「何してんの~?」
 放課後、メールを打っていると、正樹が声をかけてきた。
「ちょい待って。……よっし、送信完了」
 スマホを閉じてから顔を上げる。
「修よ。何をしてるか早くいいなさいな」
「誰だよお前。まあいいや、メールを送ってたんだよ」
「メール? 誰に?」
「誰でもいいじゃないか。その、友達だよ」
 相手は綾音なんだけど、特別言いふらすことでもないしな。
「む~。怪しいなぁ」
「怪しくないって。ただメールしてるだけだ」
 ニヤニヤしやがって。俺に何を期待してるんだよ。
「でもねぇ、ここんとこ……えっと、水曜からだから三日目か。帰りには必ずメールしてるから気になるんだよね~」
 そう。今日で愛梨を守り始めてから三日目になる。
 と言っても、放課後にあの場所で二人と会って、様子を見てから帰るというだけ。ほとんどお喋りしてるだけだ。
 最初はツンツン頭がちょっかいを出してくるのを止めることが目的だったんだけど、どういうわけかあの日以来、何も起こらない。愛梨達の話だと、学校でも大人しいらしい。
 急に静かになったから気になったけど、多分、ママに話したら怒られたんだろうね。復讐する的なことを息子が言い出して、止めない親はいないだろうし。
(……この分だと、俺がお役御免になる日も近いかも。嬉しい誤算だな)
「ん、ブツブツどうしたの? 嬉しそうだけど」
 不思議そうな顔をして、覗き込んできてた。
「どったん? 修どったん?」
「なんでもない。私事で、安心してるんだよ」
「安心? 私事ってなんだ?」
「色々、あるんだよ。じゃあ、俺急ぐからまた明日な」
 今日は少々HRが長引いて遅れ気味だったから、ここで話を切っていつもの場所へ向かうことにした。
 靴を履き、校門を出ると、俺はイヤホンをセット。今日は気分転換に、母さんの部屋にあったクラシックを聴くことにする。
「……ぅーん。よく分からないが、素晴らしいんだろうな」
 生憎俺にはそのジャンルに関する知識が皆無なので、良し悪しの判断ができない。
 なのでとりあえず演奏者様に対して拍手を送るなどしながら歩き、3曲目が終わる頃だった。不意にポケット内のスマホが震えた。
「むぅ、誰だ? 相手は…………綾音で、こいつは着信か」
 さっき言ったように、今日はHRが少々長引いてしまった。遅くて心配してるみたいだから、謝っておこう。
「はい、修だよ。ごめんね、学校が長引いて遅くなってる――」
『助けてください!!』
 俺の耳に飛び込んできたのは、綾音の狼狽した声だった。
「ど、どうした!? 何があった!?」
 いつも冷静な綾音がこの慌てようだ。明らかに異常事態が発生している。
『高校生にっ。高校生に話かけられて、急に――きゃあ!?』
「綾音!? どうしたっ!?」
 綾音の悲鳴が響いて、音声にノイズが入った。
 後ろから、愛梨の声も聞こえた気がするが……。一体、何が……?
『よぉ。お前がおにーちゃんかぁ?』
 新たに聞こえてきた声。
 それは綾音のものではなく、しゃがれた男のものだった。
「……そうだが……。お前は、誰だ?」
『俺かぁ? 俺は――まあ、まだ秘密にしておくか。とりあえず、ガキ二人預かったからよ』
「二人……っ。愛梨と綾音に何しやがった!」
 まさか、誘拐か!?
『今は、何もしちゃいねぇさ。ただ、こっそり連絡とろうとしてやがったからちーとばかりお仕置きしてやっただけだ』
 さっきの悲鳴、あれが……。
「待て! 二人には手を出すな!!」
『ははっ、そう慌てるなよ。今俺達は、お前が待ち合わせしてた場所から……西美小学校に向かう途中にある、空き地にいる。助けたかったら来いよ』
「空き地、だな。今すぐいく」
『早くしろよ。暇つぶしするかもよ?』
「っっ、待て! 二人にはなにも――」
 ぷつり。ここで通話が切れた。
「……くそっ。一体どうなってんだっっ!」
 どうして愛梨達が……?
 綾音は電話で、高校生と言った。ということは、単なる悪戯か、それとも……。
「って、今はそんな場合じゃないな」
 理由がどうであれ、急がないと。単なる脅しかもしれないが、取り返しのつかないことになったら大変だ。
 俺は鞄にイヤホンを強引に放り込み、疾駆した。