ぐだぐだ考えるのは性に合わないタイプなので、戻って来た。

「おはようございます」

普通に電車乗って、改札くぐって、まだ捨ててなかった社員証を手に、スーツ姿でデスクに座る。

「ちょ、なんなのいきなり!」

久しぶりに見た香奈先輩は、まったく変わってなかった。

「まだ辞表出してなかったので、セーフですよね」

「はぁ? 今のうちは、あんたの辞表どころの騒ぎじゃないからね!」

古くさいパソコンを立ち上げる。

暗証番号も社員番号も、そのままだ。

「この間の2週間の休みには、全部有給使ってください」

「厚かましいにも、程ってのがあるでしょうが!!」

「えぇ、知ってます」

香奈さんは、相変わらずちっこくて可愛らしい。

「だけど、これが俺の得意技ですから」

そのせっかくの可愛らしいお顔が、変な方向に引きつった。

「いじめてやる! お前みたいなヤツには、社会的制裁が必要だ! 嫌われろ、徹底的に嫌がらせをしてやるからな!」

「そんなの怖がってたら、戻ってなんて来ませんよ」

俺は立ち上がって、鴨志田センター長の前に立つ。

「申し訳ありませんでした」

お辞儀の角度は90度。5秒待ってから頭を上げる。

心からの謝罪のしるし。

「お帰り、君の帰りを待っていたよ」

やっぱり出来る人間は違う。

分かる人間にはちゃんと分かるんだよ、俺の価値が。

「いいんですか!? こんなの、簡単に許しちゃって、いいんですか!」

「三島くん、我々には、そんなことを言っている余裕はないんだよ。僕だって、まさか本当に、こんな切羽詰まった形で杉山くんを頼ることになるとは、思ってもいなかったけれどね」

会社に余分な人材は必要ないというのなら、俺は必要だし、その価値をもって採用されているはずだ。

「これからが、君の本当の出番だよ」

鴨志田さんが、手を差し出した。

俺は、迷うことなく彼の手を握りしめる。

力強く。

「翔大のタイムリミットは、どこまで迫っていますか?」

「栗原くんの計算に狂いはない。2年半後の夏だ」

「もっと具体的に」

「7月から、9月の間にまで絞られてきた」

あんなにかっこよかった栗原さんが、今や無精ひげのくたびれた姿にやつれ果てている。

だから俺は、ビシッと身なりを整えて、これから戦いに行くと決めたんだ。

「衝突方式の採用にあたって、各国政府との交渉は進んでいますか?」

センター長が、にやりと笑った。

「全くもって進んでない。あいつらは、今ここに至っても、事の重要性に、まったく気づいていない」

「本当に全く進んでいないんですか?」

「完膚なきまでに、進んでない」

この人は今度は、呆れたように手の平を上に向ける。

「分かりました。僕は、どこに行けばいいですかね」

「それを考えるのが、君の役目だ」

そうなんだろうな、きっとそうだったんだって、ヒマな時間をもてあまして、色々と考えていた。

たまにはそんな時間も、人生には必要だ。

翔大はやってくる。

それをミサイルで迎え撃つ方針は、決まった。

それで、どうする? 

「作戦を立てましょう。まずは、具体的なアイデアを出すことが必要です」

俺は、栗原さんの、パソコンにかじりついたままの背中を見た。

「翔大迎撃作戦は、どうお考えですか?」

彼は、ずっと自分の中で温めていたであろうアイデアを語り出す。

「一発で命中させるのは、難しいことではない。けれども、それで地上への被害が免れるかというと、それは難しい」

「どうすれば?」

「できるだけ地球から遠い位置で、どれくらい粉砕できるかだ。ショウターの形はいびつで、その構造上、衝撃に弱い角度がある。そこへ効果的に何度かミサイルを撃ち込み、爆発させれば、俺の計算では、4つには割れるはずだ」

「翔大を、4つに割るんですか?」

「観察を続けていて、気づいたことがある」

栗原さんは、翔大の画像を取りだした。

「ショウターは、その形状、体積から比較して、本来ならもっと密度が高く、重い地球近傍小惑星、NEOであっていいはずなのに、通常想定されるNEOの、約半分程度の密度しかない」

「すかすかってことですか? 軽石みたいな?」

「NEOがどうやって形成されたか、その過程によっては、軽石状である場合もある。しかし、今回のこのショウターの場合は、あくまで外見上からの観察結果からみた、想像でしかないのだけれども……」

栗原さんは、ごくりとつばを飲み込んだ。

「内部が空洞というより、ひび割れだらけという可能性がある」

「ひび割れ? じゃあ翔大は、傷だらけで瀕死の状態ってこと?」

「あくまで可能性だが、かなりの満身創痍で、かろうじて現在の形状を保っている可能性が高い」

「じゃあ、うまく爆弾を打ち込めば……」

「4つに割れる!」

栗原さんの目は、多分いま、この世の誰よりも熱く燃えている。

その意見に、鴨志田さんもうなずいた。

「分かりました。四つ割れ推しでいきましょう」

俺は、翔大の衛星画像を鞄に押し込んだ。

それだけ確認できれば、あとは俺が何とかする。

「では、行ってまいります。困ったことがあったら、すぐに電話します」

「どこに行くのよ」

センターを出ようとした俺の背中に、香奈さんが声をかけた。

「文部科学省です」

うちの管轄は、そこ。とりあえず、行ってみる。

まずは、ここからだ。