開設したSNSは、見る度にフォロワーが増えていた。

 事務所のエレベーターに乗って、届いている通知を確認する。

 スマートフォンを触る時間が増えた。比例して、俯くことは増えたが、健康的で文化的な生活の波を直視するより、心はずっと健全にも思えた。かといって、それを現実逃避と呼ぶことには違和感があった。仮想世界の代名詞と思われたインターネットの世界は、観客が実在していることを知らせる点で、何よりもリアリティを持って僕に迫るからだ。この端末の中もまた、僕の生きる現実だった。

 学校や職場が距離や年齢に縛られたうえでの選択ならば、SNSは趣味と嗜好によって棲み分けられた世界だった。僕に関心を持つ人間の声が、澄んで届いた。この柔らかな世界が、そのまま、実生活に拡張することなどないだろう。

 けれでも、嘘ではないのだ。日々の生活を送る傍ら、僕に夢を見る人間が実在し、同じ時間を生きているのだ。僕はこれほど愛されているのだ。

 身体機能としての視野と、価値観を意味する視野が、必ず一致するとは限らないらしい。一馬に感謝するつもりはないだが、この手の中の機械一つが、世界を広げ、僕の覚悟を強めたことは認めざるを得なかった。報わなければならない。見えない観客の、興味の賞味期限が切れるよりも早く。

 目的階に到着する。開ききったドアの横に、見慣れた人影を見つけて、声をかけた。

「二神さん」

 彼は顔を上げ、僕の顔を確認すると、融解するように笑った。彼と会うのが、レッスン室で叱られたとき以来だと思い出した。

「帰るところですか?」
「うん。打ち合わせが終わって」
「ライブの?」
「知っているんだね」

 公式での発表は先のようだが、彼がワンマンツアーを開催することは耳に届いていた。地方三都市を回った後、東京でラストを飾る。

「おめでとうございます」
「ありがとう」
「東京公演、今までで一番大きな会場じゃないですか? カッコいいですね」
「うん、まあ、大きい会場は凄いと思うけれど、それは、そうじゃないステージをカッコ悪いって定義しているわけじゃないし」
「俺のことを、気にしていますか?」
「あ、いや、そんなつもりじゃない」
「小さいとか大きいとか、それは、選べる人間が言える言葉ですよ」

 瞳が揺れるのを確認して、息が漏れた。

「すみません、大丈夫です」
「ごめん」

 彼は、インディーズからメジャーに移行した、数少ない栄光の持ち主だった。ドラマ主題歌に起用された楽曲とともに爽やかにメジャーデビューしたのは、彼が二十歳の頃のこと。今年の冬、誕生日を迎えれば、僕は二十八になる。

 不甲斐ないのは彼ではない。