日曜日の休日。
玄関のインターホンが鳴った。宅配か何かだと思って「はーい」と声を出す愛理沙。涼は対応を愛理沙に任せて、ベッドに寝そべって読書を楽しんでいた。

「おう……なぜ、愛理沙が涼の部屋にいるんだ?」

「それも、今の対応……すごく慣れてるわよね? 愛理沙…これってどういうこと?」


 聞き慣れた声…陽太、芽衣、2人の声が聞えてくる。

 ダイニングであたふたしている愛理沙の姿が見える。
涼は何が起こったのだろうとダイニングへ出ていく。


「おう……陽太に芽衣か。遠慮せずに入れよ。今日は愛理沙も遊びにきてるんだ」


 涼は平然とした顔で、同棲がバレないように嘘をつく。


「ふーん。どうして2人共、ダークグレーのスウェットと、薄ピンクのスウェットを着ているのよ……まるでペアーじゃない」

「―――ああ……それは愛理沙に選んでもらったからだ」

「怪しいわね……部屋の中へ入らせてもらうわよ」

「ああ…いいぞ。陽太も入ってくれ」


 陽太と芽衣が玄関からダイニングへ入ってくる。涼は自然な動きでふすまをキッチリと閉める。


「涼? なぜ私室の部屋のフスマでキッチリと閉めてるのかしら?」

「話はダイニングで聞けばいいだろう。別に俺の私室を見る必要はないよな」

「涼……それはいくら何でも怪しすぎるぜ……俺達に一体、何を隠しているんだ? 大人しく見せてみろ」


 陽太がフスマに近寄ろうとすると、愛理沙が両手を広げてブロックする。


「ここには何もありません。涼の普通の部屋です。だから疑わないでください」


 愛理沙……それを言うと、余計に疑ってくれと言ってるように聞こえるんだが。陽太は長身を活かして、愛理沙のブロックの上からふすまを開け放つ。

 涼のベッド、これは問題ない。
涼の机、これも問題はない。
この…鏡台は? どうやって説明しよう。
どうしてベッドの下に布団が敷いてある? もういい訳は無駄だな。
そして涼の部屋から続いている家財道具の数々。 もう諦めるしかない。


「涼……この鏡台と布団を自分で使ってるなんて言わないよな?」

「ああ……俺は使ってないな」

「誰が使っているんだ?」

「―――そこは黙秘で」


 芽衣がきれいな涼の私室へ入っていって、敷いている布団を持って香りを嗅ぐ。


「この布団から愛理沙の香りがするだけど……どう言い訳するつもり?」

「ああ、時々、愛理沙が泊まりに来てるんだ……今日がその日だったというわけだ」


 陽太が涼の頭をアームロックして、段々を力を入れていく。
その間に芽衣がダイニングからベランダに行こうとするのを、必死で愛理沙が阻止する。


「陽太…痛い…痛い…本気で痛い」

「本当のことを言ったら、離してやる……まだ黙っているつもりなら、もっと締め上げる」

「止めて……涼が壊れちゃう」


 慌てた愛理沙が陽太の腕にしがみつく。
ベランダの防衛ラインががら空きになる。
すかさず芽衣がベランダへの窓を開けて、外に干してあった洗濯物を回収して戻ってくる。


「陽太…もういいわよ。確実な証拠を押さえたわ。愛理沙……どうしてハンガーフックに愛理沙の下着と涼の下着がきれいに干してあるのかしら? これを洗濯したのは愛理沙よね」


 愛理沙は口を両手で塞いで、顔を青ざめている。
涼はアームロックの痛みが消えずに、膝から崩れ落ちた。


 陽太は涼と愛理沙を見て、ニヤニヤと笑っている。
芽衣は呆れた顔で2人を見ている。


「付き合っている宣言はされたけど……同棲宣言は聞いてねーぞ」

「私も2人が付き合ってよかったとは思ったけど……同棲は進み過ぎなんじゃないの」


 涼は慌てて手の平を前にして振る。
愛理沙は俯いたまま、顔を真っ赤にして黙ってしまった。


「同棲しているが、俺と愛理沙は清い関係だぞ……一緒に共同生活をしているだけだ」

「それを同棲っていうのよ……涼も往生際が悪いわね……それで愛理沙? いつから同棲生活をしているの?」

「中間テストが終わった後から……」


 愛理沙は床にペタンと座り込んで、顔を真っ赤にして照れて俯いて、恥ずかしそうにしいてる。芽衣も顔を真っ赤にして、涼と愛理沙を見つめる。
陽太はにっこりと笑顔で涼の肩に手を置く。


「学校NO1美少女と隠れて同棲か……ワクワクするな……俺も同棲をしてみたいな」

「陽太がそんなに同棲に憧れているなら……嫌々だけど、私が付き合ってあげてもいいわよ」

「ええ……芽衣と同棲しても何の新鮮味もないじゃないか。小さい頃からの幼馴染と同棲して何が嬉しいんだ?」


 陽太が涼と愛理沙を見て、同棲を羨ましいと言い始めた。
それを聞いた芽衣は涙目になりながら陽太を睨んでいる。


「私だって、陽太と同棲なんてする気はないわよ……だって幼馴染の陽太と同棲しても新鮮味もないもん」

「やっぱり芽衣もそう思うよな。意見が合うじゃないか」

「―――もう、陽太なんて知らない!」


 芽衣は完全に涙目になっている。愛理沙が芽衣に近寄って、芽衣の背中を優しくなでている。ダメだ……陽太は芽衣の気持ちを全く気付いていないし、芽衣のことを幼馴染としか見てない。あまりのことに涼は芽衣に同情する。


「芽衣も一応女子だし……美少女の部類に入るんだからさ……陽太も少しは芽衣のことを気遣おうよ」

「芽衣のことか……いつも兄妹のように一緒にいるからなー。芽衣……お前、俺に気遣いされたい?」

「陽太なんかに気遣いされたくないわよ」


 陽太と芽衣は元気にもめているが、そもそも涼の家に来た理由をまた聞いていない。
この様子からすると、2人とも当初の目的を忘れているようだ。


「今日はどうして俺の家に来たんだ?」

「ああ、この間の楓乃の1件で愛理沙が落ち込んでるんじゃないかって、芽衣が心配してさ。涼に話を聞くのが1番早いということになって、2人で涼の家に訪問に来たわけだ……でも、その心配もいらなかったみたいだな……同棲か。心温まるよな」

 陽太がまだ羨ましそうに同棲という言葉を連呼する。


「だから私が同棲してあげてもいいって……言ってあげてるじゃない」

「芽衣だと何だかイメージが違うんだよな。イメージが。イメージって大事だろう」


 とうとう芽衣は床にペタンと崩れ落ちて大粒の涙を流し始めた。
愛理沙がタオルを持ってきて、芽衣の涙を拭っている。


「今のは陽太が悪い。芽衣だって女の子なんだぞ……女の子が同棲してもいいっていうのは勇気がいることなんだぞ」

「そうだったのか……芽衣は俺の兄妹みたいなもんだもんな……同棲してもいい訳か……芽衣、帰ったら同棲ごっこでもするか? それで芽衣の気が済むなら、俺が親父達に話してやる……だから泣くのは止めろ」


 それを聞いた芽衣は涙を止めて、深い微笑みを浮かべる。
そして涼に向けてサムズアップのポーズを取る。
口元を見ると声を出さずに『グッジョブ』と口を動かしている。
芽衣には満足してもらえたようだ。


「涼も愛理沙も、節度をもって同棲を続けてね。皆には黙っておくから。陽太にも口止めして黙らせるから、安心してね」


 芽衣を味方につけたことが今回の勝因だった。芽衣は陽太と同棲できると聞いて上機嫌だ。


「何しに来たのかわからないが……騒がせてスマン。俺も芽衣も黙っておくから、2人で同棲生活を楽しんでくれ」

「陽太…帰ったら、お父さん達に言って、私達も同棲生活の話しを進めるわよ」

「そんな約束したっけ? ……忘れたわ」


 また陽太と芽衣がもめだした。


「仲が良いのはいいが、人の家でこれ以上もめるのは止めてくれ。家に帰ってからゆっくりと相談しろ」


 陽太と芽衣は騒ぎながら玄関で靴を履いて、涼の家を出ていく。
玄関を閉めても、陽太と芽衣の騒ぎ声が聞こえてくる。

 しばらくすると陽太と芽衣も帰っていったのだろう。外も静かになった。
涼も愛理沙も放心状態でダイニングの床に座ったままだ。

 涼は立ち上がって、愛理沙の手を立ち上がらせると、ダイニングから私室の布団の上へ移動して、布団の上に2人で座る。

「なんとか同棲の件は、陽太と芽衣には了解してもらったみたいだ。何も愛理沙が心配する必要はないからな」


 愛理沙がいきなり涼の胸に飛び着こんで、涙目になっている。


「もしかすると涼と引き離されると思って怖かった……涼と離れたくない……私が安心できる場所は涼の傍なの」

「大丈夫だよ。陽太も芽衣も口は堅いから、信用できる……安心していいよ」


 涼は両手を広げて愛理沙を優しく抱きしめる。


「アウウ……まだ心配なの……ギュッとしてほしい……」

「わかった……ギュッとね」


 涼が愛理沙をギュッと抱きしめると、愛理沙も涼の腰へと手を回して、涼の体をギュッと抱き寄せて、軽く唇を合せる


「愛理沙は甘えたになったね」

「アウウ……もう1回……」


 涼は愛理沙をしっかりと抱きしめたまま、何度もキスを重ねた。