愛理沙のいない部屋は何て暗いんだろう。
シーンとした静けさが私室に漂っている。
暗いのは部屋じゃない。
暗いのは俺の心だ。
愛理沙がいた時はあんなに部屋が明るかった。
何も話していなくても、心が楽しかった。
でも、その愛理沙が家を出て行ってしまった。
涼はベッドの隅に座って頭を抱える。
愛理沙がアパートへ戻ってきたくないと言っている以上、無理に連れ帰ることは涼にはできない。
涼はバス横転事故のことなんてどうでもよかった。
愛理沙が加害者の娘であっても関係なかった。
事故の当時は愛理沙も幼稚園児で被害者の1人だ。
だから愛理沙に対して負の感情なんてない。
愛理沙が出ていったことで、愛理沙が涼にとってどれだけの光だったのかを思い知らされる。いつの間にか愛理沙なしでは生きていけなくなっている涼は自分の心に驚かされる。
心の距離を取って、他人を警戒していた自分が、いつの間にか、愛理沙にだけは心を開いてしまっていた。
涼の心の中に愛理沙が今でも住んでいる。
そのことに気づいて驚きを隠せない。
今までは独りで孤独を感じることもなかった。
孤独を心地よいとさえ思っていた。
しかし、今は愛理沙がいないことが恋しい。
愛理沙の笑顔をもう一度見たい。
愛理沙に会いたい。
「ガチャ――――バン」
玄関の鍵が空けられて、誰かが家へと入ってくる。
暗闇のダイニングに細くてきれいな肢体のシルエットが見える。
「あ……愛理沙なのか……?」
「―――はい……今、戻ってきました」
どういうことなのか、涼の頭では理解できない。
愛理沙がアパートへ戻ってきたことだけはわかる。
ダイニングに正座をして愛理沙がペタリと頭を床につける。
「今まで迷惑をかけて……ゴメンなさい」
「行くな……これからもここに居てくれ」
ダイニングから愛理沙が泣いている声が聞こえる。
涼はベッドの端かた立ち上がって、愛理沙の前に行ってしゃがみこむ。
「愛理沙がいないとさ……この部屋が妙に暗いんだ……暗いのに慣れていたのに……独りでいるのに慣れていたのに……寂しいんだ……ここに居てほしい」
「涼のご両親を事故に巻き込んでしまってゴメンなさい……私では車を止めることができなくて……ゴメンなさい」
ダイニングで愛理沙は大粒の涙を流して、床を濡らしている。
心から愛理沙は涼に謝罪をしているのだ。
「そんなことはどうだっていい……あの頃は愛理沙も幼稚園児だ……事故を防げるわけがない……愛理沙も俺と一緒で事故の被害者だよ……だから愛理沙……自分を許してあげてほしい……俺は愛理沙のことをずっと許すよ。どんなことが合っても許すから……傍に居てほしい」
「それが涼への償いになるなら……私……涼と一緒にくらします」
「そんな償いなんていらない……俺は愛理沙のことが大好きだ……愛理沙は俺のことが嫌いか?」
愛理沙は急に顔をあげて涼を優しく見つめる。
「嫌いならアパートへ帰ってきてない……涼のことが大好き……世界一大好き……涼から離れたくない」
「俺もそうだ……愛理沙のことが世界一大好きだ」
涼は愛理沙の手を引っ張って、体を引き寄せて、両手で愛理沙の体を抱きすくめる。愛理沙も涼の背中に手を回して、涼の体に強くしがみつく。
「こんな私でも許してくれますか? 好きでいてくれますか?」
「許す……何でも許す……愛理沙のことが好きだ。愛理沙は俺の光だ」
「私にとって涼は光よ。涼が私にとっての希望なの」
涼は2度と愛理沙を離さないと心に誓うように、愛理沙の体を抱きしめる。
愛理沙も2度と涼から離れないと心に誓ったように、涼の体を抱きしめる。
そして軽く唇を交わしてキスをする。
キスの味は愛理沙の涙で、少し塩味がした。
そして何度も唇を重ねていく間に段々と深いキスへと変わっていく。
互いが互いを求めあうように、キスの回数と深さが増していく。
「―――涼」
「―――愛理沙」
2人はアパートの部屋の中で、互いに求め合うように抱き合って深いキスを重ねた。
いきなり愛理沙が涼に抱きついている手を離して、唇を離す。
「―――これ以上すると止まらなくなっちゃう」
「―――俺はそれでもいいと思ってる。愛理沙と一緒にいられるなら……」
「もう、私は居なくなったりしない……涼から離れない……離れろって言われても離れない……だから安心して」
「―――うん」
なんだか、やり過ぎを怒られた子供のようだと涼は感じた。
愛理沙はにこやかに微笑んでいる。
もう泣いてなどいない。幸せそうに微笑んでいる。
そのことがとても嬉しい。
「パジャマに着替えて布団へ入りましょう。私も涼も制服のままじゃない」
そういえば部屋に帰ってきてから、ベッドの端に座ったまま、制服を着替えることも忘れていた。
「もう遅いからシャワーは朝起きてから順番に入ればいいよね」
「そうしよう」
涼は私室へ戻って、私室の電気を点けてパジャマに着替える。
愛理沙はフスマを閉めて、ダイニングでパジャマに着替えて、フスマを開ける。
涼がベッドの端に座っていると、愛理沙が布団の上に正座する。
「涼……酷く痩せたような顔になってる……私のせいだね……これからは涼を幸せにできるように頑張るね」
「―――愛理沙は愛理沙のままで居てくれたらいい……俺も愛理沙を守れるぐらい強くならないといけない」
「―――ありがとう……涼」
また愛理沙が泣き始めた。涼はタンスからタオルを取り出して、愛理沙の目の前に座ると、優しくタオルで愛理沙の涙を拭ってやる。
「愛理沙がこんなに泣き虫だとは知らなかった……これからは心配をかけられないな」
「私も人前でこんなに泣いたのは初めて……涼が傍にいるから安心してるんだと思う」
「そうだといいな……俺も嬉しい」
愛理沙は今まで独りで殻にこもって、涙を堪えてきたのだ。自分の前でぐらいは素直に甘えて泣いてほしいと涼は思った。
電気を消して、2人で布団の中へ入る。
「今日はシャワーを浴びてないから、私……ちょっと臭いかも……」
愛理沙の近くからは優しくて甘い香りがただよってくる。とても良い香りだ。
「そんなことないよ。愛理沙の優しい香りがするだけだよ。とても良い香りがするよ」
「アウ……恥ずかしいから、そんなことは言わないで」
そう言って愛理沙が恥ずかしそうに照れながら、涼の体にしがみつく。
涼は離さないように優しくしっかりと愛理沙を抱いて包み込む。
2人の唇が軽く触れ合う。
軽いキスが何度も続き、段々と熱の入った深いキスに変っていく。
「このままだと朝までキスしてそうだよ」
「それでもいい。愛理沙が眠るまでキスしよう」
それ以上の言葉は2人にはいらなかった。
愛理沙がアパートに帰ってきてから、2人でずっと抱き合って、朝までキスしていたので、涼も愛理沙もほとんど寝ていなく、寝不足気味だ。
昼休憩になって聖香の誘いで、愛理沙、聖香、涼、湊の4名でお弁当を食べることになった。
なぜか、湊と聖香も寝不足のようで欠伸を何回もしている。
「昨日は湊と朝まで長電話しちゃってさー……愛理沙と涼のおかげで恋愛について深く考えちゃったよ」
聖香がそんなことを欠伸をしながら言ってくる。
朝まで聖香の恋愛相談に乗ってやっていたのか……湊もマメな男だと涼は感心する。
聖香のことが好きだから、湊は幸せな一時を噛みしめていたに違いない。
「湊とも話し合っただけど……私達も涼と愛理沙を見習って、仮彼女、仮彼氏から練習したほうがいいかなっていうことになって、今日から湊と私は仮のカップルとして恋愛を練習することになったの」
思わず涼は食べていたお弁当を噴き出しそうになった。
愛理沙は聖香の答えを聞いて、心配そうに涼の顔を見ている。
湊はうんうんと大きく頷いて、大満足そうな微笑みを浮かべている。
聖香は難問が解けたような爽快な笑顔で、涼と愛理沙を見ている。
なぜ、カップルではなく、仮が必要だったのか、意味はわからないが、湊が上手く聖香を誘導したのだろう。
こういう時、頭の回転の良い湊が発案したに違いない。
聖香もノリノリのようなので、ここは素直にお祝いしてあげたほうが良いだろう。
「おめでとう。湊、聖香。早く仮カップルから正式なカップルになれればいいな」
「え! そういう意味だったの? 仮カップルって、新しい彼氏ができたら解消するものじゃないの?」
聖香はどうも大きな誤解をしていたようだ。湊としては既成事実だけでも作っておこうとしたに違いない。
「仮カップルというのは正式なカップルになる前の準備みたいなもんだよ。だから聖香は湊とカップルになるんだ」
「へえーそうなんだ。決まっちゃったものは仕方ないかなー。湊もイケメンだし、頭の回転もいいし、女子からも人気が高いし……優良株よね……私ってお買い得したのかな? 私は湊でいいよ。しばらく湊で様子を見る」
考えがずいぶん軽いな。そんなに彼氏が欲しかったのか?
湊を見ると、もう少しで聖香にフラれるのではないかと心配して、体から汗を噴き出させている。慎重な性格の女子であれば、確実に湊がフラれるところだったぞ……聖香の性格があまり考えない、軽い性格で良かったな。
「だって愛理沙と涼を見てると、早く自分も彼氏が欲しくなっちゃたんだもん。やっぱり愛理沙……同棲っていい? 毎日チュッチュしてるの?」
愛理沙は耳まで真っ赤にして、照れて俯いてしまった。これではお弁当を食べることもできない。聖香…質問が直球すぎる……もう少しオブラートに包んでもらいたい。
「やっぱり盛り上がって……キャ―――……恥ずかしくて聞けなーい」
何を聞こうとしていたのか、だいたいの予想はできる。そんな恥ずかしいことは誰にも言えない。2人だけの秘密に決まっているだろう。
そんなことは聞かなくていい。こちらも返答に困る。
聖香はお弁当を持ったまま、盛り上がって椅子から立ち上がっている。
教室中のクラスメイトが不思議な目で聖香を見ている。
「聖香…クラスの皆が見ている。食べる時はお行儀よく食べよう」
「はーい」
湊が小さな声で聖香に注意する。聖香は素直に湊の指示に従う。これはこれで良いカップルになりそうだ。
ようやく静かにお弁当を食べられる。
よく見ると湊と聖香のお弁当のおかずが一緒だ。
湊はいつもよりも嬉しそうにお弁当を食べている。
「そのお弁当、お揃いだな」
「うん。愛理沙と涼の真似をしてみたの。これからは私が湊のお弁当を作ってくるだよ。その代り、湊が放課後に遊びに行った時に奢ってくれるって」
既に交換条件はできているようだ。2人がそれで満足しているなら、涼から何もいうことはない。
「湊……上手く聖香を説得したもんだな」
「これも愛理沙と涼のおかげだよ。本当にありがとう」
湊は嬉しそうにお弁当を食べて、いつも冷静な顔が少しデレている。
聖香は真剣な眼差しで愛理沙と涼を見つめてくる。
「あのさ……真剣に聞きたいんだけど……同棲になる時のタイミングっていつ決めればいいの?」
涼は思わず口元を押える。もう少しでお弁当が口から出るところだった。
愛理沙は恥ずかしくて、俯いたまま、小さな口でお弁当を食べている。
きっと聖香の言ったことをなかったことにするつもりのようだ。
同棲のタイミングなんて聞かれても、答えようがない。
聖香は目を輝かせて、体を前のめりにして、涼と愛理沙の答えを待っている。
何か……答えなければ……聖香は納得しないだろう。
「お互いが、すごく好きになった時だよ。お互いが2人一緒に大好きになった時がタイミングかな? もちろん両親の許可も必要になるな」
「そうなんだー。まだ湊のこと、そんなに知らないし、そこまで好きって感じがまだわからないのよね。これからだと思ってるし。両親へ国際電話もしないといけないし。同棲はずっと先になりそうね……ああ…残念」
聖香が残念がっている以上に聖香の隣に落ち込んでいる湊がいますけど……これはどうしたらいいんだ?
「そうだ……夜ご飯を1人で食べてても寂しいから、時々、湊に食べに来てもらったらいいんだ!これだと同棲にならないし、セーフ」
何がセーフか分からないが、聖香の中では納得したらしい。
湊は聖香と夕飯を食べられると聞いて、顔を背けて、少し涙ぐんで喜んでいる。
教室のドアが開いて、大柄の陽太が真直ぐに涼達の元へ歩いてくる。
「涼……話が違うじゃないか……芽衣と同棲を始めてから、芽衣の監視が厳しくなったぞ……そんなこと俺は一切聞いてない……一体、どういうことだ」
大きな声で陽太が涼に訴える。
そんな大声で言うと、クラスの皆に芽衣と陽太が同棲していることがバレるじゃないか。陽太……自分で自分の首を絞めてどうする。
教室のドアの所を見ると、暗い炎をまとった芽衣が深い笑みを浮かべていた。
陽太の話では昼休憩になったので、芽衣と合流して食堂へ食べにいったのだという。スタミナ定食を頼んだ陽太は芽衣の対面に座って定食を食べていたという。
すると芽衣の隣に座った、2年生女子と思われる下級生とのスタイルが見事だったらしい。目測でも胸の大きさがFカップあったらしい。
「あれだけ豊満なロケットような胸を見たら、男性なら誰でも見惚れてしまうだろう」
陽太は身振り手振りを入れて、涼と湊に力説してくる。
涼と湊は、陽太の背後に立って、無言で陽太を見つめている芽衣が怖くて頷くこともできない。
「それで、ついつい胸に見惚れながら定食を食べていたんだ。すると芽衣が『私と一緒にいる時は他の女子は見ないで』って言ってくるだ。こんな理不尽なことがあるか?」
同棲している彼女の立場である芽衣からすれば、注意するのは当然なことだろう。
「芽衣と同棲と言っても、共同生活だろう。共同生活しただけで、なぜ、そこまで俺が縛られないといけなんだ」
陽太よ……共同生活と同棲は根本が違う。芽衣が求めていたのは同棲だ。共同生活ではない。
「陽太……勘違いをしているから正してやる。共同生活と同棲は全く違うものだ」
湊がため息をつきつつ、陽太に簡単に説明する。
共同生活とは他人と共同で生活をすること。同棲とは好き合っている男女が、一緒に住むこと。陽太にわかりやすく要点だけを説明する。
「え? 俺は芽衣と付き合ってることになってるのか? 俺は全然、そんなつもりはなかったぞ。芽衣は俺にとって兄妹みたいなもんだ。だから兄妹みたいなモノだから一緒に暮らしてもいいかなって思ったんだ」
陽太はそうかもしれないが、芽衣がそう思っていないことは明らかだ。芽衣は小さい頃から陽太のことが好きで好意を抱いていたのだから。芽衣に期待を持たせるような行動をした陽太が悪い。
「俺は芽衣を女性として見ていないぞ。芽衣は妹のようにしか見えない。芽衣なんて幼児体型のようにツルペタだし。俺の好みはスタイルが良くてバイン・バインしているほうが好みだ」
後ろに立っている芽衣から冥界の炎のようなオーラが溢れだしている。陽太……これ以上、芽衣を刺激するなことを言わないでくれ。涼と湊にまで被害が飛んできそうだ。
芽衣は後ろからガシっと陽太の肩に置いた手に力をこめる。そのことでハッと振り返った陽太が、芽衣と目が合って、顔を青ざめている。
「陽太……私と同棲してもいいって言ったわよね。同棲というのはお互いに好き同士が一緒に住むことだってことを知ってて、私のことを受け入れたのよね? 陽太のご両親も私を歓迎してくれたわ」
「芽衣……これには深い勘違いがあったというか……そこまで考えていなかったというか……お前のことは可愛いと思ってる。しかし……妹としか見ていなかったんだ」
「妹としか見てない女子に、陽太はキスしたり、体を触ったりするの? 私は陽太に遊ばれたわけ……酷い……」
大きな声で芽衣が叫ぶ。クラスの皆が芽衣の言っている言葉を聞いている。完全に陽太は悪者だ。
特に女子からの視線が冷たく、痛くなってきている。
このままでは陽太のクラスでの立ち位置もマズくなる。
「ここは謝っておけ。そして芽衣のことを好きだと宣言しろ。それが陽太が生き残れる最後のチャンスだ」
湊が冷静な顔をして、陽太に最後通告を突きつける。
「そんなつもりじゃなかったんだ……そんなつもりじゃなかったんだ」
陽太は小さな声でと繰り返し呟いている。大きな陽太の体が段々と小さくなっているように見える。
しかし、陽太を助けるには、芽衣に許してもらうしかない。
「陽太……妹みたいと思っていても、芽衣のことは可愛かったんだろう? 他の女子よりも芽衣と一緒のいるほうが気楽でいいだろう? 他の女子といるよりも芽衣といるほうが楽しいだろう?」
「おおー、それは涼の言う通りだな。芽衣と一緒のほうが気楽で楽しい。その点は認める」
芽衣の目から冥界の炎が消え、満面の笑みがよみがえってくる。
涼はここぞとばかりに陽太に畳みかける。これも陽太のためだ。
「一緒に居て、気楽で楽しい。一緒に居て安心する。そのことを人は好きというだ。だから陽太は芽衣のことを好きなんだよ。それを長年、妹みたいに思って付き合ってきたから、勘違いをしてるんだ」
「おおー……そうだったのか。俺の勘違いだったのかー。俺は芽衣のことが好きだったんだな。涼、勘違いを正してくれてありがとう。そうか……俺は芽衣のことが好きだったんだ。全く気付かなかった」
芽衣は喜んで涼を見て、サムズアップをして、口元を『グッジョブ』と動かす。
陽太が落ち着いたことで、涼と湊は額に浮かんだ汗を拭いて、緊張感をほぐす。
愛理沙と聖香は、涼の顔を見て、クスクスと忍び笑いをしている。
「陽太……同棲の意味がわかったなら……私に大好き、愛してるって言って」
涼は芽衣の言葉を聞いて戦慄を覚える。ここは学校だ。そんなことを言えば陽太は完全に芽衣との交際を公の場で宣言したことになる……恐るべき戦術。
それにこんな恥ずかしいことを、学校のクラスの中で言うことなんてできない。
「私のことを好きだったら簡単よね? 陽太……頭で考える必要はないの。簡単に言っちゃって!」
「おう……簡単でいいのか? それなら俺は芽衣のことが好きだ。芽衣のことを妹みたいと勘違いしていたが、芽衣のことが好きだということに気付いていなかっただけらしい」
涼は何だか陽太に悪いことをした気分になり、良心が痛い。
クラス中の女子達が拍手をして、芽衣にお祝いの言葉を言っている。
男子達は噂を広めるために廊下に散らばっていった。
これで陽太に近寄る女子生徒はいなくなるだろう。
湊と涼は顔を合わせて、互いに複雑な顔で、陽太を眺めた。
愛理沙と聖香は芽衣に近付いて、芽衣に手を握る。
聖香が目を輝かせている。
「男子をゲットする時は、手段を選んじゃダメなのね。すごく勉強になった。ありがとう」
「皆がいてくれたから陽太と幸せになれるの。愛理沙も聖香もありがとう」
陽太はそんな女子3人を見て、満足そうに大きく頷いている。
陽太本人が良いなら、それでいいだろう。
芽衣はルンルン気分でステップを踏みながら自分の教室へと戻っていった。
放課後になり、久しぶりに皆で街中まで遊びに行こうと陽太が提案をする。
どうも陽太は芽衣と2人で家に帰ることが苦手になったようだ。
湊も聖香と少しでも長く一緒にいたい。
湊が反対するはずもない。
愛理沙と涼は、瞳お姉さんにお礼を言っていなかったので、この機会に先日の件のお礼と感謝を言いたかった。
駅前のロータリー広場に自転車を置いて、6人で街中を楽しそうに歩いて行く。途中にあったゲームセンターで、2人組のカップルに分かれてプリクラを撮った。
愛理沙と涼にとっては初めてのプリクラだ。
愛理沙は恥ずかしくて俯いてしまい、涼は照れて顔をカメラから外してしまっている。そのプリクラを見た湊、陽太、聖香、芽衣の4人は大笑いをして、愛理沙と涼にもう一度プリクラに挑戦するように、体を押してくる。
しかし、涼も愛理沙もプリクラに慣れていない。もう一度試しても同じ結果になるだろう。そこで女子陣だけでプリクラを撮り、まずは愛理沙をプリクラに慣れさせる。美少女3人のプリクラはとてもきれいで可愛く、男子陣に好評だった。
「俺達は男子3人でプリクラを撮るのか。あまり見たくねーな」
陽太が湊と涼の気持ちを代弁する。
誰も好き好んで、男子3人でプリクラを撮りたいとは思わない。
しかし、プリクラの機械の中へ入った陽太はノリノリで制服を脱いで、自慢の筋肉をムキムキさせてプリクラのカメラの中央に陽太が映る。湊と涼は陽太の邪魔をしないように端に寄ってプリクラを撮る。
そのプリクラは芽衣に大好評で、芽衣は嬉しそうに鞄の中へしまっていた。
なんとか愛理沙と涼もプリクラを撮り終える。
2人共、緊張しているのが、2人で抱き合っているプリクラが完成する。
2人の初めてのプリクラの記念だ。
愛理沙は上機嫌でできあがったプリクラを眺めている。
ゲームセンターで一通り遊んでから、表に出ると外はすっかり夕暮れ時だった。
「今日は皆に紹介したい店があるんだ。俺と愛理沙がお世話になっている喫茶店なんだけど、なかなか料理も美味しいんだ。皆も一緒にいかないか?」
「涼が誘うなんて珍しいな。それなら俺達も付き合うぜ」
陽太は芽衣の肩に手を置いてニッと笑顔で応えてくれる。芽衣も嬉しそうに笑っている。
「私も家に帰って夕飯を作るのも面倒だし、愛理沙ちゃん達と一緒に食べていく」
「聖香が行くんだから、俺も一緒にいくに決まっている」
芽衣と湊からも了承が取れた。
駅前のターミナル広場の駐輪場から自転車を取り出して6人でシアタービルの近くまで走っていく。
瞳お姉さんの喫茶店は、まだOPENの看板がかかっていた。
瞳お姉さんの気分次第で喫茶店がCLOSEになる時もあるから、OPENになっていることに安堵する。
自転車を喫茶店も前に置いて、涼と愛理沙が玄関のドアを開けて中へ入る。
「あら? 涼君と愛理沙ちゃん。2人で来たってことは仲直りできたのね……良かったわ」
カウンターから出て来た瞳お姉さんは涼と愛理沙の2人の顔を見ると満面の笑みを浮かべる。
「今日はお礼を言いに来たんですが……友達も一緒に連れてきました。夕食って何かできますか?」
「ありがとう……今日はお客様が少なくて、定食が余って困っていたのよ。何でも作っちゃうから、友達全員入って来て。店の中は広く使っていいからね。」
瞳お姉さんの喫茶店はカウンター席の他に4人がけのテーブルが3つだけある。聖香と湊、陽太と芽衣、愛理沙と涼というふうに4人がけテーブルを2人で利用する。
瞳お姉さんは嬉しそうに玄関へ行くとOPENのカードをCLOSEに変える。
「これで他のお客様は入ってこないわ。皆で楽しく騒いで、沢山食べて帰ってね」
本当にこんないい加減な経営の仕方で、この喫茶店は儲かっているのだろうか? 他人事ながら、少しの不安と不思議を感じてしまう。
「俺はこのメニューに書いている焼肉定食の特大大盛でお願いします」
そんな特大大盛なんてメニューはどこにも書いていない。しかし陽太は嬉しそうに顔を輝かせてメニューを頼む。
「いいわよ。筋肉君は大食漢なんだね。沢山食べないと筋肉できないもんね。お姉さんに任せなさい」
「おおー、このお姉さん、俺のことをわかってくれてるよ。顔も美人だし、スタイルもいいし、お姉さんは俺好みっす」
「ありがとう。でも高校生はお姉さんの好みの年齢より下だから……ゴメンね」
確かに瞳お姉さんは童顔の美女だ……しかし芽衣の前でそんなことを言っていいのか。涼は嫌な予感がして、陽太達の座席を見ると、芽衣は既に冥界のオーラ―を放っている。
「可愛い彼女さんがいるのに、お姉さんに冗談なんていったらダメよ。彼女さんもいっぱい食べたら、スタイルが良くなるわよ。彼女さん……少し食べる量がすくなそうだから、気を付けてあげてね」
「そうだったのか……芽衣がスレンダーだったのは、芽衣があまり食べないからなのか。これからは俺と一緒の量を食べよう。俺は芽衣がスタイルが良くなるなら協力するぞ」
その言葉を聞いて、芽衣の冥界のオーラ―が霧散していく。
「私が食べ切れなかったら、陽太が食べてね。私……これからは頑張って食べる」
芽衣は食べる前から、気合を入れる。芽衣が頼んだのはチキンカツ定食だ。
「お姉さん、先日は愛理沙を助けてくれて、ありがとうございます。この間のお姉さん、すごく恰好よかったです。すごく憧れちゃいました。私は聖香です。これからは聖香と呼んでください」
「俺達、高校生では問題を解決できなかったかもしれませんでした。2人のことをありがとうございます」
先日、聖香の家での一件で、すっかり聖香は瞳お姉さんのファンになってしまっていたようだ。
湊は聖香から一応経緯を聞いているようで、席から立ち上がって瞳お姉さんに礼をする。湊も瞳お姉さんのことを気に入ったようだ。
「2人とは会ったのは最近だけど、昔からの知り合いなのよ。だから少しだけサービスしただけ。気にしないで」
聖香と湊の2人は唐揚げ定食を頼む。涼と愛理沙は酢豚定食と野菜炒め定食を頼む。
「瞳お姉さんのおかげで、ゆっくりと涼と話をすることもできました。私の中でも決心することができました。本当にありがとうございます。私……涼に付いていきます……離れません」
「俺も愛理沙を離しません……どんなことがあっても傍にいます……本当にありがとうございます」
愛理沙と涼が瞳お姉さんにそういうと、湊、陽太、芽衣、聖香の4人から拍手が沸き起こる。
「あなた達2人だったら、絶対に大丈夫……何でも2人で乗り越えられるわ。もし、相談したい時はいつでも気軽に来てね……それじゃあ、私は料理の支度をしてくるから、皆は楽しくしていてね」
瞳お姉さんは定食の料理を準備するためにカウンターの奥にあるキッチンへ進む。
「こんな居心地のいい喫茶店があるとはな……これから俺もここの常連になる」
陽太が満面の笑みを浮かべて、満足そうに腕の筋肉を動かしている。
「目当ては瞳お姉さんでしょう……絶対に1人で来させないんだから……私も一緒に来るからね。私も瞳お姉さんのこと気に入ったんだから」
芽衣はそう言って、陽太の腕の筋肉にぶら下がっている。
「瞳お姉さんって素敵な大人の女性で……可愛くてきれい……憧れる……」
「聖香がそういうなら、俺も一緒にこの店に来るよ。今度から、何かあった時の集合場所は瞳お姉さんの店にしないか?」
陽太、芽衣、聖香、湊の4人も瞳お姉さんのことを気に入ってくれて良かった。これから街中に来る時は、瞳お姉さんの喫茶店が涼達の集合場所になった。
愛理沙との別れがあって1週間が過ぎた。
学校へ楓乃が戻ってきた。
楓乃は素直に愛理沙に謝ったが、楓乃は涼への想いを断ち切るためにグループから離れると宣言した。
愛理沙も聖香も楓乃のことを止めることはしなかった。
涼、湊、陽太の3人は少し離れた場所から女子達を見守っていた。
楓乃はふっきれたような顔で涼に手を振ると、違う女子のグループへと戻っていった。
涼には愛理沙しかいない。愛理沙しか選べない。
楓乃は別の男子を見つけたほうが良い。この結果で良かったと涼は思っている。
もう少し早く、楓乃のことをフッていれば、愛理沙と楓乃も仲良くできたのにと思うと、涼の中に少し後悔が残る。
7月に入り、期末考査テストが始まった。
涼は愛理沙にテスト勉強を深夜まで教えてもらって、なんとか期末考査テストを乗り切った。
これからは大学進学のことも考えていかなければならない。
愛理沙に相談すると、愛理沙もそのことで悩んでいたらしい。
夏休前に予備校を巡って、大学進学のために予備校に通うことにした。
最近、愛理沙はアパートに戻ってきてから、ピンクダイヤのネックレスをしていない。愛理沙に理由を聞くと、もう両親の責任を自分は負わないと決めたという。
「もう、あのバス事故のことで自分を責めたりするのはやめたの。お父さんとお母さんに申し訳ないもの」
「そのほうがいい。あの事故は俺と愛理沙では止めようがなかった事故だ。俺達が悔やんでも仕方がない」
「これからは涼と2人で前を向いて歩いて行くって決めたの。だから、お母さんのネックレスとはお別れするの」
そう言って、愛理沙は涼に向かって優しく微笑んだ。とても穏やかで澄んだ笑みだった。
今は、涼の仏壇の隣にピンクダイヤのネックレスを置いて、毎朝、愛理沙は拝んでいる。
とても愛理沙に似合っていたネックレスだったので、涼としてはとても残念に気持ちになった。そして愛理沙も、少し寂しい思いをしているのではないかと推測する。
テストが終わって、授業が午前中までになった。
涼は愛理沙に先にアパートへ戻ってもらって、涼1人で駅前のロータリー広場までロードレーサーで走る。
ロードレーサーを駐輪して、涼は1人で大型デパートの中への歩いて行く。
デパートの中に大きな宝石店のテナントが開店していた。
涼が宝石店に入るのは、これが初めてだ。
店内は女性陣が多く、若いカップルも多い。
場違いな場所に来たみたいで、涼は1歩後退って、店から出ようとする。
その時に穏やかな笑顔をたたえた、宝石店のお姉さんが声をかけてくれた。
「お客様…このお店は初めてでしょうか? 私でしたらご案内いたします」
「あ…ありがとうございます。俺……こういう店は初めてで……」
店員のお姉さんはにっこりと微笑んで、涼を安心させる。
「今日はどのようなご用件ですか? もしかすると……彼女さんのお誕生日のプレゼントかしら?」
実は愛理沙の誕生日は7月7日。すでに誕生日は過ぎてしまっている。
中間考査テストで忙しくて、愛理沙の誕生日のプレゼントを用意してあげられなかったことを、涼は後悔していた。
「実はそうなんです……色々あって……誕生日を過ぎてしまって……買ってあげたいんです」
「優しい彼氏さんですね。彼女さんが羨ましいわ」
店員のお姉さんに、そう言われて、涼は照れてしまう。営業トークとわかっていても、褒められるのは嬉しいものだ。
「どのような品をお探しですか? ご要望があれば、そこから商品をご紹介していきます」
「あの……胸にダイヤのネックレスが欲しいんです。できれば小さいダイヤではなくて、それなりに大きなダイヤを1つ」
「それでは、こちらの商品棚のセール品はどうでしょうか? 今、若いカップルの方に好評ですよ」
店員のお姉さんの笑顔が深まる。完全な営業の誘導だ。
「お姉さん……内緒で教えてほしいんですけど……宝石の値段って、下取りに出した時に驚くほど安い時があるじゃないですか? セール品はやっぱり安くなるんですか?」
急に店員のお姉さんの顔が引きつる。そして小さな声で涼にだけ聞こえるようにささやく。
「今のセール品は、在庫整理の品なの……お店には内緒だけど……きちんとした宝石を買いたかったら、保証書の付いた、きっちりとした宝石を買っておいたほうがいいわ……それにしも良く知ってるわね」
別に涼は何の情報も知らなかった。セール品という言葉にひっかかっただけだ。愛理沙に買うのであれば、セール品などではなく、きちんとした宝石を買ってあげたいと思っていただけだ。
店員のお姉さんが別の商品棚に連れて行ってくれる。値段は張るが、どれもセール品よりもデザインがシンプルに見える。
「実はね……デザインに凝ってるとデザイン代が高いの。ダイヤはカットと輝きで決まるから、シンプルなほうが値打ちがあることも多いのよ」
そんなにペラペラと宝石店の内情を話てしまっていいのだろうか? 店員のお姉さんの好意だと思って、黙って聞いて、後学のために覚えておこう。
「これを見たいんですけど……」
涼はデザインはシンプルだが、光り輝いているダイヤを指さす。
「お客様、良い品を選ばれたと思います。私もこの品なら自信を持ってお勧めできます」
丸型の少し大きなダイヤがきれいにカットされてキラキラと輝いている。ネックレスはプラチナだ。
涼が予想していたよりも、予算をかなりオーバーしている。
しかし、涼はこのダイヤのネックレスが気に入った。
愛理沙がダイヤのネックレスを着けている所をイメージする。とてもきれいで美しい。
「これを買います」
「ありがとうございます」
お姉さんは深々と礼をして、ダイヤのネックレスをジュエリーボックスに入れて、包装袋へ入れてくれる。
レジで支払いを済ませて、小さな紙袋を持って宝石店を出る。
デパートを出て駅前のターミナル広場に着いた所から愛理沙に連絡をして、いつもの公園で待っていてもらう。
駐輪場からロードレーサーを出して、急いで高台へ向かってロードレーサーを走らせる。
夕焼けの中をブランコに座って愛理沙が待っている。
涼はロードレーサーを公園の外に止めて、愛理沙の近くへ歩いていく。
「どうしたの……涼? いつも、一緒に公園に来ていたのに……急に呼び出すなんて?」
「すぐに愛理沙に渡したいモノがあって……誕生日、遅れてゴメン。改めて誕生日おめでとう」
涼は宝石店の紙袋を愛理沙に手渡す。愛理沙は紙袋の中を見て驚いている。
「これ……高かったんじゃないの?」
「まずは中身を見てよ……気に入ってくれると嬉しいんだけどさ」
愛理沙は慎重に包装袋からジュエリーボックスを取り出す。包装袋から出て来た保証書を見て驚いている。
そしてジュエリーボックスを開けて、ダイヤのプラチナのネックレスを見て、目を丸くして驚く。
「愛理沙のピンクダイヤのネックレス……とても似合っていたからさ。これからは買ってきたネックレスをつけてくれると嬉しい」
「ありがとう……とても嬉しい……一生の宝物にするね」
「あのさ……このダイヤのネックレスをして、愛理沙には新しい人生をスタートしてもらいたいんだ」
「―――涼!」
愛理沙はブランコから立ち上がって、涼の胸の中へ飛び込んでくる。涼は軽く愛理沙を抱きとめて、軽く唇を触れ合う。
「涼……ネックレスを着けて」
愛理沙がネックレスを涼に手渡して、背中を向いて、項を見せる。きれいな項だ。涼は落とさないように慎重に愛理沙の首元にネックレスを着ける。
愛理沙が振り返って、涼のほうへ体を向けると、胸にダイヤのネックレスが輝いていて、愛理沙にとても似合って輝いていた。
「愛理沙とは、この公園で初めて出会った。だから、愛理沙とのスタートはこの公園からにしようと思ったんだ」
「素敵……私達2人の出会いの公園で……始まりの公園ね……私、この公園のこと一生、忘れない」
夕焼けが涼と愛理沙を真っ赤に染めている。愛理沙の胸のダイヤは陽光に照らされて、一段と美しい輝きを放っていた。
冬が過ぎて涼と愛理沙は青雲高校を卒業した。
センター試験にも無事合格し、涼と愛理沙の2人は某有名私立大学へ合格を果たした。
アパートで使っていた家財道具には思い出が詰まっていたので、できるだけ引っ越し業者に運んでもらった。
今は都内某所の2LDKのマンションに2人で同棲している。
歩いて5分ほどの所に大きな公園があり、公園の中には小川も流れていて、とても緑がきれいだ。
高台の公園では沢山の思い出ができた。この公園でも愛理沙との思い出を沢山つくれたらいいなと涼は思う。
2人黙って夕暮れの公園を散歩する。小型犬を連れた人々が多い。ランニングしている人もいる。涼と愛理沙は雨除けのある小屋のようなベンチに寄り添って座って、夕陽を眺める。
都内は高いビルが多く、夕陽はすぐに沈んでしまうように感じる。
空も曇り空が多く、夜空も街の光で、星の光が小さい。
まったく違う土地に来たのだという実感が湧く。
しかし、愛理沙と一緒なので、孤独感はまったくない。
これからの愛理沙との生活を考えるだけで幸せが心の中から湧いてくる。
「涼……この公園なら外灯も沢山あるから……少し遅い時間でも散歩できるわね」
「それでも愛理沙1人だと危ないよ。 愛理沙はきれいで美しい美女になったんだから」
「アウウ……そんなことを、また言う……いつも恥ずかしいんだからね……」
「事実だからね。愛理沙は俺の宝だから、愛理沙に何かあったら困る……だから夜の散歩は俺が一緒にいる時でないとダメだよ」
「はーい」
愛理沙は大学に入学してから一段と美しさに磨きがかかり、今では美少女というよりも美女だ。
雰囲気も変わり、清楚さに加えて艶やかな色気もかもしだしている。
これからは一層、愛理沙を守らないといけないと、涼は密かに心の中で誓う。
今は愛理沙は髪を少し茶髪にしてミディアムのふるゆわカールにしている。そしてフレアーの白のワンピースにダイヤのネックレスが輝いている。
どこから見ても清楚な美女だ。
大学に通い始めてから、すぐに愛理沙は大学でも噂の美女となった。大学の中を2人で歩いていると男子生徒の嫉妬の視線が涼に降り注いでくる。
しかし、これぐらいの視線は高校時代にも味わっているので、涼もすっかり慣れてしまい、意識すらしない。
大学の中でも、今は平気で2人でイチャついている。
湊と聖香も都内の某有名大学へ合格し、今では都内で同棲を始めている。週に1度は愛理沙と聖香が遊びに行くので、必然的に湊と涼も顔を合わせている。
陽太と芽衣は……陽太が大学の合格に失敗してしまい、芽衣は地元の国立大学へ進学した。今でも芽衣から愛理沙へ手紙が送られてくる。
いつも芽衣から陽太に対する愚痴の手紙ばかりだが、あの2人のことだから上手く付き合っているだろう。
「あの―――そこのカップルさん、1枚写真を撮らせてもらえるかな?」
30歳代ぐらいの男性で、少し軽薄そうな感じを漂わせているが、ヨレヨレのグレーのスーツを着込んでいる。
「私……こういう者でして……お2人を見ていて、お似合のベストカップルだなと思いまして、声をかけさせていただきました。名前は石田と申します。」
石田という男性はサッとスーツの胸ポケットから名刺入れを取り出して1枚の名刺を涼と愛理沙に渡す。
そこには『一ノ瀬プロダクション 石田悟(イシダサトル)』と書かれていた。
「芸能プロダクションの方ですか? 俺達、そういうのには興味ないんですけど」
「今回は仕事抜きです。 美男美女を見ると写真を撮りたくなるんですよ。頼みますから1枚だけ……仲良い所を写真に撮らせてくださいよ」
人懐っこい笑顔で石田が笑いかけてくる。どこか童顔の石田は人が良さそうに見えて断りにくい。たぶんスカウトか、何かを担当している仕事に違いない。
「仕方がないですね。1枚だけですよ」
スマホを取り出して、嬉しそうに涼と愛理沙の2人が寄り添い座っている写真を撮ると、石田は満足そうに撮った写真を見て頷いている。
「お2人はこの近くに住んでるんですか? この公園は広くて気持ちがいいですよね。私もたまに休憩をするために、この公園に立ち寄るんですよ」
「ええ、私達2人、今年になって大学に合格したので……2人で引っ越してきたんです」
「それじゃあ……同棲中ですか。一番、楽しい頃ですね。羨ましいです」
石田に羨ましいと言われて、愛理沙は顔を赤くして、照れて俯いてしまった。
「これ以上、お邪魔するのも申し訳ないので、また公園でお会いましょう。私の名前は石田ですが……お2人のお名前は?」
「俺は涼……彼女は愛理沙と言います。それではさようなら」
「失礼しました」
石田は現れた時と同じように、ヒョウヒョウと涼と愛理沙の前から去っていった。
夜の帳が降りた小屋の中で2人で寄り添って、誰も見ていない時に軽くキスをする。
「私も涼のことを大好き……愛してる……涼といると幸せ」
「俺も愛理沙といると幸せだよ……愛理沙のことを愛してる」
お互いに強くギュッと抱きしめて熱いキスを交わす。
END