テレビには、歌番組が映っている。次に楽曲披露を控えるバンドは、一か月ほど前に解散を発表しており、過去の栄光のダイジェストに、歌以上の時間が与えられていた。一馬は、「どうせ、ボーカルのワンマンさにメンバーがうんざりしたんだよ」と決めつけ、「お前は、そもそも、バンドを組むことさえできなさそうだ」と僕を指差して笑った。

 スクールに通っていた頃も、互いの家に行ったことはなかった。この歳になって、彼が自分の部屋にいるのは違和感がある。

「ソロ活動のメリットは価値観の相違が起こらないことだな」
「デメリットは?」
「特徴を打ち出せないことかな。対比だよ。例えば、二人なら、女と男だとか、眼鏡の方と眼鏡じゃない方とか、一つの画で比較ができて、キャラ設定も見せられるだろ」

 生身の人間に対してキャラ設定とは。

「今、キャラなんていらないって思っただろ」
「こういうときだけ、俺の気持ちが考えられるんだな」
「個性は大事だ」
「とはいっても」
「どうせ、アーティストが本業以外で躍起になる必要はないとか思っているんだろ。でも、これは、別に芸能界に限った話じゃない。平均的なルックスの女は、ブスな女を隣に置けば相対的に美人になるし、美人の隣に立てばブスになる。お前だって、きっと、そうやって判断している」

 そうかもしれない。キャラクターを決定するのは、きっと、その人の周囲や背景だ。

「赤い髪だって、黒髪の中にいるから特筆されるんだ」

 彼が、テレビの中を、弾く様に指差した。派手な髪色のバンドメンバーが、ようやく席を立つところだった。ステージへ向かっていく。

 初めて見るバンドだった。この業界にいるくせに、僕は流行に疎かった。小学生の頃は、毎クール、見ることはなくとも主要なドラマの内容くらいは把握していたはずだ。推されるアイドルの新曲のフリだって、ふざけて真似て、笑っていた。けれども、すぐに、つまらなくなったのだ。僕の世界が広がってしまったのだ。抜群にうまいダンスを一度見つけてしまえば、可愛いと思ったグループのダンスは、あまりに不揃いで、幼かった。六十分のドラマよりも、四分の音楽が展開する物語に魅かれた。高校生の頃には、既に死んだ海外のアーティストに心酔していた。

「インプットがずれているから、アウトプットもずれるんだよ」

 棚に並べたCDやレコードを睨みながら、一馬が言う。

「エンタメって、時代や場所ごとにある程度括られるけれど、百井は仲間外れだ。そりゃ、取っ付きにくいよ」
「自分だとわからないよ」
「自分を囲んでいるものは、自分の趣味嗜好に沿っているんだから当然だ。見ておけよ。このバンドとか、わかりやすく現代的だ」

 画面に目線を戻した。照明が落ちたステージで、ドラムの彼が手を掲げ、スティックが鳴らされる瞬間を待った。それが、僕の知るバンド音楽だからだ。しかし、楽曲はギターの不穏なアルペジオから始まった。降り飽きた雨にも似ていた。やがて朗読するように歌が始まる。静かで美しく、悲しい曲だった。

「ダウナーだな」
「音楽って、時代の反対側にいると思わないか?」

 言わんとすることはわかった。兵士を鼓舞する曲は壮大で力強いが、本当に無敵であれば、戦争などしない。身近な人間が戦死するわけでもない、そこそこ恵まれた僕らの時代に、こんな寂しい曲が胸を刺している。音楽が、欠けているものを補う役割を担うとすれば、そうなることは妥当だと思った。

「今、お前みたいなEDM系のパーティーミュージックは流行りじゃない。少なくとも、日本で今ウケているメジャーなジャンルじゃない。売れた音楽に群がる馬鹿に聞かせても無駄だ。ああいう奴らは、知らない音楽が苦手だからな。重要なのは、何回公共の電波を通って自分の耳に届いたか、だ。ドラマ主題歌になれば、虫の羽音でも喜んでダウンロードしそうだよな」
「お前の言葉、汚なくて嫌いだ」
「俺も綺麗ごとを言うお前が嫌いだ。とにかく、お前の音楽は万人ウケじゃないってこと。客層を絞って、合ったやり方で打ち込まなきゃ、空振りだ」