかったが、惟子もサトリがいなくなった辛さは痛いほどわかる。
なんとか気を張って、前向きに頑張ってきたがサトリの優しい腕を思い出して胸が締め付けられる。

今、サトリも辛い思いはしていないのだろうか。
サトリやてんは大丈夫なのだろうか?

不安に押しつぶされそうになった時、目の前から明るい声が聞こえた。

「お絹、ありがとう。暁の言っていたオムライスを食べられて本当にうれしいわ」
もう涙はなく、吹っ切れている様な風花に惟子も気持ちを立て直す。

「よかったわ。喜んでもらえて」

「お絹の持ち場はどこなの?」
残りのオムライスを食べながら風花は惟子を見た。

「厨房って聞いているわ」
「これだけ料理が上手なんだもの。納得だわ」
最後のご飯の一粒まできれいに食べ終わると、風花は頷いた。

「私は、清掃や配膳とかをしているの。なにせ黒蓮様のところにはたくさんのお客様がいらっしゃるし、たくさんのお付きの上級あやかしも多いし。寝床の準備だけでも大変なのよ」

メイドのような仕事をしているのだろう、苦労話などをききながら久しぶりに惟子も楽しいおしゃべりをした。

「ご飯のお礼もかねて、後で〝中チュウ”を案内するわ」

「中?」
言葉の意味が解らない惟子に、お絹は紙とペンをもってくるように指示をすると、簡単な地図を書き始めた。

さっき見た広場を中心に広がる惟子たちがいる場所が〝中” そして黒蓮ら上級あやかしが住む場所が〝上”そして、さきほどの奴隷のような生活を強いられる場所が〝下”となるらしい。

「それにしても本当に自宅というより街ね……。妖都はみんなそうなの?」

「そんなわけないわよ。黒蓮様が特別よ。時期妖王ということで、まあ、やりたい放題というか……。自分専用でいろいろな物を作り始めた結果、ここまで大きくなったのよ。妖王様の王宮ですら店とかはないはずよ」

そうなのか。先ほど九蘭の話では妖王の方が立派という言い方をしていたが、あれは建物話なのか。
そう思いながら惟子は書いてくれた地図を見つめた。

敷地が広いのもあるが、やはり上下に広がるこの場所は入り組んでいて迷子になりそうだ。

「この中の店には外からも買い物に来れるの?」

「ええ、もちろん。それでなければ商売は成り立たないわ。ここにはいいものが一番に揃うし。でも税がかかって少し高いから、上級あやかしが主ね」

「そうなの」

どこの世界にも上級だの、下級だの身分があるのだ。そう思うと惟子は小さくため息を付いた。

しかし、少ししか見ていないが、サトリの西都はにぎやかで、太郎にしてもお琴にしても身分の高いあやかしではなさそうだったし、サトリに恩があるそう言っていたことを思い出す。

(私の旦那様は正しい人。だからこそ助けなきゃ)

色々考えていると、かたんと風花がたちあがったのが分かった。

「お絹、一度私は自分の家に戻るわ。そして1時間後に案内するわ。私が今日休日でよかったわね」
ヒラヒラと手をふる風花に惟子も手を振ると、お茶をゆっくりと飲んだ。


お茶を飲んだ後、片づけをしていたりするとすぐに1時間が経過した。

カクリヨに来て以来、本当に濃い一日を過ごしているように思う。
先ほど食べたのがちょうど昼食の時間だったのだろう。まだ午後から時間はある。

風花に案内をしてもらうために惟子は外へと出た。
それと同時に風花のドアが開いたのが解り、惟子はそちらへと足を進めた。

「お絹、さあいきましょう」
ニコリと笑った風花に、惟子は小さく頷いた。

来た道を今度は下る。
ゆっくりと階段を下りながら、風花は周りの竹林に目を向ける。
「ここは中の上って呼ばれているわ」
「中の上?」

(成績表みたいだわ)
きっと中の中でも少し小高い所にあるからだろう。

「そう、住居にあがる階段だから誰でも入ることはできないようになっているの。お絹もさっき九蘭様に登録してもらったでしょ?それをここに」
階段を下りきった所に、何やら石碑みたいなものがあった。
来たときは気づかなかったが、そこに手をかざさないとこの上へは上がれないようになっているようだ。

言われた通りそこに手をかざすと、ポワッと石碑が光るのがわかった。
「すごいわね。どうやっているのかしら?」
見た目は昔の中国のような感じだが、とてもハイテクにも思える。
惟子は自分の手も光ったのを見て、手のひらの裏表を見つめた。

「何をいってるの。妖力に決まっているでしょ」
呆れたように言いながら、風花は歩き出した。

「妖力」
自分にもやはりあるのだろうか?呟くように言った惟子に、風花はくるりと振り返った。

「私はギリギリだったけど、九蘭様が自ら連れてきてすぐに中の上に住まわすぐらいだもの。お絹の妖力はすごいんじゃないの?」

え?
特別・・とは言われているが、自分にそんな力があるのだろうか?
人間だと思っていたが、やはり違ったのだろうか?

そんなことを思いつつ、惟子は自分が立ち止まっていることに気づき、慌ててまた歩き出していた風花の後を追った。

「九蘭様にはそういうのがわかるの?」
九蘭について少しでも情報が欲しくて、ちょうどよく話題にでた九蘭の話をする。

「そうよ。九蘭様は黒蓮様の幹部で、すごい力をお持ちの方よ。まあ、いろいろな噂があるけれど……」
「いろいろな噂?」
言葉を濁した風花に惟子は距離を詰めると問いかけた。

「あのね」
風花はキョロキョロと周りを見渡すと、惟子の耳に口を近づけた。

「ここだけの話、黒蓮様の妾じゃないかって……」

「妾?嫁じゃなく?」
そうだ、昔自分を嫁にといっていた黒蓮だったが、サトリの嫁になったことできっと諦めたはずだろう。
あれだけきれいで、妖艶な人なら妾ではなく、嫁でもいいのではないだろうか?

そんなことを思いながら、風花の返答をまつ。

「まさか、黒蓮様にはきまったお嫁様がいるって何かのときに聞いたわ」

「いらしゃるのね」
少しホッとして言葉を発した惟子だったが、風花は上の御殿に目を向けながら首を傾げた。
「でも、私がここにきてずいぶん経つのだけど、一度も見たことがないのよね『光明のお嫁様』」
「光明のお嫁様?」

聞きなれない言葉に、今度は惟子が首を傾げた。

「そう呼ばれているのよ。光にも闇にもなる絶大な力を持つお嫁様」

「なにか凄そうね……」
メデューサのような頭がたくさんありそうな、怖いあやかしを想像して惟子は身震いをした。

「そうなの。その獣のようなお嫁様が下にいて、その世話をさせられてるんじゃないかって噂も……」

そこまで言うと、風花は「シッ」と言って口を閉じた。

前から歩いてきたのは、惟子にここの仕事をすすめた弥勒ともう一人眼光のするどい紫の長い髪が印象的な男だった。

風花は下げて弥勒を迎えている。周りを見ればまわりのあやかし達も頭をさげているのがわかった。

「お絹、ほら頭を下げて」
小声でささやかれ、惟子も慌ててそれにならった。

「おお、女。きちんときたな」
しかし通りすがりに、弥勒は惟子を見ると機嫌よく声を掛けた。

「弥勒このものは?」
ゾクリとするような、低い声が惟子の耳に響きドクンと大きく心臓が跳ねた。

何かわからないが、恐怖すら感じるその気配に惟子はさらに顔を隠すように頭を下げた。

「一颯イブキ様」
一颯に問われた弥勒は頭を下げると、言葉を続けた。

「このものは、この間あの一颯様の指示で西都に行ったときに、大変美味しい料理を作れたのでうちの厨房で雇う事にしたものです」
得意げに言った弥勒に、一颯はチラリと惟子を見た。そう思った瞬間ドンと惟子の身体が重力に引っ張られるように重くなった。

(何これ!!)

膝をつきそうになるのを何とか耐えていると、周りにいたあやかし達がバタバタと倒れたり膝をつくのが分かった。

「風花!」
もちろん風花も例外ではなく、倒れ込んだ体を惟子は支えた。


「弥勒、あまり軽々しく我の名前をいうものではない」
怒気を含んだ声だったが、表情を一切変えることなく一颯は弥勒をみていた。

「申し訳ございません。お許しを」
さすが上級あやかしなのだろう、弥勒は倒れることはなかったが、顔は真っ青になりガタガタと震えながら膝をついていた。

(このあやかしなんて力なの)

「今回だけだ」
一颯がそう言ってすぐ、さっきまでの重さがなくなり惟子は大きく息を吐いた。

「娘……」
一颯は通り過ぎる瞬間、風花と座り込んでいた惟子の横でピタリと足を止めた。

「……はい」
声が震えるのが自分でもわかったが、どうしようもなかった。

「期待しているぞ」
少しだけ微笑んだような気がしたが、それがまた恐怖でしかなかった。

上へ向かう階段に一颯達が消えたのが解ると、その場は一気に緊張が解けたのがわかった。


「なんでこんなところに一颯様が……」
半分意識もうろうになっていた風花が、ようやく正気をとりもだしたのだろう。
訳が分からないと言った感じで、頭を振っていた。

「あの人は?」

「黒蓮様の右腕、ぬらりひょんの一颯様。少しでもお怒りになれば、私達みたいな下っ端あやかしは一瞬で消えてなくなるわ」
なんと怖い事をいうのだろう。
惟子は先ほど味わった恐怖を思い出して身震いをした。

「でも本当にお姿なんて見ることはないのよ。一瞬目を疑ったわ。あの紫の髪をみて」

その後、なんとか風花に店の場所や、公共浴場などいろいろな場所を案内をしてもらったが、さっきの一颯の気配が消えることはなかった。
翌日惟子は初出勤のため、始めて上へ向かう階段を上ぼっていた。
登りきるとそこには、赤い大きなもんがあり、門番なのだろう、金棒を持った赤と青の鬼が左右に立っていた。

目は一つで身長は惟子の3倍程あるその鬼は、ちらりと一つだけある目を動かすと下にいた惟子をみた。

「あの……」

「新しい厨房のものか?」
「はい」

意外にも普通の声で言われ、惟子はコクコクと頭を振った。

「聞いている。そこへ」
そう言うと、鬼の横に設置されていた四角い箱のような場所を指さした。

「ああ、ここにまた手をかざせばいいのね?」
「そうだ。ここで来たことをチェックしている。中にも時間を刻印するところもある。まず中は言ったら目の前の広間にいる料理のところにいけ」

意外にも丁寧に交互に話す鬼たちに、左右首を大きく動かしながら惟子は話をきいていた。

「ありがとう」
礼を言い、指定された場所に手をかざすと、『ギィー』と音を立てて鬼と同じぐらいある扉が自動で開いた。
門の奥は広い広間が広がり、天井には金の装飾がこれでもかとされていて、豪華絢爛その言葉がぴったりな場所だった。

広間には左右前後に扉があり、いろいろなところへつながっているようだった。

(ここも迷子になるわね)

キョロキョロとあたりを見渡すと、右の隅にもたれ掛かっているコックコートをきたあやかしをみつけた。

(あれが言われた料理長ね)


惟子が近づいて行くと、そこには大黒屋にいた料理長に似たあやかしがいた。

(料理をするあやかしは蛙が一般的なのかしら)

そんなことを思いつつ、惟子は挨拶をすると料理長をみた。

「お前が……」
そう言った料理長に、ここでもまたいろいろ面倒なことをいわれるのだろうかと、心の中で小さくため息をつく。

「あの、私なんでもやりますから。皿洗いでも……」
そこまで言ったところで、料理長はポロポロと涙を流す。

「ありがとう」
「へぇ?」
あまりにも意外な言葉に、惟子の口からも驚きのあまり意味不明な言葉が漏れた。

「名前は?」
「お絹よ」
これからどんな展開が待ち受けているかわからず、取り合えず惟子はそれだけを答えると、蛙の料理長にチラシと視線を送る。

「こっちだ」
それだけを言うと、料理長は右の扉の方へと歩いて行った。

その扉を開けると長い廊下になっており、まるでマンションのように扉が並んでいる。

「すごくたくさんドアがあるのね」
惟子が興味津々で聞くと、料理長はその問いには答えず6つ目の扉の前で足を止めた。

「ここだ」
その言葉と一緒にそれほど大きないドアノブを回すと、音もなく扉が開いた。

「あら?」

こじんまりとした部屋を思い浮かべていた惟子は、扉の中に一歩足を踏み入れると驚いて足を止めた。

そこはかなり広い厨房で、何十というあやかしがあくせく動いていた。


「6番目までの扉のどこからでも入れる」

(なにそれ?!)

笑いそうになるのをなんとか堪えて、部屋をみれば扉がたくさんついていた。

「ここでまて」

またもやそれだけを言うと、料理長は厨房の右端へと歩いて行った。
そこはさらに部屋になっているようで、料理長はそこへと入っていった。

「ふふ。口数の少ない料理長なのね」

無口でいかにも職人気質といった料理長に、惟子は好感をもつと笑みを漏らした。

その間もなにやら野菜を洗ったり、皿を片付けたりしているあやかし達がチラチラと惟子を見る。

(そりゃそうよね。新入りはどんな場所でも気になるわよね)

自分でもそうだろうと、惟子は納得すると視線を下に向けた。

「待たせたな。これ」
そう言うと真っ白な割烹着のようなものが渡された。

「あの右の扉が女の更衣室だから」
またもやぶっきらぼうに言った料理長に、惟子は「着替えてきますね」そう声を掛け更衣室に向かった。