楠野さんとのお出かけのスタートは、まずファミレスでの食事だった。僕は無難にハンバーグを頼み、楠野さんはペペロンチーノを頼んだ。時々の会話を交えつつもお互い、食事に集中して割とファミレスに居た時間はそこまで長くなかった。
「次は?」
「ブティックで洋服を買いに行くの! それじゃ早速行きましょう!」
 そうしてファミレスから出てきた後の会話で楠野さんはその後ブティックで買い物をするという事だった。ファミレスでの時間が短かった反動か、ブティックでの買い物は比較的長時間で、楠野さんはその間様々な洋服を見て回ってじっくりと頭を悩ませていた。
 僕はと言うと、時々この洋服どうかな? と見せられ、それに感想を述べていた。今までこういうことをした事は無かったので斬新ではあった。
 そうして長時間ブティックに滞在して買う物を決めたらしい。楠野さんは洋服が入っている紙の買い物袋を持って出てきた。
「結構買ったんだね」
「うん、そうだね。……この後、一度行ってみたいって場所に行きたいんだけど、いい?」
「大丈夫だよ。今日は楠野さんがしたい事に僕が付き合っている訳だし」
「そうだね。次の目的地は安曇くんも楽しめるかな~って思うけど」
 割と、その前から結構楽しめてはいたけれど、彼女は自分のしたい事ばかりしている事にちょっとばかし、負い目がある様にも思えた。そんな楠野さんのご好意を無駄にするわけにもいかず、僕はそのまま彼女と共にその場所へと行く事にした。
「そう言えば、その場所ってどこなの?」
 僕は一体これからどこに行くのか全く知らない。すると、楠野さんは少し自慢げな表情で、「行ってからのお楽しみ」だと答えた。一体あの顔は何だったと心の中でぼっそりと突っ込みつつも、そのまま楠野さんの後を付いていくしかないので、僕はどんな所へ行くかを一人で考え続ける事にした。
 時間はもうすぐ夕方と言った所で、ファミレスに居た時間は多分1時間程、ブティックで買い物をしていた時間は多分3時間ぐらいだと勝手に思っている。そう思い返したら、ブティックにいた時間は結構長かったんだなと初めて実感する。ブティックに滞在していた時間は本当にあっという間で、僕は3時間もいたんだという実感があまり無かった。
 それにしても、その場所というのはいつ着くのか見当が付かない。多分、それは僕が内心どんな場所なのか気になっている気持ちが膨張して、早く見てみたいという思いもあるのだろうけど、一番は楠野さんのあの自慢げな表情だった。彼女があんな表情をするくらい、きっと凄い所なのだろうと内心勝手に思っていたからだ。
「そろそろ見えてくるよ! あと少しだから頑張れ!」
 すると、突然楠野さんがもうすぐ着くと言う事を知らせてくれて、そして僕にエールを送ってくる。
 
「ここは……」
 街を二人で歩いている際にも見えていたもので、まさか楠野さんが最後に行きたいという場所がここだとは思いもしなかった。
「これからここのビルの一番上にある観覧車に乗るからね。楽しみに待ってて!」
 都市のど真ん中にそびえ立つビルの頂上にある観覧車。この観覧車は最近出来たばかりで、これが設置されているビルと同時に造られたそうだ。この観覧車ビルは出来た当時、大きく話題になり多くの人で埋め尽くされたという話を聞いていた。
 それほど話題になっていた観覧車ビルが今日のトリを飾るという事になる。

 早速僕たちは観覧車の入場チケットを買いに受付に並ぶ。最近できただけあってたくさんの人が行列を生んでいる。皆観覧車に乗りたいという人達だ。この入場受付の所に行くまでに若者向けのショップやレストランといったものがそれぞれの階層で軒を連ねていてはいるが、やはり皆ここにきたのなら観覧車に乗りたいのだと、そう思うのだろう。
「結構並んでいるね」
 僕は話を彼女に振る。
「そうだね。でも、その分私は楽しみだな」と返してきた。彼女の言う通り、それはそれでより楽しみになるという事もある。はそう言い聞かせて、列に並んだ。
 結局僕たちが受付前まで行くのに30分かかってしまった。結構な時間並んだな、と思う。でも、もうすぐ観覧車に乗れる。
 

「安曇くん、これは絶景だね!」
 楠野さんは観覧車に乗ってまだ頂上に達していていないというのに、もう既に観覧車お馴染みの感想を連呼しつづけていた。
「そうだね」
 けれど、彼女の言っている事もわからなくはない。何せまだ僕たちが乗った直後だと言うのに、ビルの頂上から見る景色よりもスリルがあり、けれども僕の心はこれからの絶景にわくわくとしているのがわかるくらい躍っているのがわかる。
 楠野さんによると、これからこのコンドラが観覧車の頂上に辿り着けば太陽の光がめいいっぱい僕たちのいるコンドラの中を一直線に照らしてくるだろう。今のままでもはっきりとした明るさはあるものの、恐らくこれの比ではないだろう。その頂上に行くまでの旅と、その帰りは僕と楠野さん、二人だけしかいない。
 そう考えると、何か心が落ち着かない。
「そういえば、さ」
 僕は、その不思議な気分を紛らわそうとして、彼女に話しかける。
「なんで、観覧車を最後にしたの?」
 すると、楠野さんは頭を悩ませているようで、捻り声を漏らしつつ頭の中で整理を付けようとしていた。
「なんで、か……」
 もしかしたら、難しい問題を出してしまったのかもしれない。これが、なんとなくとかの理由だったら完全にこの質問をするのは失敗だったのかもしれない。しばらく彼女が悩んでいるのを横目に僕は景色の方に集中する事になった。少しずつ僕たちの乗っている観覧車のコンドラの一つ、は上に登り始めている。
 少しずつ、少しずつ、動いでいくコンドラの中で僕はどうしようかと頭の中でめぐり合わせている。ここはそんなに悩まなくてもいいと言った方がいいと思ってはいたが、彼女が折角答えてくれるのを邪魔しちゃ悪いとも思っていたし、結論から言えば早くこの時間が終わってほしかった。
 けれど、コンドラはどんどんてっぺんに差し掛かろうとする。
 その時、彼女が口を開いた。
「……何というか、難しいけど、さ。私、特別な異性と一度はこういうことをしたいって思っていたの」
 その一瞬だけ、時間が止まった。そんな感覚がした。僕と彼女以外、誰もいないこの二人だけの世界で彼女はそう答えた。まるで特別なものだと感じる。
 その瞬間、光が真っすぐに指してくる。光の方向を見ると、そこには一直線に光る赤くて大きな希望の光。
 僕は、僕たちはまさに今たった二人だけの世界にいるのだと実感する。
「……そ、それってどういうこと?」
 僕は精一杯頭から出てきた返答を出来るだけ、彼女に届く様に声音を上げた。
「安曇くんは、今までで出会った男子とはちょっと違うかなって、そう思っただけ」
 彼女は目を半分閉じて、顔を斜め方向に逸らして答えた。
 楠野さんが言う、ちょっと違うという意味は一体どういうことなんだろう。それだけが頭の中を埋め尽くして、奔放自在に頭の中をかき乱してくる。
 ただ、それだけの意味を僕が出した一つの結論へと辿りついていく。
 もしかして、楠野さんは僕の事を好きなのだろうか?
 それだけだった。けれど、僕はそうとしか思えなかった。けれど、思わせぶりな態度を見せて実は違ったり、もしかしたら僕の事をこれまでの友達とは違う、何かしら特別な存在だとみ出しただけで好きとは思っていなかったりするかもしれない。
 前者はともかく、僕は後者だったとしても、それは胸を突き破る様な衝撃を体験するだろう。今まで、特別誰かと深い関係になった事の無い僕に対して、何故彼女はそんな事を言っていたのか、一切理解できない。
「……どうなんだろ……大体そんな感じなんだけど……ちょっと違うかもしれないし」
 楠野さんはこちらが何も言わない事を心配したのか、とぎれとぎれになりつつも自分の言った事にフォローを入れる。けれど、僕はどうしようもなくただ何も言えないままだった。
 その時、何かの振動音が聞こえる。
 僕はその振動音の正体にすぐ気づく。これは、僕のスマートフォンから鳴ったものだとわかった。
「……ちょっと待って」
 そう言って、僕はスマートフォンの画面を開く。正直、このタイミングで携帯から通知がなったのは、話を変えるには最適だったかもしれない。けれど、通知の正体を知った瞬間、ドキリと鼓動が鳴った。
 通知にやってきた事は、『今年の世界少女が決まる』という題名から始まるニュースだった。
「どうしたの?」
 楠野さんの心配する声が遠く聞こえた。僕は無意識にそのニュースのページに飛ぶ。そこに書かれてあった事は、世界少女というものに関する事だ。

 『世界少女』とは、毎年行われる儀式の代表人物であり、その名の通り、対象になるのは女性だけ。この世界には主と呼ばれる存在がおり、世界少女はその主に捧げる生贄。

 ニュースに簡潔に記されていた。そして、その後に続く文はこの『世界少女』の存在に対する賛否、議論。果たして『世界少女』は必要なのか、『世界少女』の存在する理由は一体何なのか、そもそも何故『世界少女』というものが生まれたのか。
 そして、『世界少女』の制度に対する批判、肯定的意見……それらで入り乱れているのが、ニュースの文末、ニュースについたコメントで分かる。
 僕は、『世界少女』というものをあの日の図書室で知った。
 それから、忘れていたけれどこのニュースを見て、『世界少女』というものはこの世に本当に存在する事を知る。それは、架空の物だとなんとなくそう思っていた、僕の気持ちの弱さから実在をなんとなく受け入れられていなかったかもしれない。けれど、そんなものがあるなんて誰も信じないと思う。
 非現実的だ。
「……大丈夫、ただのニュースが通知で来ただけだから」
「……本当に?」
 やはり、疑われてしまう。それは、ここまでの間が長かったから彼女は何かしら、察していたのだろう。疑り深くこちらの様子を窺っていた。
「……ちょっと、世界少女が決まったって内容なんだけど、」
「世界少女が決まった……?」
 僕が見たニュースの事を話し始めると、彼女は突然僕の話を遮って、呟いた。すると、楠野さんはその一瞬から明らかに挙動不審になっていた。
 じんわりと汗が少しずつ滲み出ていた。何かに怯える様にガタガタと震えていた。
「く、楠野さん……?」
 僕は思わず彼女に駆け寄った。彼女の様子が突然おかしくなって、慌てていた。それぐらい、彼女は明らかにおかしくなっていた。
「……もう、そんな時期なんだね」
 楠野さんは顔を上げて、僕の顔を見ると微笑んだ。無理やりに。
 僕は一体彼女が何故その言葉に反応して怯えていたのかわからなかった。けれど、彼女は『世界少女』に対して何かがあるのかもしれない。そうと考えた。
 けれど、それ以上は深く考えなかった。
 もしそれ以上深く考えたら、嫌な結論にしか達しなかった。
 コンドラはゆっくりと下降していて、どんどん外の街並みが見えなくなっていくのがわかっていた。ということは、観覧車にいる時間は本当にあっという間に感じた。

 楠野さんは一人でも歩けると言って、僕の横を歩いた。けれど、顔には明らかに元気がなかった。それから、僕たちは街中でそろそろ帰ろうと結論を出して、別れる事になった。
 僕は帰りの電車で先ほどのニュースを開く。
 そのニュースについたコメントは多数がかなり過激的なコメントを残しているのが大半だった。
 僕はしばらくコメントを見た後、ページを切り替えて『世界少女』に関するニュースを調べる事にする。その中に一つ気になった記事を見つけた。それを開いて詳しい事を確認する。

 今年の『世界少女』が役割放棄未遂。

 簡単に言えばそんな内容だった。それも5年前の内容だったので、かなり古い情報ではあった。
 けれど、一つ注目したかった事は、この年の『世界少女』は僕たちが通っている高校生であったという事だった。彼女の名前は書いていなかったが、一体誰なのだろう。
 ……もしかしたら、ちょっと調べてみたら彼女の名前が出てくるかもしれない。
 そう思ってまた調べ直す。すると、そこには割と事細やかに書かれた5年前の『世界少女』に関する記事を見つける事ができた。
 その記事によると、その年の『世界少女』は藤原緑という当時高校3年生の女性だったらしい。彼女は当時の恋人である少年Aと逃走の計画を企て、逃げ出そうとしていたらしい。
 しかし、少しのミスが原因でバレて恋人の彼は逮捕、藤原緑は『世界少女』としての役割を遂行したらしい。
 けれど、その後の彼女の消息はわかっていないそうだ。
 『世界少女』とは謎が多い。……まさかそのまま亡くなった?
 政府は何も話してはいないが、『世界少女』として役割を全うした少女は死んでしまうという噂は立っていた。むしろ、それしかないという話だった。
 今までの『世界少女』全員が消息不明になっているのだ。それは、間違いないだろう。そう言った事を前提として、政府の対応を非難している人もいるくらいだ。だとしたら、何故『世界少女』に関する事を政府は何故、ほとんど話さないのだろう。謎は深い。

 翌日。気持ちは落ち着かないまま一週間の学校の最初の日が始まる。
「よお、一郎」
 朝、教室に入りすぐ席に着くなり声を掛けられた。一郎は僕の下の名前だ。
 そして、人がまだ少ない教室の中で誰が僕に声を掛けてきたのかは見なくても声でわかっていた。
「……何、多田」
「なんだよ、そのまたみたいな反応は」
 そう語る多田はちっとも不機嫌そうではなく……むしろ上機嫌な様子だった。
 同じクラスになってから毎日の様にこちらに話しかけるようになってから何だか落ち着きがない。けれども多田は、そんなに邪見するほど何か突っかかってくるわけではない。
「それで、今日は?」
「まあ、お前が聞きたいか聞きたくないかで決めるわけだが……」
「それじゃあ、とりあえず聞く」
 意外と素直に聞くな、と言って多田は笑う。まあ、聞きたくないか聞きたいかでいえばどっちでもないので、何も考えずにそう言ったのだけど。
「一郎、最近楠野さんとはどうなんだ」
 突然そんな事を聞きだしてきたのだから、一瞬頭が真っ白になってしまった。