ピッキング・カルテット

宗助が返事をしてくれたことが嬉しくて、
「今日のネットのトップニュースにあがってた!

ピッキング・カルテットの活躍と施設の寄付の話題!」

夏々子は明るく返した。

「ほー、そうか」

宗助は一言笑いながら返事をした。

「ちょっと、ソウちゃーん!

ソウちゃんは嬉しくないのー?」

宗助の顔を覗き込みながら聞く夏々子に、
「なっちゃん、早くレコーディング始めんぞ!」

桑田が声をかけた。

「そうだよ、今回のアルバムはなっちゃんが指揮をとるんだから。

なっちゃんが指示を出さなきゃ、俺らはどうすればいいのかわからないよ」

瑛太も呆れたと言うように息を吐きながら、夏々子に声をかけた。
「えー」

困ったような顔をして2人に文句を言った夏々子に、
「話は後でいっぱい聞いてあげるから、今はレコーディングに集中しよう?」

宗助が夏々子の肩をたたくと、微笑んだ。

「忘れたらヤだからね?」

そう返した夏々子に、
「はいはい、忘れませんよ」

宗助は微笑みながら返した。

夏々子は嬉しそうに笑うと、
「始めるよー」

パンと手をたたいた。

「もうすでに始まってるだろ」

呆れたと言うように呟いた瑛太に、
「やっぱり、宗助さんはなっちゃんに甘過ぎだ」

桑田も同じく、呆れたと言うように呟いた。
黒のモッズスーツを身にまとい、圧巻のライブパフォーマンスで人気を博している日本を代表するロックバンド、ベイビー・スターダスト。

メンバーは、男女4人で構成されている。

年に1~2回変わる髪型と150センチの小柄な身長がトレードマークのヴォーカル、夏々子。

テナーの渋い声とオールバックの髪がトレードマークのベーシスト、玉井宗助。

ミルクティー色の癖っ毛とグレーの瞳、185センチの長身と華奢な体型が特徴的なギタリスト、植木瑛太。

夏々子ほどではないが変わる髪型とメンバー唯一の喫煙者で既婚者のドラマー、桑田康孝。

曲によっては夏々子がベースやギターを担当したり、宗助がヴォーカルを担当することもあるが、基本はこの構成である。

音楽性はパンク・ロックとオルタナティブ・ロックを主軸としているが、ロカビリーやブルースロックなどの要素を取り入られたサウンドが特徴的だ。

9年前の春にメジャーデビューをして以来、ライブでの活動を重点に置いて活躍している。
「んー、やっぱりこの曲はソウちゃんが歌った方がいいんじゃない?」

夏々子はかけていたヘッドフォンを外すと、宗助に言った。

「どうして?」

宗助は譜面から夏々子に視線を向けた。

「あたしに向いていないと言うか…」

言いにくそうに言った夏々子に、
「でも、これはなっちゃんが作った曲なんだろ?

せっかく作った曲なんだし、なっちゃんが歌った方が僕はいいと思う」

宗助は夏々子に歩み寄ると、彼女の手元にある譜面を覗き込んだ。

「そうだけど…」

確認するように譜面を覗き込んでいる宗助に、夏々子は指先で頬をかいた。

ベイビー・スターダストの曲の作詞・作曲は、主に宗助が担当している。

夏々子は気が向いた時に宗助の手伝いをすると言う感じだ。
夏々子は、時々疑問に思うことがある。

宗助はベイビー・スターダストのベーシスト兼ヴォーカリストだけではなく、作詞家に作曲家、さらにはバンドのマネージャーと言う5つの顔を持っている。

プラス、自分たちも所属している芸能事務所「スタンドバイミー」の代表取締役社長と言う6つ目の顔も持っている。

6つも顔を持っているうえに毎日がいろいろと忙しい中、いつ作詞や作曲をしているのだろう?

「少し低めに歌うことはできない?」

そんなことを思った夏々子に、宗助の声が耳に入ってきた。

「えっ、低め?」

「ほんの少しだけでいいんだ。

歌える?」

「できないこともないけど…」

「じゃあ、歌おう」

宗助は夏々子から離れると、
「もう1度あわせるぞー」

瑛太と桑田に呼びかけた。
「歌えた!」

嬉しいと言うように言った夏々子に、
「完璧だったよ」

瑛太は肩にかけていたギターを下ろした。

「後は…ラスト1曲だな。

宗助さんが歌うんだっけ?」

スティックをドラムのうえに置くと、桑田が言った。

「いや、カバー曲入れたらラスト2曲だよ。

なっちゃん、カバー曲決まった?」

宗助は夏々子に歩み寄った。

「まだ迷ってる」

そう言った夏々子に、
「まだ決まってねーの?」

桑田が呆れたと言うように返事をした。
「ノブオだって直前まで迷ってたじゃないのー!」

夏々子は頬をふくらまして、何クソと言うように桑田に言い返した。

「俺はアーティストじゃなくて曲で迷ってたんだよ。

なっちゃんはアーティストの時点で迷ってるじゃん」

桑田も何クソと言うように言い返した。

「まあまあ、アジカンとスコットランド民謡だっけ?」

夏々子と桑田をなだめると、宗助は問いかけた。

「「君という花」と「埴生の宿」、ね。

これでもたくさんの中から候補を絞った方よ」

「そうか」

宗助は呟くように返事をすると、
「両方歌って見て、気に入った方をアルバムに入れるって言うのはどう?」

夏々子に提案した。
夏々子は首を傾げて、
「ソウちゃんたちが多数決をとるんじゃなくて?」
と、言った。

「このアルバムはなっちゃんの指揮で動くから、なっちゃんの好きにすればいい。

なっちゃんが両方歌って、気に入った方を採用すればいいんだから」

宗助は夏々子の頭をなでると言った。

夏々子は笑うと、
「うん!」

首を縦に振ってうなずいた。

そんな2人の光景を黙って見ていた瑛太と桑田は、
「やっぱり…」

「甘過ぎだね」

「過保護どころの問題じゃねーな」

呆れたと言うように呟いた。
時計が1時を指差すと、昼休憩に入った。

「あーあ、やっとカバー曲が決まったよ」

桑田が両腕をあげて、大あくびをした。

「ホントホント」

瑛太は桑田に返事をすると、コロッケパンにかじりついた。

彼の横には先ほどお湯を入れたばかりのカップラーメンが置いてあった。

「瑛太、お前すげー食欲だな。

そんな細い躰なのに、一体どこに入るんだ?」

桑田は呆れているような、感心しているような言い方をした。

「これくらい、フツーのような気がしますよ?」

瑛太は当たり前のように言い返すと、最後の1口になったコロッケパンを口に入れた。