たとえこの俺が世界よ止まれ、時よ止まれと叫んだところで、その日はやって来る。
2年半後の夏、地球に落ちてくる小惑星、2018 NSKことshortar、翔大の対策会議が始まった。
「今こそ、スロープッシュ方式を現実のものに!」
スロープッシュ方式とは、翔大の近くに、でっかい人工衛星を打ち上げて、翔大とその衛星との間に生まれる引力から、翔大の軌道をそらすというやり方だ。
つまり、万有引力頼み、ニュートンもびっくりだ。
「そんな衛星、今からどうやって建造するんだ、その方法をお聞かせ願いたい!」
引力の大きさは、物質の質量に比例し、その距離からの2乗に反比例する。
ケプラーの法則、高校物理だ。
つまり、翔大の軌道を動かそうと思うなら、それなりの超巨大宇宙船を作らなきゃらなんということだ。
その大きさ?
誰か計算できたら教えてくれ、俺のキャパは越えている。
「そんな非現実的な話し、今さら間に合いませんよ、どうやって作るんですか」
たとえ、そんな翔大の心をも動かすビッグな宇宙船をつかって誘引しようとしても、軌道をずらすのに、50年とか100年単位の時間が必要らしい。
落ちてくるのは2年半後、ムリだな。
だからって、いつやって来るのか分からない翔大並の小惑星のために、事前に準備しておけってのも厳しい話しだ。
人間、どんな人種でもシメキリが近づかないと動かないのは、万物共通らしい。
「以前NASAが提案していた、特殊塗料方式は?」
これは、翔大に無人の探査機を飛ばして、表面に特殊塗料を吹きつけ、軌道を変えようというやり方だ。
塗料を翔大に吹き付けることによって、太陽によって温められた部分が影に隠れると、冷えが始まって熱が発散される。
その時の熱吸収率の変化で、軌道を変えようという驚きのアイデアらしいのだが、何のことだか、俺にはさっぱり意味が分からない。
熱伝導の力を利用して軌道を変えようってことか?
熱伝導、ステファン・ボルツマンの法則からの熱貫流による効果を狙ったのか、伝熱工学なのか、それとも、キルヒホッフの法則を利用した、熱反射の反射パワーを利用したものなんだろうか。
どっちにしろ、俺にはよく分からんので、もっと賢い人間に聞いてくれ。
世の中には、自分より賢い人間が、想像以上にたくさんいるもんだ。
ちなみに俺は、そのことをさっき知ったばかりだ。
物理の授業中、寝ないで真面目に聞いておけばよかった。
こんなところで、理科の実験や数学が、役に立ってるんだぞ。
誰だ、数学なんて、人生でなんの役にも立たないとか言ってたヤツ。
十分役に立ってるじゃないか、しかも必要不可欠じゃないか。
人類を救うには、数学が必要だったんだ。知らなかった。
だから俺たちは、いつまでたってもヒーローにはなれなかったんだ。
人類を救うのは、剣ではなく数学だった。
そんな大事な秘密を、俺はようやく目の当たりにしたよ。
しかし、このよく理屈の分からない賢いやり方も、10年単位の時間を要するらしい。
賢人は一日にして為らず。
ニワカじゃダメなのは、どこの世界でも、やっぱり同じだ。
「じゃあ、どうするんですか!!」
「なにせ時間がない、衝突方式を、真剣に考えるべきだ」
衝突方式、これが一番分かりやすい。
要するに、ロケットやミサイル、人工衛星をぶつけて、力業で軌道を変えようというやり方だ。
単純明快なやり方こそ、一番効率的で、即効性がある。
しかし、このやり方にしても、問題はないわけじゃない。
実は大いに問題がある。
直径約300m、密度1570kg/㎥の岩石をぶっ飛ばすには、いったいどれくらいの威力が必要なのか。
核爆弾? 打ち上げに失敗したらどうする?
もし成功しても、空から大量の放射線が降ってくるぞ。
非核弾頭で迎撃したにしても、割れた破片が空から地上へと降りそそぐ。
計算してみろ、巨大パワーをコントロールする、数学の想像力を見せてやれ。
どれくらいの威力で、どの角度で打ち込めばいいのか、秒速20kmで現在もノンストップでやってくる翔大を相手に、どうやって戦う?
「要するに、手立てがないってことですか?」
会議を隣で聞いていた香奈先輩に話しかけてみたけれど、彼女から返事は返ってこなかった。
もし、翔大が地上に落下した場合、広島に落とされた原子爆弾の約10億倍のパワーがあると想像されている。
発生する地震の規模はマグニチュード11以上、海に落ちれば、津波は高さ約300メートル、出来るクレーターの直径は180kmという予測だ。
とあるイギリスの研究チームが算出した資料によると、
この時発生する地震での死傷者の数は全体の約1%未満、
衝撃での臓器破裂で死亡する割合が約5%、
津波での死傷者が全体の約20%、
熱で焼かれるのが約30%、
そして死傷者の原因、No1は、隕石衝突の時に発生した衝撃波、
つまり強風によって吹き飛ばされて死傷する割合が、
死傷者全体の約45%になるという。
「それって、人類滅亡の危機ってことですか?」
「まだ、決まったわけじゃないから」
決まったわけじゃないって、決まってるじゃないか。
翔大は確実にやってくる。2年半後の夏。
その時に発生する災害を何とか回避しようとして、こうやってマジで世界中の学者が集まって話しあってんだろ?
会議は紛糾、天文学者だけじゃなくって、この中には各国政府の要人や、軍の関係者も混じってただなんて、こんなところで話し合ってる場合か、どうするんだ、どうするんだよ、翔大!
深夜になっても終わらない会場を後にして、俺は夜空を見上げた。
満天の星空なんて、一度も見たことがない。
都会の空は、やっぱり人工の灯りでまぶしくて、星なんか見えても一つか二つだ。
その名前すらも、俺は知らない。
翔大、でもお前は、この闇のなかに、確実に存在しているんだよな。
どうしよう、時よ止まれ。
結局、いくら話し合ったところで、結論は出なかった。
2年半後の夏、人類は滅亡する。翔大という巨大隕石の落下によって。
地球防衛会議とやらは、結局なにも問題を解決することなく終了した。
決まったのは、『衝突方式の採用』のみ。
衝突方式とは、巨大隕石に向かって、弾道ミサイルや人工衛星をぶつけて、軌道を変えさせるという手法のことだ。
だが、具体的に、誰がどのタイミングで、どんなミサイルを発射するのか、詳細な話し合いは、後日ということになった。
後日って、なんだ? 後日って、具体的にいつだよ。
誰がその間に立って、連絡を取り合うのかさえ、決まらなかった。
翔大は目の前に迫ってきている。
それが2年半という時間があったとしても、『衝突方式の採用を決定』という、この10文字だけで、満足していいのか?
そのために、一体どれだけの費用と労力をかけて、会議の準備をしたと思ってるんだ。
大体、そんなの会議なんてわざわざ開かなくたって、ほぼ最初っから結論は出てただろ。
それをこんな大げさな会議を開くことによってしか、決められないだなんて、どんだけビビリなんだ、要するに、責任の分散?
「わざわざ集まって話し合わなくても、衝突方式しか選択肢がないって、分かってましたよね」
俺が栗原さんに聞いたら、栗原さんはうなずいた。
「まぁ、本心はそうだよ」
「じゃあ、こんな会議、やる必要なかったんじゃないんですか? どうして、メールなり電話なりで、分かってることを確認しあわないんですかね。 結論よりも、『会議をした』という事実の方が、重要視されているような気がします」
「確かにそうだ」
栗原さんやセンター長の鴨志田さんは、翔大が発見されて以来、ほとんど家にも帰らず、観測を続けている。
何度見たって変わらないものを、いつまでも懸命に眺め続けている。
「翔大を観察してて、何がそんなに楽しいんですか?」
「楽しくはないさ」
栗原さんは言った。
「どれだけ観察したって、データ取り直したって、もう答えは出てるのに、何も変わりはないですよね」
栗原さんからの、返事はない。
「なのに、なんでそんなことをしているんですか?」
「不安、なんだろうな。自分たちが何も出来ないことが。何かしていないと落ち着かないってゆーか」
「これだけ努力してましたって、言い分け作りですか?」
「そうかもしれないね」
香奈先輩の手が、俺の胸ぐらをつかんだ。
「じゃあ、あんたには何が出来るっていうのよ! ショウターが落ちてくるのを、黙って見ているしか出来ない人間に、何か言う権利はあるの?」
「それが分かっているなら、なんで僕をこんなところに採用したんですか! 文句をいうことしか出来ない人間ですよ!」
じゃあなんで、俺をここに採用したんだよ!
よりにもよってこんなタイミングでさ!
絶望的な悲壮感の漂うこの閉鎖的な空間で、俺だけが無駄にあぶれている。
主人公はいつだって他人で、俺はお邪魔虫だ。
俺に何か出来ることがあったら、とっくの昔に、さっさと自分でやってる!
「衝突方式しか、解決方法がないと分かっているなら、どうして爆弾の準備をしないんですか? 打ち上げるミサイルの、弾道を計算していた方がいいんじゃないですか? どのタイミングで、誰がどう打ち上げるのか、どうして今回の会議で、決められないんですか!」
「俺たちに、決定権がないからだよ」
栗原さんは、疲れた顔でつぶやく。
「それは、うちの部署の担当じゃない。軍事問題が絡む、複雑な問題で、俺たちが口出し出来る立場にない」
翔大が落ちてくる。人類が滅亡する。
迎え撃つ我々に、手段はない。
「じゃあ、衝突方式っていう分かってた答えだけをだして、後は別部署に丸投げですか? それで、言われた事だけをやって、結局何がどう進行しているのかも分からないまま、『はいはい』って、要求されたデータを渡すためだけに、仕事するんですか?」
「そうだよ」
栗原さんは、うつむいた。
「各国機関と連携して、お互いに協力体制を敷いて、親密に連絡を取り合い、問題解決のために、全力を尽くすんだ」
「あぁ、そういう言い方をすると、すっごく分かりやすいですよね! 聞こえもいいし!」
栗原さんや、センター長、他のメンバーだって、必死で頑張ってることを、
俺だって知っている。
「あんたねぇ、何にも分かってないくせに、相変わらず口だけは達者ね」
香奈さんの手を、俺は振り払う。
「えぇ、僕に出来ることは何もないですよ、だって、俺はここに来たばかりだし、専門外だし、いつだってカヤの外でしたからね! 文句言われて腹が立つのは、お互い様じゃないですか!」
いつもなら、ここで鉄拳が飛んでくるはずの香奈先輩の手が、緩やかに俺から離れた。
「みんな初めてのことで、不安なのよ。それだけは分かりなさい」
「分からないですね! 不安なのも、必死なのも分かってますよ、そんなのとっくに! だったらもっと、他にすることがあるだろって、言ってるんです!」
「私の言うことが、分からないのなら、もういい。あんたに用はない」
「あっそ! いいですよ、僕にしたって、こんな何の役にも立たない、無能な部署にいたって、無意味でしょうがないですからね! 無駄な会議やって、意味の無い仕事して、そうだって分かってるのに、なんで変えようとしないんですか?」
栗原さんは、横顔を向けたままで、香奈先輩は、その場から1ミリも動かなかった。
「俺に出来ることなんて、何もないじゃないですか、どうせ、そのうち辞めるつもりだったし、今すぐ辞めてやりますよ!」
「あなたがそう言うなら、誰にも止める権利はないわ」
「じゃ、俺辞めます! さようなら!」
くるりと背を向けた俺に、香奈先輩が最後の言葉をかけてきた。
「守秘義務は守りなさい」
反吐が出る。
どこまで俺をバカにするつもりだ。
こんな所にいたって、俺は俺の無力さを見せつけられるだけでしかない。
こんなクソすぎる職場、二度と戻ってくるもんか!!
というわけで、俺は国際ユニオン宇宙防衛局日本支部、アースガード研究センターを辞めてきた。
辞表は後で送る。
そんなもん、書くのうっとうしい。
なんで辞めるのに、わざわざそんな『辞めてもいいですか』的な文章を書かなくちゃいけないんだ、面倒くさい。
俺に散々迷惑をかけておいたくせに、最後の最後まで面倒な文書を書かせるなんて、何様のつもりだ。
俺をクビにしたいなら、お前が勝手にクビにしろ。
俺には何の未練もない。
辞めた人間にまで、手間をかけさせるなよ。
どうせ形式的な定型文で済ませるんだろ?
そんなところに重要性を見出してありがたがってるなんて、どんだけ化石脳なんだよ、時代に合わせてお前らが進化しとけ。
辞めるって言って、行ってないんだから、それくらい察しろよ。
お前らの得意技だろ? その場の空気を察するのってさぁ!
てゆーか、俺は気づいてしまった。
今から2年半後、巨大隕石、shortarこと、翔大の落下によって、人類は滅亡する。
2年半だ。
残りの人生、俺は全てを仕事に費やしていていいのか?
他に、したいこととか、しなきゃいけないことが、あるような気がしたんだ。
だから、仕事を辞めてきた。
しかし、いざやめて、こうやって部屋に寝転がって天井を眺めていても、自分が何をしたかったのか、よく分からないから不思議だ。
銀行強盗? 女湯を覗きに行く?
そんな話しは、楽しい妄想としてはアリでも、いざ自分がリアルにその立場になってみれば、どこの銀行を襲うのか、調べる気力も湧いてこない。
よくある『死ぬまでにやりたいことリスト』の中には、どうも犯罪系は、入ってこないみたいだ。今さらそんなこと言われても、やる気になんてならない。
かといって、有り金はたいて豪遊しようかって、そういうわけにもいかない。
貯金は、ないわけじゃないが、2年半も遊んで暮らせるほどの金はない。
せいぜい一週間の旅行代金ぐらいだ。
それだって、どこのホテルを選ぶかとかで、色々だし……。
改めて、真面目に考えてみる。
食べたいおやつはいつでも買って食べてるし、正直言って、そんなに飲み食いに興味があるわけでもない。
布団とあったかい部屋さえあれば、文句はない。
彼女は……ほしいけど、誰でもいいわけじゃないし、やっぱりお互いに愛が必要だと思うから、そんないきなり出来るもんでもないし、そんな簡単な彼女なら、むしろ逆にほしくないくらいだし……。
そうだ、久しぶりに、実家に帰って、親の顔でも見ておこうかな。
と、いうわけで、実家に帰ってみた。
「おかえり、どうしたの急に」
母は、にこにこ笑って出迎えてくれる。
「お前の勤めてた会社って、アース何とかだったよなぁ、でも、殺虫剤の会社じゃないんだろ?」
父の、1文字たりともブレない、帰ってくる度に毎回繰り出す渾身のつもりのギャグを、初めて聞くかのように受け流す。
俺の好物の母オリジナル謎すきやき風鍋を食べて、俺の思いついた、やりたかったことは終わってしまった。
あんなに毎日が辛くてたまらないと思っていたのに、辞めたら今度はヒマすぎて死にそう。
さすがにこの歳にもなると、知り合いや同級生もみんな何かしら働いていて、『帰ってきた』と連絡をいれても、忙しくて誰も相手にしてくれない。
せいぜい電話で数十分、思い出話しをして終了。
『会いたい』と言っても、なんだかんだで避けられてる気がする。
リストラされたわけではないし、どっちかというと、俺の方から職場をリストラしてやったのだが。
まぁ、突然連絡してくる昔の友達って、会うのも怖いよな。
たかられそうとか、困った相談して来られそうとか、そんなこと思うんだろうな。
いきなり超重い不幸な話ししてきて、同情求められても、こっちが鬱になりそうだしな。
どうやったって、ずっと一緒にいることなんて、出来ないのに。
そうやって一緒にいようと思うと、友達より家族っていう選択肢になっちゃうのかな。
多分、それが普通だし当たり前なんだろうけど、ちょっとさみしいな。
学校じゃないから、ずっと一緒にいる仲間っていったら……。
何のために働いてるんだろう。仕事ってなんだ。
俺には養わないといけない家族もないし、自分が生きて行く為の金だけだったら、正直なんとでもなりそうな気がする。
フリーターに憧れた時期もあったけど、現実がそんなに甘くないことも知ってる。
だから、働いてるんだけど……。
働いていることが大事なのか? 仕事が生きがい?
仕事が生きがいだなんて、微塵も考えたことなかったけど、やっぱ家族のために働くのか?
けどなー『俺は家族のために働いてやってんだ!』って言っちゃうようなオヤジにはなりたくないしなー。
そうやって家族にマウンティングしてくるくらい仕事がストレスなら、辞めちまえよ、頼んでねーよ。
つーか結局離婚して一人になったって、同じ職場で同じ仕事続けたりしてるだろ。
どんな種類の人間にだって、生活と家族はあるんだし。
それに、じゃあ独身者は、何のために働いてるんだってことになる……
いやいや、ちょっと待て。
俺は結婚したくて仕事をやめたんじゃないし、つーか結婚したいなら仕事辞めちゃダメだろ。
ここで、『人間は緩やかな死に向かって生きている』なんてゆー、どっかの哲学者の言葉を引っ張り出してきて、語り始めちゃうくらい、俺はまだ病んではないし、社会ガーとか言うほど、頭も狂ってないし……。
つーか、もっと大事なことに気がついた。
こんな事をうだうだ考えたって、2年半後に俺は生きてないし、この世の中も、現状維持のまま、残ってなくね?
文明崩壊、環境破壊、阿鼻叫喚の地獄絵図の未来しか、残ってなくね?
あの薄汚い、狭苦しい空間で、ずっと翔大の観測データを眺め続けていた栗原さんたちの姿が、突然頭を横切った。
もうすぐ死ぬって、誰よりも一番よく分かってる人たちなのに、なんでまだあんな無駄な努力を続けてるんだろう。
バカみたいだ。
そんなことばかり考えていると、今ここで、何もない平和な夕暮れの中に一人立っている自分が、本当に情けなくなってくる。
俺は一体、なんのために仕事を辞めたんだ?
ぐだぐだ考えるのは性に合わないタイプなので、戻って来た。
「おはようございます」
普通に電車乗って、改札くぐって、まだ捨ててなかった社員証を手に、スーツ姿でデスクに座る。
「ちょ、なんなのいきなり!」
久しぶりに見た香奈先輩は、まったく変わってなかった。
「まだ辞表出してなかったので、セーフですよね」
「はぁ? 今のうちは、あんたの辞表どころの騒ぎじゃないからね!」
古くさいパソコンを立ち上げる。
暗証番号も社員番号も、そのままだ。
「この間の2週間の休みには、全部有給使ってください」
「厚かましいにも、程ってのがあるでしょうが!!」
「えぇ、知ってます」
香奈さんは、相変わらずちっこくて可愛らしい。
「だけど、これが俺の得意技ですから」
そのせっかくの可愛らしいお顔が、変な方向に引きつった。
「いじめてやる! お前みたいなヤツには、社会的制裁が必要だ! 嫌われろ、徹底的に嫌がらせをしてやるからな!」
「そんなの怖がってたら、戻ってなんて来ませんよ」
俺は立ち上がって、鴨志田センター長の前に立つ。
「申し訳ありませんでした」
お辞儀の角度は90度。5秒待ってから頭を上げる。
心からの謝罪のしるし。
「お帰り、君の帰りを待っていたよ」
やっぱり出来る人間は違う。
分かる人間にはちゃんと分かるんだよ、俺の価値が。
「いいんですか!? こんなの、簡単に許しちゃって、いいんですか!」
「三島くん、我々には、そんなことを言っている余裕はないんだよ。僕だって、まさか本当に、こんな切羽詰まった形で杉山くんを頼ることになるとは、思ってもいなかったけれどね」
会社に余分な人材は必要ないというのなら、俺は必要だし、その価値をもって採用されているはずだ。
「これからが、君の本当の出番だよ」
鴨志田さんが、手を差し出した。
俺は、迷うことなく彼の手を握りしめる。
力強く。
「翔大のタイムリミットは、どこまで迫っていますか?」
「栗原くんの計算に狂いはない。2年半後の夏だ」
「もっと具体的に」
「7月から、9月の間にまで絞られてきた」
あんなにかっこよかった栗原さんが、今や無精ひげのくたびれた姿にやつれ果てている。
だから俺は、ビシッと身なりを整えて、これから戦いに行くと決めたんだ。
「衝突方式の採用にあたって、各国政府との交渉は進んでいますか?」
センター長が、にやりと笑った。
「全くもって進んでない。あいつらは、今ここに至っても、事の重要性に、まったく気づいていない」
「本当に全く進んでいないんですか?」
「完膚なきまでに、進んでない」
この人は今度は、呆れたように手の平を上に向ける。
「分かりました。僕は、どこに行けばいいですかね」
「それを考えるのが、君の役目だ」
そうなんだろうな、きっとそうだったんだって、ヒマな時間をもてあまして、色々と考えていた。
たまにはそんな時間も、人生には必要だ。
翔大はやってくる。
それをミサイルで迎え撃つ方針は、決まった。
それで、どうする?
「作戦を立てましょう。まずは、具体的なアイデアを出すことが必要です」
俺は、栗原さんの、パソコンにかじりついたままの背中を見た。
「翔大迎撃作戦は、どうお考えですか?」
彼は、ずっと自分の中で温めていたであろうアイデアを語り出す。
「一発で命中させるのは、難しいことではない。けれども、それで地上への被害が免れるかというと、それは難しい」
「どうすれば?」
「できるだけ地球から遠い位置で、どれくらい粉砕できるかだ。ショウターの形はいびつで、その構造上、衝撃に弱い角度がある。そこへ効果的に何度かミサイルを撃ち込み、爆発させれば、俺の計算では、4つには割れるはずだ」
「翔大を、4つに割るんですか?」
「観察を続けていて、気づいたことがある」
栗原さんは、翔大の画像を取りだした。
「ショウターは、その形状、体積から比較して、本来ならもっと密度が高く、重い地球近傍小惑星、NEOであっていいはずなのに、通常想定されるNEOの、約半分程度の密度しかない」
「すかすかってことですか? 軽石みたいな?」
「NEOがどうやって形成されたか、その過程によっては、軽石状である場合もある。しかし、今回のこのショウターの場合は、あくまで外見上からの観察結果からみた、想像でしかないのだけれども……」
栗原さんは、ごくりとつばを飲み込んだ。
「内部が空洞というより、ひび割れだらけという可能性がある」
「ひび割れ? じゃあ翔大は、傷だらけで瀕死の状態ってこと?」
「あくまで可能性だが、かなりの満身創痍で、かろうじて現在の形状を保っている可能性が高い」
「じゃあ、うまく爆弾を打ち込めば……」
「4つに割れる!」
栗原さんの目は、多分いま、この世の誰よりも熱く燃えている。
その意見に、鴨志田さんもうなずいた。
「分かりました。四つ割れ推しでいきましょう」
俺は、翔大の衛星画像を鞄に押し込んだ。
それだけ確認できれば、あとは俺が何とかする。
「では、行ってまいります。困ったことがあったら、すぐに電話します」
「どこに行くのよ」
センターを出ようとした俺の背中に、香奈さんが声をかけた。
「文部科学省です」
うちの管轄は、そこ。とりあえず、行ってみる。
まずは、ここからだ。
東京虎ノ門霞ヶ関、文部科学省庁舎前。
よくテレビで見る三つの看板が並んでいる門の前にやって来た。
あの、震えるような下手くそな文字で書かれている看板がある所だ。
「失礼します!」
勢いよくドアをくぐろうとしたら、そこは締めきりになっていた。
お飾りのドアらしい。
よく間違えられるんですよねーなんて、通りすがりの知らない人にまで声をかけられる。
クソ役人どもめが、この俺にしょっぱなからトラップを仕掛けてくるとは、生意気な。
通りかかる人達の後を適当について行ったら、ちゃんとした立派な看板があって、そこからは至極普通に出入りが出来た。
悪いのはあの門が文科省だと印象づけるマスコミだったのか、ちゃんとした立派な出入り口があるじゃないか。
受付に進んでカウンターに声をかける。
「一番偉い人と話がしたい」
「アポイントはございますでしょうか?」
「俺が会いたいと言っている、と伝えてくれ」
警備員がやってくる。
こういう所の仕事は早い。
「国際ユニオン宇宙防衛局日本支部、アースガード研究センターの者です。先日行われた緊急国際会議の議決内容について、お話があって参りました」
「アポイントはございますでしょうか?」
「アポイントはございませんっ!」
「お引き取りください」
「守秘義務があって、簡単には言えない内容なんです。ここでその説明はできません」
「ならいっそう、アポイントメントは必要ですよね」
ここで簡単に引き下がる俺じゃない。
こういう時の頭はよく回る。
「あぁ、間違えました。違うんです、僕は情報公開請求に来たんだった」
受付担当者の顔がムッとなる。
情報公開法第3条に基づき、何人も、この法律の定めるところにより、行政文書の開示を請求できるのだ。
つまり、拒否できない。
「少々お待ちください。担当のものが参りますので」
と、いうやり取りの後でかれこれ30分、何度受付とかけあっても、「ただ今、担当をお呼びしておりますので」と澄ました顔で流される。
これがお前らのやり方か。
どして後から来た連中の方が、先に通されるんだと文句を言えば、事前予約ときたもんだ。
ムカツク。
「分かりました。もういいです」
そう言ってとりあえず外には出たが、こんなことで引き下がる俺ではない。
あいつら、いつか顔パスでここを通った時には、俺の顔をまともに見ることが出来ないくらい、恐れさせてやるからな、覚えてろよ。
そう、人生には、何事も作戦が必要だ。
対策を立て直そう。
ちょっと調べてみれば、霞ヶ関、官庁フロア&ダイヤルガイドなる書物が存在し、そこには霞ヶ関の周辺案内図と、官庁別のフロア図、階層図が掲載されている。
さらには、部署名から庁舎の階数まで早引きできる索引付きで、各課直通の電話番号一覧まである。最寄り駅の出口までも明記済み。すばらしい。
さっそく電話をかけてみる。
「あの、国際ユニオン宇宙防衛局日本支部、アースガード研究センターの者です。先日行われた緊急国際会議の議決内容について、ご相談したい内容があるんですが……」
「もしかして、杉山さんですか?」
「えぇ、そうです! そうなんですよ!」
あぁ、よかった。渡る世間に鬼はなし。
ちゃんと通じる所には、通じる人がいるんだ。
「センター長の鴨志田さんから、連絡を受けて、承知しております。今、どこにいらっしゃいますか?」
「文科省の、正面入り口ですぅ」
もう、ダメだ。感動しすぎて泣きそう。
「すぐに担当の者を行かせますので、お待ちくださいね」
「担当の者とは?」
「鴨志田さんと相談したんです。政府とかけあうなら、文科省とアースガードセンターだけじゃダメです。内閣府の、宇宙政策委員会にも味方をつけないと」
「あぁ、なるほど、そういうことですね」
「今から、うちの代表として、宮下を向かわせますので、一緒に内閣府へ向かってください」
「はい、ありがとうございます」
電話が切れた。
俺は、強力な旅の仲間を手に入れた。スキルアップだ。
もう一度、受付に戻り、さっきの担当者と警備員を横目にカウンターに片肘をつく。
「すいませぇ~ん、俺、すっげー勘違いしてましたぁ!」
こういう時の、とびきりの笑顔は欠かせない。
「俺、外務省は勤務してた経験があるんですけどねぇ、ほら、外務省って、合同庁舎には、入って無いじゃないですかぁ、だから、やり方とか、よく分かんなくってぇ!」
ふふ、さっきまで俺をバカにしていた受付と警備員の奴らが、俺を見上げている。
「俺が行かなきゃいけないのは、文科省じゃなくって、内閣府の方でしたぁ!
あはは! すいませんね、文科省レベルの話しじゃなかったみたいっす!」
受付の奥から、男が下りて来た。入館証を首から提げている。
『宮下正輝』こいつが俺の案内役か?
とりあえず、今この瞬間、この場ではカッコつけていたいので、余計な口を挟まれたくない。
「あなたが、アースガード研究センターの杉山さんですか?」
宮下が口を開いた。
「えぇ、一緒に内閣府に行っていただけると聞きまして。とりあえず、ここではなんですので、別の場所でお話ししましょう」
にっこり笑って、固い握手を交わす。
俺を見下した奴らに見せつけるように、豪快に。
「どうも、取り次いでいただき、ありがとうございました! あなた方のご協力のお かげで、こんなにも早く担当の方とお会い出来て、恐縮です。ありがとうございました!」
笑顔で手をふる。勝った。
こやつらがどう思っているのかは知らん、そんなことは関係ない。
この俺が今、十分勝利を確証し、非常に気分がよくなっているので、俺の勝ち。
とにかく勝った。
俺様の顔をしっかりと覚えておくがいい。
こののち、人類を翔大から救った英雄として、俺が有名になったとき、あぁ、あの時のあの人は、この人だったのかと気づいて、勝手に恥じ入りなさい。
そうさせるべく、俺はやるよ。
あぁ、やってやるさ。
文科省との戦いに勝利した俺は、新たに加わった仲間をゲットして、内閣府宇宙開発戦略推進事務局が入る、霞が関東急ビルへ向かった。
そういえば、政府機能の地方移転なんて話しがあるけど、こんな近くにガッツリでっかいビル群作って、便利かつ快適に暮らしているのに、なんでわざわざ地方移転なんて不便なことをしようと思うのか、そんなこと本気でするつもりがあるわけないだろ、ちょっと考えたら分かることなのに、頭使えよ、騙されんな……とか、思ったりなんかしてみる。
国会議事堂前を通る時もそうだけど、この辺りの土地柄というか警備体制というか、独特の空気には、圧迫感がある。
ここが頂点、俺たちがサミットだ、どうだ、すごいだろ、まいったかみたいな。
このエリアだけが、日本の最高級、一流品だけを集めて作られているような、そんな錯覚に陥る。
プライドと権威の街、全くの俺の妄想だって、頭では分かってるけど。
俺の後ろから、綺麗に隊列を組んでついてくる、新たにパーティーに加わった旅の仲間を振り返った。
「で、作戦を聞こうじゃないか、『ガンガンいこうぜ』? それとも『バッチリがんばれ』? 『おれにまかせろ』?」
「何の話しだ。やっぱり俺は、霞が関東急ビルまでの道案内か」
俺は、この茶髪の好青年を見上げた。
「大体、宇宙政策委員会ってなんだよ、宇宙人でも襲ってくるのか、それとも移住計画か、俺の人生に宇宙開発なんて、なんの関係があるんだ」
「お前、今回、なんで宇宙開発局に乗り込んで行くのか、その理由を聞いてないのか?」
「どーせ研究センターがなんかヘマをやらかしたんだろ、それでうちに泣きついてきて、さらに上の偉いさん委員会に泣きついて誤魔化そうって魂胆だろ、そんなのミエミエだ」
彼は長く伸びた前髪を、後ろにかき上げる。
「ま、俺を頼ってくるくらいなんだから、よほど困ってるんだろうけどな。何をやらかした。どうでもいいけど、俺に迷惑をかけるなよ」
あぁ、マジか、本気か。
センター長のお友達文科省役人は、本当に事態を把握しているんだろうか。
「あー、これはまだ公式発表されてない、非公開の守秘義務規範にあたる問題なんだけど」
「あ、そういうの、面倒くさいからパスね」
「は?」
「とりあえず、お前が向こうに説明して。俺はただ一緒になって、『すいませんでした』って、頭だけ下げとくから。ヘタな説明は自分の墓穴掘るからしないよ。全部シャベリはあんたが受け持ってね」
彼は真顔で俺に向かってしゃべり続ける。
「『おまえに任せた』モードだ。さっき自分でも言ってただろ。『おれにまかせろ』って。じゃ、よろしくたのんだよ。謝罪の伴走者は得意だ、しっかり同伴し、同調する。ただし、余計な口はきかない」
「お前、上訴の内容に興味ないのか?」
「ないね」
その潔さは嫌いじゃない、嫌いじゃないけど……。
「俺は頭下げてりゃいいんだろ? 後のことは、知らねーよ、自分たちで何とかしろ」
「お前は俺をサポートするために、派遣されたんじゃないのか」
そう言われた彼は、豪快に笑った。
「あはははは、そんなわけないだろう、なんでこの俺がそんなことをするんだ。俺は あくまでお前の添え物だ、サクラだ、体裁を整えるためだけのモブ要員だ。俺に何 かを期待したり、要求とか考えるなよ!」
俺はスマホを取りだした。
センターに電話をかける、香奈先輩が出た。
「チェンジ」
「は?」
「チェンジで」
「だから、何がだよ」
「文科省の役人、もう少しハイスペックなキャラをゲットしたいんで、『逃がす』を選択して、チェンジでお願いします」
「じゃあ、お前がそうやって文部科学省、科学技術学術審議会、研究計画評価分科 会、宇宙開発利用、航空科学技術委員たちに説明しろ、さっきのセリフ、一言一 句、間違えるんじゃねーぞ」
「ちょ、それだけで済ませて、電話切らないでくださいよ。俺は今、人類の未来を背 負って立ち上がった、たった一人のヒーローなんですよ? とはいえ、やっぱどん なパーティーでも仲間ってもんが……」
「チェンジ」
その一言で、電話は切れた。
どいつもこいつも、役立たずばっかりだ。
「おい、なにやってんだよ、さっさと謝りにいって、チャッチャと済まそうぜ」
彼は、先に立って歩き出す。
「こういう面倒は、とにかく頭を下げときゃいいんだよ」
どうして政府主要機関って、こんな近所に固まってるんだろう。
宇宙開発局の入った民間ビルは、もう目の前だ。
一級品を気取ってるから、ちょっと頭を冷やして話し合うための、ファミレスやコーヒーショップすら、このあたりには存在していない。
大体近すぎる。歩いて3分、道を渡れば、すぐ目の前だ。
「ここがそのビルだ」
なんで政府主要機関は移転してないんだろう、国家の大切な危機管理だろ、ちゃんと分散させとけよ。
「いくぞ。宇宙開発局の人には、事前に連絡してあるんだろうな」
「してるわけないじゃないか、俺は、文科省からぶっ潰すつもりだった」
「宇宙センターが、内閣府の管轄って、知らなかった?」
「そんなこと、普段意識しながら暮らしてないだろ」
彼は、へっと、鼻にかけたような、変な笑い方をした。
「これだから、小物はいつまでたっても小物のままなんだよ。ちゃんと自分の上を見 て行動しろよ」
俺は大物だ。それに一切の間違いはない。
小物はお前の方だ。
「ま、実るほど、頭を垂れる稲穂かなって、言うだろ? これからアポ無し謝罪の技術ってもんを、見せてやるよ」
彼の自信は、一体どこからくるんだろう。
これほど強力な後ろ向き助っ人は初めてだ。
そんなことを話してるうちに、あっという間に目的地にたどり着く。
内閣府の所属とはいえ、ここは内閣府庁舎ビルではない。民間のビルに入る、国立研究開発法人だ。
文科省の人間がやってきたとなれば、同伴者もあっさり入管出来る。
肩書きって最強。
「俺の役目はここまでだ。後はお前がやれ」
言われるがままドアをノックする。
俺には、このノックされているドアが、一体どこに続くドアなのかも全く把握していない。
扉が開いた。
「すいませんでした!」
開門一番、宮下が大声で頭を下げる。
90度。俺も一緒に右へならえ。
てか、俺は何かの謝罪に来たわけではないのだが。
いきなり頭を下げるアポ無し文科省の人間に、相手は慌てふためいている。
彼の肘が、俺の脇をつついた。
それを合図に、頭を上げて、まっすぐ前を見る。
本番は、ここからだ。
東京霞ヶ関東急ビル内、内閣府宇宙開発局。
俺は今、そこに立っている。
「日本近海に、隕石落下の危険性があることは、報告を受けてご存じですよね!」
俺のその一言に、ざわついていた室内が一気に静まり返る。
「NASAから報告があり、今から約2年後の夏、人類滅亡の危機を引き起こしかねない、小惑星の存在が確認されました」
文科省からついてきた、宮下が目を丸くしている。
こいつにとっては、初耳のはずだ。驚くのも無理はない。
「すでに国際会議も、ここ東京で、我々アースガード研究センター主催で行われ、各国の対応が議決されたのも、ご存じですよね!」
そういえば、俺が国際会議の招待状を送った時、文科省と内閣府にも送ったかな?
いや、送った記憶がない。あれは、天文学会が主体だった。
他の国の要人まで、いちいち身分の確認はしていないが、少なくとも、日本国内では政府関係者は一人も招待していない。
「そこで、今現在地球に向かってきている小惑星との、衝突回避の方針が決定されました。衝突方式です! で、今後の方針なんですが……」
「あの、すみません。そう言ったお話は、局長にしていただかないと、私どもではなんとも……」
スーツ姿の男性が慌てて手を振り、普段はどんな仕事をしているのか知らないが、俺に向かってへこへこと頭を下げる。
「では、局長は?」
「えっと、ここには不在です」
「不在? では、どこに?」
「少々お待ちください。確認をしてまいります」
そこで示された受付のソファに、宮下と並んで腰を下ろした。
「おい、なんの妄想話しだ。謝罪とか申し開きにしては、話しがでかすぎるだろ」
まっすぐ顔を前に向けたまま、表情一つ変えない宮下が、小声でささやいた。
「事実だ。今から約2年後に、全人類は隕石落下によって、滅亡する」
「ま、俺には関係ない話しだけどな」
宮下とっては、それは全くの無関係な、別次元の世界の話しだった。
「もしそれが本気の事実だとしても、俺の担当の仕事じゃない」
「センターの仕事に関する、審議委員のある文科省としては、ぜひ関わっていただきたいね」
宮下は、俺を振り返った。
「審議と評価はする。実務は知らん。もし、今ここで、お前のさっきの発言が虚偽だと俺が判断したら、どうする?」
彼が、この事実を事実と認定しなければ、翔大はこの世から消されてしまう。
どんな大事件も、大問題も、ない事にされてしまう。
そこに、確かに存在しているのに。
「俺の仕事も終わり、日本が終了する」
「いいじゃないか、面倒なもめ事はゴメンだ」
宮下は、いつまでも冷静だった。
「それで終わらせるのも、一つの手だな」
宇宙局の受付担当者が戻ってきた。
「えぇっと、現在、科学技術政策のうちの、宇宙政策に関しましては、兼任ということになっておりまして。それで、担当の部署に連絡したところ、現在不在という返事です」
「それは、アポを取らないと、お会いできないということですか? いつならよろしいですか?」
「もう一度、連絡を取り直します」
あたふたと、固定電話をかけ直す。
どうしてこう二度手間、三度手間をかけさせるんだろう。
会いにきたって言ってんだから、会いたいに決まってるだろ。
「これだけ大騒ぎしておいて、冗談では済まされないぞ。さっきの話しはマジなのか。もし本当なら、俺はここで手を引く」
「マジじゃなきゃ、俺はここにいない。非公開情報だ。他に漏らすなよ」
宮下の眉が、一度だけわずかに動いた。受付の電話が置かれる。
「えぇっと、現在、他の業務で忙しく、次のお約束は確保できないと……」
「今はどちらにいらっしゃいますか? トイレにも行かない、飯も食わない人なんですか? 24時間のうち、24時間仕事してます? 緊急事態なんです、至急の取り次ぎをお願いします」
もう一度担当者が電話をかける。
長い長い呼び出し音の後で、ようやく繋がった。
「えっと、来年の6月くらいなら、お話を伺ってもいいと……」
「本日、6時の予定を聞いてください」
「えっと、ですが……」
受話器はまだ、担当の手にある。電話は切られていない。
俺は躊躇なくカウンターを飛び越え、それを取り上げた。
「国内死者、4千500万人の責任を、あなたに全部押しつけますよ」
「なんの話しだ」
相手は、内閣府本庁にお勤めの、なんとか役人。
「アースガード研究センターから、緊急連絡の報告があったにも関わらず、当時の内
閣府担当者が事態の緊急性に気づかず情報を放置、その結果、死者4千500万人の
被害を出した、という3年後のニュースのヘッドラインが見えました」
「冗談は、寝言だけにしてくれ」
俺の脳裏に、突然名案がひらめいた。やっぱり俺は天才だった。
こいつらを動かす、一番簡単な方法を、とっさに思いついた。
「今から俺、マスコミに走ります。2年後に、日本が滅びるという、確かなエビデン
スを提示してきます。国内どころか、世界中で大混乱ですよ。実際に翔大は、巨大
隕石は、目の前に迫ってきていますからね。
そうすると、その対策のために、今の仕事も全部放り投げて、取り組まないといけ
なくなります。
連日の大騒ぎ、世論沸騰、デマの飛びあい、目立ちまくって、注目されること間違
いなし!
連日テレビに引っ張りだこ、この人を見ない日はない、誰もが話しを聞きたがる。
人類を、世界を救うという、カッコウのネタを、みすみす他人に譲ってもいいんで
すか? あっという間に、他の方にとられますよ、こんな美味しい仕事。
大注目の大仕事、誰もが知ってる一大事業、それを一言口に出せば、誰もがひれ伏
し尊敬の念で見上げる輝かしい経歴が間違いなくつく仕事を、今はあなただけが
知っているという……」
「わかった、話しを聞こう」
「ありがとうございます」
一度、何かの因果応報で、政治家の話を聞く為のサクラにかり出されたことがある。
どうでもいい話しを、5分の持ち時間を無視して15分以上しゃべっていたが、さすがに会場がざわつき始めて、逃げるように立ち去っていった。
満席の会場で、自分の話に耳を傾ける聴衆ほど、いとおしいものはない。
「それ、本当の話なのか?」
電話を切り、内閣府に向かって歩き始めた俺の後を、宮下がついてきた。
「お前はもう、帰ってもいいぞ」
「管轄官庁の審議官として、最後まで見届ける義務がある」
開発局から、中央合同庁舎、8号館まで、やっぱり歩いて3分。
近いって、最強の正義。
ちょろいもんだ。
アポが取れていたので、あっさり内閣府中央合同庁舎8号館に入り、科学技術・イノベーション担当のお役人(下っ端)と会う。
通されたのは、実に密談談合にふさわしい、小さな会議室だった。
「どうも、高橋義広です」
差し出された名刺から始まる、セオリーに規則正しく則った名刺交換、こういうのは久しぶりだ。
理系の技術者集団では、めったにみられない光景で、俺は思わず泣きそうになる。
そうだ、俺がいたのは、こういう世界だった。
「で、お話というのは?」
俺は持参した資料を片手に、翔大の話を丁寧に説明した。
ついてきた文科省役人の宮下も、黙って聞いている。
「で、私にどうしろと?」
「ミサイルで撃ち落とすための、準備をしていただきたい」
彼は眉間にしわをよせ、片手で額を抑えるようにしてうつむいた。
「それは、防衛省と交渉しなくてはならないのでは?」
「まぁ、そういうことです」
「無茶ですね、あそこは普通の官庁じゃありませんよ」
「しかし、それしか方法がありません」
黒髪に、真っ黒なスーツ。七三になでつけた髪が、細身の体によく似合う。
ため息交じりに取り上げた資料を片手に、彼は組んだ足をぶらぶらさせながら、何かを考え込んでいる。
まぁ、普通に考えて、面倒くさいよな。
「これ、失敗したらどうなります? 関わらない方が、無難じゃないですか?」
高橋氏の言葉に、宮下も賛同する。
「一か八かの賭けですよね、当たれば美味しいですけど、外したら大変なことになる」
そこは文民統制、高級官僚は、絶対に実務をやらない。
「ミサイル撃つの、俺らじゃありませんから」
その言葉に、二人はふーっと息を吐き出す。
「まぁ、そう言われればそうなんだけどね」
「計画の審議、評価を下して、GOサインを出すものの立場としては、不確定な計画に、賛同するわけにはいかない」
「ちゃんとした実行計画を立てろっていう、命令書をこっちから先に出せばいいんですよ」
俺の言葉に、二人はようやく耳を傾ける気になったらしい。
「翔大が来ているという報告は受け取った、破壊措置命令を下すから、ちゃんとやれって。成功するようにちゃんとやれって言ったのに、やらない、やれなかったのは、お前らのせい」
「なるほど。でもそれだと、君側のリスクが高くなるんじゃないんですか?」
内閣府官僚の高橋氏は、実に高級官僚らしい意地悪な笑みを浮かべる。
「そんなハイリスクな選択をするような提案を、簡単に受け入れるような人間は、僕は信用出来ないけどな。どうしてそんな案件を持ってくる? 自分たちで処分出来ないからでしょう?」
「そうですよね、間違いなく成功する安全な案件なら、のっかりますけど、あまりにもハイリスクハイリターンでは、冒険に値するかどうかなんて、人生を賭けてなんて、出来ませんよ」
高橋氏は笑う。
「絶対儲かる、損はさせません。それは、相手に損をさせることで、自分たちが儲けるから。よくある詐欺師の手口だ」
彼に同調して、宮下も笑った。
まぁ、当然そう思うだろうな、俺だって、そんな冒険はゴメンだ。
「当たり前ですよ、そんなこと、するわけないじゃないですか。僕は今、確かにアースガード研究センター所属になっていますけど、元は外務省所属の官僚ですよ」
俺のお守り、心の支え、外務省の職員証を見せる。
「有効期限、切れてますけど」
ほほぉ~と、二人は感心したようにその職員証を見た。
「なるほど、危ない橋は、渡らないタイプなのですね」
「もちろんです」
「分かりました。それなら信用しましょう」
高橋氏の言葉に、宮下もうなずく。
「本当に、大丈夫なんでしょうね?」
二人の冷ややかな目が、静かに俺の体温を静かに下げていく。
「僕は、自分でヘタなリスクを負うような人間じゃありませんよ。勝算のない試合は、初めからやらないタイプです。あなたたちも得意でしょ? ノーリスクハイリターンな作文を書くのって」
「まあね」
高橋氏は、翔大の資料を机上に投げ捨てた。
「センターの連中は、そういうことを考えてませんよ。とにかく、実験や研究のことしか頭になくて、他に目の回らない連中です。
こちらに都合よく動かすことなんて、簡単ですよ。読解力もなければ、コミュニケーション能力も低い。同じ所をぐるぐる回ってて、前に進もうという気持ちがない。
自分たちの立場を、明確に言語化できない連中が、我々の創作作文に、太刀打ち出来るわけがない」
「理系バカってやつか。コントロール、可能ですか?」
「中を知ってる僕が言うんです。僕がリスクを負うと思います? 負わずにやってみせますよ」
「分かりました。そこまで言うなら協力しましょう」
高橋氏が立ち上がり、手を差し出した。
俺はそれをしっかりと握りしめる。
宮下氏とも、同様に握手を交わして、霞ヶ関を後にした。
これでもう、大丈夫。
すっかり日の暮れた官庁街は、ここが都会の真ん中かと疑うくらい、人気がない。
俺は、スマホを取りだした。
「もしもし?」
「何の用?」
電話に出たのは、香奈さんだった。
「栗原さんはいますか?」
「今は寝てる。もう少し、寝かせてあげて」
秋口の空は冷たくて、俺の手と声が震えているのは、この妙な北風のせいだ。
「俺、今日、いっぱい嘘をつきました。嘘をたくさん吐いたんでけど、こんなことが言えるのは、安心して立てる足場があるからなんです」
電話口の彼女は、ただ『うん』とだけ言った。
「だから、俺がたくさん嘘をついても、平気なんですよ。知ってました?」
「そんなの、知るわけないじゃない」
笑えるよな、これだから、正直な連中は嫌いなんだ。
「栗原さんに、よろしくお伝えください。体を大切に、無理をしないでって。僕は今日は、このまま家に帰ります」
「お疲れさま」
「お疲れさまでした」
体は寒くて震えているけど、頬だけは火照ってすごく熱い。
久しぶりだよな、こういうのもさ。
数日後、内閣府役人の高橋氏から連絡があって、俺と文科省役人の宮下と一緒に呼び出された。
待ち合わせ場所は、東京市ヶ谷、防衛省本部前。
正門の目の前にあるビルの影に身を潜めて、様子をうかがう。
マジか。
「あの、なにやってるんですか?」
「シーッ! 声がでかい!」
物陰からのぞき込む高橋氏の背中を見下ろす。
彼はあくまで真剣だった。
「言っただろう、ここは官庁街の常識が通じない、極々特殊な機関だ」
「難攻不落の要塞ですよね」
宮下は、とにかく高橋氏の言うことなら、なんでも従う。
誰よりも早くやって来て、彼のために飲み物まで用意していた。
そういうところに、抜かりはない。
しかし、防衛省はデカい、とにかくデカい。
正門前に立ち並ぶバリケードと警備員の数、そよぐ植え込みの木々が、この先の困難をあざ笑うかのようだ。
「あの、まさか忍び込もうっていうワケじゃないですよね」
「お前は気でも狂ってるのか?」
高橋氏は、信じられないといった体で、信じられないような顔を、俺に向ける。
「そんなことをしてみろ、一族郎党、皆殺しだ」
ため息が出る。で、どうするつもりだ。
てゆーか、さっきからずっと、防衛省の警備員に睨まれてるような気もする。
絶対バレてるよな。
「やはりここは、人脈を辿るのが、常套手段ではないでしょうか!」
文科省宮下が、上官高橋氏に進言する。
「ツテは、最大の武器でございます!」
「おぉ、そうだったな」
彼はスマホを取り出すと、電話帳をスライドさせ始めた。
「しかし、防衛省幹部となると、防衛大学校出身者でないと、話しにならないな」
「さすがに、僕は防衛大の出身ではありません。すいません」
宮下も、スマホの電話帳を探る。
どうも、この二人に防大出身者の知り合いはいないらしい。
俺だっていねーよ。
仕方なく、俺もスマホを取りだして、友達を探すフリをする。
「だけど、防大出身者だけが防衛省に入ってるわけじゃないですよね」
俺がそう言うと、高橋氏が答えた。
「それはそうだが、かと言って、自衛隊の関係者で知り合いもいないし……」
「基本、警察官と同様、あんまり自分の職業を積極的に言いたがりませんよね、彼らって」
宮下の言葉に、ふと俺の手が止まった。
「そうだ、別に大学じゃなくても、高校の同級生とか、知り合いで防衛省関係って、いないのかな」
「それだ!」
高橋氏のテンションが跳ね上がった。
「俺は泣く子も黙る超有名男子校K高の出身だ。そこの同窓生の知り合いなら、知り合いの知り合いで防衛省関係の人間がいるかもしれない」
「さすがです、高橋さん!」
残念なお知らせだが、この世はやっぱり学歴社会で出来ている。
賢い人が賢い大学に入り、賢い人達とお友達になって、お友達同士で世界を回している。
知らない人より知ってる人。
全く知らない他人同士で、信頼関係を築くのは、非常に難しい。
俺は中卒で会社を立ち上げ、億を稼いでるって?
すばらしい。
そういう人は、並の人間ではないので、また別の才能をお持ちの方々だ。
ツテというのは別に有名大学出身でなくても、結局は地元の高校や、大学出身者で同人会があるってゆう、アレだ。
会話の糸口として、入りやすい。
そんなものに関係なく、仕事も生活も、何の不自由もなく生きてるって?
それならそれで、とても幸せな人だと思う。すばらしい。
俺だって、本当はそれが本来あるべき姿だと思うよ。
だけどさ、出身の学校や地元が一緒って聞くと、それだけでちょっとうれしくなっちゃうもんだろ?
どんなに嫌いな奴でもさ、人間って、やっぱそういうもんだと思うんだよね。
この俺でも、自分と似たような共通点のある人に、親近感を覚えるのは、不可抗力だ。
自分の好きなアーティストやスポーツチーム、漫画アニメのキャラが、同じように好きな奴に、悪い奴はいない! って、つい言っちゃうだろ?
よくよく考えてみれば、そんなことは全く関係ないんだけど、そのアーティストやチーム、キャラ名が、出身校の名前に置き換えられただけだ。
『採用昇任等基本方針に基づく任用の状況』というものがあり、国家公務員法(昭和22年法律第120号)第54条第1項に、その規定がある。
平成24年度の資料だが、多様な人材を確保しているということをアピールするために、採用候補者名簿による採用の状況が公開されていて、
それによると、平成24年度の採用者の多かった大学・学部等出身者の採用者全体に占める割合は、やっぱり東大が一位。
毎年毎年、問答無用のナンバーワンだ。
彼らにとって、多様な人材の採用とは、東大内での話しらしい。
まぁ、こんなことを言っても、勉強して総合職試験に受かれば問題ない話しなのだが。
俺みたいに。
しかし、これ見よがしに出身大学限定の身内ネタあるあるなんかで盛り上がられると、イヤミにしか聞こえないな。
これも、僻みってやつか。東大万歳、学歴万歳だ。
庶民は庶民らしくあるべしとは、どっかのエライさんのお言葉。
知らんけど。
そういう意味では、官僚なんかよりも、政治家の方が、バラエティに富んでいる。
元アイドルとかね。
と、いうわけで、例外なく東大出身の高橋氏は、その他組の俺や宮下さんと違って、知り合いやツテが多い。
すばらしい。
「よし! 俺の剣道部の後輩の先輩の知り合いで、財務省にお勤めのお友達が海上保安庁にいて、その親戚の奥さんのお友達の先輩にあたる人が、防衛省の一般職、事務官に、高校の部活の先輩の後輩としているらしい!」
「それのどの辺りが、知り合いって言えるんですか!」
「さすがです、高橋さん! やっぱり東大出身者って、凄いですよね~!」
高橋氏は、得意げに胸を張った。
「まぁな、これが実力ってもんだ」
「さすがです! やっぱり偉い人って、違うなぁ~」
宮下氏は、恐れ入ったように頭をぽりぽり掻いてる。
「さっそく連絡を取った。さすがに俺たちが防衛省の中に入るのは、簡単にはいかな
いらしいが、昼休みに出てきてくれるらしい」
「今流行の、ランチミーティングってやつですね! さっすが、かっこいいです!
俺、そういうのにずっと憧れてました!」
宮下さんは、すかさずこの近辺での空いているランチの店を予約して確保した。
すばらしい。
要するに、会えればいいんだ、俺としては。
なんだっていいし。
大事なのは、そこだ。