煌めく青春を取り戻す、君と───

「……ったく、カナちゃんには叶わないなぁ。可愛い、可愛い!!」

対馬さんが『可愛い』と言って、興奮が冷めない真っ赤なままの私の頭を撫でてくるけれど……

ヒロ君に見られたくなくて、対馬さんの手を払い除けてしまった。

いつもは心地よくて、優しくされて嬉しかったけれど……

今はヒロ君が目の前に居るから、嫌だ。

脳裏には、とっさに……対馬さんとの関係を勘違いされたくない、と言う考えが浮かんだから……、嫌だったの。

ヒロ君には彼女が居るから、どうこうなるとか無いのにな。

―――そう分かっていても、ほんの少しでも期待している自分が居て……

育ち始めた恋の芽を取り去る事は出来そうもない。

「……カナちゃ、……いや、何でもない。じゃあ、ヒロ君には書類に印鑑押して貰いたいから、バイトするなら今度持って来てね」

……そう言うと、カタン、と静かに立ち上がり、椅子から体を離した対馬さん。

今、一瞬だけ……、凄く暗い顔をしたような気がするのは気のせい?

俯き加減に一瞬だけ、目を瞑って……軽い溜め息をついた様な気もする。

私が手を払い除けてしまったせいかな?

「じゃあね、カナちゃん。俺、まだ仕事あるから戻るわ……。あ、夜は福島が来ると思うから……」

ヒラヒラと手を振って、部屋を出て行こうとする対馬さんは……やっぱり、どこか違和感があって仕方ない。

いつもの対馬さんじゃなくて……、背中に哀愁の影があるような、そんな感じ。
「……対馬さんっ!!ごめんなさい、えっと……」

私は思わず、対馬さんに駆け寄り、背中のシャツを引っ張った。

「……シワになってしまいますが」

「あ、あ、ご、ごめんなさい!!」

対馬さんは驚いた様子で、クルリと後ろを振り向く。

そうだよね、お仕事なのに……シワになっちゃうよね。

直ぐ様、とっさに掴んでいたシャツを離した。

「あはは、大丈夫だよ、冗談だからね。カナちゃんは何も気にしないで。俺は……うん、大丈夫だから。とにかく、本当に仕事に戻るから……後は宜しく」

ニコッと笑顔を見せて、Vサインをした対馬さん。

いつもの明るい対馬さんに戻ったような気がして、安心した。

本当にごめんなさい、対馬さん……。

「対馬さん!!面接有難うございました!!」

対馬さんが居なくなってしまう事を察知して、ヒロ君が挨拶をする。

そしたら……帰り際に対馬さんが残した言葉が驚きの一言だったし!!

「……どういたしまして!!ちなみにカナちゃんは、社長令嬢の我が儘OLだからね、気をつけて……」

「社長令嬢……の我が儘OL!?」

対馬さんの発言に驚きを隠せない私は、思わず声を張り上げてしまった。

漫画家を隠す為のつじつまなんだろうけど…社長令嬢で、我が儘は余計だわ。

「でしょ、カナちゃんは!!」

私に向けて、軽いウィンクをする。

どうやら、対馬さんの中で、私の偽り設定は出来上がっているらしい。

参ったなぁ……。

社長令嬢の我が儘OLだなんて……何か聞かれたらどうすれば良い?

何のお仕事にすれば良い?

頭の中にグルグルと駆け巡るけれど……ヒロ君は黙っている。

対馬さんが去り際に余計な一言を残し、ヒロ君がどんな反応をするのかな……とドキドキしていたけれども……。

考えてみれば……いや、考えてみなくても、二人きりだと簡単に判断出来る。

話さなきゃいけない事は沢山あるハズなのに……目を合わす事もままならないまま、静かな時間が過ぎて行く。

とりあえず、一言でも話しかけようとするけれど、胸の内が落ち着かなくて、頬に熱を持つばかりだった―――……
対馬さんを玄関で見送ってから、私はヒロ君の座っている近くまで行ったけれど……座る事が出来ずに、対馬さんが使っていたティーカップを片付けていた。

何故、……何も話しかけずに、私は片付けをしてるんだろう。

頑張れ、私!!

緊張して話せない性格なんて、もう嫌。

改善するには、自分自身が変わるしかないんだ。

ドキドキと高鳴るばかりの胸に手を当てて、ギュッと目を瞑り、心に決めて話しかけようとした時に沈黙を破ったのは、ヒロ君だった。

「聞いてもいい?」

「あ……、はい」

「カナミちゃんて、何の仕事してるの?」

あ、やっぱり……気になるよね。

どうしようかな……漫画家なんだから、設定作りは得意じゃない?

さぁ、考えてみて。

「デザイン会社の……事務」

これなら、きっと……対馬さんがヒロ君に背景を頼んでもおかしくないだろうか?

しかし、ヒロ君は背景と聞いて何とも思わなかったのだろうか?

「そっか、だから対馬さんが背景と言ったんだ……」

「う……、うん、対馬さんは背景を手描きで書けるアルバイトを探してたみたい。

……というのも、地域に貢献していて、高校の演劇部とかに背景の指導したりしてるの。

小さなデザイン会社だから、何でも受けないとやっていけなくて……」
こんな感じで大丈夫かなぁ?

上手く誤魔化せたかなぁ?

何で私は………自分とは関係のない事だとスラスラと言えたんだろう?

今の話は嘘、偽り。

……それでも、自分の本来の姿をさらけ出すよりはマシで、徹底的に“嘘”を重ねるしかない。

本来の姿なんて、到底…怖くて言えないよ。

きっと、気持ち悪がれる―――……

「対馬さんはデザイナーさんか何か?」

「うん……。人数少ないから面接とかもやってもらってるの」

「……そっかぁ、そんでさ、カナミちゃんは社長令嬢なんだぁ。……だからかな?カナミちゃんは何をしててもサマになるね」

何をしててもサマになる?

私が?

「ご飯の食べ方も綺麗だし、姿勢も綺麗だし…雰囲気も全体的にお嬢様って感じがするね。茶葉から入れた紅茶もクッキーも、部屋も全てが……」

「そ、……そんな事ない、よっ」

本当は猫背で、漫画描いてる時なんてジャージんゆ着っぱなしだし……

紅茶なんて滅多に入れないし、

締め切り前なんて、お風呂も入らないなんて当たり前の生活なんだよ。

いつの間にか、見栄を張ろうとする自分が生まれて、人前だけは格好良く見せたいだけなの。

トラウマがあって、……もう二度と容姿で嫌な思いはしたくないし、ただ、それだけなの。

いつの間にか、見栄っ張りになっていたの。

だから、ヒロ君にも見栄を通す為に、トラウマを隠す為に……

嘘だらけの世界を作り上げる。

恋人になれなくても、その気分だけを味わえたのなら……

私には充分だと思うから。
ごめんね、って精一杯思うけれど……もう後戻りは出来ない。

対馬さんが投げかけた設定のまま、突き進むしかない。

デザイン会社はともかくとして……“我が儘社長令嬢”はどうするべきか。

我が儘って、私よりも、もっと傲慢で高飛車な気がするけれど……!?

「えっと、クッキーはお取り寄せ、なんだ。本当はね、普段は茶葉からは入れなくて、あの…その……」

「そうなんだ。クッキー食べてみよっと。……カナミちゃんてさ、……我が儘って感じがしないけどさ、対馬さんの前だと我が儘なの?」

「……あ、いえ……、えと……」

クッキーを頬張りながら投げ掛けられた一言は、返答に困るモノで、

そして何より、何故、対馬さんの前だけ我が儘、と断言されているのか分からなかった。

「対馬さんは……対馬さんとは兄妹みたいな……感じ、かな?と思います」

「……ふうん、そう」

「……じゃあ、やっぱり我が儘言ってるんだ?」

「……ち、違っ、……違います!!本当にお兄ちゃんみたいな人で、えと……」

ヤバイ……。

ヒロ君が必要以上に聞いてくるから、涙がじんわりと目尻に集まってきた。

クッキーのおかわりを右手に持ちながら、私を見ているし、……目線が合ってしまい、余計に気まずい。

対馬さんは本当にお兄ちゃんみたいな存在だから、多少の我が儘も言うけれど…それは仕事の件だったりで……

プライベートに関しては甘えたり、我が儘は言っていないと思っていた。
「カナ、ミちゃん?ごめんね、泣かせるつもりはなかったんだ……。ただ、ちょっと気になってね……せっかくまた会えたんだからさ、話をしない?」

「……はい」

ヒロ君にも目尻に貯まっていた涙が見えてしまったみたいで……

またもや、謝らせてしまった。

私はヒロ君に謝らせてばかりで最低だ。

気になってくれた事は嬉しい事だったのに……、何だろう、ムキになって否定する事ばかり考えていた。

私は我が儘なんて言わない、控えめな女なんだとか、対馬さんとの仲を誤解されたくないとか……

自分の事ばかり考えていた。

上手く伝えられないクセに人を責めるような態度ばかりな私は……

昔から成長していないのかもしれないなぁ。

「……まずは何から話そうか?……えと、本当に……!俺が家政婦になってもいいの?」

「……はい」

「……料理出来なくて下手くそでも?」

「……はい」

「……というか、とりあえず座って話そう?嫌?」

対馬さんが帰ってから、ずっと気まずくて…ヒロ君から少し離れた場所で、後片付けをしている振りをしながら話をしていたけれど、 ヒロ君に言われたら座るしかないよね。

……というより、やっと座るチャンスを貰えたと言うか……。

ドキドキと胸を高鳴らせながら、椅子を引き、斜め前に座る。

「……それでさ、俺はご飯作りと洗濯と…」

「……せ、洗濯はだ、大丈夫ですからっ!!」
ついつい力を込めて返事をしてしまったら、ヒロ君はクスクスと笑っている。

「冗談、冗談!!分かってるよ。必死に否定して可愛いなぁ……あはは」

否定するのが分かっていて…か、からかわれたのかもしれない…!!

ヒロ君は笑ってるもん。

「……あと掃除もかな?」

「……掃除も特には大丈夫なんですけど?」

「……それじゃぁ、やる事が無いじゃん」

だって、お掃除も頼むなんて図々しいかな…なんて思うし、仕事場に入られても困るから…。

本当の目的は、仕事をして貰うよりも…会いたいだけだから。

この本音は……、口に出しては言えないけどね。

ただ、これだけは伝えなきゃいけないと思う。

今から伝える事も本音の一部だからね―――……

「……あ、あの、いつも一人でご飯食べてるから、一緒に食べてくれるだけ…で嬉しいんだけど…」

例えば、ご飯がコンビニ弁当だろうと手作りだろうと…毎日のように一人は寂しいよ。

閉めきり間近の時は、対馬さんや福島さんが一緒に居るけれど……

ご飯を食べてると言うよりも、忙しいから流し込んでるようなモノだし……、ね。

「……実は俺も一人で食べてるから、嬉しかったりして?」

ヒロ君は少しだけ俯いてから、ニコッと笑いかけてくれた。

笑顔に影があるのは何故だろう?

踏み込んじゃいけないんだけれども……

会った時に話していた“ヒロミさん”も関係しているのかな?
「最初に約束があるんだけど……」

「はい、何でしょう?……ひゃ、ひゃあっ」

ビ、ビックリしたぁ。

ヒロ君が真面目な顔をして、人差し指を伸ばし、私の鼻に触ったから変な声を上げてしまった。

それでもヒロ君は顔色を変えずに……

「お互いのプライベートは立ち入らない事…約束しない?」

と言ってきた。

「……は、はい」

私が返事をすると、鼻から人差し指が離れた。

「……後はカナミちゃんが決めてね。俺からは以上!!」

プライベートに立ち入らない事は、私にも好都合。

漫画家だとバレずに済む。

家政婦の仕事だけの関係。

お金で繋がる関係。

それでも……、会いたいから良いよ。

知りたい事も、聞きたい事も沢山あるけれど……

今は、その関係だけで良い。


ヒロ君とその他の契約も決めた。

条件は……

・時給2,000円・残業無し
・プライベートには立ち入らない事
・毎日2時間 (18時から20時予定)

明日から毎日来てくれるらしい。

都合の悪い時は、お互いに連絡する為に携帯電話の番号も交換した。

明日から始まる秘密の契約―――……

「……さてと、長居してごめんね。明日から来るね。よろしくお願いします!!」

ヒロ君は契約が終わったので、部屋を後にした。

名残惜しいけれど、寂しくはないよ。

明日から毎日のように会えるからね。

コチラこそ、よろしくお願いします、ヒロ君―――……
「……何かぁ、主人公との恋愛要素っぽいの多くありません?ルアの相手はモチロン、要しか居ないのにーっ!!」

ネームを見て、編集見習いの福島さんがブツブツ言っている。

そんなに恋愛要素っぽいかなぁ?

自分では気にならないのになぁ……。

「福島、カナちゃんは恋しちゃったの!!……んー、でもコレはボツね。やり直しーっ!!」

「……えぇ!?本当に……あぁ、もう寝たいのにぃっ」

ヒロ君がバイトに来てくれて、三日目の夜。

ネームを確認しに来た対馬さんと福島さんの二人が、あーでもない、こーでもない、と議論している。

私の頭はヒロ君でいっぱいだった。

だからかな?

ネームにも現れてしまったのかもしれない―――……

―――――――
――――――
―――……

「カナミちゃん、こんばんは。10分早いけど、上がっていー?」

「……はっ、はい、どうぞ!!」

バイト初日。

ヒロ君は予定よりも早く現れて、台所に立っていた。

食材は準備する約束だったのに、色々と買い込んで来たみたいだった。

「食材はあるから大丈夫だったのに……」

「作りたいモノがあったから……」

「あ、あの、食材のお金……、払いますから!!」

「いいの、いらないから……座ってて!!」

冷蔵庫を開けたり、お皿を出したり、ヒロ君の周りをうろちょろしてたら、

邪魔だったみたいで椅子に強制連行された。