受験シーズンが終わり、結果を待つだけになった。茜ちゃんが最近、来なかったのは受験シーズンが真っ只中だったからだと信じていた。
受験発表日、めでたく合格していた。
「ヒロが進学校行くなんてな。将来はエリートかぁ……、本当におめでとう!」
「ヤバーイ!ヒロがエリートになるの?結婚してー」
「……っるさい、誰が結婚するか!」
友達も希望校に合格していて、今日は久しぶりに遊んだ帰り道。大人数でカラオケをして、受験ストレスを吹き飛ばして来た。
進学先がバラバラになるが、スマホもあるし、友達とはいつでも連絡は取れる。皆の笑顔が眩しかった。
楽しい気分のまま、自宅の玄関を開けたら……、リビングから母さんの泣き声が聞こえた。何事かと思い、急いで駆け寄る。
「……潤兄、母さん、一体……、どうしたの?」
「海大、おかえり」
潤兄は笑ってる。顔中血だらけで、アザも出来てるのに……。まさかとは思うけれど、ケンカ?
「……誰かにやられたの?」
「ヒロ、潤ったらね、ケンカして帰って来たの。母さん、こんなの初めてだから、どうして良いのか分からない……」
泣きじゃくる母を宥めて、潤兄を病院に連れて行くと左腕にヒビが入って居た。
潤兄は今まで、ケンカなんかした事がなかった。病院の待ち時間にどうしたの?と尋ねても、だんまりとしていて教えてくれない。茜ちゃんなら知っているのかも?と思ったが、連絡先は知らなかった。
潤兄が何も話そうとしないので、病院から自宅に帰るまで、必要以外は誰も話す事をしなかった。
手を怪我して、一人では風呂に入れないから、補助の役割で一緒に風呂に入る。潤兄の頭を洗って居る時にボソッと話し出した。
「茜ちゃんがおめでとうって言ってた。海大に伝えてって言われた」
「俺さぁ、茜ちゃんに直接ありがとうって言いたいんだけど……」
「これからは学校で会えるだろ。茜ちゃんは俺の彼女だから、ちょっかい出すなよ」
「あー、ヤキモチ妬いてる!」
潤兄が珍しくヤキモチを妬いてると思っていた。……がしかし、それはヤキモチではなく、怒りだった。俺に向けられた訳ではなく、ケンカした相手にだった。潤兄はそれ以上は茜ちゃんの話をしなかった。
潤兄の身に起こった事など深くは気にせずに、俺は茜ちゃんに会える日を純粋に楽しみにしていたんだ。高校では茜ちゃんに会える日など来なかったのに───……
翌日、潤兄は昨日の怪我の為に学校を休んだ。潤兄が休むなんて、出席停止のインフルエンザ以来だったか?基本的に俺達、兄弟は身体が頑丈であり、なかなか体調も崩さない。
潤兄は左手が使えない為か、いつもみたいに勉強はしてなかった。いつもは見ないテレビをつまらなそうに朝から眺めている。
俺は受験も卒業式も終わったので、ただ単にだらけている。ゲーム以外のやる気が起きない。
夕方、リビングのソファーで寝転がって携帯ゲーム機を操作していた時に玄関のチャイムが鳴った。その日は珍しく、両親揃って早めの帰宅をしていた。
両親が玄関先で対応した後、複数の大人と高校生位の男子が二人上がり込んで来た。俺は「二階に上がってなさい」と言われ、追い出される。
只事ではないと思い、二階に上がるのを躊躇したのだが、強制的に二階の自分の部屋に入れられた。
恐らく、潤兄に関係する事なのだろう。潤兄はリビングに残り、話し合いに混ざっていた。
チラッと見た限りでは、高校生らしき男子も怪我をしていた。潤兄みたいにヒビが入ってるようには見えなかったが、顔が腫れていて足を引きづっていたように見えた。
潤兄、どれだけ暴れたのだろうか?
俺に対しても、いつも優しいから怒っている潤兄は滅多に見ない。何が原因なんだ?潤兄が怒るのはよっぽどの事があったのだと思う。
しばらくして、潤兄が俺の部屋をノックして、
「御飯食べよう。待たせてごめんな」
と言った。
気付けば、時刻は21時少し前だった。長い時間、話し合いをしていたらしい。
下に降りていくと、テーブルに弁当が4つ並んでいた。
「ヒロ、遅くなっちゃったからコンビニ弁当でごめんね。同じのがなくて、好きなの選んでね」
そう言った母は、泣き腫らしたのか、目の周りが赤くなっていた。
「父さんは鮭弁当にしたいなぁ……」
「あら、私も鮭弁当が良かったのに!……じゃあ、分けっこしましょ」
「母さん、今は分けっこじゃなくて、シェアって言うんだよ」
「知ってるわ、そんな事。シェアなんかよりも、分けっこの方が可愛いわ」
両親の会話は常にこんな感じだが、母が今にも泣き出しそうな顔をしていて、空元気だと直ぐに分かる。潤兄にも俺にも気を使わせないように、わざと明るく振舞っているかのようだった。
結局、父が鮭弁当、母がハンバーグ弁当、潤兄はパスタ、俺は生姜焼き弁当になった。本当にてんでバラバラの弁当だ。
潤兄はパスタを選んだのは良いが、食が進んでいなかった。潤兄だけではなく、両親も進んではいない。オマケに会話もない。
黙々と生姜焼き弁当を食べていたら、母が沈黙を破った。
「ヒロの合格祝いをしなきゃね。今度の土曜日か日曜日に御飯食べに行かない?」
「そうだな、そうしよう!ヒロは何が食べたいんだ?」
「焼肉!」
「……だろうな。よし、焼肉を食べに行くぞ」
中高生男子が食べたいものと言えば、やっぱり焼肉でしょう。両親との会話も笑って聞いていた潤兄。少しづつ笑顔が戻って来たかな?
思い返せば、合格祝いに焼肉を食べに行ったのが家族全員での最後の外食になった気がする。
潤兄は一週間の自宅謹慎を命じられた。左腕のヒビもあった為、新学期まで休む事になった。少し早めの春休みを二人で過ごす。
潤兄は勉強をしなかった。元々、ゲームはしなかったが……新学期までずっと、テレビを眺めていただけ。大好きなミステリー小説も読まない。スマホも放り投げたまま、ただ一緒にリビングで過ごしていた。
母がパートを休みの日に馴染みのおじちゃんの洋食屋に行った。おじちゃんは潤兄を見て、「男は喧嘩の一度や二度はするもんだ」と言って笑っていた。母も笑っていたが、内心は何を考えていたのかは不明。潤兄は苦笑いをし、静かにパスタを食べていた。
新学期が始まり、いよいよ、高校生!
ワクワクしながら制服の袖を通し、駅までは自転車で向かう。朝からポカポカして暖かくて、太陽の煌めきが心地好い。
仲の良い友達は一人も同じ高校には進学しなかった。自分一人で高校の門をくぐる事になるから、内心はドキドキしている。
知り合いは今は茜ちゃんしか居ないけれど、直ぐに友達は出来るさ、そう思って高校の門を通り抜けた。
何となくだけど……、見渡す限りでは真面目な生徒ばっかり居るなぁ。俺も気持ちを入れ替えて頑張ろう!!
……張り出されていたクラス分けに従い、教室に入る。
朝のホームルームが始まるまで、クラスメイト達は読書をしたりしていた。俺は本なんて、基本読まないから、人間観察をしていた。 そんな時、後ろの席の男子に肩を叩かれた。
「ねー、ねー、どこ中?俺はすぐ近くの三中。井上 裕貴(いのうえ ひろき)で、皆はヒロって呼んでるよ。宜しくな」
「俺は一中だよ。伊野田 海大(いのだ みひろ)で俺もヒロって呼ばれてる」
「マジか!同じヒロだと分かりにくいな」
お互いに"ヒロ"と呼ばれていたので、お互いに笑ってしまった。話しかけてくれた裕貴は、中学時代はバスケ部のエースだったらしい。エースなのに勉強も出来るって凄い。裕貴とは直ぐに打ち解けた。
裕貴は明るく、人気者になった。誰にでも分け隔てなく優しくて、スポーツマンで頭も良いので先生からも信頼が厚い。
学級委員を決めた時も投票ダントツ一位になった。真面目君が集まる進学校でこれ程までの人気とは圧倒させられる。裕貴とつるんでいるせいか、俺は副委員長に任命された。
「wヒロ、いーねぇ。二人でこのクラスを盛り上げていってくれよ。勉強も大切だけど、先生も一緒にアオハルしたいから宜しくな」
「あはははっ、先生、面白い」
「楽しくなりそうだねー。このクラスで良かった!」
担任の先生も20代後半で明るいから、クラスの雰囲気が日に日に変わっていった。勉強に根詰めている生徒も居たが、大半が勉強も青春も大切にしていた。
「海大さ、探してる女の子は見つかったの?」
「……見つからない。二学年の教室には立ち入れないし、分からない」
「そっかぁ、残念。俺、海大のタイプの女の子、見てみたかったなぁ…。俺も協力するから諦めないで探そっ」
「ありがとな、裕貴が居てくれて心強い」
数日後の昼休み、弁当を食べながらの会話。一週間経っても、茜ちゃんは見つからない。潤兄はかろうじて学校には通っているが、前みたいな笑顔はなく、茜ちゃんが自宅に遊びに来る事もなかった。
もしかしたら、潤兄は茜ちゃんと別れたのかな?
潤兄の元気がなさすぎて、聞きたいけれど聞き出せない。茜ちゃんの話題は出せない位に、笑わないし、雰囲気も暗い。
授業中、他のクラスが校庭で体育の授業をしていた。俺の席は窓際だった為、ぼんやりと眺めていた。
俺はゲームばかりしているが、目は良い方で体育用のスニーカーの紐が緑だと認識した。学年毎に色分けされているから、緑は確か……、二学年。
今日はハードルと幅跳びの授業らしい。一人だけ見学者が居て、校庭の隅に座っている。あの女の子、茜ちゃんと一緒に居たのを見た事がある。
潤兄と茜ちゃんと一緒に居るのを見た事がある。駅前で通りすがりだったから、話した事もなく、女の子が誰なのかも聞かなかったけれど……。
あの女の子に聞けば、茜ちゃんがどうしてるのか分かるのかな?
二学年の教室には一学年が出入りできないようになっている。待ち伏せしようにも、帰る時間帯も分からない。名前も知らない。
以前、俺と同じ名前だと言っていた茜ちゃんの親友とも限らない。
………けれども、茜ちゃんの事を調べて俺は何がしたいのだろう?
茜ちゃんは気になるけれど、潤兄から奪いたいの?茜ちゃんをどうしたいんだ?
俺は校庭を眺めながら、頭をクシャッとかいた。今日はいつも以上に授業が頭に入っていかなかった。
ただ、茜ちゃんに俺は会いたかっただけなんだ───……
夏休みに入る前だっただろうか?
裕貴と帰っている時、駅前で声をかけられた。
「伊野田 海大、……お前、伊野田 潤の弟だろ?」
「……はい、それが何か?」
「お前のお兄ちゃんのせいで、俺達も停学くらったんだよね。ちょっとお話聞いてくれる?」
「……分かりました。裕貴、先に帰ってて」
男子二人に女子三人、何なんだよ。俺は裕貴を先に帰して、駅裏へと着いて行った。あっさりと裕貴が帰ってくれて良かった。悪い予感しか感じないので、見捨てたとは思わない。俺も裕貴を巻き込みたくないから、それで良かったんだ……。
「お友達帰しちゃって大丈夫?ジュンちゃんと一緒で正義感強いんだね?」
「俺達ももう停学になりたくないから、手は出さないよ~。まぁ、ミヒロちゃんから手を出されたら正当防衛だから、分からないけどね」
男子二人がニヤニヤと笑っている。取り巻きの女子三人もヒソヒソ話をしている。
目の前の奴らは皆、俺と同じ制服だ。
潤兄はコイツらとケンカしたのか?ケンカなんて無縁だった、潤兄が何故ケンカなんかしたんだよっ!
潤兄がケンカしたのは春休み前。……だとすると、コイツらは俺よりも上級生か?自宅に来た時に顔はよく見えなかったが、今度こそ覚えたぞ。