そうなんだ。僕が人と会話するといつもこんな感じになる。
理屈中心にしか話を組み立てられず、そこにはユーモアの欠片も存在しない。考え方によっては合理的な会話と思ったりもするが、人との会話というのは理屈中心で喋ればいいというものではない・・・ということも理屈では分かっていた。

とにかく、僕は冗談とかユーモアも交えて喋ることが苦手だった。
冗談が嫌いなわけじゃない。できなかった。喋りなれていない女子が相手ではなおさらのことだ。
いつも真面目にしか喋れないから、会話も弾まない。長く続かない。
こんな人間と話してもきっとつまらないと思う。いや実際つまらない。
だから、クラスメートの男子が女子に冗談まじりに洒落た話を言っているのを見ると、とても羨ましかった。あんな風に会話ができたら楽しいだろうなと思ってしまう。

僕もそうなりたい。でも、できないことは分かっていた。
そんなことがコンプレックスとなり、女の子と話をしたり、一緒にいることをさらに遠避けていた。

おそらく彼女も、もっとロマンのある気の利いた話を聞きたかったのだろうけど、僕のボキャブラリーでは無理な注文だった。
またいつも通り、つまらない話と呆れられて終わりだろう。
しかし、驚いたことに彼女から返ってきたのは予想外の言葉だった。

「えー? 人にそんなプログラムがされてるの? 誰がそんなプログラムをしたの?」

 ――え?

こんな会話では大抵の女の子は引いてしまうのだけれど、彼女は僕の話をまともに聞いてくれているようだった。
この初めての展開に僕の頭は混乱した。

「うーん。誰って言われると“神様”ってことになるのかな?」
「“神様”が決めたんだ。じゃあ仕方ないね」

別に宗教じみたことを言うつもりは毛頭なかったのだが、話が変な方向になってしまった。

「でもさ、予め決められてることなのに“死ぬ”って怖いよね? どうしてかな?」
「死ぬのが怖い・・・そうだよね・・・」
話はさらに変な方向に進む。

「人を始めとして、生物というのは生きることが本能だよね。つまり“死ぬ”ということは、その生物の本能に逆らうことになる。だから“死ぬ”ということに対し恐怖を感じるんだと思う」
「ふーん」

彼女は一言だけそう答えると、そのまま黙って顔を横に向けた。
理解して貰えたのだろうか? 言っている僕自身がよく理解してないのに。

「ねえ、どうしたら・・・死ぬのが怖くなくなるのかな?」
「え?」

何を言い出すのだろうか。まさか彼女、自殺願望者?
彼女の明るい顔を見ている限りはそんな雰囲気は全く感じられないのだが、さすがにこの言葉にはちょっと焦った。

「あの・・・こんな話もあるんだ。人はその本能を全うできた時、死ぬということが怖くなくなるんだって」
「本能を全うできた時って・・・どういう時?」
「人の本能・・・それは人が生まれてきた本当の理由・・・じゃないかな?」
「本当の理由? それって・・何?」

僕の言葉に予想外に食らいついてくる彼女に僕はちょっと後ずさりする。

「ごめんね。僕にもそれは分からない。でも、老衰で亡くなる人は恐怖や苦しみが無いって言われてるよ。あとは自分自身の目的を達成して思い残すことが無い人とかもね」
「うーん。生まれてきた本当の理由かあ・・・」

違和感たっぷりに彼女の悩んでいる姿を見ながら僕は自分に呆れていた。

「ごめんね。全然質問の答えができてないね」
「ううん、ありがとう。君って真面目ないい人だね」
「え?」
「だってこんなつまらない私の質問に真面目に答えてくれるんだもん」

つまらないのは僕の話のほうだ。
もそも僕は人の質問に対して真面目にしか答えることしかできないのだ。
冗談を交えて答えられたらどんなにいいだえろう。大体“真面目”なんて褒め言葉じゃない。
僕はそう思いながら落ち込んだように俯いた。

「フフッ、君、“真面目”って言われるの、嫌いなんでしょお」

 ――え?

彼女の言葉が僕の心に突き刺さる。

そう。僕は“真面目”と言われるのが嫌いだった。
僕の中で“真面目な人間”とは“つまらない人間”ということを意味していた。
でも、確かに僕はつまらない男だ。自分でも分かってはいる。
自分で分かっていながらも“真面目”と人に言われることには、やはり抵抗があった。

「私は真面目な人って嫌いじゃないよ」

 ――え?

今度は心臓がドキリと突き上げられた。
思わず彼女のほうを見る。彼女は首を傾けて優しく笑っていた。
でも、それがどういう意味で言っているのかは理解できなかった。

「でもさ、もし“神様”が人を必ず死ぬようにプログラムしているんだとしたら、なぜ、死なないようにプログラムしなかったのかな? そうすれば、みんな長生きできて幸せになれるんじゃない?」
彼女のさらに突っ込んだ質問に僕も心がまた少し後ずさりする。
なぜ彼女はそこまでは死についてこだわるのか、 不思議だった。

「人を始めとする生物は“寿命”というプログラムによって生と死を繰り返すことに意味があるんじゃないかな」
「何で生と死を繰り返さなきゃいけないの?」
「うーん。じゃあ、もし人に寿命というものが無くて、事故や病気以外では死なない世界があったとしたら、どうなると思う?」
「うーん。みんな永遠に生きられて幸せになるんじゃない?」
「多分そうはならないだろうね」
「え? どうして? 寿命が無かったらみんな永遠に生きられるんでしょ?」
「もし、生物というものに無くて、生と死を繰り返さなかったとしたら、恐らくすぐ絶滅してしまうと思うよ」
「えーなんで? 意味分かんないよ」
「地球は何万年という単位で見ると非常に大きな環境変化をしてるんだ。火山の噴火とか隕石の落下とか、いろいろな要因でね。その大きな環境変化に耐えて生き延びるには自身を変化させなければならなかった。そのために生物の生と死の繰り返しは必要なものだったんだと思う」

 ――こんな話、女の子にはおもしろくないだろうな・・・。

そう思いながら、僕は彼女のほうに目をやった。すると案の定、彼女は何かを思いつめるような感じでボーっとしていた。

「ごめんね。やっぱりつまんないよね、こんな話」
「ううん、とってもおもしろいよ。続き聞かせて」

彼女は慌てたように否定した。
僕は開き直って、とことん僕らしくつまらない話をすることにした。

「生物学的な話をすると、人を始めとする生物は生殖をして子孫を残していくよね。それは環境の変化に対応するDNAを残すためなんだ」
「環境の変化? 地球の?」
「そう。親は子供にDNAという情報のバトンを渡したあとに死んでしまう。その子供もやはりその子供にDNAのバトンをリレーのように渡す。生物はこうして環境の変化に適応するため、生き続けるためにいろんな情報をDNAに刻んで生と死を繰り返していくんだ。その情報量は生と死を繰り返す度に増えていくから、その回数が多いほど変化に対応しやすくなる」
「生き続けるために死ぬの? 何か不思議だね」
「そうだね。DNAという命のバトンでリレーをしながら種は生き続ける」
「命のバトンリレーかあ。おもしろいね。私たちのご先祖様はずうっと子供にバトンを渡し続けてきたんだね。私たちに辿り着くまで」
「うん。そうだね・・・」
「江戸時代の人からも?」
「そうだね・・・」
「平安時代の人からも?」
「そうだね・・・」
「鎌倉時代の人からも?」
「ちょっと順番違うけど・・・」
「ああん、細かいなあ・・・石器時代の人からも?」
「そうだね・・・」
「恐竜時代の人からも?」
「いや、恐竜時代には人はいなかったかな・・・」
「え? じゃあこの時代はだれからバトンを渡されたの?」
「うーん。ダーウィンの進化論が正しくて、人間宇宙人飛来説が誤りであれば、その時代には、人に進化する前の祖先となる動物が存在していたはず。そこからDNAの命のバトンが続いているんだろうね」
「それって、結局いつから続いてるの?」

彼女はますます興味深い顔になってきた。

「地球史によると生命の起源は四十億年前だから、それからってことになるかな」
「ヨンジュウオクネン?」
「そう」
「・・・ということは、私たちは四十億年も命のバトンを渡し続けて今、ここにいるってこと? その四十億年もの間に、たったひとつの命でも抜けたら君も私もいなかったかもしれないんだね」
「そ、そうだね・・・」
「すごいすごい! なんかよく分かんないくらい、すっごい!」

僕は彼女の驚きに驚いた。

「あの・・・そんなにすごいかな?」
「だってすっごいじゃん! 四十億年だよ! 四十億年! それって奇跡だよ。四十億年もの間、ずっと命のバトンが続いてるなんてさ!」

彼女はまるで幼い子供のように目をキラキラ輝かせながら叫んだ。
「これってそんなに凄いことなのかな・・・」

あまりにも当たり前過ぎて、今まで気にもしなかったことだった。
でも、彼女の言う通り、今、自分がここに存在しているのは、何十億年もの間、命のバトンリレーを続けてきた結果なんだ。
確かにひとつでも抜けたら、今、僕はここにいない。
彼女の言葉は、人間を始めとした生物は、全てこの奇跡のおかげでここに存在しているんだということをあらためて自覚させてくれた。

「壮大な話聞いちゃったなあ。君、やっぱり何か、みんなとは違うね」
「いや、僕の話なんて全然・・・理屈っぽくてつまらなかったでしょ」
「全然そんなことないよ。すっごくおもしろかった。ありがとう。私の変な質問に真剣に答えてくれて」
そう言って彼女は首を傾げながらまたニコリと微笑んだ。

校内にウエストミンスターの鐘が鳴り響く。昼休み終了の予鈴チャイムだ。

「君の話、すっごくおもしろいね。 また聞かせて。じゃあね!」

彼女は笑いながら小さく手を振ったあと、弾むように外階段を降りていった。
なんて眩しい笑顔をする子だろう。
それにあの圧倒される強い感受性。僕の他愛ない話にあそこまで感動してくれるなんて、僕が感動した。

そして僕はあることに気づいた。
こんな風に自然に女の子と喋れたことは今まで無かった。彼女の気さくな性格のせいだろうか。

 ――あの子は誰にでもこんな感じで話せるのだろうか?

僕は彼女のような社交的で明るい性格にはとても憧れていた。
彼女みたいに誰とでも気さくに話ができたら楽しいだろうなといつも思う。
自他共に認めるとても内気で消極的な僕だが、本当はこんな自分を変えたいと思っていた。もっと積極的になりたいと。
けれど、積極的になろうとする積極性が僕には無かった。

積極的になるためには積極性がいる。
よって積極性が無い僕は積極的になれない。これが僕の持論だった。
まあ、ただの現実逃避だということも分かっている。

僕のことはさておき、そんな明るく快活な彼女が、なぜあんなに死にこだわるのだろうか。
んな疑問を抱きながら、僕の心の中はいつの間にか彼女のことで覆われ始めていた。