「……ううん、そんな事ないよ!!ミヒロちゃんてさ、本当に優しいから、名前……、ぴったりだよっ。ね?」
隣で笑う茜ちゃんは、私と違って……小柄で目がパッチリしていて、お人形みたいに可愛い子だった。
そして、人を気遣える優しい子でもあった。
私なんかよりも、ずっと、ずっと……。
「オリエンテーリングも終わっちゃったしさ、今日から授業だねぇ。
まだ友達は出来ないけどさ、ミヒロちゃんが居るから、私は一人じゃないし、親友が側に居るから……頑張れるよ」
「……親、友?」
「うんっ、私にとって、ミヒロちゃんは親友だよ」
「……わ、私も、茜ちゃんが一番の親友だよっ」
まさか、茜ちゃんの口から私が“親友”だなんて……気分は有頂天になった。
有頂天のまま、学校に着くと……その日は1日が凄く楽しく思えて、幸せだった。
幸せは続いて、茜ちゃん以外にも友達が出来たのは、この日。
朝のホームルームで、五十音順から、くじ引きの席になった時の事、残念ながら茜ちゃんとは遠い席だったけれど……
後ろの女の子と友達になれた。
「私はコトネだよ。琴の音って書くの。名前は……心に優しいで何て読むの?」
席が決まって、机を移動すると肩をポンと軽く叩かれて、名札を見ながら話をかけられた。
振り向くと、顔に少し、そばかすのあるポニーテールの女の子がいて、私は直ぐに答えた。
「ミヒロだよ。よろしくね」
「ミヒロちゃんかぁ……よろしくね!!」
琴音ちゃんは見た感じが活発で明るそうな女の子。
新しい学校、高校生になった自分、新しい友達……に胸がワクワクして来た。
「静かに!!入学したてだからと浮かれていては、受験には勝てないぞ!!今日から、授業が始まるから、気を引き締めて。
オリエンテーションでも話はあったが、校舎内には携帯等の通信機、及びゲーム機などは持ち込み禁止だ。見つけた場合は一週間の没収になる。いいな?」
席替えでザワザワと騒がしかった教室は、担任の先生の渇のある話で、静まり返った。
そうだった……私は、数々の有名大学に合格多数の進学校に入学したんだった。
浮き足立って忘れてしまいそうだったよ。今日からは授業が始まる。
ホームルームが終わると一時間目は数学だった。
とりあえずは中学の復習からだったが、容赦なく質問がどんどん飛んでくる。
生徒を全員指した所で、授業は終わった……。
毎日がこんな繰り返しで、さすがに進学校は厳しいなと感じてはいたが……家に帰ってからの予習復習も苦にならなかった。
何故なら、高校生になったお祝いに両親から与えられた携帯で茜ちゃんや琴音ちゃんとメールしたり、電話しながら勉強してたから。
テスト前には、寝る前に問題出しっこメールとかしてたし……ね。
けれども……幸せは長くは続かなくて、携帯があるが故に、私が孤独になる日は近付いて来ていたんだ。
「夏休みさぁ、海でも行かない?」
「うん……、いいけど」
もうすぐ夏休みの私達は、課外授業の合間を縫っての計画を立てようと必死だった。
夏休みと言えど、一週間に3日位の半日は学校に行って、勉強の時間があるらしく……希望者だけみたいだけれども、ほぼ全員が参加するらしい。
「……私は太っちょだからなぁ、水着着なくていー?」
「えー、大丈夫だって!!気になるなら、タンキニとかあるじゃん?」
「……うーん」
タンキニって何だろう?
よく分からないけれど……体型を隠せる水着なの?あれから、茜ちゃんと琴音ちゃん以外にも仲良しの友達は出来た。
二人と私を含めた六人で、いつも一緒に居た。
私以外は皆、痩せていて羨ましかった。
「じゃあさ、7月の終わり辺りにする?それまでに水着を買いに行こっ」
取り仕切るのは、いつも琴音ちゃんの役目で、私はただ頷くばかり。
まとめてくれる事は有難いけれど、意見が思うように言えないのは寂しい事でもあった。
夏休みの計画は順調に進み、両親に頼み込んで、成績を落とさないのならば海に行っても良いとの許可も得て、水着も買って貰った。
後は、海に行くばかりとなった。
海なんて……小学生以来で、行く日が近付くとワクワク気分が増した。
海に行く前日は、女の子としての身だしなみに追われて時間が過ぎた。
学校帰りに友達と買い物に寄ったりはしたけれど……土日も遊んだ事は無いし、勢揃いで出かけるのは、海が初めてだった。
私はあんまり泳げないから、浮き輪の用意も完璧。
花柄にラメ入りのキラキラとした浮き輪も、両親にオネダリして購入。
その他、日焼け止めなども母が用意してくれた。
浮き輪は膨らませて行くのか、アッチで膨らますのか、真剣に悩んでみたり……
砂浜が熱いだろうから、ビーチサンダルは別に持って行こうかな?とか……
眠りにつくまで、海の事でいっぱいだった。
「ミヒロちゃん、こっち、こっちー!!」
海に着くと早速、水着に着替えて……砂辺を走る。
ビーチサンダルを持ってきて良かった。
ビーチサンダルを履かないと足の裏が焼けてしまいそうな位に熱い。
浮き輪は膨らますか迷って、茜ちゃんにメールをしたら……『直ぐに遊べるように膨らませて行こっ』って返事がきたから、
膨らませて大きい浮き輪を抱えたまま、ちょっと恥ずかしかったけれど……電車とバスに乗り込んだ。
そう言えば、海に来てから膨らませてたら……空気入れも無いんだから大変だったかも?(海の家なら借りれたのかもしれないけれど……)浮き輪に身体を入れて、海に浮かぶ。
海に浮かんで眺める青空は、雲が少しあるだけの透き通っている鮮やかな青。
太陽の光に目を細めながらも、見入ってしまうような綺麗な青空。
吸い込まれてしまいそうだった……。
「ミヒロちゃん、ボンヤリしてるけど大丈夫?」
「茜ちゃん……、空がね、綺麗だなって思ってね」
「うん、今日の空は特別、綺麗だねっ!!こんな日に海に来れて良かったよね」
「……うん!!」
空を見上げていると、皆が自由気ままに遊ぶ中、茜ちゃんだけは私を迎えに来てくれた。
海なんて久しぶり過ぎて、どうやって遊ぶのか分からないから……ぼんやりと空を見上げていたの。
皆はビーチボールで遊んだり、泳いだりしていた。
私は上手く輪に入れなくなっていて、いつの間にか、孤独になったから……一人で居たの。
「茜ちゃーん、ミヒロちゃーん!!ボケッとしてないで、こっちおいでよー」
琴音ちゃんが呼んでる。
別にボケッとしてた訳じゃないのに……、この辺が価値観の違いだったのかもしれない。
茜ちゃんは本当に純粋で可愛くて控え目で……、
琴音ちゃんは元気で明るいけれど、思った事をそのまま、口に出してしまうような子だった。
そんな価値観の違いから、私と琴音ちゃんの心の距離がだんだんと遠くなっていったんだと思う。
「カキ氷、んまいっ!!」
海で泳いで遊んだ後、遅い昼食を取り、デザートにカキ氷。
海の家に入り、海を眺めながら食べるカキ氷は格別で、夏の醍醐味!!という感じだった。
冷たいカキ氷を口に頬張っていると、たった今、海の家に上がって来た男の子グループが隣に座った。
「ねぇねぇ、どこから来たの?一緒に遊ばない?」
男の子グループは気軽過ぎる程、会話に割り込んできて、私には鬱陶しかった。
初めてのナンパ。
……だけど、視線は茜ちゃんに向けられていた気がする。
控え目にしていても、茜ちゃんの可愛らしさは伝わってしまうらしい。
『ね、この後、カラオケにでも行かない?』
「……えー、皆、どうするぅ?行っちゃう?」
男の子がカラオケに行かないかと誘うけれど、私は行きたくない、帰りたい。
……そんな気持ちで話が進んでいくのを、ひたすら聞いていただけ。
こんな状況でも、琴音ちゃんは中心に居て、揺らぐ事は無かった。
『嫌だ』と言えない自分と、勝手に決めてしまう琴音ちゃんが……
だんだん嫌いになっていった。
「……次は、誰ー?」
『はーい、俺、俺!!』
本音は、知らない男の子なんかとカラオケになんて行きたくないクセに、誘われたら断れなくて……
結局はノコノコ着いて来てしまった。
カラオケも歌う気がしないし、このカラオケがもしも割り勘ならば……
おこずかいの無駄遣いだとか、つまらない事ばかりが頭の中に巡る。
茜ちゃんは、両脇に男の子が居て身動きが取れないみたいだし……他の子は、他の男の子と騒ぎ立てていた。
私は、ただひたすら、オレンジジュースを啜るしかなくて……暇を持て遊ばしていた。
「……あのさ、あなたは歌わないの?」
「……あ、はい。あんまりカラオケも好きじゃないし……」
いつの間にか、隣に男の子が座っていたなんて気付かなかった。
隣に座った男の子もカラオケを楽しめていないようで、ソファーにうなだれていた。
「……帰りたくない?」
「……か、帰りたい、物凄くっ!!」
隣の男の子も帰りたい気分らしく…私に問いかけた後、つまらなそうにアクビをしていた。
横目でチラッと見てみると、他の男の子のようなヤンチャな感じは無くて、
寧ろ……物静かで綺麗な顔立ちの王子様系!?
「コッソリ帰っちゃわない?」
「……でも」
「……こんな連中に付き合ってたら、キリが無いって!!」
男の子が私に『帰ろう』と誘うけれど…茜ちゃんが気がかりで躊躇った。
しかし、男の子は強引に抜け出そうと提案。
茜ちゃんは浮かない顔してる気もするけれど、話はしてるみたいだし……とりあえずは『帰るね』とメールした。
茜ちゃんと目が合うと、メールを見て、そそくさと返事をくれた。
『トイレに行くと行って出るから、入り口で待ってて〜(>Д<。)』とメールが来た。
ここからは、脱出開始!!
私と男の子の事なんて、誰も気にしてないから……抜け出しは簡単だった。
問題は茜ちゃん……。
私達は無事に抜け出して、男の子に事情を話すと、入り口で二人で茜ちゃんを待っていた。
入り口まで駆け足で来る茜ちゃん……。
「お待た……、きゃっ!?」
茜ちゃんの姿が見えたから、手を振ろうとしたら……茜ちゃんの背後から、さっきまで両脇に居た男の子達が行く手を阻んだ。
「茜ちゃん……!!」
両腕を互いに絡ませて、捕らえられた茜ちゃんは身動き出来なくて……怖かったのか、涙がポロリと床に落ちた。
『どーこ行くの?まだ帰らないでしょ?』
「……は、離してっ」
茜ちゃんが必死に振りほどこうと、もがくけれども……
男の子の力は強くて、かなわない。ボロボロと涙の粒がこぼれ落ちているのに、男の子達は気にしない。
私も怖かったけれど、茜ちゃんが助けを求めているのに放ってはおけなくて、
バッグで殴ってやろうと踏み出した時に……
隣の男の子が先に近寄った。
「……お前ら、いい加減にしろよ!!離さないなら……相手になるぜ?」
『……じゅ、潤君、それは無理っ。は、離します』
ジュン君って言うんだ?
ジュン君と呼ばれた男の子が言葉を発したら、あっさりと身を引いた。
茜ちゃんは急いで私に駆け寄り、抱き着く。
「怖かったよぅっ……」
抱き着いても涙は止まらず、ガタガタと震えていた。
茜ちゃんをなだめている間にジュン君という男の子は、フロントに行き、お財布を出していた。
「三人分だけ、適当に払ってきたから……」
三人分のカラオケ代、ジュース代を払ってきてくれたらしく、お金を渡そうとしたら何度も拒否された。
「……バイトしてるし、あいつらが迷惑かけたから、いいって」
「……でも」
「……それより、そっちの子、怪我しなかった?」
ジュン君という男の子は、気遣いが凄くて、他の男の子達とは、やっぱり違った。
「は、はい、大丈夫です。さっきは有難うございました」
茜ちゃんは泣き止んだけれど、私の左腕にベッタリ止まらず絡みついたままだった。
よっぽど怖かったんだな……って思う。この日がきっかけになり、互いに惹かれた二人は……付き合い始めたみたい。
寂しくもあり、嬉しくもある、お知らせだった。
茜ちゃんと潤君、とても、お似合いだと思う。
お人形のように可愛い茜ちゃんと王子様な潤君……
お似合いだけれども……
この瞬間から、茜ちゃんが学校を去る日のカウントダウンは、始まっていたんだ。
誰も予想が出来ない結末は、私の身にも振りかかる事になる。
私という存在が疎ましくなり、絶望的な明日へ繋がるカウントダウンの開始でもあった―――……