6.1
 朝、いつものように登校するとクラスメイトが何かざわついていた。
「ねえ、どうかしたの?」
みんな私を見るなり変な顔をするので一体何事だろうと思ったが、ホームルームが始まって、担任の話を聞きようやく事態を理解した。
昨日の放課後、優香がクラスメイトの女子を叩いた。
叩かれた女子生徒の親がそれに対してひどく激昂し、今朝学校まで乗り込んできたという。現在彼女はその面談の最中らしく、その席はぽっかりと空席のまま主人の帰りを待っていた。一時間目は自習となり、私は心を決めた。
「ちょっとおなか痛いからトイレ行ってくる。先生来たらそう伝えておいてもらってもいい?」
優香とは逆側の隣の席の子にそう伝言を残し、私は教室を出るとトイレではなく図書室にむかった。
昨日の放課後、ということはおそらく私が帰った直後に何かがあったのだろう。私は少し気が引ける思いだったが事の真相をもしかしたら優香から直接聞いているかもしれない人の元へ行くことにした。
扉を開けると、久しぶりに私は先生の顔を見た。
嬉しい気持ちと共に、やはりあの日曜の夕方の、優香と並んで歩いていた横顔を思い出し、胸がきゅっと苦しくなる。先生は授業中にも関わらず私が現れたことにひどく驚いていた。
「え、どうしたの。今授業中なんじゃ。」
「優香が、今生徒指導室に呼び出されていて。でもクラスのみんなも詳しい話はわからないって言ってなにも教えてくれないの。先生は優香から何か聞いていませんか?」
先生はなぜ自分に聞くのだろうかと不思議そうな顔をしていたが、何かを思ったのか納得したように答えてくれた。
「多分昨日の話だと思う。あいつ、クラスメイトのこと叩いたんだ。偶然俺も近くでその現場見てしまったんだけど、昨日の帰りに岡本さん、クラスの子に何か声かけられてたでしょ。あのあとだよ。あいつ、その子のことを叩いたんだ。」
「どうして優香がそんなこと…。」
「それは…知りたい?君はきっと傷つくと思うけど。」
私が傷つくような何かがあって、彼女は私の代わりに怒り、私の代わりに叩いてしまったのだろう。それならば、私にはどんなに傷ついてもその真実を知る必要がある。
「先生、知っていること、なんでもいいんです。教えてください。優香は、私の大切な友達なんです。」
佐原先生は少しためらっている様子だったが、私の目を見て、それから「うん」と頷いた。
「昨日、クラスの子が君に頼み事か何かをしただろう?」
「ああ、掃除の当番を代わってほしいって。でも昨日は用事があったから断ってしまいました。いつも何もなければ代わってあげていたから悪いことをしたなと思ってはいたのですが。」
「そのあとのことだよ。君が帰ったあと、彼女、急に仲間の前で態度を変えてね、まあ変えたというより素に戻したのだろうけど。君のことを悪く言い始めた。いつもはへらへらしながら言うこと聞くのに使えない、みたいなそんな話。」
先生は私が傷つくかもしれないと言っていたが、それはなんとなく今までも察していたから不思議とそこまでショックを感じることはなかった。どちらかといえば、ああ、やっぱりなという気持ちの方が大きかったくらいだ。
「そんな話の一部始終を、優香はたまたま近くで聞いていた。俺が止めればよかったんだけど、それにも間に合わなかった。相手は三人くらいの女子生徒のグループで、優香はそこに近付いて、君に悪態をついた生徒に半ば喧嘩を売りに行った。」
「喧嘩?」
「うん。あいつが普段教室でどんなキャラで過ごしているのかはわからないけど、少なくとも俺が知っているあいつは感情的で正義感が強くて、大事な奴のためになら他人に対しても怒るような、そんな奴だよ。」
先生が優香のことをあいつと呼ぶたび、私の心はずきんと痛んだ。
それだけ親密な間柄ということなのだろう。
「まあ、それでだ。あいつは彼女たちと言い争いになって、叩いちまったってわけ。結衣子のことをこれ以上利用するような真似するな。私の大事な友達を傷つけるような奴は誰であっても許さないって。」
私はその話を聞いてここ最近の自分の態度を彼女に謝りたい気持ちでいっぱいになった。
私は結局自分自身のことしか考えていなかったのだ。
「優香…。」
彼女の名前を虚空に呼ぶと、代わりに校内放送の音声が流れた。
『二年C組の岡本さん、岡本結衣子さん、至急職員室まできてください。』
佐原先生は立ち去ろうとする私に言った。
「岡本さん、あいつが特定の誰かに対してこんなに執着するなんて、俺が知る中でも初めてのことなんだ。君はあいつにとって何よりも特別な存在なんだと思う。だから、俺からも頼む。あいつを助けてやってほしい。君にしかそれは出来ないんだ。」
私が「勿論です」と言うと、先生はそっと背中を押してくれた。
「ありがとう。あいつが君を選んだ理由、今ならすごくよくわかる。気を付けていっておいで。彼女のこと、頼んだよ。」
「はい。」私は小さく胸を張り、歩き出した。
職員室につくと担任の先生が困り果てた顔で私のことを待っていた。
「すまん岡本、俺じゃもうどうしようもなかった。」
「大丈夫です。優香はどこですか。」
小林先生は、私を応接室まで案内した。
この部屋に入るのは初めてで、(まさかこんな用件で入ることになるなんて思ってもみなかったけれど)、少しばかり緊張した。
「ちょっとお母さん、やめてください。」
扉を開けると学年主任の先生の必死の叫びが聞こえた。
「これじゃ埒があかないわ。早くその岡本結衣子って子呼びなさいよ!」
私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると応接室の扉を開けた。
「失礼します。」
「結衣子…。」
扉を開けると優香が目を丸くしてこちらを見た。
「あなたが岡本さん?」
「はい。」
「なんでこんなことになっているのか、あなた分かっているのでしょうね?」
「待ってください。彼女は関係ないでしょう。」
優香が怒る狂う同級生の母親と私の間に入ってくれた。
「関係なくないわよ。だってあなたがうちの子を叩いたのは彼女のせいなんでしょ?」
優香は目を逸らし黙っていたが、やがて大きくため息をつくと観念したように話し始めた。
「彼女が、結衣子のこと悪く言ったので、つい手が出てしまいました。ごめんなさい。」
「ほら、やっぱりあなたが叩いたんじゃない。それにしても、うちの子が他人の悪口ですって?そんなもの言うわけないじゃない。この期に及んでまだそんな言い訳をするなんて、まったく親御さんの顔が見てみたいものね。」
優香は聞き捨てならないという顔で今にも掴みかかりそうな勢いだった。
私はそれを手で制した。優香が不思議そうな顔をして私のことを見る。
私の中で、なにかがぷつんと切れるような気がした。
ああ、もういいや。いい子でいるのも、もうたくさんだ。
彼女はこんなに手放しに身を挺してまで私のことを守ろうとしてくれたのに、私は今まで何をしてきたのだろう。
今度は私が、彼女を守る番だ。
「彼女が手を出したのは確かに悪いことですが、頼まれごとをたった一回断っただけで、彼女が私のことを最悪だ、使えない、と物のような言い方をしたこと、それは他の人からも聞いています。そこは事実のようですが、お母様はなぜ、私の友人が嘘をついたと断言できるのですか。細かい事情を見ていた方があの場に他にもいたようですが、その人にも詳しいお話ききましょうか。彼女と話が一致すれば娘さんが嘘をついたというなによりの証拠になりますが、それに向き合う覚悟があなたにあるのならその方、ここにお連れしますよ。」
どうしますかと念を押すと、その人はちらりと娘の方を見た。
当事者であるクラスメイトはそれに対し、ふいと視線を逸らした。彼女の母はその態度で悟ったようだった。彼女は顔を真っ赤にすると席を立った。
「ふん、それでも手を出すなんて野蛮だわ。女の子としてどうなのかしら。今日のところは先生方のメンツもありますし、帰りますけど、二度とうちの娘に近付かないでちょうだい。」
そう言うと母娘共々そのまま応接室をさっさと出て行ってしまった。
まるで嵐が過ぎ去ったあとのようである。
先生達もやっと終わったという顔で、やれやれと顔を見合わせていた。
優香は私に対して、何か申し訳なさそうな、それでいて何かを言いたそうな表情をしていた。私はもう彼女に言うことを決めていた。
「ねえ、優香。今日の放課後、時間ある?」
「え、うん。大丈夫…だけど。」
「久しぶりに一緒に帰ろう。」
「今日は用事はいいの?」
「うん、今日は優香と帰りたい。帰り道に駅前のカフェ寄ろうよ。私パフェ食べたい。」
にこりと笑う私に優香は心底安心したという様子で頷いた。
「わたしはパンケーキのほうがいいな。」
ソファに座る彼女の手をとり、私たちは教室に戻った。
放課後、約束通り私たちは一緒に帰ることにした。私は先に靴を履き終えて昇降口の外で優香を待つ。あの喫煙所から見える小さな桜の木は昇降口からも見えるのだが、何気なく視線を向けたその木の下には佐原先生の姿があった。夕日を受けて赤く染まるその横顔があまりにも綺麗で、私は思わず見惚れてしまった。少し距離があったから彼が何をしているのかまではわからなかったが、そちらに視線を向けていると彼も私の視線に気が付いたのかこちらを振り向いた。
「おまたせ、結衣子。行こう?」
優香が後ろから声をかけ、私の手をとり歩き出す。
私は届かないかもしれないけれど、佐原先生に「ありがとう」と口の動きで伝えてみた。
気のせいかもしれないが、たしかにその時先生は笑ったように見えた。

「いらっしゃいませ。二名様ですね。空いているお好きなお席へどうぞ。」
入店すると可愛らしいエプロンをつけた女性店員がにこやかに応対してくれた。彼女は私たちの選んだ席にメニューと水を手際よく並べると、「お決まりの頃お伺いします」と言ってにこりと笑い席を離れた。メニューには色とりどりのスイーツの写真が並んでいる。私と優香はしばらくメニューとにらめっこをしてからようやく自分たちの注文を決めた。手を上げると先ほどのお姉さんが来てくれた。
「この期間限定のイチゴミルクのパフェひとつと、キャラメルパンケーキをひとつおねがいします。」
注文を済ませるとメニューをお姉さんへ手渡し、ようやく少し落ち着いた。
思えば教室で多少会話は交わすものの、ここ数日はゆっくり優香と話をするということが出来ていなかった。というより、私が一方的にそれを避けていた。
今日はその理由をちゃんと彼女に伝えようと思った。
それが彼女に対しての一番の誠意の見せ方だと思った。
注文したものがくるまでの間、私たちはくだらない話をしていた。
今日のあのお母さんすごかったよねとか、そういう類の話だ。
「最後なんか特に、ゆでだこみたいな顔してた。」
そう言ったら優香はその時の顔を思い出したのか腹を抱えて笑っていた。
注文したものは思いのほか早く私たちの前に運ばれてきた。
「いただきまーす」
二人とも一口食べては幸せそうに表情を緩めるということを繰り返した。
半分ほど食べたところで、私はようやく本題を話し始めた。
「あのさ、優香。」
「ん?なに?」
「ここ数日、私、優香に聞きたかったけど聞けなかったことがあって、だからなんだかうまく話が出来なかったの。避けているわけではなかったんだけど、いつもと違うような態度とっちゃってたんじゃないかなって。」
「いつもと違うなっていうのはそりゃ感じていたよ。聞きたかった事ってなに?」
優香は先ほどまでのゆるい表情が嘘のように緊張した面持ちで私の言葉を待った。私はここまできて引き返せないもんなと思いながら彼女に思い切って尋ねた。
「私、見ちゃったの。日曜の夕方くらいに優香が佐原先生と手を繋いで楽しそうに歩いているの。二人は…その、付き合ってるの?」
とうとう言ってしまった。優香はどんな顔をしているだろうか。やはりこんなこと聞かない方がよかったのだろうか。
びくびくしながら彼女の顔をちらりとのぞきみると、彼女はぽかんとした顔をしていた。
それから記憶を辿るように腕を組んで考えていると、しばらくして「ああ、あのときか」と納得したような声をあげ、盛大に笑い出した。
「なんだそっか。そういうことか。あっははは。」
「ちょっと、こっちは真剣に聞いているのに。」
「やっぱり、結衣子はハルくんのことが好きなのね。」
ああ、おかしかったと涙を拭いながら彼女は私に笑いかけた。
「私とハルくんはね、幼馴染なの。家がお隣で昔からよく家族ぐるみで出かけたりもしていて、だからそうだな、気持ち的にはお兄ちゃんみたいな感じ。まあ、お兄ちゃんにしてはまったく頼りにならないけど。あっちも私のことは妹みたいにしか思っていないから。安心して。」
「でも幼馴染同士のカップルだって世の中には沢山いるよ?」
「もう、結衣子は疑り深いな。私は私でちゃんと好きな人がいるの。もちろん、ハルくんじゃなくてね。」
「え、そうなの?」
彼女からはまったくそんな素振りは見えなかった。彼女はかなりモテる方でよく告白だってされていたというのに、そんな彼女が『付き合っている』ではなく『好きな相手がいる』という言い方をした。それはつまり、
「優香の片思いってこと?」
私の問いかけに彼女はさも残念そうにうなずく。
「そう、だから私と結衣子は片思い同盟なのです。」
「それはまた、なんとも不名誉な同盟だね。」
「まあそう言わないでよ。」と彼女は明るく笑う。
「ねえ、優香の好きな人はどんな人なの?」
今まで浅く広くの関係しか築いてこなかった自分にとって、そんな込み入った話をしてもいいのかは実のところ全くわからなかった。
もしかしたら怒らせてしまうかもしれない。それでも私は優香のことをもっと知りたいと思った。彼女がどんな人を好きになるのか知りたかったのだ。
「まあ、そうね。結衣子は口堅そうだし言ってもいいかな。」
彼女は最初躊躇っていたが、その持前の綺麗な髪に軽く指を絡めながら、小さな声で名前を告げた。
「瀬尾先生。」
「瀬尾先生ってあの…数学の?」
彼女は黙って頷いた。
「知らない人も多いんだけど、瀬尾先生とハルくんって学生時代の同級生なの。だからたまに私がハルくんの家に遊びに行った時に会ったりはしていて、私の中ではあんまり先生って感じじゃないの。向こうもプライベートで会う時は優香ちゃんって呼んでくれるから、それが嬉しくて。結衣子が私とハルくんを見かけたっていう日も、今度また瀬尾先生がハルくん家に遊びに来るっていうから買い物に付き合ってもらっていたの。」
あの月曜日の朝見せてくれた可愛らしいいリップは佐原先生のためのものじゃなくて、瀬尾先生に見せるためのものだったらしい。
「そうだったんだ。全然知らなかったよ。」
「そりゃそうだよ、だって私学校の子に初めて話したんだもん。結衣子だけは特別。」
そう言ってにこりと笑う彼女はやはり眩しくて可愛いと思った。
「でも、私もそうだけど、相手が先生なわけじゃない?優香はその、気持ち伝えたり、するの?というか、もうしたの?」
「ううん。私はまだ言ってない。卒業するまで言わないつもり。多分向こうはもう気が付いているだろうし、私の気持ち。」
「そうなの?」
彼女は平気そうな顔をしていたが、同時にもどかしそうな表情もしていた。
「うん。在学中に告白したところで困らせてしまうのは目に見えているもの。だから今は沢山女磨きをするの。それで卒業と同時に満を持して告白するというわけ。」
いい考えでしょ?と彼女は笑ってパンケーキの最後の一口を口の中に放り込んだ。
パンケーキとパフェをお互いに平らげると、私たちは一緒にお店を出た。
これから少しずつ外の空気が柔らかな春の風から梅雨に向けて準備を始めていく。
私と優香がこうして出会って、喧嘩とまではいかないけれど、すれ違いをして、季節が流れていくように、きっと変わらないものなんてないんだろうなと外気の匂いにふとそう思った。
店を出た後、優香は私の隣を歩きながらつぶやいた。
「でもそっか、ハルくんか。」
私にはその言葉の真意が掴めなかった。
「結衣子は、ハルくんに好きな人がいることは、もう知っているの?好きな人というよりも、忘れられない人って言った方が正しいのかもしれないけど。」
私は頷いた。すべてを把握しているわけではないが、その相手がどんな女性で、彼が片思いではなく本当は両想いなのだということも、わかっている。
それを優香に相談するべきか、私はこの期に及んでまだ悩んでいた。
「結衣子?」
私は我慢できずにその場でぽろぽろと泣き出してしまった。
優香はびっくりしていたものの、私の手を引いて人気のないパーキングまで歩いた。
緑色の金網にもたれかかりながら二人で空を眺める。あたりは大分夕闇に包み込まれていた。
「ごめんね、いきなり泣いちゃって。」
「ううん、大丈夫?」
心配そうに私の顔を覗き込む彼女に私は大丈夫と答える。やっぱり、彼女には打ち明けてしまおうと思った。一人で抱えておくにはあまりにも苦しかった。
「優香、私ね、知ってるの。というか会ってるの。佐原先生の好きな人。」
「え、静香さんこの街に来てるの?」
私は黙って頷く。
「最近放課後にすぐ帰っていたのは、彼女に会うためだったの。初めは知らなかったのよ、彼女が先生の好きな人だったなんて。でも話をするうちにいろんなことが繋がっていった。彼女はとても綺麗だし、優しいし、素敵な女性だった。あんな人がいたんじゃ先生が忘れられなくなるのも当たり前だよ。」
私の言葉のひとつひとつに頷きながら、優香は私の手を握ってくれた。
「静香さんね、本当は佐原先生に会いたくてこの街に帰って来たんだと思う。だけど今更合わせる顔がない、私は逃げたからって、そう言ってとても苦しんでいた。静香さん、佐原先生との話をするときすごく幸せそうな顔をするの。あの人は本気で佐原先生のことが好きなんだと思う。でも私が先生のことを好きだって気持ちもわかっているの。だからね、最後の選択肢を私に委ねたんだ。残酷なことをするようだけど、選んでほしいって。」
「選択肢?」
「静香さん、またこの街を出てしまうの。そして佐原先生はまだ、静香さんがこの街にいることを知らない。私が話してしまえば先生は静香さんのもとに行ってしまうかもしれない。逆に私が黙ってさえいれば先生は静香さんに会うこともなく、静香さんがここにきていたことも知らないまま、私は先生にアプローチができる。私は君がどちらを選んだとしてもすべてを受け入れる、だからどうしたいかは君が選んでほしい。そう言ってた。」
「なによそれ。身勝手じゃない。結局一番苦しい選択肢を結衣子に押し付けて、良い恰好して逃げているだけだわ。そんなの伝えることないよ、結衣子。」
憤慨する優香を見たらなんだかおかしくて私はつい笑ってしまった。
「どうして笑うの?」
「だって、優香のことじゃないのに、優香ったら私よりも怒っているんだもん。」
「当たり前でしょ。友達なんだから!」
なんだか、私にはそれで十分な気がした。
こうして私のために怒ったり泣いたり笑ったりしてくれる友人がいてくれる。
それだけで今は十分じゃないか。
「あのね、優香。わたしずっと迷っていたの。先生に伝えるかどうか。でもやっぱり、ちゃんと伝えることにするよ。」
優香は信じられないという顔で私の肩を掴んだ。
「どうして…。だって結衣子、ハルくんのこと好きなんでしょう?だったら…」
「だからこそだよ、優香。」
「え?」
「大好きだから。初めてこんなに好きになれた人だったから、私はどうしても先生には幸せになってほしいの。それに私、まだ会ってから数回しか話したことはないけれど、先生に負けないくらい静香さんのことだって大好きなのよ。あの二人の幸せを奪うようなこと、私にはできない。」
優香は「結衣子のお人好し!ばか!」と何度も言いながら私を抱きしめて泣いた。
「私だって結衣子が一番大事だもん。だから結衣子が幸せになれないならハルくんのことだって絶対許さない。でも、人を大事にできる結衣子のそういう優しいところが、私は大好きなのよ。」
私は優香に出会えて本当によかったと心の底からそう思った。
彼女がいなかったら私は先生に伝えようという決意もできなかっただろうし、そんな自分を嫌いになっていたことだろう。
「本当に優しいのは、優香の方じゃない。」
泣きじゃくる彼女につられて、私の目からはまた涙があふれ出た。
沢山泣いたらなんだか気持ちがすっきりとして、前よりも心が随分と軽くなった気がした。
私も優香もひどい顔で、お互いに顔を見合わせて笑ってしまった。
「どこかで顔洗って帰ろうか。このまま帰ったらお母さん心配しちゃう。」
「そうだね。」
私たちは顔を洗ってから家路についたが結局帰りが遅かったことで二人ともこっぴどく叱られたのだった。
6.2
 ちょうど一時間目の授業が始まるかという時間だった。図書室の鍵を開け、今日の業務予定を頭の中で組み立てていると、突然入り口の扉が開いた。この時間に誰かが来るというのは珍しいことだった。
誰だろうかと入り口を見ると、そこにいたのは岡本さんだった。
「え、どうしたの。今授業中なんじゃ。」
「優香が、今生徒指導室に呼び出されていて。でもクラスのみんなも詳しい話はわからないって言ってなにも教えてくれないの。先生は優香から何か聞いていませんか?」
俺は彼女に優香との仲を話したことはなかったはずだが、なぜほかでもない俺のところに彼女は来たのだろう。職員側ではあるから何かを知っていると思ったのか、はたまた知らない間に優香が彼女に何か話していたのか、実際のところはわからないが、まあどうでもいいか、そんなこと。そんな風に思った。
俺は昨日見たままを彼女に話すことにした。
「多分昨日の話だと思う。あいつ、クラスメイトのこと叩いたんだ。偶然俺も近くでその現場見てしまったんだけど、昨日の帰りに岡本さん、クラスの子に何か声かけられてたでしょ。あのあとだよ。優香、その子のことを叩いたんだ。」
「どうして優香がそんなこと…。」
「それは…知りたい?君はきっと傷つくと思うけど。」
念のため確認してみたのだけれど、予想していたよりも強い意志を持った目で彼女は俺に教えてほしいと言った。なんだ、こんな目もできるんじゃないかと少し驚く。
「先生、知っていること、なんでもいいんです。教えてください。優香は、私の大切な友達なんです。」
「昨日、クラスの子が君に頼み事か何かをしただろう?」
「ああ、掃除の当番を代わってほしいって。でも昨日は用事があったから断ってしまいました。いつも何もなければ代わってあげていたから悪いことをしたなと思ってはいたのですが。」
「そのあとのことだよ。君が帰ったあと、彼女、急に仲間の前で態度を変えてね、まあ変えたというより素に戻したのだろうけど。君のことを悪く言い始めた。いつもはへらへらしながら言うこと聞くのに使えない、みたいなそんな話。」
こういう話、一番気にする子だと思ったのだけれど、彼女は案外平気そうな顔をしていた。
だから俺はそのまま話を続けることにした。
「そんな話の一部始終を、あいつはたまたま近くで聞いていた。俺が止めればよかったんだけど、それにも間に合わなかった。相手は三人くらいの女子生徒のグループで、あいつはそこに近付いて、君に悪態をついた生徒に半ば喧嘩を売りに行った。」
「喧嘩?」
「うん。あいつが普段教室でどんなキャラで過ごしているのかはわからないけど、少なくとも俺が知っているあいつは感情的で正義感が強くて、大事な奴のためになら他人に対しても怒るような、そんな奴だよ。まあ、それでだ。あいつは彼女たちと言い争いになって、叩いちまったってわけ。結衣子のことをこれ以上利用するような真似するな。私の大事な友達を傷つけるような奴は誰であっても許さないって。」
さっきまで平気そうな顔をしていたのに、優香の言葉を伝えた途端、今度は泣きそうな顔になった。
「優香…。」
彼女が親友の名前を呼ぶと同時に、校内放送の音声が彼女を呼んだ。
『二年C組の岡本さん、岡本結衣子さん、至急職員室まできてください。』
行かないとと今にも駆けだしそうな彼女に、俺はどうしても伝えたいことがあった。
「岡本さん、あいつが特定の誰かに対してこんなに執着するなんて、俺が知る中でも初めてのことなんだ。君はあいつにとって何よりも特別な存在なんだと思う。だから、俺からも頼む。あいつを助けてやってほしい。君にしかそれは出来ないんだ。」
「勿論です」という彼女の姿は初めて会った時よりも随分と逞しくなったように思えた。
この年齢の子の成長というのは本当に著しいものだと思う。
「ありがとう。あいつが君を選んだ理由、今ならすごくよくわかる。気を付けていっておいで。彼女のこと、頼んだよ。」
俺が背中を軽く押してあげると彼女はその勢いで歩き出した。
「はい。」
そう言って遠ざかる彼女の背中を俺は黙って見守るしかできなかった。

その後は一日、あの二人はどうなったのだろうと気が気じゃなかった。
「ああ、だめだ。気になる。」
放課後、俺はすっと立ちあがると煙草とスマートフォンを持って例の場所へ向かった。職員室に乗り込むほどのことにはしたくなかったので、煙草に火をつけながら画面に文章を打ち込む。
『おつかれ。今朝の優香と岡本さんのこと、なにか知っていたら教えてほしい。暇なときに連絡くれ。』
送信先に瀬尾のアカウントを選択し、送信する。
ほどなくしてメッセンジャーのアプリが送信完了を告げた。
今まで他人にそこまで興味を示さなかったのは自分も同じだった。
かつての少年は、今こうしてまったくの他人のことでこんなにもヤキモキしている。これは俺がきちんと大人になったという証拠なのだろうか。ここに赴任した際の校長の言葉が頭をよぎる。
「人なんて、そう簡単に変われやしませんよ。」
たしかにそうだけれど、俺は確かにあの頃と比べたら変わったと思う。
優香も岡本さんも、瀬尾も、静香も、みんな変わっていないようで少しずつ変わっている。
俺が高校生だった頃、あの校庭の隅の桜はただ咲いている花でしかなかった。
ただそこにあるだけの木としてしか価値のないもので、当時何故静香があんなにもあの桜の木に執着していたのか俺には理解できなかった。
俺は煙草の火を消して、そっと桜の木に近付く。
何処からともなく視線を感じて振り返ると、そこには岡本さんの姿があった。
昇降口のところで誰かを待っているようで、しばし様子を見ていると、後ろから笑顔の優香の姿が見えた。
「なんだ、もう仲直りしてんじゃん。」
大人が手出しをしなくても、彼女たちももう立派な大人なのだ。
子供だと思っているのは周りの大人たちだけで、当人からしてみれば真実は違っている。
俺だって、彼女たちくらいの時には自分はもう大人なんだと思っていた。
もしかしたら、年齢として大人と言われる自分達よりも、彼女たちの方が余程大人なのかもしれなかった。
岡本さんは優香と顔を見合わせて楽しそうに校門の方へ足を踏み出したが、去り際にもう一度、こちらに振り返った。
「ありがとう」
距離もあるため何を言ったのかは正直定かではない。しかし彼女はその時、確かにそう言ったように見えた。
その笑顔があまりにも晴れやかで、俺は彼女を美しいと思った。
「まったく、かなわないな。」
やれやれといった気持ちでほんの少し、笑ってみせた。

さて、戻ろうかと思ったところでスマートフォンが振動した。
瀬尾からの返事だった。
『万事解決。伝えるようなことは特にないけど、久しぶりに飲みにでも行かないか?』
瀬尾からの誘いに俺はすぐに賛同した。
「おつかれ。」
学校近くの安居酒屋で俺と瀬尾は生ビールを注文した。
瀬尾とこうしてゆっくり酒を交えて話すのはいつぶりになるだろう。
「なんかいろいろあったみたいだけど、二人とも解決したみたいだな。俺も詳しくは事情知らないけどさ、帰りがけに二人が一緒に帰ってるところ見たよ。若いっていいな、喧嘩してもすぐに仲直りだ。」
「瀬尾も俺もまだそんなこと言うほど歳とってないだろう。」
「あの子らに比べれば随分歳をとったよ。だって俺が高校生の時、新任の先生なんて大人に見えてたし、お前とこうして酒飲んでるところなんて想像もつかなかった。」
そこでちょうど店員が冷えた生ビールをふたつ運んできた。
俺達は何の意味もなく乾杯をして、到着したばかりのアルコールを喉の奥へと流しこんだ。
「俺前から聞きたかったんだけどさ、佐原。」
「なんだよ。」
「お前、高校入ってからちょっと変わったじゃん。ずっと真面目な奴だったのに急に授業ふけったり、髪染めたり、俺らとも遊ばなくなったしさ。」
「うん。」
あの頃俺は少しばかり自分を見失っていた。何があるわけでもないのに何かに追われているように不安になって、みんなと同じでいなきゃいけないことに疑問を抱くようになった。
「俺結構焦ったんだぜ?お前が俺の知ってる佐原春人じゃなくなっちまうような気がして。でも二年になったぐらいのときにさ、お前また急に戻ったじゃん。何事もなかったみたいに。ずっと不思議だったんだよ。あれは、やっぱ彼女の力なわけ?」
「ああ、そういえばあの頃の話ってあんまりしてなかったっけ。」
「そうだよ。なんかあまりにも急に変わったもんだから俺もそのことについて触れていいのかわからなかったんだ。だけどもう俺らもこうして大人になったんだし、もう時効でしょ。無礼講ってことでさ、聞いてもいいかなって思ったわけ。」
「そんなに気にしなくてよかったのに。」
俺が笑うと瀬尾はビールを一気に飲み干して、店員を呼んだ。
「すいません、もう一杯。」
ジョッキを掲げるとそれを見た店員は注文を把握し厨房へと引き上げて行った。
「まあ、夜は始まったばかりだし、気長にいこうぜ。」
「そのわりに飲むペース早くない?」
「佐原が遅いんだよ。」
少し赤らんだ顔をして瀬尾は楽しそうにそう言った。
新しいビールが来たところで、仕切り直す。
「それじゃ、今夜は昔話でもしようか。今思えば思春期特有の気持ちの揺れ動きみたいなもんだったんだろうけどさ。瀬尾は考えたことなかった?自分はこの先どうなっていくんだろうとか、何になりたいんだろうとか、そういうこと。」
「ああ、なくはなかったけど、なるようになるかって思ってた。」
「はは、お前らしいな。」
俺はジョッキについた水滴を眺めた。
グラスを伝う水滴を指でなぞる。
「俺はお前が言う通り、変なところで真面目だったから、多分他の奴らよりもそういうことをずっと考えてた。そうしたら、真っ暗な暗闇のなかにずぶずぶ足をからめとられていくみたいに身動きが取れなくなるような気持ちがしてきて、誰かと話していても、それは本心なのかとか、そんなことばかり考えるようになっていった。問題も何もおこさない真面目ないい子が学校っていう社会では評価されるけど、世の中はむしろ個性が個性がって声を大にして言うだろう?でも実際大人たちを見てもやっぱり学校のそれと変わらないんだ。だから俺はもうわからなくなった。何が正しいのか、自分は何がしたいのか。だから馬鹿みたいに今までの自分と真逆のことをしてみようと思った。それで自分自身や周りがどうなるのかを知りたかった。まあ、結局なにしてんだって怒られるだけで特になにも変わりやしなかったんだけど。」
瀬尾は黙って俺の話を聞いていた。
酒のせいか、今日はやけに饒舌だなと自分自身に笑ってしまった。
「そんなときに出会ったのが静香、蝶野先生だった。」
彼女は初めて会った時から他の先生達とまとっている空気が違った。
なにが違うんだろうと当時はずっと不思議に思っていた。
「あの人は、生徒とか子供とか、そういう言葉は口にするけど、他の大人と違ってちゃんと個としての俺を見てくれた。はじめて会った時から、いなくなるその日までずっと。
教師のくせに生徒の前でも平気で煙草を吸うし、今だったらPTAに即刻訴えられそうなものだけど。俺と出会ってからすぐの頃、俺の髪を見て君には似合わんなとあっさり言ってのけたんだ。本当になんの遠慮もなく。でも当時の俺にはかえってそれがとても心地よかった。こんな大人もいるんだなって思った。そんな人だったから俺も居心地がよくなって、静香に頻繁に会いに行くようになった。彼女と会って話をするときだけ、息苦しさも不安も消えた。俺は多分以前の俺に戻ったわけではなくて、静香に会って変わったんだ。ただ変わった先が以前の俺に近いものだったから、瀬尾からしたら以前の俺に戻ったように見えただけ。瀬尾の言う以前の俺に戻ったっていうその頃には、俺は俺で良かったんだって、そんな結論が出ていたから。もう髪色変えたりだとか、問題行為だとか、そんなことをする必要性がなくなったってわけ。」
瀬尾は店内に灯る提灯の灯りを何とはなしに眺めていた。
「俺はお前のことをすごく知ってるつもりでいた。それは逆もしかりで、俺のことを一番知っているのはお前なんだと思っていた。でも、そうじゃなかったのかも。俺、お前がそんなこと考えていたなんて今初めて知ったんだ。」
「初めて他人に話したからな。今の話、親にも静香にもしたことないんだ。初めて今、瀬尾に話した。だって恥ずかしいだろう。そんな思春期の悩みを打ち明けるだなんて。でも瀬尾になら話してもいいかなと思った。なんか今日、優香達を見ていたらそんな気持ちになったんだ。」
「じゃあこうして今話が聞けているのは彼女たちのおかげってわけだ。」
「まあ、そういうことになるな。」
ありがたいねえと瀬尾が笑う。
俺はちょうどいい機会だと思い、今度は瀬尾に聞きたかったことをぶつけることにした。
「なあ、瀬尾。今度は俺から聞きたいことがある。」
「優香ちゃんのことだろ?お前過保護だから。」
質問する前にすっかり見透かされていたようだ。
「あいつ、本気だぞ。お前のこと。」
「そんなの知ってる。あの子を見てれば嫌というほど伝わるよ。」
「お前はどうなの。あいつのこと。」
瀬尾は困ったように笑った。
「本音を言えば、好きだよ。さすがに先生が生徒に手を出すわけにはいかないから今は何も知らないふりをしているけど。もしも彼女が卒業する頃になってもまだ俺を見ていてくれたなら、俺はその時彼女を受け入れるつもり。」
「それまでにあいつが心変わりをしたら?」
彼女がどれだけ長い間この男を見てきたのか、俺は近くで見てきたからよく知っている。そんな未来はまずありえないのだけど、それでもその答えを無性に聞いてみたくなった。
「その時は今度は俺が待つかな。そんでまた俺を好きにさせる。」
それは少し意外な答えだった。
「瀬尾先生はモテるから随分と余裕の答えを出しますね。」
俺が茶化してみせると瀬尾は頬杖をついた。
「そう見えるならお前の目は節穴だな。」
「なんだよ急に。変な事聞いたから怒ったのか?」
瀬尾は視線だけこちらに向けた。
「余裕なんてねえよ、彼女可愛いし。さっきはああ言ったけど、あれも八割方ただの強がりだ。心変わりなんてされた日にゃショックで立ち直れない。でも、誰と一緒にいるかを決めるのは彼女だから。」
瀬尾は急に真面目な顔をして俺にもう一度、同じ言葉を言った。
「佐原、誰と一緒にいるかを決めるのは、自分自身なんだ。」
急にどうしたのだろうかと不思議に思ったが、瀬尾は残っていたビールを飲みほして空のジョッキを机の上に置いた。
「佐原はこの先、誰とともにありたい?誰の手をとり、誰の笑顔を見たいと思う?」
俺の頭に浮かぶのはたった一人の女性しかいなかった。
瀬尾は言いにくいことを言うために、先程から酒を飲んでいたのかもしれない。
「どこにいるのかは俺も知らないんだ。だけど先月あたりかな、学校に電話がかかってきた。それを取ったのは俺だった。」
なんの話だろうと思った。
「校長につないでほしいという電話だった。名前を聞いたらその人は蝶野と名乗った。」
俺は思わず大声を上げていた。
「静香だったのか?用件は?なんて言ってた?」
「落ち着け佐原。」
そこで店内の視線が自分達に集中していることに気付き、俺は「悪い」といって座りなおした。店内は何事もなかったかのようにまた雑多な空気に戻った。
「近いうちにこの辺りに行こうと思うから挨拶に伺いたいと言っていた。日にちが決まったらまた連絡するから校長にその旨を伝えてほしいとそう言っていた。」
「静香が、この街に?」
最後に会った日の彼女の顔が思い浮かぶ。
「佐原君」と呼ぶ声が聞こえた気がした。
「彼女がいつ来るのかはわからない。だけど、もし会えたなら佐原」
瀬尾はいつになく真剣な目をしていた。
「今度は絶対に、その手を離すな。」
俺はざわつく心を静めながら、しっかりと頷いた。
7.1
 静香さんから電話をもらったのは放課後、優香と帰ろうと校門を出て少ししたくらいのことだった。突然ポケットの中で携帯が私を呼んだ。
画面を見ると蝶野静香の文字が表示されていた。彼女がいきなり電話をかけてくるのは珍しい。
「もしもし?」
『もしもし、急にごめん。今、大丈夫かい?』
「はい、どうしたんですか?」
電話の向こうの彼女は何か覚悟を決めたような声をしていた。
『もう少しこっちにいる予定だと伝えていたのだけど、今日ここを発つことにした。だから君にはちゃんと伝えておこうと思って。』
「そんな…そんなのいきなり過ぎますよ。」
『気が変わったんだ。もう行かないといけない気がしてね。』
彼女の言葉に私の頭は真っ白になっていた。
それでも考えるよりも先に言葉が飛び出していた。
「静香さん、何時くらいに出ないといけないとか決まってますか?最後にちゃんと話がしたいんです。」
彼女は少し悩みながらも私の申し出を受けてくれた。
『日が暮れる前にはこの街を出る。せっかくそう言ってくれるなら、あの桜並木のところで待っているよ。』
じゃあまたあとでといって電話は切れた。
私は通話の終わりと共にくるりと踵を返し、また校舎の方に向き直った。
「どうしたの?結衣子。」
「ごめん優香、急用ができたの。私、学校に戻らなきゃ。」
「ちょっと結衣子!」
優香に背を向け、私は一目散に学校へと走った。
「佐原先生!」
図書室の扉をあけるとカウンターの前に何故か佐原先生は立っていた。
先生は驚いた様子でこちらを見ていた。
それはそうだろう。こんなに走ったのはいつ以来かわからないが、心臓がばくばくとうるさくて、汗が滝のように流れてくる。
「どうしたの、そんなに慌てて。」
先生は何事かという顔をしていた。
「それどころじゃないの。お願い。早く行ってあげて!」
あまりにも走ることに必死だったから言葉がうまく浮かばなかった。
これじゃ先生だって何がなんだかわからないだろう。
「ちょっと待って、落ち着いて。一体どこに行けっていうの。何があるの。」
「静香さんが先生のこと待ってるの。早くしないと間に合わなくなっちゃう。」
「今…なんて?」
佐原先生は明らかに動揺した顔をしていた。私と彼女は接点がないはずだったから先生からしてみれば驚くのも当然だった。
「説明している時間もないんです。早くしないと静香さん遠くに行っちゃうから。早く。私は一緒に行けないから、先生が行って。桜並木で待ってるって、静香さんそう言ってた。」
先生はすぐにハッとして
「駅前の、桜並木か。」
そういうと一目散に駆けだしていった。
図書室に一人残った私はなんだかたまらない気持ちになって、先生がいつも煙草を吸っていたあの場所に向かった。
扉をあけるとまだかすかにいつもの煙草の匂いが残っていた。
おそらくついさっきまで、彼はここにいたのだろう。
その残り香を感じた瞬間、佐原先生と過ごしたここ数日間の出来事が頭をよぎった。
初めて会った時の困ったような笑顔や、肩にそっとかけてくれたカーディガンのぬくもり。何かを思い物憂げにしている横顔、煙草の白い煙と、低くてあたたかい声。
不器用で、一途で、まっすぐな、どこか子供のような大人の男性。
「佐原先生」
声に出してみたら色んな感情があふれ出てきて、私はその場にうずくまり、声を殺して泣いた。
私は先生と出会ってはじめて本当に人を好きになるという気持ちを知った。
笑った顔も、何気ない仕草も、彼女のことを想うその横顔でさえも、すべてが愛おしく、大好きだった。
だけどもう、それも過去にしなければならない。
「大好きだ」ではなく「大好きだった」に私は変えなければならない。
ここまで来たのはそのための選択に他ならないと私は自分でもわかっていた。
ただ、世の中にこれほどまでに苦しい感情があることを私は知らなかった。
「ああ、これが失恋か…。」
やはり佐原先生は先生なのだ。
本当の恋の始まりと終わりを、彼は身をもって教えてくれたのだから。
7.2
 俺は煙草を吸いに行こうと、あの喫煙所へと向かった。
重い扉の向こうはほんの少し春の香りが薄らいでいた。
「もう、春も終わっちまうのか。」
煙草に火をつけながら、その先に、もう見ることは叶わないのかもしれない、あの華奢な背中を思い浮かべる。何度か一緒にここで桜を眺めたことがあったが、彼女はそのたびに愛おしいものをみるような表情をしていた。
「佐原君は好きな季節というものはあるかい?」
「これといって特にないかな。春とか秋は過ごしやすい気候だから好きだけど、それくらいのものでしかないから、思い入れとかは特にない。静香は、そういうのあるの?」
「私は春が一番好きなんだ。」
「それはいったい何故?」
「桜の花が好きなんだ。いや、違うかな。好きでもあるんだけど、嫌いでもある。ほんの一時だけど、あの花は毎年綺麗に花をつけては人々の記憶に残っていくだろう。毎年毎年、季節を巡って、たった一瞬花を咲かせる。それは一年という時間の中であまりにもわずかな時間だけど、どんなに一瞬だったとしても、その姿は人々の心の中にずっと根付いていく。それがとても美しいと思うんだ。あの桜という花は刹那と永久をどちらも内包しているんだよ。私はそんな存在が少し羨ましいとも思ってる。そんな風に生きられたらいいのにって、散り際まで含めて誰かの心にずっと息づいていくようなそんな人になれたらいいのにって、そんなことをつい考えてしまうんだ。」
それだけ聞くと好きなんだか嫌いなんだか分からなくなってしまいそうだが、彼女はきっとその思想も含めて桜というあの木が好きなのだろう。
「そんなの、もう十分なってるよ。」
「え?ごめん、今何か言った?」
春特有の少し強い風は俺の言葉をどこかに攫って行ってしまったらしく、静香には届いていなかった。あの時、もう一度言い直していたら、彼女に俺の気持ちは届いていたのだろうか。
「そんなたられば話をしたところで、今更どうなるんだっつーの。」
俺は苦しい気持ちを煙草の煙と一緒に吐き出した。
白煙が青空に吸い込まれていく。
ぼんやりと空を見上げていると、がちゃりと扉が開いた。
俺はてっきり岡本さんが何かの用事でここに立ち寄ったのだと思って油断していた。しかし現れたのは意外な人物だった。
「え、あれ、お疲れさまです。一体どうして校長が、こんなところに?」
そこにいたのは校長だった。
「図書室に行ってみたのですがご不在だったので、もしかしてこちらかなと。」
「そんなわざわざご足労いただかなくても社用携帯でも鳴らしてくださればよかったのに。」
「いやなに、私もたまには息抜きがしたいのですよ。」
そうは言うが校長は昔から非喫煙者だ。煙草なんて吸わない。
仕事の合間の休憩というのは嘘ではないにしろ、図書室で待たずここまで来たという行為には何かしらの意味があるのだろう。
「仕事ばかりでは息が詰まりますからね。ところで、僕には何の用だったのですか?」
「ああ、そう。伝えておきたいことがありまして。」
「伝えておきたいこと?」
「君がまだ学生としてこの学校に通っていた頃の司書の先生、覚えていますか?蝶野静香先生という女性の方なんですが。」
校長から静香の名前が口をついて出てきた瞬間、俺は妙な汗をかいた。
「存じていますが、その蝶野先生がどうかされたんですか?」
「いえね、彼女辞めてすぐに地元へ帰られたんですが、今ちょうどこの街に滞在されているそうなんですよ。先ほど、校長室にご挨拶に見えました。すぐに帰ってしまいましたが。」
その時の俺は、きっと目に見えて顔色が変わっていたのではないだろうか。
いなくなった静香が、この街に帰ってきていて、先ほどまでここにいた。
まだ近くにいるかもしれない。
「佐原先生は、彼女と当時随分仲がよさそうに見えた。きっとあなたに会えたなら彼女も嬉しいでしょうね。もしかしたら図書室にはいらっしゃるかもしれません。」
俺はその言葉に冷静ではいられなくなった。
校長はそんな俺の様子を見るなり、表情を変えずに俺の名を呼んだ。
「佐原先生。」
「なんでしょう。」
俺は一刻も早く図書室へ戻りたかった。用件があるなら早く言ってくれと気持ちばかりが急いていく。
「佐原先生、今日は随分と顔色が優れないように見えますね。」
「え?そんなことは…」
突拍子もない校長の言葉に俺は困惑した。
「ご自身では気付かないうちに疲れがたまっておられるのではないでしょうか。今日は早退してはどうですか?」
皆まで言われてようやくこの人の言わんとしていることが分かった。
図書室にはいるかもしれないが、いないかもしれない。
これはおそらく、もしいなかった時はそのまま探しに行けというあの人なりの配慮だった。
「そうかもしれません。急ですが、構いませんか?」
「もちろん。」
「ありがとうございます。」
俺は校長に一度頭を下げて、すぐに扉を開けて駆けだした。
急いで図書室に戻り扉を開けたが、そこに静香の姿はなかった。
しんとした空気と紙の匂いが立ち込めるばかりで、利用者はいない。
静まり返った図書室は彼女と最後に話をした日を想起させた。
ふと、カウンターに置かれたメモ帳が目に入る。
それはいつも仕事の合間のメモとして使っていたものだったけれど、白紙だったはずの一番上のメモ用紙には文字が記されていた。
その筆跡は何度も見てきたもので、誰が書いたのかが俺には一目でわかった。
静香はたしかにここに来ていたのだ。
メモ帳には細い字でたった一言だけが記されていた。
『君と過ごしたあの日々は本当に幸せだった。ありがとう。』
俺は泣きそうになるのを必死にこらえてすぐに彼女の行き先を考えた。
遠方にいた静香がこの街に来て、行きそうな場所とはどこだろうか。
そこまで考えて、ふと俺は気付く。
俺と静香を結ぶ関係など教師と生徒という間柄しかなく、それ以外のプライベートな彼女のことなど何一つ知らなかったのだ。俺は確かに彼女に恋をしていたし、愛していたけれど、それは先生としての彼女であって、蝶野静香という一人の女性としての彼女ではなかった。俺は彼女自身のことについては何一つ見えていなかったのだ。恋は盲目だと言うけれど、あの頃の俺は見えていなかったというよりも、見ようとすらしなかった。
こんな時、彼女が行きそうな場所すら何一つ見当もつかないなんて、情けないにもほどがある。彼女との記憶はほとんどが図書室かあの非常口の外の喫煙所で他にヒントになりそうなものなど見当たらなかった。
ほとんど絶望に近いような感情が俺を飲み込んでいく。
俺はまた、彼女を引き留めることができないのか。
あの細い体を抱きしめてやることもできないのか。
それでは無力だった高校生の時と、まるきり変わらないではないか。
俺は結局、その辺に転がる蛹のままだったのだろうか。
「くそっ…!!」
吐き捨てるようにそうつぶやく。神様でも悪魔でもなんだっていい。
静香にもう一度だけ、もう一度だけでいいから会わせてくれ。
柄にもなくそんなことを願った。
「佐原先生!」
その時、そんな俺の願いが届いたのか、岡本さんが俺の名を呼んだ。
息を切らしていて、髪も乱れている。どうやらここまで走って来たらしい。
「どうしたの、そんなに慌てて。」
「それどころじゃないの。お願い。早く行ってあげて!」
彼女は相当焦っているらしく、その言葉だけでは話が見えなかった。
「ちょっと待って、落ち着いて。一体どこに行けっていうの。何があるの。」
困惑する俺に彼女は思いがけない名前を口にした。
「静香さんが先生のこと待ってるの。早くしないと間に合わなくなっちゃう。」
「今…なんて?」
静香が俺のことを待っている、たしかに彼女は今そう言った。
なぜ彼女が静香のことを知っているのだ。彼女がこの学校に入学したとき、静香はとっくにこの学校からいなくなっていたはずだ。俺も彼女の名前は一度だって口に出していなかった。それなのになぜ。
「説明している時間もないんです。早くしないと静香さん遠くに行っちゃうから。早く。」
居てもたってもいられなかった。
岡本さんは「私は一緒に行けない」と言って、その代わりに駅前の桜並木に向かうよう伝えた。情けないことに彼女からのヒントでようやくその場所が思い浮かんだ。
かつて、たった一度だけ、彼女の方から俺を抱きしめてくれた場所。
あまり自分のことを語らない彼女が唯一好きだと教えてくれたもの。
「駅前の、桜並木か。」
俺は一目散に駆けだした。

煙草の吸いすぎなのか、はたまた年を重ねたせいなのか、全力で走ると息が苦しかった。
しかしそれでも足を止めることもスピードを緩めることもどちらもできなかった。
今足を止めたらもう二度と俺は静香に会えないような気がしていた。
ようやく駅前の桜並木が見えてきたというところで、その下にたたずむ人影を発見する。
その横顔に、思わず泣きそうになった。
「静香…っ!!」
汗でぐちゃぐちゃだし、声は掠れきっていて、久しぶりの再会にしては俺はどこからどうみてもひどい有様だったと思う。しかしそれでも彼女は驚きこそすれ、そんな俺を見て大層嬉しそうな顔をした。
「佐原君…?どうしてここに。」
「…ここに来れば静香に会えるって。」
「あの子か。…まったく、本当にお人好しなんだから。」
俺は状況を掴めないまま、ひとまず呼吸を整えようと努めた。
静香は少し待っていてと言ってどこかに行くと、すぐに片手にペットボトルを持って戻って来た。
「ほら、ちゃんと水分とって。脱水で倒れたら大変だ。」
静香は笑いながら買ったばかりの冷たいペットボトルを差し出し、俺はそれを声も出せないままに受け取った。
買ったばかりのスポーツドリンクは冷たく喉を潤していく。
俺はようやくまともに話せる程度に回復した。
「ねえ、せっかくだから、少しだけ話をしない?」
近くに公園があるそうで、彼女に誘われるがまま俺はついて行くことにした。
ベンチを勧められ座ると、静香もその隣にちょこんと腰を下ろした。
長い月日の中で話したいことは沢山あったはずなのに、いざ本人を目の前にしたら何の言葉も出てきやしなかった。
「実は少し前にこの街に戻ってきてね。一か月程度の滞在予定だったから自分の思い出に浸ったら、すぐに行こうと思っていたんだ。」
「行くって、どこに?」
「また実家のある方に。南の方なんだけど。」
以前本の整理を手伝った時に出身地の話をしていた。彼女は本を「しまう」と言わず「なおす」と言っていて、あとで聞いたらそれは九州あたりの方言だったらしいのだが、当時の俺はそんなこと知らなかったから、その本はあとで修繕するものなのだと思い、そのへんに除けて静香に怒られていた。そんなこともあったなと静香に話すと彼女もまた「そうだったね」と言って笑ってくれた。
静香はおもむろに煙草のケースを取り出すとそこから一本中身を取り出した。
「相変わらずなんだ。銘柄。」
「今は君も同じ銘柄を吸っていると聞いたのだけど、本当?」
彼女はライターよりもマッチ派で、ボックスよりもソフト派だった。
記憶の中の彼女の嗜好はどうやら今も変わっていないようだ。
なにもかも変わらずあの時のままでいてくれたことが、自分をひどく安心させた。彼女は自分の分の煙草を取ると、もう一本箱から出して俺に勧めてくれた。
「吸うかい?」
「うん。ありがとう。」
俺は彼女から煙草をもらいライターで火をつけようとする。静香はそれを黙って制すと、代わりに持っていたマッチを擦って火をつけた。
「こっちのほうが美味いんだ。」
彼女はそう言って自分の煙草に火をつけると、そのまま俺の煙草にその火を分けてくれた。マッチは二本の煙草に火をつけるとその役目を終えた。静香は火のついたマッチを軽く振って先端の火を消す。俺はその一連の流れをただ黙って眺めていた。
「君があの桜並木にあれだけ急いで来たということは、きっとこれは彼女の取り計らいなんだね。」
「静香、知り合いだったの?岡本さんと。」
「ああ、岡本さんというのか。彼女も私もお互いに名前で呼び合ったりはしなかったから正直苗字は把握していなかったよ。」
「元からの知り合いじゃないのなら、どうやって知り合いに?」
「ひょんなことで出会ってね、なんだか昔の君にどこか似ていて、つい気になってしまったんだ。それで話を聞いてみたらまあ面白い子でね。しかも聞けば自分がいた高校の生徒だというじゃないか。もう運命すら感じたね。彼女もまた私と話をすることを面白いと思ってくれていたようだったし、だったら放課後、私がこの街にいる間は少しお話をしようと、ここでいつも待ち合わせをしていたんだ。」
なるほど、最近の彼女がやけに早く帰りたがっていたのはこのためだったのか。
「この公園は私と彼女の大切な場所なんだ。ここでいろいろな話をしたよ。学校のこと、友達のこと、好きな教科や苦手な教科、それから、好きな人のこと。君の煙草の件もそうして話していたなかの一つだったってわけさ。」
「あの子そんなことまで話していたの。」
「そりゃ、彼女と私はもうすっかり友人だからね。出会ったのはつい最近のことだけど、不思議とずっと前から知っていたような気持にさせられる。不思議な子だよあの子は。」
静香の言っていることは俺も常々感じていたのでよくわかった。
彼女と出会ってからも、話をするようになってからも、不思議とその距離感は心地よくて旧知の仲のような安心感があった。だからこそ、今日あれだけ余裕のない彼女の姿をみて、自分はあれだけ驚いたのだろう。
「それはたしかに、わからなくもないかな。ただ今日はとても切羽詰まった様子で俺のところにきたから何事かと思ったよ。」
俺がそういうと静香は苦笑を浮かべた。
「佐原君は鈍感なんだね。」
「え、鈍感?」
「それとも、見て見ぬふりをしていたのかな。彼女がなぜそんなに切羽詰まっていたのか。」
彼女が言わんとしていることがようやく分かった。
「ああ、俺に向けた彼女の気持ちなら、さすがにわかってはいたよ。」
「そう、君も大人になったんだね。昔はあんなに尻尾を振って追いかけてきていたというのに。あれはあれで忠犬を飼っているみたいでかわいかったけれど。」
「冗談はよしてくれ。まあ、随分と時間が経ったからね、あれから。」
俺達はまた黙りこんでしまった。
静香はちらりと俺を横目に見て、その胸ポケットに入った自分と同じ銘柄の煙草に目を細めていた。
「あ、本当におそろいなんだね、煙草。」
おそろいという言葉になんとも言えない気恥ずかしさを感じた。
しかし何故か言い出した本人まで言葉にしたことで意識してしまったのか、急に恥ずかしそうに頬を紅潮させた。不意にそんな無防備な表情を見せるのは計算なのか天然なのか、自然のものならばとんでもない人だ。俺がそんな風に思っていることなど、この人は微塵も感じてはいないのだろうと思うと少し悔しいような気持ちがした。視線を外しながらも彼女は俺に話を続けた。
「こうして君と煙草を吸う日が来るなんて、あの頃は想像もしなかったな。」
静香が感慨深そうにそんなことを言った。それには俺も同感だった。
「そうだね。ずっと夢ではあったけど、静香は俺の喫煙を許してくれなかったし。」
「当たり前だ。当時の君は未成年だったんだから。止めるのは大人としての責務だろう。」
「まじめだな静香は。」
俺が言うと、彼女は楽しそうに笑った。
「でもさ、本当にこんな日が来るとは思わなかった。だって静香、いきなりいなくなるんだもん。俺、さすがにあれには驚いたよ。」
さっきまでの笑顔は俺のその言葉によってすうと引いていった。
それから至極真剣な顔をして彼女は俺に謝罪した。
「本当に、すまなかったね。」
切れ長の目が憂いに濡れた。
ああ、あの図書室で見た目と同じだと思った。
「なあ静香、今なら聞いてもいいか。あの日、なんでいきなり俺の前から姿を消したのか。」
彼女はうつむいていた。長い髪が彼女の顔を隠してしまい、その表情はわからない。
「色んな事情が重なったんだ。環境的な話で言えば、親が倒れたという連絡をもらった。家族は私しかいなかったから帰らざるをえなかった。でもきっと、それだけじゃない。私は君が好きだったけど、それと同時に怖くもあったんだ。」
「怖い…?静香が、俺のことを?」
「ああ、そうだよ。」
静香が俺を怖いと思う、その理由に見当がつかなかった。
「君はいつでもまっすぐで、それは君自身の長所でもあり、短所でもあった。私はその君のまっすぐさにどうしようもなく惹かれたし、そんな君が好きだった。ただ同時に、君のそういうところが怖くもあった。」
「わかんないよ。つまりどういうこと?」
静香は手にした煙草から煙を吸い込み、そしていつもよりも細く長く吐き出していった。それは彼女が緊張しているときの癖だった。
「当時の君は私を絶対的なものみたいに見てしまっていた。私にはその目がどうしようもなく怖かったんだ。自分自身のこともままならないくせに君に好きだなんて伝えたら、私は君の将来すらも変えてしまうかもしれない。なれたはずの選択肢すらも気付かせないまま、私にとって都合のいいように誘導してしまうかもしれない。それも自分自身ではそう自覚せず、ほぼ無自覚の状態でそうしてしまうかもしれない。君自身のこれからを考えると、私は君に気持ちを伝えるほどの勇気も覚悟も持てなかった。それでもあの頃、私は君がどうしようもなく欲しかったんだ。いつだったかカウンターで仕事をしていた時、なんで手伝ってはいけないのかと聞いたね。」
それは、あの入荷本へのシール貼の日のことだろう。
「あれは考えたいことがあるからって。」
「それもある。あの時は、君のことを考えていた。」
「俺のこと?」
誰かの顔を思い浮かべているのだろうという気はしていた。しかし、それがまさか自分だとは思っていなかった。
「でもあの時、静香は俺のこと考えていたなんていうわりに俺のこと見てくれなかったじゃないか。」
「気になっている相手を直視できるほど、私は君みたいにまっすぐな人間ではないんだ。生憎とね。」
そういう彼女は肩をすくめて困ったように笑った。
「あの時は、君とどう接していくのが適切なのかをずっと考えていた。今までの君と、これからの君と。あんまりにも君が嬉しそうに私のもとに通ってくれるものだから、私には本当にそれが幸せだったんだ。でも君に会うたびに自分の気持ちを眼前に示されているような気持ちがした。高校生だった君が大人である先生という立場の女性に魅かれるのは思春期としてよくあることだろう。私にはそういうよくあることの一種なのか、君が本当に私自身を好いてくれているのかが、わからなかった。手放しで君を欲する欲と、それはいけないという理性が、君が私に笑いかけるたびにせめぎ合っていた。それでも、なんとか気持ちを保っていたのだけれど、ついにはそれすらも崩壊してね、迷った末に私は結局君から逃げるようにいなくなった。」
心なしか彼女の手は微かに震えていた。
俺はその手に今触れていいものかわからず、ただ自分の膝の上でこぶしを握り締めていた。
「きっかけはふたつあった。」
「ふたつ?」
「そう」と頷き彼女はそういうと、何もない地面をただじっと眺めるようにしていた。
「ひとつは君と桜並木の下を歩いたとき。君は進路のことで私に相談をしたね。司書になりたいと聞いた時、私は嬉しいという気持ちの反面、恐れていたことが現実のものになってしまったような気がしていた。」
「なんでそんな風に思うのさ。静香がそんなこと考えるのはおかしいだろう。」
「さっきも言っただろう。君は染まりやすいし影響されやすい。君は別に本が好きなわけでもあの図書室という空間が好きなわけでもない。それは見ていればわかる。しかし、そんな君が司書なんて仕事を選んだ。私が中途半端に君を求めてしまったから。距離を置くこともできたのに、私の個人的な感情でそうすることを躊躇ってしまったから。手遅れだったんだろうかなんて、人の人生なのに勝手にそんなことまで考えて。でもその時、君がなぜ派手な格好をしたり校則を破ったりするのかの理由も私は聞いたね。」
そうだ。彼女はあの日、そんなことを聞いてきた。
周りの人間はみんな、ただ目立ちたいだけの馬鹿な奴くらいにしか俺のことを見てはくれなかったのに、君は本当はそういう人ではないだろうと、なぜそうするのかと、理由を尋ねてくれたのは彼女だけだった。見ていないようで誰よりも人のことを見ているそのどこか無機質なやさしさが、俺はずっと好きだった。
「あの時の君を見て、私の理性は完全に崩壊した。気が付いたら私は君のことをこの腕で抱きしめていた。考えるよりも先に、体が動いていた。これ以上この子を一人で泣かせてはいけないと、そう思ったらたまらなく愛おしくなって。でもやっぱり私と君は先生と生徒という関係で、それ以上に踏み込んではいけないということも理解していた。それでも考えれば考えるほど君への気持ちは消えなくなって、逆に募っていくばかりだった。」
そこで一度、静香は言葉を切った。
「それじゃ、もうひとつのきっかけは?」
静香は手にした煙草を携帯灰皿に仕舞うと、ふうと一息ついて俺を見た。
「いつだったか、蛹の話をしたのを覚えているかい?」
「ああ、覚えているよ。静香と最後に図書室で話をした日のことだろう。」
「そう、私はずっとあの桜並木の一件から、君との関係をもとに戻そうと必死だった。君は私の気持ちを知ってか知らずか、何もなかったかのように今まで通りに接してくれていた。それには本当に助けられたんだ。本当はあの日以降、どんな顔をして君に会えばいいのかわからなかったから。君があまりにも自然に接してくれたから、私もまた普通を演じられた。でもあの日、君は私にその気持ちを伝えてくれたね。私はその時に思ったんだ。ああ、この子と今一緒にいてはいけないと。」
あの日の静香もそんなことを言っていた。自分にはその理由がずっとわからなかった。
「納得できないという顔をしているね。」
「そりゃそうさ。」
「でも今の君なら少しは気持ち、わかるんじゃない?」
「え?」
「岡本さん、といったか。彼女はあの頃の君によく似ている。その彼女が君に対してみせている感情やあの目は、君だってもう気付いているんだろう?」
俺は彼女と初めて会った時のあの目を思い出した。
あの時微かにその目の奥に見えた火種は結局熱を増してしまった。
それは日を追うごとにはっきりと目に見えるようになってしまった。
「君はその目に気が付いたとき、どう思った?」
俺は静香にまっすぐ見つめられて、正直に白状せずにはいられなかった。
「嬉しいとは思った。あんな風に手放しに誰かに好意の目を向けられることなんてそうそうないから。だけど、俺はその熱量に対して応えてあげられないこともわかっていた。俺はやっぱり静香のことが忘れられなかったから。」
静香は長いまつ毛をそっと伏せた。
「私の場合は、その忘れられない対象も君だったわけだけど。似た気持ちではあったんだと思う。嬉しかった。本当に。それは嘘偽りなく断言できるよ。先生と生徒という関係性じゃなかったら私はあの時二つ返事で君の申し出に頷いていたかもしれない。だけどね、あの頃の君はまだ幼すぎた。恋だの愛だのを知らな過ぎたんだ。一過性の熱はすぐに冷めてしまう。将来の夢も、私への想いも、白昼夢みたいに一瞬で覚めてしまうことがある。私が恐れたのは、その時向けられるであろう君からの終わりを告げる視線だった。だからそんな未来が訪れないように、君の気持ちを知りたかった。このまま一緒にいたらいつまた君を求めてしまうかわからない。もう気が狂いそうだったんだ。だから私は逃げた。来るかもわからない未来から、何一つ行動を起こさないという方法で、逃げたんだよ。」
彼女の言葉は最後に近付くにつれ段々と揺れ動ているように見えた。
目にうっすらと滴をたたえながら、彼女はさらに話を続ける。
「だけどね、私は結局、君から離れたところで何一つ変わることはなかった。君が真剣に伝えてくれた気持ちから逃げてしまったという記憶だけが残って、苦しくなるばかりだった。環境を変えたところで自分というものは変わらない。君は私がいなくなっても、きっと高校を卒業して、新しい友達や本当にやりたいことを見つけていくのだろう。そうやってゆっくりと君の中から私はいなくなり、青春の中の綺麗な思い出として変化していく。それが君にとって本来あるべき姿だろうとも思っていた。だけど、私の心はそれをすんなり許容してはくれなかった。さっき向こうに戻ったのは親が倒れたからだと言ったが、母は病床からそんな娘をずっと見守っていてくれた。母はちょうどここに来る前に亡くなったのだけど、最期に私に言ったんだ。『本当に大切なものならば、死んでも離すんじゃないよ。誰のためでもなく、あんたはあんた自身のために生きなさい。』母のその言葉に私は背中を押されるようにして、ようやくこの地にもう一度足を踏み入れることができたんだ。それでもやっぱり最後の最後で君のもとに行くのだけは躊躇われた。その時に出会ったのがあの子なんだよ。昔の君によく似た彼女に言われた。その人は絶対に怒ってなんかいないし、今だってきっとあなたを待ってくれていると。それでようやく、君と向き合う決心がついたんだ。」
普段から感情もなにも表に出さない人だったから、彼女がそんな風に考えていたなんて欠片も理解していなかった。
ここに来るまでに感じたことを、彼女はあの日々の中ですでに気が付いていたのだろう。
俺が先生としての彼女の側面しか見えていなくて、彼女自身の内面を見ようともしていなかったこと。そしてそれが彼女を追い詰め、かえって孤独にさせてしまっていたこと。
こうして言葉にしてもらうまで、俺は何一つ彼女の考えなど想像すらできなかった。
ここに来ることは彼女にとってどれだけ勇気のいることだっただろう。
「かたい殻に閉じこもったまま春を迎え、外に出ることもなく季節が過ぎていく。それを何度もただ繰り返すだけ。私はただ春を待ち焦がれる蛹でしかなかったんだ。昔君とあのだれもいない図書室の窓辺で見かけたような、小さな蛹と同じだった。でもどうやら君の方は、ちゃんとあれから美しい蝶になれたようだね。」
俺は果たして彼女の言うような美しい蝶に本当になれているのだろうか。
「その答えは、わからない。でも、司書になろうと決めたのも、この学校に就職を決めたのも、確かに静香の影響ではあるけど、これは紛れもなく俺自身の意志だ。俺がそう在りたいと望んで選んだんだよ。俺は静香みたいな先生になりたかった。だからこの道を選んだんだ。俺は静香に会えたから、やりたいことも楽しいことも何もなかった日々から抜け出せた。静香のおかげと思うことはあっても静香のせいだなんて思うようなことは何一つなかったよ。」
「佐原君…。」
「あの日静香は言ったよね。俺はまだまっさらな蛹だって。なんにでもなれる可能性を秘めた蛹なんだって。俺はちゃんと、自分の考えや意志でもって行動したんだ。その結果が、結局静香と同じ図書館司書という仕事だったというだけで、静香にこうして会いに来たのだってまぎれもない俺自身の意志だ。」
彼女はじっと俺の目を見つめ、その言葉を聞いていた。
一言も聞き逃さないように、俺の言葉に耳を傾けているのがわかった。
「ねえ静香、君の目には今、俺は綺麗な蝶に見えているの?」
静香は俺をその瞳に映すなり、「うん」と小さく頷いた。
「それならさ、もう俺は静香の手を取ってもいいかな。約束しただろう。綺麗な蝶になって、いつか静香を迎えに行くって。静香は俺の名前、ちゃんと覚えてる?」
「春の人と書いて、春人君。忘れるわけがない。」
「そう。静香はここにくるっていう選択をしてちゃんと行動を起こしている。俺としてはそれってもう十分変わっていると思うんだけど。それでももし、静香がまだ変われないままで冷たい蛹の中にいるというのなら、俺があたたかい外の世界に連れ出してやる。何度だってその手を引っ張って、春の陽だまりみたいな暖かい場所に引っ張り出してやる。」
静香は言葉が出てこない様子で、ただ泣いていた。
「どうして君は…。」
ようやく出てきた言葉も、そこで途切れて先は続かなかった。
「もう、俺も待ちくたびれたからね。ずっと待っていたんだよ。静香とこうして会えること。何度もあきらめようとしたけど、無理だった。君の存在はそんなに簡単に思い出に昇華できるような代物ではなかったよ。それでも、まだ信じられない?」
俺は隣に座る静香の手に、そっと自分の手を重ねた。
彼女は一瞬びくりと体を強張らせたが、すぐにその緊張もほどけたようだった。
ずっと触れたかった手にようやく手が届いた気がした。
彼女の細い指が自分の指と絡まり合う。
彼女は何も言わずに、俺の唇へとその柔らかな熱を重ねた。
近付けた顔をそっと離すと彼女は今まで見たどんな表情よりも美しく微笑んでいて、そして恥じらいながら、こう言った。
「私も、ずっと待っていたんだ。あたたかい春が来るのを。」
8
 校舎に戻ってくる頃にはもうすっかり暗くなっていた。
早退を許可してもらっていたから別に戻る必要なんてなかったのだけど、やはり管理者として開けっ放しで出ていったままにするというのはどうかと思った。
静香は主をなくした家の整理と諸手続きのため、実家へと帰って行った。
開放状態にあった図書室に戻ると、そこで岡本さんが待っていた。
真っ赤に泣き腫らした目に俺を映す。
ずっとここで、俺の帰りを待っていたのだろうか。
「静香さんには、ちゃんと会えましたか?」
「うん。君のおかげで話ができた。ありがとう。」
「よかった。」
彼女のよかったという言葉が心からのものだということはその声音でわかった。本当に人のことを大切に出来る人なんだろうと思った。
「先生、もうきっと、先生のことだからわかっているとは思うのだけど、伝えたいことがあるんです。これは私のけじめだから、聞いてくれますか?」
俺は頷くことしかできなかった。
「私、今までずっといい子でいようとしてきたんです。その方がすべてうまくいくとそう思っていたから。それはたしかにそうで、良い子でいれば誰も怒ることはなかったし、感謝されたり褒められたり、良いことばかりだった。だけど、そうやっていくうちにだんだんそれが当たり前になって、私は心からの喜びとか痛いほどの悲しみとか、そういうものを失くしていったんです。人形みたいに無機質だったんです。だけど、先生にあったあの日、それが無性に苦しくなって、私は誰かに助けてほしかった。そんなときに出会ったのが佐原先生、あなただったんです。」
本当に静香の言う通り、どうやら彼女と昔の俺はとても似ているらしい。彼女はかつての自分と全く同じ苦悩を感じているようだった。
「先生はいつだって自然体で、先生の傍にいると私とても安心できたんです。あんなに苦しかったのに、先生に会った後はいつも気が付くと心がすっかり軽くなっていた。私はそうやって何度も何度も先生に助けてもらっていたんです。」
「俺は何もしてないよ。君の話を聞いて、ただ普通に会話をしていただけだ。」
「それでも私には嬉しかったんです。私が先生のことを想うように、先生が誰かを想っているのはわかっていました。それでもずっと諦められなかった。この際だから打ち明けますが、本当は静香さんがこの街に来ていることも、佐原先生の特別な人だったってことも、全部わかっていたんです。全部わかっていて、それでも私はすぐには言えなかった。」
卑怯でしょう?と言って彼女は悲しそうに笑った。
「それでも今日、君は伝えてくれたじゃないか。あんなに必死になって、ここまで走って知らせに来てくれた。見て見ぬ振りもできたのにそれをしなかったのは、やっぱり君が卑怯なんかじゃなくて、とても優しい人だからなんだと思うよ。」
彼女は大きな瞳に涙を浮かべて俺に言った。
「先生はずるい人ですね。せっかく終わらせようと思ったのに、そんなことを言われたら気持ちがぶれてしまうでしょう?」
俺はまた何も言えなくなった。
彼女には優しさもなにもいらなくて、必要なのは誠意なのだと思った。
「先生、いろいろ言ったけど…私は…」
堪え切れずに涙を流して彼女は笑ってみせた。
「私は…先生のことが、大好きでした。本当に本当に、大好きでした!」
本当は泣いている彼女を抱きしめてあげたかった。
しかしそれが彼女を一番傷つけてしまうことも知っていた。
だから俺はただ強く、こぶしを握り締めた。
岡本さんは「それじゃ、先生。さようなら。」そう言って図書室を後にした。

遠ざかる後ろ姿を見送りながら思う。
彼女はまだ、静香のいうところの蛹の状態なのだろう。
この先沢山の人との出会いと別れを繰り返し、彼女はやがて誰よりも綺麗な蝶になる。
突き抜けるような青空のもと、この子はきっと誰よりも美しい姿で羽ばたくのだろう。
俺はその姿を見たいと思った。
そしてその日があたたかく、穏やかなものであることを、俺は切に願った。
応募部門【青春恋愛】

あらすじ
高校二年生の春を迎えた少女、岡本結衣子(ゆいこ)は常にいい子であろうと自分自身の感情から目を背けて生きてきた。私が我慢すればすべてがうまくいく、そう思うのにどうしようもなく苦しくて、誰かに助けてほしい。そう願った時、彼女が偶然出会ったのは、校舎の片隅で一人煙草を燻らせる図書館司書の佐原春人(はると)だった。他の大人たちと違い、素の自分でいられる春人に対し、結衣子は今までにないほど強い恋心を抱くようになる。しかし春人にはずっと忘れられない女性がいた。結衣子と同じくらいの年の頃、同じように司書として勤めていた静香(しずか)に春人は恋をするが、静香はある日を境に突然姿を消してしまう。結衣子はクラスメイトの優香(ゆうか)との交流、そして春人への恋情により少しずつ自分を取り戻していき、春人もまた静香との記憶を辿りながら過去と現在に向き合おうとする。変わるもの、変わらないもの、その中で大切な誰かを思うこと、それを結衣子と春人それぞれの視点で描いていく青春恋愛ストーリー。

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