ぽかん”という言葉は今の惟子にあるのかもしれない。

門を潜り広く開けた場所で、惟子は口を開けて目の前に立つ建物や人を見た。
たくさんの露店というのだろうか、衣類や食べ物、小物や雑貨、いろいろなものを売る店が並び、その奥には階段が続き、その上には立派な赤い御殿のような建物が並んでいた。

また、広場からいくつもの階段があり、上、下といろいろな店や、家があるようだった。

「ねえ。ここはご自宅なのよね?」
思わず疑問に思い声を掛けると、九蘭はクスリと笑い声をあげた。

「西都にはこんな場所ないわよね。ご自宅だけど、使用人たちはこの中に住んでいるし、一つの小さな町のようなものかもしれないわね。大体の用事はこの中で済ませられるようになっているの」

これはこの中の地図を覚えるだけでも一苦労かもしれない。
惟子はそう思うと、小さくため息をついた。
サトリの屋敷も広かったが、平屋だったこともあり、大体の場所はすぐに覚えることが出来た。
しかしここは上下と入り組んでいる。

これほど大きな場所であれば、惟子一人雇うぐらい大したことではないのではないのだろう。
そんなことを思いつつ、露店に目を向ければ、狛犬だろうか、犬のあやかしが惟子に赤い果物を渡してくる。

「ほら、うまいよ。食べてみな」
そう言われ、惟子は初めて見るその果物を口に運んだ。

「うーん! おいしい」
酸味と甘みがちょうどよく、イチゴとライチが合わさったとでもいえばいいのだろうか。

初めて食べる味だが、タルトやシロップ漬けにしてパウンドケーキなどに混ぜ込んでも美味しそうな味だった。

「お菓子にあいそうね」
そう言った惟子に、九蘭もパクリと口に入れながら言葉を発する。

「あら、このカボンを菓子にできるの? それは食べてみたいわ」

カボンというのか。
そう思いつつ、惟子の頭はレシピがグルグルと回る。
こんな時でも料理が浮かぶのは、我ながら笑えてきた。

「後で厨房に届けておいて」
九蘭の言葉に、その狛犬は「はいよ」と威勢のいい声を上げた。

「すごく活気があるのね」

黒蓮に良いイメージがなかっただけに、この場所が意外で惟子は周りを見回した。

「そうね」
特に何の感情もないような言い方で、九蘭は答えると惟子をみた。

「今日はあんたの家に案内するわ。仕事はまた明日からね」

「わかったわ」

九蘭の後について惟子は歩きながら、道を覚えようと必死に頭を働かせた。
階段が目の前に現れ、持っていた荷物を肩に担ぐと気合を入れる。

そうして南西の数十段の階段を上に行くと、小さな同じ家が立ち並んでいた。
「ここを右よ」
そう言われ別れ道をさらに右に歩いて、しばらく行くと九蘭がくるりと振り向いた。

「ここよ」

同じ建物で見分けがつくのかしら?
そう思っていると、九蘭は手をドアにかざす。

「あんたの手も」
そう言われ、惟子は言われるがままに赤い扉に手をかざす。

そうすると、ポワっと青白い炎が上がったと思えば、ドアに何やら花のような模様が浮かび上がった。

「この模様が目印よ。よく覚えておいて」

「わかったわ」
惟子はあとでスマホで画像を取っておこうと思いながら、開けられたドアの中へと入った。

見た目よりも、十分な広さのあるその家は、小さめの玄関がありあがると、扉がもう一つあった。
そこをあけると、15畳ほどだろうか、居間とキッチン、2人用のテーブルとイス。
そして窓際にはシングルサイズのベッドと布団の間のような寝る場所があった。

「こんないいお部屋をいいの?」
惟子はもっと質素な部屋を想像しており、九蘭に視線を向けた。

「いいのよ。何かわからないことがあれば、となりに住む風花に聞いて。年のころも同じぐらいだと思うわ。それとこれ」
そう言うと、九蘭は惟子に封筒を渡す。

「とりあえずの前金よ。お給料がでるまではこれで必要な物は買いなさい。後々給料から天引きするから」

確かにお金がなければ生活できない。このお金がどれほどの価値なのかよくわからなかったが、惟子としてはありがたかった。
素直にそれを受け取ると、惟子は九蘭を見た。
「ありがとう。それと風花さんね」

案内をしてくれた九蘭に礼を言って見送っていると、九蘭が足を止めた。

「また会いましょう」
じっと見つめられた瞳が、赤く光るのをみて惟子はやはりこの九蘭は警戒せねばといけないと、心の中で小さくため息を付いた。