10年と1日前の春を。

ハルトはきっと、屋上で私が待っていると思っている事だろう。

しかし、待っているのは知らない人だ。
いや、もしかしたら知り合いという場合もあるが。

こっちまでドキドキして、胸の音が急速に速くなっている。


ハルトが扉に手をかけ、ついに屋上に入っていった。


「え・・・・・・」


ドアを半分開けたままで、ハルトは静止してしまっていた。

手も脚も全くと言っていいほど動いていない。




「なんでお前が・・・・・・」




ハルトは、夕空の下で待っている怜に驚きを含んだ声をあげた。

そっと覗くと、怜は私と話す時のような態度は見せず、ハルトに穏やかな顔を向けている。







「久しぶりだな、ハルト」







怜の自信満々な声に、私は耳を疑った。


‘ 久しぶり ’ ・・・・・・。


何となくあるんじゃないかと思ってはいたものの、やはり事実を突きつけられると心が割れる程の不快感を感じる。







「怜・・・・・・!? どうして・・・お前が・・・・・・?」







ハルトも怜の名前を知っているという事は、やっぱりそうなのだ。

二人は知り合い同士で、口調からしても、何度も会って話をしているよう。


イケメンが二人揃っている、と、呑気ながら私は思ってしまう。

性格は真反対のはずだ。

こんな違いのある二人が何を話すのだろうと、興味があった。

こんなの、怜に言えるわけないが。



「いいからこっち来いよ」



怜は先導してハルトに手招きをした。

ハルトが怖い顔をする時、怜は悲しんでいるようにも見える。


ハルトの脚が密かに震えていた。

それでもハルトは、手招きされた方向に向かって前身する。


体はカチカチに固まっていた。


太陽の光に反射されているハルトの横顔は、とても綺麗だった。

ガシャン、と大きく閉められた扉に、私は走り寄った。

どうしても、ハルトと怜の会話が聞きたいのだ。
怜に聞かないでと言われても、二人の関係を知りたいがために私は、怜の緊張をほぐすような柔らかい声を聞く。

扉の隙間から二人の会話を覗く。



「れ、怜か? なんでこんな所にいるんだよ!」



「なんで? うーん・・・・・・なんでだろうな」



ハルトの怯えにも、怜は気にせずに優しく柵にもたれた。

私の頭の中にいる事なんて言えないからだろうか。

まぁ、仕方ない事だと思うけど。



「怜、どうしてここにいるんだ? なんで・・・・・・なんで俺と普通に話してるんだよ!?」



ハルトは完全に放心状態だった。

落ち着きを隠せない状態みたいだし、今にも泣きそうな目で怜を見ている。



「なんでここにいるか・・・・・・は、ちょっと話せないな。 でも、いい事教えてやる」


「な、なんだ?」



怜の澄んだ瞳が、ハルトと私に微笑みかけた気がした。







「李依は、お前の事が大好きなんだ」







思いもよらぬ一言に、ハルトと同じようにビックリしてしまった。

確かに私から話がしたい人がいると言ったが、私の名前を出してもいいなんて言ってない!

しかもそれは、ハルトの事が大好きなんだという報告。

私はあまりの恥ずかしさに顔から炎が出るみたいに顔が熱くなった。

周りから見れば、真っ赤になっている事だろう。



「は・・・・・・李依がか? 知らないかもしれないけど、俺は最近李依に避けられてんだぞ? そんな李依が俺の事が好きなわけないって」



ハルトの怒った顔に、私の腕に鳥肌が立った。

私はハルトが大好きだ。

嘘はついていない。


しかし、ハルトは私がハルトを嫌いだと思っている。
むしろ嫌われている方だと思っていた私は、目から溢れる大量の液体を止めるのは不可能だった。

私は制服の袖でその液体がついた頬を拭う。







「・・・・・・ハルト、お前は本当のバカだな!」







いきなりの怜の怒声に、私はさらにビックリして腰を浮かす。





「お前がした事で李依は傷ついてるんだぞ! お前があいつの事をどう思ってるのかなんか知らないけど、俺はお前を許したりしないからな。 彼女に辛い思いをさせてどうすんだよ。 お前彼氏だろ? だったらもっと伝えろよ!」





怜がハルトの胸元を掴んで叫んだ。



あ、本気で怒ってるんだ・・・・・・。



怜の本当の優しさが分かった気がして、私は小さく声を上げて泣いた。


「・・・・・・っ」


堪えていたはずの嗚咽は外に逃げ出す。

怜とハルトの関係なんかどうでもいい。


怜が私の事をちゃんと思ってくれているという確信の言葉だけでいい。


覗くと、ハルトまで泣いていた。

かっこいいハルトの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

怜に胸元を掴まれたまま、ハルトは地面に手をついている。







「ハルト。 お前なら絶対に李依を幸せに出来る。 俺が保証してやる。 だから・・・・・・だから頼む」







怜の頬を伝う涙を、私は見逃さなかった。







「俺の分まで李依を笑顔にしてやってくれ」







床に落ちた一粒の涙は、下を向いてしまった怜のものだった。