煌めく青春を取り戻す、君と───

───春休み前、高校一年生のまとめの小テストがあった。休み時間も話す人が居なくなり、参考書を見たりして過ごしている内に、勉強が頭の中に入っていた為、学年一になったのだ。

順位がトップ30まで廊下に張り出された。

紙切れの事を厳重注意された琴音ちゃんと取り巻きは面白くなく、今度はスマホで回覧をまわしていた。

私を見てはクスクスと笑うクラスメイト。

それだけではなく、外履きのスニーカーが捨てられていて中履きのシューズで帰った時もあった。そんな私に気付いた保健室の湯沢先生が車で送迎してくれたが、その様子を見ていた取り巻き達が琴音ちゃんに伝えた。

それからは目に見えるいじめはなくて、言葉による暴力だった。

本当には仲間になんて入れないくせに、クラスで班分けされると琴音ちゃん達と必ず一緒にされる。先生が見えない所でネチネチと言葉の暴力が始まる。


『コイツがお似合いじゃねー?』
『松下とミヒロちゃん、お似合いじゃーん!学級委員に推薦します!』


三年生にならないと進路別にクラス分けしないので、二年間は琴音ちゃん達と一緒だった。高校二年生の始まり、同じくイジメ対象の眼鏡で目立たない松下君が私と一緒に学級委員に推薦された。これも嫌がらせに過ぎなかった。

私は精神的に耐えきれず、机で吐いてしまった。


『キャーッ!汚っ!』


クラスメイトが騒ぎ立てる。新しく担任になった先生が片付けをしてくれて、保健室へと連れて行かれた。

「広沢……、イジメに合ってるんじゃないのか?担任に言いにくいなら、私に言いなさい」

「有難う御座います…」

私は泣きながら、湯沢先生に今までの事を話した。先生は優しく抱き寄せてくれた。先生からはふんわりと良い香りが漂って居た。
それからは担任の先生と両親にも相談し、保健室登校になった。私は厳格な父を持つ、一人っ子で説得するのには時間がかかったが、学校に行かないよりはマシだろうと判断された。

高校2年の5月、保健室登校中に勉強して居た時の事だった。今日はスポーツテストの日で、湯沢先生は校庭に居た。湯沢先生が席を外していた時にガラッと扉が開き、私は髪の毛を引っ張っられ、保健室のベッドに連れて行かれた。


『こっち来なよ!!』
『媚び売って、サイテー』


琴音ちゃんと取り巻きと知らない男子が2名居た。

「えー、近藤ちゃんの友達にしては可愛くないじゃん!」
「顔見なきゃへーきでしょ?」


男子が私のスカートをまくりあげ、両腕は琴音ちゃん達に押さえつけられた。声を出したいのに口も塞がれて出せない。

誰か、誰かー!!

足をバタバタさせたら、またも押さえつけられた。

怖い、怖いよ……。助けて……!!


『湯沢先生、いるー?怪我したー』


あ、誰か来た。話し声が複数人みたいだった。


『ヤバいよ、行こっ!……じゃあね、ミヒロちゃん。お大事にね!』


琴音ちゃん達はバタバタと慌てて、保健室を出て行った。私は震えた指で、まくりあげられたスカートを直し、ボタンを外されたブラウスを直す。

はぁっ、はぁっ……。

息が苦しく、空気が吸えない。私はバタリとベットから床下に崩れ落ちた。大きな音に気付いた誰かが先生を呼んできてくれて、呼吸が落ち着いた。

「広沢、ごめんな。今日はスポーツテストで校庭に行かなきゃ行けなかったから……」

私は過呼吸を起こしていた。一人で帰る事が出来ずに母が迎えに来てくれた。
私は学校に行けなくなった。今日は頑張ろうと思い、駅まで行くのだが……電車を待っている間に過呼吸を起こしたり、吐き気を催してしまい、そのまま帰宅する日々が続いて、保健室登校さえも出来なくなった。

担任の先生は男性だった為に話すのが怖くて拒否をした。家族以外の人では唯一、保健室の湯沢先生とは話をする事が出来た。

部屋からも出れなくなった私に手を差し伸べたのは、厳格な父だった。

引きこもり気味な私に今流行りの漫画を全巻買ってきてくれたのだった。漫画は小学生の時に取り上げられて以来、読んだ事がなく夢中で読んだ。

漫画って、やっぱり面白いんだ。

小学生の頃、漫画を取り上げられた原因は、夢中になり過ぎて勉強をおそろかにして中学受験に失敗したからだった。

初めてお小遣いで揃えた、その頃の流行りの漫画だった。漫画を見ながら模写をするのも好きだった。漫画を読んで絵を書いたりしていたから、「勉強の妨げになる」と言って取り上げられたのだ。

それなのに、現在は当時読んでいた漫画も全巻買ってきてくれたのだった。いつの間にか完結していた大好きな漫画は相変わらず面白かった。

冒険という壮大な世界。

以前の感情を思い出し、ノートに絵を殴り書きした。物語を箇条書きして、キャラクターを作ったりしていた。

「ミヒロ……、母さんとも話し合ったんだが、父さんは厳しくし過ぎたようだ。自分の好きな事をしなさい」

しばらく日数が経過して、父が私の部屋の扉の前でそう呟いた。それからは漫画の道具を揃えて描いてみることにした。案外、素質があったらしく、漫画賞に応募したら二回目にして新人賞を頂けた。

私はそのまま、高校を辞めたのだった……。
"あの日"までは平穏な日々だった。兄貴が優等生の道を踏み外さなければ、俺も母さんも幸せで居られたかもしれないのに────……

「潤兄の彼女?」

「そうだよ、同じく高校一年の茜ちゃん。一緒に課題やるけど、お前もどう?」

「えー、いいよ。後から一人でやるから。とりあえず、ゲームやる!」

「お前は本当に小学生並の行動だな……」

潤兄は俺より一つ年上で、男だけの進学校に通っている。学校には男しか居ないくせに彼女が居てトップの成績を守り続けているなんて、不公平だ。

俺はと言えば……、潤兄とは雲泥の差がある。勉強なんて頑張らなくても入れる、適当に決めた私立高校に入学しようと思っている。中学生三年の高校受験の大事な時期だが、友達と遊んでばかりいる。当然、彼女も出来ない。

潤兄とは顔は似てると言われるけれど、頭の作りは幾分、違うようだ。

潤兄の彼女、茜ちゃんは度々遊びに来ている。聞く話によれば、茜ちゃんも進学校に通っているらしい。

茜ちゃんはふんわりとした印象の目が大きな可愛い女の子で、一目見た時から目が釘付けになった。自分の周りには居ない清楚で可愛い女の子。

茜ちゃんと話す時は変な緊張が走り、素の自分じゃ居られなくなる。女の子の前でこんなに緊張するだなんて、自分でも初めて知った。コレが恋だなんて決め付けたくなかったが、会う度に訪れる緊張感と胸の高鳴りから認めざるを得なかった。潤兄の彼女だから、心の奥底にしまったけれど……。
「ミヒロ君、ってどーゆー漢字を書くの?」

「う、海に大きいでミヒロ……」

「そっか。良い名前だね。私の親友もミヒロちゃんって言うんだよ。心が優しいと書いてミヒロちゃん。本当にその通りの名前の子でね、大好きなんだ」

リビングのテレビを使い、ゲームをしていた俺は驚いた。二階で潤兄と一緒に勉強していた茜ちゃんが一階のリビングに現れたから。ソファーに寝転がってゲームをしていた俺を覗き込み、話をかけてきたのだった。ゲームに夢中で茜ちゃんの足音に全く気付かなかった。話の内容が頭に入らない位にドキドキしている。

「はい、コレ、あげる。イチゴチョコだよ。いつもね、勉強の合間に食べてるの」

茜ちゃんは、ふふっと柔らかく笑って二階に戻って行った。手渡されたイチゴチョコレートの箱は可愛らしいピンク色だった。容姿も性格も可愛いのに、食べ物まで可愛いって何だよ!手渡された箱を見ながら、顔に火照りを感じた。

勿体無いと思いつつも箱を開けて、イチゴチョコレートを取り出す。パキッと食べやすい大きさに割り、口に放り込んだ。少しだけ甘酸っぱさを感じたが、中に入っているサクサクのクランチが絶妙なバランスを醸し出していた。

気付いたら全部食べていた。どんなに想いを抱いても手に入らないもどかしさと恋の甘酸っぱさを感じながら───……
仕方なく行き出した塾の帰り道、通りかかったカフェの窓際に茜ちゃんを見かけた。好きになった人を見つけるセンサーは働きが早く、直ぐに茜ちゃんだと気付く。

潤兄とは違う誰かと一緒に居た。スーツを着ているから、サラリーマンかな?誰だろう?家族関係は聞いた事はないが、兄貴とか親戚の誰かとか……、そんな想像をしながらバス停まで歩いた。

帰宅してから潤兄に聞いてみると……

「茜ちゃんは一人っ子だから、兄弟は居ないと思うよ」

とあっさり言われた。

潤兄は気にする様子もなく、それ以上に聞いてきたりはしなかった。関係性が気になるのは俺だけなのかな?

外側から見えた茜ちゃんは笑ってはいなかったし、泣いてもいなかった。無表情で黙って話を聞いていたようなそんな感じに見えた。

いつもにこにこして笑顔が可愛い茜ちゃんからは想像が出来ない程、感情が消えている表情だった。まるで、何かに絶望しているみたいな顔付き。

その日から、茜ちゃんのあの顔が忘れられなくなった。家に遊びに来ている茜ちゃんはいつも通りに可愛く、あんな顔を見せる事などはなかった。

中学生の俺は何も気付かず、ただひたすらに毎日を謳歌している。その間に魔の手が近付いていた事も知らずに……。
───最近、茜ちゃんはイチゴチョコを持ち歩かなくなった。その代わりに缶のドロップを持ち歩き、舐めていた。当然、俺へのお裾分けは缶のドロップに変わった。

「ドロップは何味が好き?私はこの水色が好きなの。色も可愛いし、甘酸っぱくて好き。でも、あんまり水色って入ってないんだよ」

「水色って何味?」

「すももだよ。水色だけが入ってるドロップがあったら良いのにな」

と言って、茜ちゃんは可愛く笑った。

珍しく潤兄と茜ちゃんはリビングで勉強をしていた。いつもなら、二階に上がって二人で勉強をするのに。

潤兄のノートを覗き見すると、俺には何が何だか分からなかった。一年違うだけで勉強内容がこんなにも違うのか?それとも、進学校だから特別難しい?

潤兄は中学受験をして、中高一貫校に通っている。エスカレーター式に男子高まで進学した。
大学進学の為に週に3日位はバイトもしていて、お金を貯めている。

父はサラリーマンだが裕福ではないので、母もパートに出ている。裕福ではないのが分かっているが、俺は勉強が出来ないから、私立高校に行くしかないと諦められているし、自分も諦めている。

潤兄みたいに勉強が好きでもないし、授業中に覚えられる訳でもなかった。
「そうだ、海大は茜ちゃんの学校を受験したら?今から勉強すれば間に合うよ。男女共学が良いんでしょ?」

「ミヒロ君、おいで。私の親友も紹介したいしね」

茜ちゃんの通う高校も進学校だ。茜ちゃんはおいでおいで、と手招きしている。茜ちゃんに誘われたら、その気になってしまう。でも……。

「でも、俺は成績が良くないし。受からないよ」

「大丈夫だよ、海大が思っているより成績は悪くないよ。今から頑張れ!勉強なら教えてあげられるから」

「塾がない日は一緒に勉強しよっ。私も潤君のバイト先に行きたいからコーヒーショップ行こっ」

二人の口車に乗せられて、受験先を変更する事になった。両親も"ヒロがやる気を出した"と喜んでいた。

週三回の塾通いに、茜ちゃんと二人で潤兄のバイト先での勉強で成績は上場。やれば出来るんだな、と自分で自分を褒めてあげた。

潤兄の茜ちゃんだけど、二人で一緒に居ると心地良かった。茜ちゃんに会えて人生が変わって良かった。これから先、全うな人生を送れると思って嬉しかった。

中3の秋、俺の全ては茜ちゃんに決定権があったと言っても過言ではなかった。
受験シーズンが終わり、結果を待つだけになった。茜ちゃんが最近、来なかったのは受験シーズンが真っ只中だったからだと信じていた。

受験発表日、めでたく合格していた。

「ヒロが進学校行くなんてな。将来はエリートかぁ……、本当におめでとう!」
「ヤバーイ!ヒロがエリートになるの?結婚してー」

「……っるさい、誰が結婚するか!」

友達も希望校に合格していて、今日は久しぶりに遊んだ帰り道。大人数でカラオケをして、受験ストレスを吹き飛ばして来た。

進学先がバラバラになるが、スマホもあるし、友達とはいつでも連絡は取れる。皆の笑顔が眩しかった。

楽しい気分のまま、自宅の玄関を開けたら……、リビングから母さんの泣き声が聞こえた。何事かと思い、急いで駆け寄る。

「……潤兄、母さん、一体……、どうしたの?」

「海大、おかえり」

潤兄は笑ってる。顔中血だらけで、アザも出来てるのに……。まさかとは思うけれど、ケンカ?

「……誰かにやられたの?」

「ヒロ、潤ったらね、ケンカして帰って来たの。母さん、こんなの初めてだから、どうして良いのか分からない……」

泣きじゃくる母を宥めて、潤兄を病院に連れて行くと左腕にヒビが入って居た。