「……わっ」


 ぶつかりそうになったのを思わず避けたが、浜崎さんはそれさえ気づいてないのか、そのまま走り去っていく。

 明美は遠目から見てもわかるくらいに、がくりと大きく肩を落とした。明美の隣にいた吹奏楽部の副部長が、励ますように明美の肩を叩いている。

 そのそばには、いつだったか明美を教室まで呼びに来ていた一年生と思われる子が三人、困ったような表情を浮かべて立っていた。


 吹奏楽部の部長になってから、明美は何かと忙しそうにしていた。

 何となく疲れているように見えていたのは、部長の仕事が忙しいからなのだと思っていたけれど、それだけではないということなのだろうか。


「……綾乃?」


 静かにその場を立ち去ろうと明美たちの方に背を向けたとき、私は背後から声をかけられた。

 聞こえたその声に、しまったと思うが手遅れだ。


「あ、ごめん……」


 さっきの現場を見てしまった今、何て声をかけていいか考えあぐねている私を見て、明美は何かを察したのだろう。


「……もしかして、さっきの見てた?」
 と、明美は眉を下げて私に聞いてくる。

「ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、言い争うような声が聞こえて、気になって……」


 思わず視線を落とした先に見えた明美の手には、さっき浜崎さんと呼ばれた女子が手渡したのであろうしわくちゃの紙がある。

 そこには『退部届け』と何の温かみも感じられない文字が印字されていた。


「夏の大会のあとから部活に出てこなくなっちゃった子がいて、ずっと気にかけてたんだけど、もう辞めるって……」