学校一の薄幸の美少女が、なぜか俺だけに心を許す!?

 学校が終わった放課後、2人で自転車を押して帰る。
朝、皆に交際を告げた後から、愛理沙の元気がない。
やはり楓乃のことを気にしているのだろう。


「愛理沙…今日は気分を変えて、駅前にでも行かないか? 愛理沙の好きそうな映画があったら観て帰ろうよ」

「私……そんな気分じゃない……」

「落ち込んでいても楓乃との関係が直らないよ……このままだと愛理沙が参ってしまうよ……そのほうが俺にとっては問題だ……今日は俺のワガママに付き合ってくれないかな?」

「涼がそこまでいうなら……」


 駅前のロータリ広場まで行って、駐輪場へ自転車を止める。
そして、シアタービルへと向かう。


「どんな映画が見たい?」

「静かな映画……」


 静かな映画…難しい答えが返ってきた。
映画とは大音量と大画面で観るものだ。静かだと映画にならない。


「私……少し静かな所に座りたい」

「わかった。少し静かな場所で座ってから映画を観よう」

「―――ありがとう」


 涼と愛理沙の2人はシアタービルを出て、すぐ近くの喫茶店へ入った。
喫茶店ではR&Bが静かに流れている、おシャレナ喫茶店だった。

 4人がけのテーブルの2人だけで座って、喫茶店のお姉さんにミルクティを頼む。


「可愛いお二人さんね。カップルかな? いいな……お似合ね」

 喫茶店のお姉さんがそんなことを言って、カウンターの中へと入っていく。
そしてすぐにミルクティをテーブルに運んでくれた。

 愛理沙は喫茶店に着いてからも黙ったまま、俯いたままだ。
涼も言葉が見つからずに、黙ったままミルクティを飲む。

 喫茶店のお姉さんがカウンターから出て来て、喫茶店のドアにかけてある木製のカードをOPENからCLOSEに変える。


「もう、このお店、閉めちゃったから、2人でゆっくりしていって……何か訳ありのようだからさ」

「すみません……なんだかお店に迷惑かけてしまって」

「いいのよ……私ってお節介な質だから」


 そう言ってカウンターの中へ入って、お姉さんはカウンター中の椅子に座る。

 2人共、黙ったまま時間が流れていく。
愛理沙も黙ったまま、涼も黙ったまま、何も話さない。
そうしていると、愛理沙の目から大粒の涙があふれ出し、頬を伝って制服を濡らす。

 涼は自分のポケットからハンカチを取り出して愛理沙に手渡す。
愛理沙はハンカチを受け取って涙を拭くが、涙は止まらず、制服を濡らしていく。


「あらら……これは重症ね」


 お姉さんがタオルを持ってきて、愛理沙の制服をタオルで拭いて、愛理沙にタオルを渡す。
愛理沙はタオルに顔を埋めて嗚咽しながら泣き続ける。


「何があったのかわからないけどさ……お姉さんでよければ話してみなさいよ……全くの他人に話をすると少しは気分が楽になるかもしれないわよ」


 お姉さんは愛理沙の隣に座って、愛理沙の背中をさすりながら涼を見る。
これは涼に内容を説明しろということだろうか。
お姉さんの視線が真剣で怖い。
まさか、涼が泣かしていると誤解されているのかもしれない。

 涼はポツポツを朝の出来事を説明し、少しだけ愛理沙との出会いから今日までのことを説明した。


「そうか――そんなことがあったんだ。愛理沙ちゃんは楓乃ちゃんとも仲良くしていたかったんだね。だから仲良くできなくなって悲しんでるんだ。楓乃のちゃんに自分を否定されちゃったんだから泣いちゃうよね」


 愛理沙も涼もお姉さんの言葉に何も返せない。


「こう考えたらどうかな……2人が付き合ったことで、1人の女の子を不幸にしてしまいました。これは事実。だからこそ、2人はその子の分まで幸せにならないといけないって。その子の分まで笑顔でいないといけないって」

 愛理沙がビックリしたようにお姉さんの顔を見つめる。


「私ってさ…頭悪いから、上手く話できないけどさ……2人は絶対に幸せにならないといけないと思う。だって、その子の幸せを壊したんだから。その子の幸せを壊しても、。自分達の幸せを選んだんだから」


 愛理沙はお姉さんの言葉を聞いて、肩をビクッと震わせてタオルの中に顔を埋めて、何度も大きく頷く。
お姉さんは優しく、愛理沙の背中をさすって、髪を梳く。
すると段々と愛理沙の涙が止まり、段々と落ち着いてきた。


「私もそう思います…私は楓乃の幸せを壊しました。自分の幸せを選びました。だから楓乃の分まで幸せにならないと楓乃に申し訳ないです。楓乃の分まで笑顔でいます……教えていただき、ありとうございます」

「なんなんだろうなー……2人とは初めて会ったんだけどさ……2人には幸せになってもらいたいって思ちゃった。2人からは何も聞いてないけどさ……2人って人に言えない重荷を背っていそうだから……幸せになってほしい」


 涼も愛理沙も自分達の過去についてはお姉さんに一切話していない。それなのになぜ、お姉さんは的確に涼達のことがわかったのだろう。涼は不思議でたまらなかった。


「私にもよくわからないんだけど……女の勘ね」


 そう言ってお姉さんはにっこりと笑った。


「今日はこのまま帰りなさい。また、ゆっくりとお店に来てね」


 涼がミルクティ代を払おうとすると、お姉さんは笑って受け取らなかった。


「また来てくれたら、その時はお金をもらうわね」

「ありがとうございます……少し気分が晴れました」

「愛理沙を落ち着けてもらってありがとうございます……また2人で来ます」


 お姉さんは笑顔で玄関をドアを開けてくれて、道路に出て涼と愛理沙に手を振ってくれる。涼と愛理沙も2人でお辞儀をして、笑顔で手を振って駅のターミナル広場へ向かった。
 公園に寄って、愛理沙と2人で夜空を眺める。愛理沙はずいぶんと落ち着いてきて、今は冷静に街の夜景を眺めている。

 放課後に行った喫茶店のお姉さんの言葉が効いたようだ。

 こういう時、上手く言葉が浮かばない。口下手な自分がこんな時はもどかしい。愛理沙をなぐさめたいのに、上手く言葉が出てこない。


「―――涼…大丈夫だから……涼は考え込まないで……涼が私をなぐさめようと思ってくれていることは伝わってくるから」

「―――うん……上手く言えなくてゴメンな」

「私こそ、楓乃から涼を奪ったんだから、頑張らないと……涼を幸せにしないと楓乃に申し訳ないね」


 愛理沙は何か決心をしたように小さく呟く。
あまり無理をさせたくない。
思い詰めなければいいが。
涼は何もできない自分のことを小さく感じた。


「涼……もうそろそろ、夕飯の用意にスーパーへ行きましょう」

「もう眺めなくていいのか……いつもうよりも時間が早いよ」

「もういいの……行きましょう」


 愛理沙はブランコから立ち上がると、自分の自転車の元へ歩いていった。
涼もベンチから立ち上がって愛理沙の後を歩いていく。
そして2人で自転車を押して、2人並んでスーパーまで歩いていく。







 今日の料理はビーフシチューと野菜スープとご飯だ。
加圧鍋で煮込んだビーフシチューは口の中で蕩けてなくなっていく。
とても美味しい。

 愛理沙は上品にビーフシチューを食べ、小さい口でご飯を食べていく。
時々、涼と目が合うとにっこりと微笑むが、どこか空元気のように見える。


「ビーフシチューも野菜スープも美味しいよ。愛理沙の料理は何でも美味しい……愛理沙は本当に料理が上手だね……将来のご主人さんが羨ましいよ」

「―――将来の私のご主人様は涼だから……」

「え!」

 そこまで考えていなかった。
愛理沙が自分のお嫁さん……こんなことがあっていいのか……幸せ過ぎるだろう。
未来の自分の幸運を全て使い尽くしているに違いない。


「わ……私は本気だから」

「……わかった……ありがとう……末永くお願いします」

「それは私が言うセリフでしょ」


 舞い上がって間違った言葉を言ってしまった。とても照れくさくて、恥ずかしくて、愛理沙の顔を見ていることができない。
ついに涼は恥ずかしくて俯いてしまった。


「今日はいつもと逆ね」


 いつもと逆とはどういう意味だろう。
あまり深く考えないようにしよう。


「涼が近くにいてくれるから……私は元気で明るく生きていられる……涼がいなくなったらどうしよう……」

「愛理沙…そんなに思いつめないで……俺が愛理沙のことを幸せにするから」

「今でも十分に幸せにしてもらってるから……涼と一緒にいると嬉しい」


 夕食は楽しいうちに終わった。
2人で食事の後片付けをして、互いに交代でお風呂に入る。

 涼がお風呂から出ると、愛理沙は布団の上で髪をバスタオルで乾かしていた。

 涼が愛理沙の隣に座ると、何も言わずに愛理沙が涼の体を自分のほうへ倒す……涼の頭が自然と愛理沙の柔らかい膝の上に落ちる。


「前から一度、涼に膝枕をしてみたかったの……だから動かないで」


 仮彼氏から彼氏に昇格しただけで、こんな幸せがあるとは……涼は心の中で幸せを感じる。愛理沙から石鹸とシャンプーの良い香りがする。

 愛理沙は上から涼の顔を見下ろして満足そうに微笑んでいる。


「今日は色々と私のことで悩んでくれてありがとう……涼はいつも優しいね」

「そんなことないよ……結局、愛理沙の役に何も立てなかったし……少しだけ自分のことが悔しいんだ」

「そんなことないよ……涼が一緒に居てくれるだけで、私は十分幸せだし、心が安心で満たされるから」


 涼は恥ずかしくなって顔を背けようとするが、愛理沙が手で、涼の顔の向きを戻してしまう。視線を合わせることができず、涼は目を泳がせる。

 時計の針は夜の0時を回っている。いつもなら就寝の時間だ。
涼は愛理沙の膝の上から起き上がって、部屋の電気を消しにいく。


「電気を消すよ。布団に入ってね」

「うん……今日もお布団で一緒に寝てね」


 夜になると愛理沙がうなされることが原因で、毎回、愛理沙の布団に入っていたが、今ではそれが常習化していて、涼も布団で寝るのが当たり前になっていた。

 電気を消して、暗がりの部屋を歩いて、愛理沙の寝ている布団にはいる。

 いつものように愛理沙が涼の両手を握って、自分の胸元へ持って行く。
そうすることで愛理沙は安心するという。

 愛理沙が顔を近づけて自分の額を涼の額に当てる。
涼の目の前に美しい美少女である愛理沙の顔が近づいてくる。
いつも見慣れているはずだが、やはり愛理沙は美少女だと思う。
今日の愛理沙の瞳はいつもよりウルウルと潤んでいて、唇が濡れていて色っぽい。

 そのまま愛理沙は目をつむり、いきなり涼の唇に自分の唇を軽く合わせた。
涼はあまりの出来事に驚いて目を大きく見開く。


「アウ……キスしちゃった……」


 そう言って愛理沙は両手をほどいて、涼から少し距離を離そうとする。
涼は愛理沙をやさしく抱きしめて、愛理沙の体を引き寄せて軽くキスをする。

 愛理沙の口から甘い吐息が漏れる。


「また……キスしちゃった……」

「何度でもするよ……俺は愛理沙が好きだから」

「私も涼のことが好き」


 布団の中で、お互いに体を抱き合って、何度も2人でキスを交わした。

 2人は幸せの雰囲気の中に包まれて眠りへと誘われていく……
 土曜日の休みの日に、愛理沙と2人で駅前のターミナル広場に来ている。
駐輪場へ自転車を止めて、先日、中止してしまった映画に観に行くことになった。
2人で公園とス―パー以外に出かけたことは少なく、初めてのデートと言ってもいい。

 愛理沙はパステル色のシャツとフレアなスカートを履いて、少し化粧をして気合が入っている。2人で映画に行くだけなのに、そこまで気合を入れなくてもいいだろうと思うが、愛理沙のその心は嬉しいし、可愛いと思う。

 しかし、街中の雑踏に愛理沙が立っていると、道行く男性が愛理沙に視線を向けるので心配で仕方がない。
涼の隣にいるのは、街中では見かけることもないような絶世の美少女だから仕方がない。


「愛理沙…今日だけは俺から離れないでくれよ。すぐにナンパされるから」

「私、そんなにきれいで可愛くもないから、涼の心配し過ぎよ」


 愛理沙は自分の存在価値を一度見直したほうが良いと思う。
でも見直されて、涼は自分が捨てられたらと思うと、そのことを注意することができない。


「今日はどんな映画を観たい気分なの?」

「今日は恰好いい映画がみたいかな」


 恰好いい映画……難しいお題を言われてしまった。
涼は必死でリーフレットを開いて、愛理沙の要望に合いそうな映画を探す。


「近未来SFでアクションものの映画がしているけど……それでもいい?」

「うん……ホラー以外なら大丈夫だから」


 やはりホラーは苦手だったか。先日のホラー映画の時も無理せず、苦手と言ってくれていたら、皆も違う映画をチョイスしたはずだ……愛理沙は妙な所で頑固な所がある。

 SF映画の内容は、宇宙を征服する帝国の宇宙艦隊を、レジスタントの宇宙艦隊が各地でレジスタント運動を展開し、帝国を倒して、真の平和を取り戻すという物語だった。

 宇宙船のごう音と、爆破シーンのごう音、その度に愛理沙は涼の腕に捕まって、小さな声で悲鳴をあげていたが、表情はとても嬉しそうだ。時々、涼の肩に顔を置いて甘えてくる。

 そんな可愛い愛理沙の仕草に翻弄されて、涼は映画どころではない。
涼の集中力は映画半分、愛理沙に対して半分だ。
シアタールームから出て来た頃には、頭の中は愛理沙でいっぱいだった。


「映画、楽しかったね」

「愛理沙が可愛かった」

「アウ……どうして涼は映画を観ていないのかな? せっかく映画を観に行ったのに」

「それは愛理沙の仕草がとても可愛かったから……これは仕方がない」


 映画を観終わった後に、先日、愛理沙を元気づけてくれた、お姉さんの喫茶店へ行く。
喫茶店へ入ると、お姉さんが涼と愛理沙を見つけて、微笑んで手を振ってくれる。
涼と愛理沙の2人しかお客様がいない。以前に来た時もそうだったが、経営は大丈夫なんだろうか。


「よく来てくれたわね。あの後で、少しは落ち着いた? 愛理沙ちゃん、涼君に甘えさせてもらった?」

「アウ……そんな恥ずかしいこと……いえません」

「へえ……そんな恥ずかしいことがあったんだー。涼君もやるじゃん」

「アウウウ……」


 お姉さんはそんな2人を見て、嬉しそうに微笑んでいる。

「今日は夕飯を食べにきたんです……」

「え――! 今日はお昼のランチで、沢山、ランチ出ちゃったから軽食しかないんだけど……」

 このお店はお昼のランチ時には流行っているのか。涼は喫茶店の経営状態が良好そうで安心する。


「オムライスなら、すぐに作れるから、クリームオムライスでいいかな?」

「それを2つお願いします。後、食後のミルクティを2つ追加してください」


 お姉さんは玄関に行くと、玄関のカードをまたOPENからCLOSEに変更する。本当にこのお店って自由だな。

 お姉さんはカウンターの奥にあるキッチンへと入っていく。そしてオムライスを手早く作っていく。
すこしだけ待っていると、お姉さんが奥のキッチンからカウンターを抜けて、クリームオムライスを運んできてくれた。

 オムライスの上にかけられているクリームソースも美味しい。ソースと一緒にオムライスを食べると、味がマイルドになって、いつものオムライスと違う味を楽しむことができる。

 愛理沙も美味しそうにスプーンで小さくすくって、小さい口へとオムライスを運んでいく。


「どう? 簡単に作っているようだけど、味には自信あるだ」

「とても美味しいです」

「味が変わって美味しいです」


 涼と愛理沙の反応を聞いて、満足そうに微笑んで、お姉さんはカウンターにある丸椅子に座って、嬉しそうにしている。

 お姉さんは年齢はたぶん23~24歳ぐらいだろう。茶髪で髪を束ねてポニーテールにしている。
少し垂れた目尻に、奥二重、優しくて涼やかな瞳が印象的だ。小さくて低い鼻と。小さな唇、小顔で童顔なので、一瞬だけ見ると大学生でも通ってしまいそうだ。


「涼君、愛理沙ちゃん、改めて名前を教えてよ。私は沢村瞳(サワムラヒトミ)っていうの。年齢は24歳よ。現在、彼氏募集中」

「俺は青野涼(アオノリョウ)と言います。青雲高校の3年生です。彼女は雪野愛理沙(ユキノアリサ)、同じ3年生で、俺と同じクラスメイトです」

「よろしくお願いします」

「青野……青野涼君ね、そして雪野……雪野愛理沙ちゃん。雪野って名前、珍しいわね。きれいな名前」

「ありがとうございます」

 瞳お姉さんはカウンターへ入っていくと、食後のミルクティを運んできてくれる。


「私、涼君と愛理沙ちゃんのカップルを気に入ちゃった。2人を応援しているからさ、困ったことがあったら、小さなことでも良いから、何でも相談にきてね。私にできることしかできないけどさ」


「「ありがとうございます」」


 3人でしばらく楽しく談笑して過ごした後に、レジで会計をした後に、喫茶店の玄関を開けると、夕暮れの陽光が明るく店内まで広がっていく。


「今日はありがとうございました」

「2人共、また遊びに来てね。絶対だよ」


 そう言って、喫茶店の玄関から瞳お姉さんが手を振ってくれる。
涼と愛理沙も振り返って、瞳お姉さんに手を振ってお別れをする。

 そして駅前のターミナル広場へ戻って、駐輪場から自転車を取り出して、2人で高台へ向かう。


「今日は夕飯がいらなくなちゃったね」

「そうだな……その分、公園でのんびりとしようか?」

「―――うん」


 愛理沙は嬉しそうに頬をピンク色に染めて、涼を見て俯いた。
 日曜日の休日。
玄関のインターホンが鳴った。宅配か何かだと思って「はーい」と声を出す愛理沙。涼は対応を愛理沙に任せて、ベッドに寝そべって読書を楽しんでいた。

「おう……なぜ、愛理沙が涼の部屋にいるんだ?」

「それも、今の対応……すごく慣れてるわよね? 愛理沙…これってどういうこと?」


 聞き慣れた声…陽太、芽衣、2人の声が聞えてくる。

 ダイニングであたふたしている愛理沙の姿が見える。
涼は何が起こったのだろうとダイニングへ出ていく。


「おう……陽太に芽衣か。遠慮せずに入れよ。今日は愛理沙も遊びにきてるんだ」


 涼は平然とした顔で、同棲がバレないように嘘をつく。


「ふーん。どうして2人共、ダークグレーのスウェットと、薄ピンクのスウェットを着ているのよ……まるでペアーじゃない」

「―――ああ……それは愛理沙に選んでもらったからだ」

「怪しいわね……部屋の中へ入らせてもらうわよ」

「ああ…いいぞ。陽太も入ってくれ」


 陽太と芽衣が玄関からダイニングへ入ってくる。涼は自然な動きでふすまをキッチリと閉める。


「涼? なぜ私室の部屋のフスマでキッチリと閉めてるのかしら?」

「話はダイニングで聞けばいいだろう。別に俺の私室を見る必要はないよな」

「涼……それはいくら何でも怪しすぎるぜ……俺達に一体、何を隠しているんだ? 大人しく見せてみろ」


 陽太がフスマに近寄ろうとすると、愛理沙が両手を広げてブロックする。


「ここには何もありません。涼の普通の部屋です。だから疑わないでください」


 愛理沙……それを言うと、余計に疑ってくれと言ってるように聞こえるんだが。陽太は長身を活かして、愛理沙のブロックの上からふすまを開け放つ。

 涼のベッド、これは問題ない。
涼の机、これも問題はない。
この…鏡台は? どうやって説明しよう。
どうしてベッドの下に布団が敷いてある? もういい訳は無駄だな。
そして涼の部屋から続いている家財道具の数々。 もう諦めるしかない。


「涼……この鏡台と布団を自分で使ってるなんて言わないよな?」

「ああ……俺は使ってないな」

「誰が使っているんだ?」

「―――そこは黙秘で」


 芽衣がきれいな涼の私室へ入っていって、敷いている布団を持って香りを嗅ぐ。


「この布団から愛理沙の香りがするだけど……どう言い訳するつもり?」

「ああ、時々、愛理沙が泊まりに来てるんだ……今日がその日だったというわけだ」


 陽太が涼の頭をアームロックして、段々を力を入れていく。
その間に芽衣がダイニングからベランダに行こうとするのを、必死で愛理沙が阻止する。


「陽太…痛い…痛い…本気で痛い」

「本当のことを言ったら、離してやる……まだ黙っているつもりなら、もっと締め上げる」

「止めて……涼が壊れちゃう」


 慌てた愛理沙が陽太の腕にしがみつく。
ベランダの防衛ラインががら空きになる。
すかさず芽衣がベランダへの窓を開けて、外に干してあった洗濯物を回収して戻ってくる。


「陽太…もういいわよ。確実な証拠を押さえたわ。愛理沙……どうしてハンガーフックに愛理沙の下着と涼の下着がきれいに干してあるのかしら? これを洗濯したのは愛理沙よね」


 愛理沙は口を両手で塞いで、顔を青ざめている。
涼はアームロックの痛みが消えずに、膝から崩れ落ちた。


 陽太は涼と愛理沙を見て、ニヤニヤと笑っている。
芽衣は呆れた顔で2人を見ている。


「付き合っている宣言はされたけど……同棲宣言は聞いてねーぞ」

「私も2人が付き合ってよかったとは思ったけど……同棲は進み過ぎなんじゃないの」


 涼は慌てて手の平を前にして振る。
愛理沙は俯いたまま、顔を真っ赤にして黙ってしまった。


「同棲しているが、俺と愛理沙は清い関係だぞ……一緒に共同生活をしているだけだ」

「それを同棲っていうのよ……涼も往生際が悪いわね……それで愛理沙? いつから同棲生活をしているの?」

「中間テストが終わった後から……」


 愛理沙は床にペタンと座り込んで、顔を真っ赤にして照れて俯いて、恥ずかしそうにしいてる。芽衣も顔を真っ赤にして、涼と愛理沙を見つめる。
陽太はにっこりと笑顔で涼の肩に手を置く。


「学校NO1美少女と隠れて同棲か……ワクワクするな……俺も同棲をしてみたいな」

「陽太がそんなに同棲に憧れているなら……嫌々だけど、私が付き合ってあげてもいいわよ」

「ええ……芽衣と同棲しても何の新鮮味もないじゃないか。小さい頃からの幼馴染と同棲して何が嬉しいんだ?」


 陽太が涼と愛理沙を見て、同棲を羨ましいと言い始めた。
それを聞いた芽衣は涙目になりながら陽太を睨んでいる。


「私だって、陽太と同棲なんてする気はないわよ……だって幼馴染の陽太と同棲しても新鮮味もないもん」

「やっぱり芽衣もそう思うよな。意見が合うじゃないか」

「―――もう、陽太なんて知らない!」


 芽衣は完全に涙目になっている。愛理沙が芽衣に近寄って、芽衣の背中を優しくなでている。ダメだ……陽太は芽衣の気持ちを全く気付いていないし、芽衣のことを幼馴染としか見てない。あまりのことに涼は芽衣に同情する。


「芽衣も一応女子だし……美少女の部類に入るんだからさ……陽太も少しは芽衣のことを気遣おうよ」

「芽衣のことか……いつも兄妹のように一緒にいるからなー。芽衣……お前、俺に気遣いされたい?」

「陽太なんかに気遣いされたくないわよ」


 陽太と芽衣は元気にもめているが、そもそも涼の家に来た理由をまた聞いていない。
この様子からすると、2人とも当初の目的を忘れているようだ。


「今日はどうして俺の家に来たんだ?」

「ああ、この間の楓乃の1件で愛理沙が落ち込んでるんじゃないかって、芽衣が心配してさ。涼に話を聞くのが1番早いということになって、2人で涼の家に訪問に来たわけだ……でも、その心配もいらなかったみたいだな……同棲か。心温まるよな」

 陽太がまだ羨ましそうに同棲という言葉を連呼する。


「だから私が同棲してあげてもいいって……言ってあげてるじゃない」

「芽衣だと何だかイメージが違うんだよな。イメージが。イメージって大事だろう」


 とうとう芽衣は床にペタンと崩れ落ちて大粒の涙を流し始めた。
愛理沙がタオルを持ってきて、芽衣の涙を拭っている。


「今のは陽太が悪い。芽衣だって女の子なんだぞ……女の子が同棲してもいいっていうのは勇気がいることなんだぞ」

「そうだったのか……芽衣は俺の兄妹みたいなもんだもんな……同棲してもいい訳か……芽衣、帰ったら同棲ごっこでもするか? それで芽衣の気が済むなら、俺が親父達に話してやる……だから泣くのは止めろ」


 それを聞いた芽衣は涙を止めて、深い微笑みを浮かべる。
そして涼に向けてサムズアップのポーズを取る。
口元を見ると声を出さずに『グッジョブ』と口を動かしている。
芽衣には満足してもらえたようだ。


「涼も愛理沙も、節度をもって同棲を続けてね。皆には黙っておくから。陽太にも口止めして黙らせるから、安心してね」


 芽衣を味方につけたことが今回の勝因だった。芽衣は陽太と同棲できると聞いて上機嫌だ。


「何しに来たのかわからないが……騒がせてスマン。俺も芽衣も黙っておくから、2人で同棲生活を楽しんでくれ」

「陽太…帰ったら、お父さん達に言って、私達も同棲生活の話しを進めるわよ」

「そんな約束したっけ? ……忘れたわ」


 また陽太と芽衣がもめだした。


「仲が良いのはいいが、人の家でこれ以上もめるのは止めてくれ。家に帰ってからゆっくりと相談しろ」


 陽太と芽衣は騒ぎながら玄関で靴を履いて、涼の家を出ていく。
玄関を閉めても、陽太と芽衣の騒ぎ声が聞こえてくる。

 しばらくすると陽太と芽衣も帰っていったのだろう。外も静かになった。
涼も愛理沙も放心状態でダイニングの床に座ったままだ。

 涼は立ち上がって、愛理沙の手を立ち上がらせると、ダイニングから私室の布団の上へ移動して、布団の上に2人で座る。

「なんとか同棲の件は、陽太と芽衣には了解してもらったみたいだ。何も愛理沙が心配する必要はないからな」


 愛理沙がいきなり涼の胸に飛び着こんで、涙目になっている。


「もしかすると涼と引き離されると思って怖かった……涼と離れたくない……私が安心できる場所は涼の傍なの」

「大丈夫だよ。陽太も芽衣も口は堅いから、信用できる……安心していいよ」


 涼は両手を広げて愛理沙を優しく抱きしめる。


「アウウ……まだ心配なの……ギュッとしてほしい……」

「わかった……ギュッとね」


 涼が愛理沙をギュッと抱きしめると、愛理沙も涼の腰へと手を回して、涼の体をギュッと抱き寄せて、軽く唇を合せる


「愛理沙は甘えたになったね」

「アウウ……もう1回……」


 涼は愛理沙をしっかりと抱きしめたまま、何度もキスを重ねた。
 月曜日の放課後、楓乃の提案で、涼、愛理沙、湊、陽太、聖香の5人は教室に残った。


「今日はジムがあるんだけどさー! 早く要件を済ませてくれよ」


 陽太が珍しく不満そうな声をあげる。


「すぐに終わるわ。私が話したいのは涼と愛理沙だから……皆はその立会人」

「涼と愛理沙と話したくて……俺達が立会人……ただごとではないな」


 湊はそう言って自分の胸の前で腕組して、あごに手を当てて渋い顔を作っている。聖香は湊と陽太の後ろに体を隠している。嫌な予感でもするのだろう。


「涼……あなたは愛理沙に騙されている……だから今すぐ愛理沙と別れて」

 愛理沙に騙されている? そんなことを楓乃に言われて『はい、そうですか』と簡単に別れられるはずがない。


「そんなの無理に決まっているだろう」

「涼がダメなら…愛理沙。 愛理沙から涼に別れ話をしなさいよ……私、あなたの秘密をしってるんだから」


 愛理沙は少し顔を青ざめるが、きっぱりとした口調で楓乃を拒否する。


「涼とは別れません……いい加減にしてください」

「これだけは言わないでおこうと思ったけど仕方がない……愛理沙、あなたのお父さんは涼の両親を事故に遭わせて、涼の両親を殺してるじゃない……私、お父さんとお母さんが話している所を廊下で聞いたんだから」


 愛理沙は顔を真っ青にして肩を震わせて、涼の顔を見ている。
涼は自分のことより愛理沙のことを気遣って、愛理沙の腰をそっと優しく抱く。


「愛理沙……あなたのお父さんが運転していた自動車がぶつかったバスに、涼と涼のご両親も乗っていたのよ。涼は助かったけど……涼の家族は全員亡くなった……全部、愛理沙のお父さんが悪いんじゃない」


 涼は愛理沙を庇うように、愛理沙を背中で隠して両手を広げる。


「あれは不幸な事故だっただけだ。誰が自動車の運転手か、なんて関係ない。それが愛理沙の父親でも、愛理沙自身に全く関係ないし、愛理沙に全く責任はない。愛理沙には何の罪も罰もない。楓乃……言いがかりを言ってくるのもいい加減にしろ!」


 愛理沙が涼のシャツを摘んで引っ張る。振り向くと顔を青くした愛理沙が立っている。


「涼が……あのバス事故の被害者って本当? 事故の日にバスに乗っていたって本当?」


 しまった……まだ、このことは愛理沙に説明していなかった。


「本当は、もっと早くに愛理沙に俺の過去を話そうと思っていただけどさ……俺は幼稚園の時に、あるバス事故に巻き込まれて、家族全員を亡くしたんだ。俺だけが偶然にも生き残って……三崎さんの家に引き取られたんだ……いうのが遅くなってごめんな」


 愛理沙が深々と涼へ頭を下げる。


「私こそ……自分の過去を涼に言わなくてごめんなさい……私が幼稚園の時に両親と自動車で旅行に行こうとしたの……すると運転している途中で……お父さんが倒れて……車は高速道路の分離帯を越えてバスに衝突したわ。生き残ったのは……私1人だけだった」


 あまりの衝撃の事実に教室にいた皆は息をつめて黙っている。


「前にもいったよね……愛理沙にどんな過去があってもかまわないって……俺はずっと愛理沙と一緒だよ」


 そう言って、涼は愛理沙に手を差し伸べるが、愛理沙は涼の手を取ろうとしない。そして涼に向かって深々と頭を下げる。


「あなたの家族を殺したのは、私の家族です……私です……ゴメンなさい……ゴメンなさい……こんな私が涼の彼女でいちゃいけないよね……涼……今までありがとう」


 愛理沙は目から大粒の涙を流しながら、走って教室を出ていく。慌てて聖香が愛理沙の後を追う。
涼も愛理沙を追いかけようとするが楓乃の声に止められる。


「―――どうして、涼の家族を殺した女がいいのよ……私は小さな頃から涼を見て来たの……涼のことなら何でも知ってるのは私なの……これからも涼と幸せになっていくのは私だったのよ……涼は愛理沙に騙されていただけなんだから」


「ふざけんなー! 楓乃、お前とは確かに小さな頃からの付き合いだけどな……お前は1度も俺の気持ちを理解しようともしなかった。いつも兄妹のように後ろに付いて来るだけで……俺の本当の心なんて、お前には見せたことはない! 今までも、これからも俺が楓乃に振り向くことはない! 今回のことでお前のことが大嫌いになったよ!」


 楓乃はそれを聞いて、涙を流して、教室の中を駆け走り、廊下を出ていった。


「これは不味いことになったな。聖香が付いているから危険性は少ないとは思うが、俺達も愛理沙を探しに行こう」


 湊はそう言って、組んでいた腕をほどく。


「涼の家に居られなくなったら、愛理沙の家はどうなるんだ? 愛理沙の住む家がなくなるじゃないか。涼、早く探し出そう」

「ちょっと待て、陽太? それだとまるで涼と愛理沙が同棲していたみたいに聞こえるんだが?」

「おう……そうだぜ。涼と愛理沙は同棲していたぞ。俺と芽衣が証人だ」

「涼……愛理沙を探し終わったら……この件はじっくりと話してもらうからな」


 涼は自分の鞄と愛理沙の鞄を持って教室を出る。湊は聖香の鞄を持って教室を出た。陽太は楓乃の鞄をそのままにして、教室を出た。

 3人はスマホで連絡を取り合いながら愛理沙の居場所を探すが、一向に見つからない。既に学校の中にはいないのかもしれない。

 3人は学校の中で愛理沙を探すことを諦めて、それぞれに自転車を出して愛理沙が建ち寄りそうな場所を探すが、全く見当たらない。

 聖香から連絡が入り、愛理沙は無事に聖香の家で保護しているという。


「今回はちょっと慌てたな。愛理沙と涼にそんな過去があるとは知らなかった。このことは他言無用、絶対に秘密にしておくよ」

「俺もそのほうがいいと思う。学校の奴等に噂が広まるとうるさいからな」


 湊と陽太が秘密にしてくれるという。

 2人と別れて、涼は三崎家へ向かった。

 今回の件では誠おじさんと小梢おばさんの話を、楓乃の立ち聞きされていたことに原因がある。そのことで愛理沙が傷ついてしまった。そのことを三崎家に報告するため向かう。
 涼はロードレーサーに乗って三崎家へ向かう。玄関先にロードレーサーを置いて、玄関のインターホンを鳴らす。誠おじさんが何も知らない顔で出てくる。


「涼じゃなか。そんな怒った顔をしてどうしたんだ?」

「楓乃は帰ってきてる?」

「ああ、先ほど帰ってきて、今は自分の部屋へ戻ってる」

「あいつ……愛理沙に向かって酷いことをしやがった」

「玄関で長話も目立つ。話を聞くから部屋へ入ってくれ」


 誠おじさんに促されて、涼は三崎家の玄関へ入って靴を脱いで、リビングへ入る。


「あら、涼、こっちに来てくれるなんて珍しいわね……嬉しいわ」

「涼はそれどころではないらしい。母さんも一緒に涼の話を聞きなさい」


 誠おじさんと小梢おばさんは隣同士でソファに座り、涼は対面もソファに座る。

 そして今日の放課後に楓乃がしでかした事の全てを説明する。誠おじさんの眉は吊り上がり、小梢おばさんは悲しそうに俯いて、エプロンで涙を拭いている。


「小梢にも、きっちりと涼と愛理沙の事故のことを理解してもらおうと、リビングで話をしていたんだ。それを楓乃が廊下で立ち聞きしていたんだろう。これは俺の不注意だすまん」

「誠おじさんからも小梢おばさんからも謝罪をもらおうと思っていない。このことで愛理沙の心が酷く傷ついた。楓乃は、友達達の前で、『俺の両親を殺したのは、愛理沙の父親で、俺と交際する資格はない』って言ったんだ。友達達は理解があるから愛理沙を責めることはしなかったが、他の学生達がいる時に言われていたら、愛理沙の学生生活は終わっていた。楓乃のにそんなことをする権利なんてない」

「涼の言う通りだ。小梢、楓乃のを連れてきてくれ」


 しばらくすると頬を膨らませた楓乃がリビングへ引きずられてきた。全く、涼に謝る様子もない。

 誠おじさんは立ち上がって楓乃の真正面に立つ。


「お前は今日、最低なことをしたことを自覚しているか? 愛理沙ちゃんの過去を無理やり暴き立てて、涼と愛理沙ちゃんの仲を引き裂こうとした。人には立ち入ってはいけない心の領分がある。それをお前は犯した。そのことをお前は理解しているか?」

「元々、愛理沙のお父さんがバス衝突の事故を起こさなかったら、涼の家族も生きてたんじゃない。愛理沙の両親も愛理沙も罪を償うべきよ。罰を受けて当然だわ」

「愛理沙ちゃんのお父さんは、高速道路で運転中に心筋梗塞になって、運転不能になったんだ。だから車が不幸にもバスに追突してしまった。これは不幸な事故だったんだ。愛理沙ちゃんの父親が悪いわけでもない」

「そんな体で運転する自体、間違ってるじゃん。全部、愛理沙と愛理沙の両親が悪いのよ。その上、涼にそのことを黙って……涼を騙して付き合っているなんて最低じゃない」


 誠おじさんが言葉を尽くして、楓乃を諭そうとするが、楓乃は自分の意見を曲げない。微塵にも自分が悪いことをしたとは思っていない。なぜ自分が責められないといけないのかと、誠おじさんの言葉を突っぱねる。

 涼は立ち上がって楓乃を見る。


「俺は今まで、人に対して、これほど腹立たしく思ったことはない。楓乃、お前は最低だ! 人の心を理解しようともせず、人の心に土足で入ってくる無神経さに吐き気がする。2度と俺のことを苗字でも名前でも呼ぶな。お前とは赤の他人だ。2度と俺の前に顔を出すな! そして愛理沙の近くにも近寄るな!」

「私は涼のためを思ってしたことじゃない……どうして私が涼から責められないといけないのよ……私は、騙していた愛理沙から涼を助けてあげた恩人よ」

「馬鹿なことを言うな。もし、愛理沙のご両親が俺の家族を殺していたとしても、それは愛理沙がしたことではない。それに愛理沙は十分に傷ついている。俺はそのことを知っていても愛理沙を受け入れていた。楓乃のことを受け入れることは一生ない! お前のことは一生大嫌いだ!」


 楓乃がリビングを飛び出そうとすると、誠おじさんが楓乃の腕を掴んで、楓乃の顔にビンタをする。


「―――痛い! 痛いじゃないのよ! どうして私がビンタされるのよ!」

「今のお前の心は最低だ。これから1週間、学校へ行くことも許さん。お母さんに毎日、心について諭してもらえ。俺から学校へ連絡をいれておく。お前は自宅謹慎だ!」

「何よ……3人共、愛理沙ばかりを庇って、私のことを苛めて……私のことを悪者にして……3人共、大嫌いよ!」


 楓乃はそう言い残すとリビングから出て自分の部屋へと戻っていった。


「楓乃があそこまで馬鹿な行動をするとは思わなかった。本当にすまん」


 誠おじさんと小梢おばさんが1週間かけて、楓乃に理解してもらえるように努めるという。あれだけ頑固になっていると楓乃を理解させることは簡単なことではない。


「涼には迷惑をかけないようにする。本当にすまなかった」

「本当は俺に謝るより愛理沙に謝ってほしい。1番傷ついたのは愛理沙なんだから。俺は2度と楓乃を許さない! このことは仕方ないと思ってほしい!」

「そういえば今、愛理沙ちゃんはどうしているんだ? 涼は探さなくていいのか?」

「愛理沙は今は女友達の家で保護してもらっている。だから大丈夫だよ」


 三崎家に来る前にスマホに、湊から連絡があり、愛理沙は今、聖香の家でゆっくりしていると聞いている。


「もし、俺の愛理沙の仲がこれで壊れたら、誠おじさんと小梢おばさんでも許さない! 楓乃も許さない!」

「甘やかして育てた俺達の落ち度は大きい。まさか人の心を踏みにじる子に育つとは……親として情けない」

「俺はまだ、行くところがあるので、これで失礼します」


 涼は深々と頭を下げて、急いでリビングから出て、玄関で靴を履いて外へ出る。
外はすでに夜の帳が降りている。
星空が輝き、満月が地上を照らしている。

 涼は三崎家を振り返らず、ロードレーサーに乗ると、聖香のマンションへ向かって走った。
 湊の案内により、聖香のマンションへ向かう。
聖香の家は街中の高級マンションの12階にあった。
玄関で部屋のロックを解除してもらって、エレベータに乗って12階へ向かう。
聖香の家の前まで走っていく。そしてインターホンを指で鳴らす。

 玄関が開いて、聖香が心配そうな顔をして『涼ちゃん、大丈夫?』と声をかけてくる。


「愛理沙に会いたいんだ。ゆっくりと話をしたい。お願いだ。部屋へ入れてほしい」

「―――愛理沙ちゃんは涼ちゃんと会いたくないって言ってるだけど、私は2人共、きちんと話し合ったほうがいいと思う。部屋の中へ入って」

「―――ありがとう」


 涼が玄関を入って靴を脱いで、リビングへ向かうと愛理沙は聖香の私室へ逃げようとする。しかし、先に来ていた湊が両手を広げて、愛理沙の行く手を阻む。


「愛理沙も涼ときっちりと話したほうが良い。涼も必死で愛理沙を追いかけて来たんだ。その気持ちを理解して、話し合いだけでもしたほうがいい」


 それを聞いた愛理沙は大きなクッションを胸に抱えたまま、リビングのソファに座った。
涼も愛理沙から少し距離をとってソファに座る。

 聖香と湊はダイニングテーブルの椅子に座っている。2人だけで話をさせてくれるようだ。


「涼……ゴメンさない。涼があの事故の被害者なんて知らなかったの……」


「俺も愛理沙に打ち明けていなかったんだから……愛理沙が知らなくて当たり前だよ」


 しばらくの間、沈黙が流れる。


「俺は、愛理沙が事故の関係者と知っていても……愛理沙のことを大好きになっていたと思う……今も愛理沙のことを大好きだ……愛理沙は何も悪くない……愛理沙も事故の被害者だ」

「それは違うわ。涼はバスに乗っていて事故に巻き込まれた側……私はお父さんの車に乗っていて、事故を起こしてしまった側……私が涼と同じ被害者ということはない」


 愛理沙は泣きながらクッションに顔を埋める。


「それは事実かもしれない……しかし、愛理沙のお父さんは事故を起こす前に心筋梗塞で倒れていたんだ。あの事故を防ぐことはできなかった。それに俺も愛理沙も幼稚園児だった。そんな子供に何もできるはずがないじゃないか……だから俺達2人共、被害者でいいんだよ」

「そう言ってくれるのは涼だけ……私は小さい頃から人殺しの子、罪を背負った子、罰を受ける子と言われて育ってきたの。加害者の娘として育ってきたし、周りからそういう目で見られてきたの。涼が違うと言ってくれても……世間は私のことを許さないの……そのことを理解してよ!」


 愛理沙はクッションに顔を埋めて、嗚咽している。


「愛理沙の周りの世間はそうだったかもしれない……今まで愛理沙の周りの大人達がそう言ったかもしれない……でも、俺はそうは思わない。もし、愛理沙が事故の加害者の子供であったとしても……俺は愛理沙のことを受け入れていた……そして愛理沙のことを許していたよ」

「涼は優しいのよ……だからわからない……私と暮すということがどんなことなのか……私と一緒にいるということがどんなことなのか……私は涼に不幸になってほしくないの……だから私のことは忘れて、帰って……」

「愛理沙が目の前からいなくなったほうが、俺にとっては最大の不幸だよ……今までの愛理沙との暮らしが無くなったら……本当に俺の心から光が失われる……そのことがわかないのか!」


 愛理沙はクッションに顔を埋めたまま、涼の顔を見ようともしない。完全に自分の心の殻に閉じこもってしまっている。


「今まで優しくしてくれてありがとう……今まで楽しい時間をくれてありがとう……今まで幸せな時間を沢山くれてありがとう……でも、これで終わりなの……私は涼の近くにいてはいけない者だから」

「そんなことはないんだよ……俺にとって愛理沙は光なんだよ……なぜ、そのことを理解してくれないんだ!」

「涼……人生は長いわ……涼は甘いマスクもしているし、心がとても優しいから、すぐに私よりも良い女性が見つかるわよ……今は私だけを見ているから、そう思うだけ……涼も少しは頭を冷やして」


 涼の頭は確かに血が昇っているのかもしれない。さっきから動悸も激しい。それは愛理沙を失いたくなくて焦っているからだ。


「とにかく、上手く言葉が浮かんでこないけど……愛理沙、俺の元へ帰ってきてくれ……頼む」


 涼はソファからずり落ちて、床にペタンと座って、両手をついて、愛理沙に頼み込む。しかし愛理沙はクッションに顔を埋めたまま、涼の姿を見ていない。


「―――ありがとう……涼……こんな私を愛してくれて……本当にありがとうございました」


 愛理沙はクッションをソファへ置くと、床に正座をして、涼に向かってペタンと体を2つに折って、丁寧にお辞儀をする。もう……涼は言葉を話すこともできなかった。


「涼……今日の所は愛理沙も決意が固い。俺達は一旦、聖香の家から出ようぜ。涼も愛理沙も頭を冷やす時間が必要だ。少し時間を置けば、もう少し前向きな話もできるだろう。これ以上は聖香の家にも迷惑がかかる」

「私の家なら、両親が海外赴任中だから、私1人暮らしだから、愛理沙ちゃん1人ぐらい増えても大丈夫だし。少しの間、愛理沙ちゃんへの説得も任せてほしいな……女同士でないと話せないこともあるし……」


湊はリビングのソファの近くまで歩いてくると、力を失った涼を肩に担いで、玄関まで歩いていく。


「涼が毎日、会いに来るのがダメなら、俺が毎日、聖香の家へ愛理沙の様子を見にくるから。その時は、きちんと愛理沙が対応してくれよ」

「――――」


 湊は涼を連れて、玄関から出る。


「私も2人のために役に立ちたい。2人を別れさせたくない。だから私も頑張るね」


 聖香が玄関先で涼に聞こえるように小さく呟いて、玄関を閉めた。
エレベーターを降りて、湊と2人でマンションの玄関を出る。


「俺はもう家に帰る。何かあったら連絡してこいよ。変なことを考えるなよ……涼。じゃあな」


 涼はロードレーサーを押して、高台の自分のアパートまで歩いて戻って行く。

 その姿は背中が丸くなっていて、全く元気がなく、ヨロヨロと自転車を押して、トボトボと夜の街中を歩いていく。
 涼は足の向くままに自転車を押していた。
今、どこを歩いているのかもわからない。
涼にとって、どこを歩いていても良かった。
今の涼に生きている希望はない。
―――愛理沙がいなくなった……そのことだけが頭をグルグルと回る。


「あれ? 涼君じゃない? こんな時間に制服でどこへ行くの? 家に帰っているように見えないけど?」

「あ……瞳お姉さん……ここは駅前に近かったんですね……道に迷ってしまって……」

「涼君…顔が真っ青じゃない……少し寄っていらっしゃい。お店はCLOSEにするから」


 涼は強引に瞳お姉さんに腕を引っ張られて、喫茶店の横にロードレーサーを置いて、店の中へと入る。

 無理矢理4人がけのテーブルに涼を座らせた、瞳お姉さんはミルクティを運んできてくれた。しかし、涼は一口も飲もうともせずに、俯いたまま何も話そうとしない。


「一体、愛理沙ちゃんとの間に何があったの? ずいぶんと深刻なようだけど……」

「他人の瞳お姉さんに話せることはないです……これは愛理沙と俺の過去も関係することなので……」

「バス横転事故のことね……愛理沙ちゃんも、涼君も互いの立場がバレちゃったんだ……」

「どうして、瞳お姉さんがそれを――――」


 瞳お姉さんは何も言わずにエプロンを取ると、首から服を伸ばして肩口を見せる。肩口には大きな傷跡が残っている。


「私も……私の両親もバス横転事故の時にバスに乗っていた搭乗者だったのよ……だから初めに自己紹介をされた時に、雪野っていう愛理沙ちゃんの苗字が気になって三崎さんに連絡をしたの」


「瞳お姉さんは誠おじさんの知り合いだったんですか?」

「ええ! 私が大学卒業するまで、三崎のおじさんには相談に乗ってもらっていたわ。今は両親の跡を継いで喫茶店を経営しているけどね」


 瞳姉さんがバス横転事故の被害者だったことにも驚いたが、誠おじさんとも知り合いであることに驚いた。


「―――そうだったんですか」

「だから、涼君と愛理沙ちゃんのことは少し内容を聞いて知ってるわ。2人共、大きな傷を乗り越えて、強く生きてくれていると思って嬉しかったのに……一体、どうしたの?」


 涼はポツリポツリと楓乃の一件から、今までの経緯を説明した。


「そうなんだ……愛理沙ちゃんが、また元の心の殻に閉じこもってしまったのね……涼君と付き合い始めて上手く行ってると思っていたのに……」

「とにかく涼君は何かを食べないと……私、少し用意してくるから、勝手に出て行ったらダメだからね」


 そう言って、カウンターの奥にあるキッチンへ瞳お姉さんは消えていった。
そしてカレーを作って涼のテーブルまで運んできてくれた。


「さー何も食べていないんでしょう……無理をしてでも食べなさい」


 涼はスプーンを持って、一口づつ丁寧にカレーを食べていく。カレーの味は辛かったが、美味しいのかどうかさえわからない。涼はまるでロボットのようにカレーを食べていく。


「今、愛理沙ちゃんが泊まっているマンションってここから近いの?」

「ここからも見えるかもしれません。25階建てのマンションの12階に俺達の女友達の家はあります。そこに泊まらせてもらってるので安心です」


「へえー良かったわね。そんな女子の友達がいて……涼君も安心じゃない」


 そうだな……聖香がいなければ愛理沙は身を寄せる場所もなかった。聖香には感謝しないといけない。


「その女子の名前って何ていうの?」

「天音聖香(アマネセイカ)です」


 涼の頭の中は愛理沙がいなくなったことで頭がいっぱいだ。瞳お姉さんに話していることも、きちんと覚えていない。なぜ瞳お姉さんが聖香の名前を聞いたのかも疑うこともなかった。

 カレーを食べて、涼も少しは頭が回転を始めた。


「瞳お姉さんは愛理沙を見た時、やっぱり憎いって感じたの?」

「全然! だってあの時、愛理沙ちゃんって幼稚園児でしょう。幼稚園児に車の運転は無理よ。生きててくれただけでも良かったと思ったわ」

「愛理沙の周りにいた大人達は違う態度を取っていたようなんです」

「大人といっても色々な人達がいるからね。自分よりも弱いと思ったら、それを苛めて弄ぶ大人達もいるから……愛理沙ちゃんにとっては不幸だったわね」


 大人といえども人間だ。人間の性格や趣向は千差万別だ。全員が善人というわけではない。

 愛理沙の周りのには不幸なことに、そんな者達しかいなかった。だから愛理沙は自分は傷つきながら、ずっと人と拘わるのを恐れ、自分の殻に閉じこもっていた。

 それは小さな愛理沙ができる唯一の自己防衛の手段だった。


「やっと愛理沙が笑顔を見せてくれていたのに……心を取り戻してくれていたのに……」

「それは涼君がいてくれたからよ……愛理沙ちゃんに笑顔がよみがえったのは涼君がいるからよ……だから涼君が諦めたら全てが終わりよ……だから諦めないで」


 涼はミルクティを飲み干して、テーブルの椅子から立ち上がった。


「ありがとうございます……少し元気が出ました。家に帰って頭を冷やして、明日にでも、もう一度、愛理沙に会いに行ってきます」

「そうね……そのほうがいいわね。涼君が笑顔でいるほうが愛理沙ちゃんも喜ぶと思うわよ」

「ありがとうございます……お代を払いたいんですけど……」

「今日はいいわ。また今度、遊びに来て」


 涼は頭を下げると喫茶店のドアを開けて、外へ出る。
そして、少し元気を出して、自分のアパートのある高台へ向かって、自転車に乗って帰っていく。

 玄関を開けて、その姿を見ていた瞳お姉さんが、左手につけてある時計を見る。夜の21時を指している。


「愛理沙ちゃん……気持ちは理解できるけど……涼君をあそこまで落ち込ませるのは、お姉さん的に言って、甘えが酷すぎるわね……ちょっとお姉さんとお話をしようか」


 そう言って、瞳お姉さんは喫茶店の玄関を閉めて、店をCLOSEにした。
 玄関のインターホンが鳴った。
誰かなと思って玄関を開けると、ポニーテールのきれいで可愛いお姉さんが立っていた。


「あなたが天音聖香(アマネセイカ)ちゃんね。噂以上にきれいで可愛いわ」

「はい。私が天音聖香ですけど……どちら様でしょうか?」

「私の名前は沢村瞳(サワムラヒトミ)。愛理沙ちゃんと涼君の知り合いなの。家の中に愛理沙ちゃんがいるんでしょ。少し愛理沙ちゃんと話をしたいの。家の中へ入ってもいいかな?」

「少々、お待ちください」


 聖香は慌てて、玄関から離れて、リビングに座っている愛理沙の元へ駆け寄る。


「愛理沙ちゃん……今、愛理沙ちゃんの知り合いだという沢村瞳さんっていう、きれいで可愛いお姉さんが来てるんだけど? 愛理沙ちゃんと少し話がしたいって? 本当に愛理沙ちゃんの知り合い?」

「え! 喫茶店の瞳お姉さんが来てるの? 私の知り合いだけど……」

「外に立たせておくのは悪いから、とにかく部屋の中へ入ってもらうね」


 聖香は玄関に戻るとロックを外して、瞳お姉さんを玄関の中へ入れる。瞳お姉さんは靴を脱ぎながら、聖香の髪をなでる。


「ありがとう聖香ちゃん。聖香ちゃんって良い子ね。少し愛理沙ちゃんと話をさせてね」


 瞳お姉さんがリビングへ入っていくと、座っていた愛理沙がクッションを両手で握って立っている。
 瞳お姉さんは優しい瞳で愛理沙を見つめた後に、頭にコツンと軽く叩いた。


「涼君にあまり心配させたらダメでしょう。 今日、彼、自転車を押しながら街の中をさまよっていたわよ。私が保護して、カレーを食べさせて家に帰したけど……あのまま放置していたら、涼君……朝までもずっと自転車を押して街中歩いていたかもしれないよ」


 それを聞いて、愛理沙も聖香も顔を青ざめる。愛理沙のことばかり気遣っていて、涼のことを気遣うのを忘れていた。
涼から目を離すんじゃなかった。もっと湊に見張ってもらうんだった。


「何があったのかは少しは聞いてるけど……そんなことはどうでもいいの……愛理沙ちゃんは涼君の元へ帰りなさい」

「それはできません……私がいれば涼はもっと傷つくことになります」


 愛理沙はクッションに半分だけ顔を埋めて、瞳お姉さんを見る。


「もう涼君のことを傷つけてることに気付かないの……愛理沙ちゃん、いい加減に自分のことばかりを考えるのはやめなさい」

「私は生まれてはいけない子だったんです……生きていてはいけない子だったんです……涼の近くにいてはいけないんです」


 瞳お姉さんは顔を横へ向けて大きくため息を吐く。


「本当は黙って見守っていきたかったんだけどな……こうなったら仕方ないよね」


 瞳お姉さんは服の首の部分を大きく引っ張って、肩口にある大きな傷を愛理沙に見せる。


「私もあのバス横転事故の時にバスに乗っていたの……父親は他界、母親は生きているけど半身不随で今でも病院で入院しているわ」


 そのことを聞いた愛理沙は体から力抜けて、リビングの床にペタリを崩れる。そしてクッションをどけて、正座の姿勢で、両手を前に出して、頭を床にすりつけて涙をこぼす。


「ゴメンなさい……ゴメンなさい……ゴメンなさい……」

「私は謝ってほしくて、この傷を見せたんじゃないの。謝ってほしくて両親のことをはなしたのでもない。愛理沙ちゃんの勘違いを正したくて、傷口を見せたの。だから頭を上げて」

「ゴメンなさい……ゴメンなさい……ゴメンなさい……」


 リビングにひざをついた瞳お姉さんは、愛理沙を無理やりに起き上がらせて、愛理沙を強く抱きしめる。


「あの時、幼稚園児だった愛理沙ちゃんに何も罪はないの。幼稚園児だった愛理沙ちゃんに事故は防げなかった。それに愛理沙ちゃんのお父さんは事故前に心筋梗塞で倒れていたんだから、事故を未然に防ぐことはできなかった」


 愛理沙はそのことを聞いて、驚きで瞳お姉さんの目を見つめる。


「全て三崎誠おじさんから聞いているわ。私もお世話になっていたからね」

「だから愛理沙ちゃんの責任でも、罪でも罰でもない……だから涼君の元にいていいの」

「でも……」

「涼君は何て言ってた? もう愛理沙ちゃんのこと要らないって言った? 必要ないって言った?」


 愛理沙が激しく首を横に振る。


「涼は私が必要だって言ってくれた……私と一緒にいたいと言ってくれた」

「そうでしょう……涼君にとって、愛理沙ちゃんは必要なの。涼君にとって愛理沙ちゃんは光なの。言ってる意味わかる?」


 愛理沙は無言で小さく首を縦に振って頷く。そして手近にあったクッションを持とうとするが、瞳お姉さんにクッションを取りあげられてしまった。


「愛理沙ちゃんにとって、涼君は要らない存在なの? かけがえなのない存在じゃないの? 愛理沙ちゃんにとって光じゃないの?」


 愛理沙はその場で泣き崩れて、体をくの字に折る。


「涼は私に未来をくれた……涼は私に光をくれた……涼は私に優しさをくれた……涼がいないとまた暗闇にもどちゃう……でもこれ以上、私のことで涼を傷つけたくない……」

「涼君がいなくなって、愛理沙ちゃんは生きていけるの?」


 愛理沙は暗い顔になって俯いたままいる。


「また暗闇の殻の中へ戻るだけ……私にはそれしか生き方がないから」


 瞳お姉さんは愛理沙の上半身を起こすと軽く頬を叩いた。


「それで涼君が喜ぶと思ってるの? それで涼君が笑顔になると思ってるの?」

「それだったら、私はどうやって涼に罪滅ぼしをすればいいんですか? 涼だけは幸せになってほしいんです」

「それはなぜ? 涼君のことが好きだから?」


 愛理沙は黙ったまま、答えようとしない。瞳お姉さんは愛理沙からの答えを待ち続ける。


「――――はい……涼のこと好きです……愛しています」

「それなら、これからは涼君に尽くして罪滅ぼしをしなさい。涼君の言う通りに生きなさい。涼君を幸せにすることが愛理沙ちゃんの責任だと思いなさい。それで愛理沙ちゃんが納得するっていうなら、そうしなさい」

「――――はい……これからは涼を幸せにすることだけを考えて生きていきます」

「それはダメよ……涼君は愛理沙ちゃんも幸せにならないと絶対に納得しないわ。だから愛理沙ちゃんも涼君と一緒に幸せになるの」


 そう言って、瞳お姉さんは愛理沙の上半身を起こして、両手で強く抱きしめた。


「2人で幸せになりなさい……そのことが私や私の両親も願っていることなの……小さかった愛理沙ちゃんに罪はないんだから……私は愛理沙ちゃんに会ったらそれを言いたかった……私の両親からの言伝でもあったから……」

「瞳お姉さん……ゴメンなさい……ゴメンなさい……ゴメンなさい……そしてありがとうございます……」


 瞳お姉さんは優しい瞳で、愛理沙を抱いて、背中をさすっている。
聖香はただ黙ってみているしかできなかった。

 聖香は瞳お姉さんを素敵なお姉さんだと思った。


「外に車を停車させてるから、今から涼君の家へ送るわ」

「――――ありがとうございます。涼の家に戻ります。わざわざ来てくださってありがとうございました。また喫茶店へ涼と2人で遊びに行きます」


 愛理沙は身支度をして、瞳お姉さんと家を出ていった。

 聖香はダイニングテーブルの椅子に座って、今日の出来事を振り返っていた。


「あれ? 涼の家に愛理沙が帰るってどういう意味だろう? あの2人って同棲してたのかしら?」


 慌てて、湊へ連絡するが、湊も知らないという。慌てて陽太へ連絡して、愛理沙と涼の同棲のことを質問する。


「そういえば俺と芽衣しか知らないんだ。あいつ等ずっと前から、涼のアパートで同棲してるぞ。今日から俺も芽衣と俺の部屋で同棲することになったんだけどな」


 聖香は陽太の答えに一瞬、言葉を失った。
全く涼と愛理沙が同棲していることを知らなかった。


「でも……あの2人ならお似合ね。私も誰か良い人を見つけないとなー。湊にでも相談してみよう」


 聖香は湊に連絡をして、深夜まで楽しく相談するのだった。