煌めく青春を取り戻す、君と───

「おじちゃん、ごちそうさま!!伝票来てないんだけど?」

「おっ、ヒロ君、もう帰るの?ゆっくりしてって欲しかったのに……。お金は要らないよ、その変わりにまた来てよ」

マスターはヒロ君の声が聞こえて、料理を作る手を止めて、レジに顔を出す。

「……お金は払うって」

「いいから、いいから。ヒロミさんにもよろしく伝えてな」

「……マスター、ヒロミさんは死んだんだって。何回も言ってるじゃん?」

「また……そんな事を言って!!とにかく、お金はいらないから、また顔見せに来なよ。お嬢さんも来てよ。仲良くな!!」

マスターはヒロ君の背中をバシバシと何度か叩き、ドアを開けて外に誘導する。

私はただ着いて行き、帰り際に『美味しかったです。ごちそうさま』と伝えた。

初対面の人と接するのが苦手な私には精一杯の御礼だった。

ヒロミさん……?

マスターとの別れ際、外で二人で何やら話していた。

気になるけれど、出会ったばかりのあなたには踏み込めない。

いや、私は意気地無しだから、出会いを重ねても聞く事なんて出来ないハズ、

なのに……

何で?

図々しくも聞いてしまったのだろう?

「ご、……ごちそうさまでした!!」

「……御馳走したのは、マスターだし、俺じゃないし……」

グラタンを食べに行くまでは歩幅を合わせてくれていたのに、喫茶店を出てからは手は繋いでいるものの、早歩き。
「あ、あの……イライラし、て、ます……か?」

ヒールが引っ掛かり、足が縺れてしまいそうな程、早歩きだったから、思わず、口に出した一言。

「……してない。してない、けど、……ごめん」

「……いえ」

ヒロ君は我に返ったのか、歩幅を合わせてくれるようになった。

しばらく沈黙のまま、歩いた後、バスに乗った。

バスは空いていて、一番後ろに座り、私は窓際。

景色が過ぎ去る中、ヒロ君もボンヤリと窓の外を眺める。

「ココ、が前住んでた家。今は……売り出し中」

“売り出し中、リフォーム済み”と書かれた看板。 ヒロ君の過去に何があったのか、私は知らない。

勿論、会ったばかりなので、この人がどういう人なのかも知らない。

そして、何故、私に色々と絡んでくるのだろうか?

……疑問ばかり。

ヒロ君とは、これから、どんな関係になるんだろう?

今日で終わり、かもしれない。

「ごめん……何か、辛気臭いよな」

「あ、いや、そんな事は……」

ヒロ君はバツ悪そうに、唇を噛み締めて言った。

窓の外を眺めるヒロ君が、とても切なく、悲しげに見えた。

もうすぐ泣き出してしまうんじゃないか、と思う位に―――……
ヒロ君は、バスを降りると私の手首をそっと掴んだ。

恋人でもないし、ましてや友達でもないし、さっき会っただけの関係。

迷子にならない為だけの手首繋ぎ。

手首に触れるヒロ君の手が熱くて、優しい。

普段ならば拒否反応が何度も出そうなのに……繋ぐ事に慣れて、心に余裕が出来たのか……私の胸は、終始ドキドキしまくりだ。

何年ぶりに人の手を暖かいと感じただろうか?

「ココ、なんだけど……一人じゃ入りにくくて……」

ドキドキしてる私の心なんて気にもせずに、着いたのはブランドのジュエリーショップ。 ズキン……。

さっきまで、ドキドキとしていた胸は、突然にズキズキと早変わりしていた。

誰かにプレゼントするんだ?

そうじゃなきゃ、ジュエリーなんて選ばない。

恋をする前に消えかけている想いは行き場のないままに、痛みの強い傷痕へと変化しそうだった。

「ずっと、ずっと……大好きだった彼女に、何かプレゼントしてあげたくてさ、ごめん……連れ出したのは、そんな理由。そしてさ……」


“ずっと、ずっと大好きだった彼女”


―――そうだよね、カッコいいもん……彼女が居て、当たり前。

本気で好きになる前に知って良かった。 「カナミちゃんが彼女に似てるんだ……雰囲気とかね。だから、好きな系統も一緒かな、って思ってね」

物事には、必ず理由がある。

例えば、それが自分に対して理不尽だとしても、真実は必ず一つ。

最初から、ヒロ君とは運命でも何でもなかった、ただそれだけ。

やっぱり今日一日で“さよなら”なんだね。

「あ、ちょっと……!?」

固まるヒロ君の手首を掴み、ジュエリーショップの中へと入る。

「……選び、ましょ」

掴んだ手首から、ヒロ君の熱が伝わる。

「もう、いいのに……無理、しないで」

「無理、して、ないからっ……大丈夫」

口角をキュッと上に上げて、笑ったように見せかける。

笑わなきゃ、ヒロ君が自己嫌悪に陥ってしまうから―――……
自分の沸き上がって来た感情を押し殺して、店内を巡る。

始まりかけた淡い恋は、まるで小学生の初恋のように何もする事が出来ないままに終わるだろう。

今、この瞬間だけでもヒロ君と居られたならば……私の心に残る一日となる。

だから、まだ側に居させてね?

「わぁ、コレ……綺麗」

目についたのは、誕生石のネックレス。

キラキラと輝く、透き通る桃色のピンクトルマリンは私の誕生石だ。

私は綺麗で可愛いと思うけれど、ヒロ君の彼女は、どういうのを好むのかなぁ?

「ピンクトルマリン……10月……」ヒロ君は呟きながら、ガラスケースの中のジュエリーを見つめる。

「そちら、新作の誕生石シリーズなんですよ。お出ししましょうか?」

私達の様子を伺い、店員さんが、すかさず駆け寄る。

満面の笑みを浮かべる店員さんに断りを入れられず、ケースから出して貰う事にした。

女の子の憧れである、“お姫様”のティアラにちりばめられた誕生石。

本当に可愛いすぎる!!

「つけてみましょうか?」

店員さんが有無を言わせずに次の行動に出て、私の首にネックレスを通す。
鏡で確認すると……女の子っぽくて可愛い!!

お店の中の証明が、ネックレスに反射してキラキラ光る。

欲しいな、コレ。

「コレ、下さいっ!!」

鏡で見れば見るほどに可愛くて、つい、声を張り上げていた。

お金、何とか足りそうだし……買っちゃおうっと。

店員さんにネックレスをハズしてもらい、持ち帰りの準備を頼んだ。

そういえば……

私のネックレスを買いに来たわけじゃなかった。

「ご、ごめんなさい!!……つい、自分の……」

ふと我に返り、ヒロ君に慌てて謝る。

「いや、大丈夫だよ。……カナミちゃんが元気を取り戻したから、良かった」

ヒロ君はクスクスと笑ってるけれど、そんな言葉は反則だよ。

胸が高鳴り、キュンって締め付けられた。

恋をしちゃいけないのに……恋に発展しちゃうのかな。

ただ仲良くなりたい……、そんなのは嘘だ。

恋をしたいのに、お別れが怖くて逃げてる、ただの……


言い訳だった。

繋ぎ止める“何か”があれば良いのに―――……
ヒロ君は何故か、プレゼントを買わなかった。

『買わなくて、良いのですか?』
と聞いたら、ニッコリ笑って頷いただけ。

私達は、店員さんから品物を受け取り、ジュエリーショップを後にした。

「……つけて帰ったら?」

上質な、小さい紙袋に入っているネックレスを指差してヒロ君は言った。

「あ、いえ、今日は……」

「そう?似合うのに……」



ヒロ君……

その言葉と笑顔は反則だよ。

初めて会ったのに、胸が締め付けられて痛いよ。

一緒に歩いているけれど、もう帰り道なんだよね?

柔らかだった春風が、夕方になった今は冷たく感じられた。

「肌寒くなって来たね……」

「……はい」

会話が途切れてしまい、もう、お別れの時間だと気付かされる。

泣きたくないのに涙が込み上げてきて……今にも零れてしまいそう。


ほら、笑え。


泣くな、泣くな。


上を向いて……ニコッてするだけで良いんだから。

ポロリ……。

頬を伝う、僅かな冷たい液体は……

涙。

一緒にエビグラタンを食べて、ヒロ君が私に気遣いながら話してくれて、 開き出した私の心。

恋心になる前に、消さなければいけない気持ち。

そして、何よりも、ヒロ君とは今日限りで会えない寂しさ。

全てが集まり、流れ出した涙。

「……カ、ナミちゃん?」

ヒロ君が慌てふためく。

目を丸くして、目が泳ぎ始めて……空を見上げて、長く息を吐いた。
「誰だって、嫌だよな。知らない人の好きな人へのプレゼント選びなんて……ごめん、本当にごめんなさい!!」

ヒロ君が深々と頭を下げて、私に謝る。

違う、違うの。

そうじゃないのに言葉が出ない。

ヒロ君は、私が唯一、初対面で打ち解けられた人だから、寂しいの。

もっと知りたかったの。

知りたかった、だけなのに……いつも、私から人が離れて行くね。

そういう役回りなんだろうな、私は……。

繋ぎ止める言葉も出ずに、勇気も無い。

ただ泣いて、ひたすら困らすだけの子供と同じ。

「……ご、めん……本当にごめん!!」

「……え?」

どうしたら良いのか分からずに立ち尽くしてしまった私を覆い隠すように、ヒロくんの腕が私を包む。

男の子にしては、華奢に見えるヒロ君の胸に頭をフワリと押さえられて、私は身動きが出来なかった。

「泣くほど……嫌だったんだよな。自分勝手な行動を無理強いして悪かった……」

ヒロ君は頭を優しく撫でてくれて、落ち着くまで抱き締めてくれていた。

何だか心地好くて、ジュエリーショップの前で公衆の面前だと言うことも、関係性も、彼女の事も忘れてしまう位だった。
胸の鼓動が跳ね上がり、うるさい程にヒロ君に響いていただろう。

抱き締められると安心する、初めて知った温もり。

このまま、時が止まれば良かったのに……

現実は甘くない。

「……帰ろうか?」

胸に頭を埋めていて、閉じていた目を開ける。

ヒロ君の一言で、今の瞬間は夢だったかのように現実に引き戻された。

ボンヤリと周りを見渡せば、横目で見る人達や足早に通り過ぎて行く人達。

決して、私達だけの世界では無かった事、夢では無かったのだと、思い知らされる。

“さよなら”だね、ヒロ君。

神様、最後に私に勇気を下さい……

少しだけ、少しだけで良いから―――……

確実に“さよなら”が近づいてるのに、自分からは何も話せなくてもどかしくて仕方ない。

何で、こんなに引っ込み思案の意気地無しの性格なんだろう?

自問自答ばかりが頭に浮かんで、ヒロ君との会話が何も浮かばない。

本当に駄目だな、私は。

「じゃあ、今日は有難う……」

もう泣きたくないよ。

強くなりたい。

今度、もしも会えたなら、“運命”だと思う事にするよ。

そしたら、まずは友達にならせて。

友達の次は……恋しても良いですか?

「あ、ちょっと待って……ヒロ君、バイト探してたでしょ?ココに電話してみて。結構、高い時給だから……あ、怪しいバイトじゃないから……」

私はバッグから手帳を取り出して、そそくさとメモを書いてから破き、ヒロ君に渡した。

「……サンキュー。今日は本当に有難う。迷惑かけてごめんな……」

帰り際もヒロ君が申し訳なさそうに謝るから、私は首を横に振った。

もう謝らないでよ。

私はデートみたいで楽しめたよ。

いつかまた会えますように……

祈ってるよ。

バイバイ、“好きになりかけた人”―――……
例えば……、俺様彼氏に天然ちゃんとか、イケメン御曹司にモデルとか……

考えれば考える程、ネタと成りうる関係は存在する。

そして、それが、どんな風に動いて、どんな風な関係になって行くか……で面白みが生まれる。

私の元にも……面白みという現実がやってきた―――……

「えーっ、ヤダッ!!ヤダヤダヤダッ!!」

「ヤダ……って言ってもねぇ、……日に日に人気は増えてて仕事量も多くなってるし、アシスタント採ろうよ?ね?」

「うぅ……」

ヒロ君との別れを惜しむ間もなく……、仕事はやってくる。

1日丸々の休みは昨日が久しぶりで、夜が空ければ仕事を持って担当さんが来る。

何を隠そう……、私は漫画家だ。

マンションを買える位、売れている少年雑誌の漫画家である。

初めての連載が大人気となり、コミックスは現在、15巻まで発売になった。

ヒロ君に教えた“奏心―カナミ―”とはセカンドネーム、すなわちペンネームだ。

「カナちゃんもさ、いくら俺と担当見習いの福島が手伝ったって、大変になってきてるでしょ?だからさぁ……」

この人は私の担当さんの対馬 望(つしま のぞむ)さんといって、新人の頃からお世話になっている。

担当見習いの福島(ふくしま)さんとはゲームや漫画が大好きな女性で、元々は漫画家志望だったらしい。

私の唯一、信頼出来る方々。