───福島さんのペースに巻き込まれ、あっという間に新幹線を降りる時が来てしまった。
その後に電車を乗り継ぎ、目的地に到着した。
1日目は周辺を観光すると予定が決められている。わざわざ、しおりを作成してくれたのは裕貴君。集合時間やホテルに移動する時間などが記載されている。渡された瞬間に感激して、何度も見返してしまった。
帰宅したら、このしおりは大切に保管しておこう。
「カモメに餌やりか笹かまを食べるか……」
福島さんは遊覧船の時間を見てから、道路を渡った場所にある笹かま屋さんを見て、自由時間に何をするか決めかねているらしい。
「福島、お土産も買いたいなら笹かまは明日にしろよ。もうすぐ遊覧船が出発するみたいだから、そっちに行こう」
津島さんの誘導により、満場一致で遊覧船に乗る事に決定。
遊覧船のデッキからカモメにエビせんをあげたのだけれど、沢山来てちょっと怖かった。泣きそうになりながらも餌をあげている所を二箇所から写真を撮られた。
ヒロ君と福島さんだった。
元々、対馬さんと福島さんはコミックスの巻末ページが余るかもしれないから、そこに旅行漫画を描き下ろそうか?と提案して、企画にOKが出たから着いてこれたのだ。
私は身元バレがしたくないので、私本人は登場させずに漫画のキャラが旅行に行ったら?みたいなパラレルワールドで書かせてもらうつもりだ……。
「カナミちゃん、泣きそうだけど大丈夫?」
「何とか大丈夫……でした」
カモメが全力でエビせんを食べに来るから驚いた。エビせんが全部なくなり、座席に座ると隣にヒロ君が座った。その隣に裕貴君が座った。
「ねぇねぇ、カナミちゃん。海大ってね、こう見えてゲーマーだし、漫画好きなんだよ」
「……っさいな、こないだ暴露したからカナミちゃんも知ってるから、二度も言わなくて良いんだよ!」
裕貴君がヒロ君を押し退けて、話しかけてくるので私は躊躇してしまった。裕貴君はとてもフレンドリーで私にもどんどん話しかけて来る。
「……今、ミヒロって言いました?」
「言ったよ。海が大きいって書いて、ミヒロだよ。……え?カナミちゃん、本名知らなかったの?」
対馬さんに履歴書を見せて貰えなかったので、ヒロ君の本名は知らなかった。裕貴君に教えて貰えて良かった。
私と同じ名前、"ミヒロ"……偶然にしても、漢字が違うにしても、同じ名前だなんて滅多にない。私は嬉しくて、頭の中がぽわぽわしている。
「伊野田 海大、18歳、大学一年だよ。バイトはカナミちゃんちとバーテンを掛け持ちしています!将来の夢は…公務員になっ、……っんー」
「裕貴!黙って聞いていればベラベラ喋って!」
ヒロ君の代わりに裕貴君が自己紹介をしてくれたが、ヒロ君に口を手を塞がれてモゴモゴしている。そのやり取りを見ては、心が暖かくなって微笑みが零れた。
二人を見ていたら、高校時代の茜ちゃんと私の関係を思い出した。
私達が二人で一緒に過ごした日々は常に輝いていて、楽しかった。思い出は美化されるなどと良く言うけれど……
私達二人にはそんな事など有り得なかった。
二人だけの思い出は本当に青春そのものの、友情物語。
誰が居なくても、茜ちゃんさえ居てくれれば、それで良かった。今だに茜ちゃんが居たら、高校生活は潤っていただろう、などと考える時がある。
今、茜ちゃんはどこに住んでいて、どんな生活をしているのかな?今の私を見ても、茜ちゃんは私を大好きと言ってくれますか……?
「カナちゃん、今日の夜はこの周辺に泊まって、明日は電車で少し移動するけど着いてきてくれる?」
「はい、行きます。でも、どこまで行くのですか?」
「それはね、明日までのお楽しみだよ」
裕貴君とじゃれていたヒロ君が私に話をかけてくる。裕貴君は福島さんに拉致されて、ご当地グルメを探しに行くとかで連れて行かれてしまった。見渡せば対馬さんも居なくて、私達は二人きりだった。
「ホテルの食事に間に合うように集合かけといたから大丈夫だよね?俺達もどこか行こうか?」
「……は、……はい、喜んで」
ヒロ君と二人きりになった私は心臓が有り得ない位に跳ね上がる。そして、まさかのデート!
私達は笹かま屋さんに寄って、焼きたての笹かまを食べたり、お土産屋さん巡りをした。読者プレゼントに使うお土産も買い、ヒロ君に「随分と沢山のお土産だね」と言って笑われた。無事にお土産の宅急便の手配をし、ホテルに戻った。
「皆、まだ戻ってないのかな?……って、福島さんと裕貴君かな?ホテルの外に居るよ」
「行ってみる?」
ホテルに戻って来るとホテルのロータリーから階段で下に降りて、海辺付近の散歩コースになっている場所に福島さんと裕貴君が居るのが見えた。近寄ってみると……、対馬さんはその奥に居て、ただ海を眺めていた。
「対馬さん……!」
私は対馬さんに駆け寄り、話をかける。
「あ、カナちゃん。おかえり。どこに行ってきたの?
「笹かま屋さんとか、読者プレゼントのお土産探ししたりしてました」
「そっか……」
対馬さんはどことなく、素っ気が無い。いつもみたいにニコニコな笑顔を私には向けてくれない。
「俺、先に部屋に戻ってるね」
対馬さんは私にヒラヒラと手を振って、ホテルに向かって歩き出した。それを見ていた福島さんはニヤニヤしながら、私に近付く。
「対馬さん、先生がヒロ君に盗られたみたいで面白くないんですよ。だから拗ねてるだけ……」
「そ、そんな事ないですよ……、多分……」
「対馬さん、先生に対して極度のブラコンですからね。まぁ、それ以上の感情もあるのかもしれないけど……」
「……?それ以上の感情……??」
「はい、多分、恋愛感情抱いてたんじゃないか、と。……あれ?気付いてませんでしたか?」
「……あ、はい。そんな事は思ってもいませんでした……」
福島さんは「まずいな、余計な事言っちゃったかなぁ……」とブツブツ言いながら、慌てながら先に行きます!とホテルの方に歩いて行った。
……対馬さんは私の事を好きなの?
今まで一番近くに居てくれた男性だったのに、気付かなかった。
海辺の波が私の胸の高鳴りをかき消す様に音を立てている。一人ポツンと残された私に気付いた裕貴君が、
「カナちゃんって、もしかして漫画家さん?」
と聞いてきた。
私とヒロ君はストレート過ぎる問いに思わず目を丸くする。
裕貴君にも、勿論、まだヒロ君にだって正体を明かしたはずは無いのに……一体どうして知っているの……?
「福島さんが会った時からずっと先生って呼んでるし、奏でる心でカナミって書くんでしょ?……だとしたら、海大がいつも読んでる漫画の作者と共通するな、って思っただけなんだけどね!……で、福島さんにも聞いてみたけどはぐらかされたから、コレは絶対そうだなって確信した。だから、カナミちゃんに直接聞いてみたんだ」
「あ、えっと……」
私は返答に困り、喉に言葉が詰まる。漫画家だと正体を明かせたら、どんなに楽だろう。この二人が私の正体を言いふらす事はしないだろうけれど、私はヒロ君がどう思うかが怖かった。
私が少年漫画を描いている事を軽蔑したりしないだろうか……?小説や漫画は自分の全てをさらけ出して書(描)いているからこそ、正体がバレた時には恥ずかしいのだ。
中でも高校時代の同級生には絶対に知られたくない。仲良くも無いのに利用されたり、馬鹿にされたりもするかもしれない。
自分が漫画を描いている事を誇りに持っているが、他人に知られる事はまた別な事。
「カナミちゃん……、俺も知ってたよ。ずっと言い出せなかったけど……。だから、こないだ漫画を見かけた時に何気に促してみたんだけどね」
ヒロ君にもバレていた。本屋さんで見かけた時、わざと促して来たんだ。けれども、私は曖昧にしてしまった。
………もう終わりだ。
鼻っから信じてなかったかもしれないけれど、わがまま令嬢の設定も必要無くなった。
ヒロ君にどう思われているのか知るのが怖いから、逃げ出したい。
「カナミちゃん、いや……奏心先生、いつも面白い漫画をありがとう。大好きで全巻持ってるのも本当だし、今度良かったら……サイン下さい!」
「本当に大好きだもんな、海大。最新作を読むためだけに漫画雑誌も買ってるしな。まさかの知り合いの可愛い女の子が描いてるとは驚きだった!」
ヒロ君と裕貴君は私の事を軽蔑する所か、私に褒め言葉を与えてくれる。拍子抜けした私は笑顔が溢れた。
漫画って凄いんだな。大好きな人にとってはストーリーが重要だから、描いている人がどうこうとか、関係ないんだ。私の頭の中が知られているみたいで恥ずかしいから、知り合いには知られたくない秘密だったのだけれども……知られたからこそ、引っ込み思案な私自身を思いっきりさらけ出せた気がする。
「あの……私の素性はバラさないで欲しいです……」
私は小さな声で二人にお願いをした。
「当たり前じゃん!」
「可愛い女の子が描いているだなんて、誰にも教えたくない!」
すぐに返答は返って来た。ヒロ君も裕貴君も親しみやすくて好きだなぁ。高校時代に二人に逢えていたら、また違った人生が歩めていたのだろうか……?
───二人に正体がバレていて漫画家だとカミングアウトをした後、ホテルの中に入った。
夕食はバイキング会場で、対馬さんがお酒を飲みすぎてヘロヘロになっている。無事に部屋まで送り届け、私は福島さんと一緒に大浴場の温泉に浸かっていた。
「対馬さん、大丈夫ですかね……?」
「大丈夫ッスよ!ただの酔っ払いです」
私と福島さんが一緒の部屋で、ヒロ君と裕貴君が一緒の部屋、対馬さんが一人部屋だ。対馬さんを皆で送り届けたが、布団に横にならせるとすぐに寝てしまっていた。
心配だから、ヒロ君と裕貴君の二人に対馬さんの部屋の鍵を預け、様子を見てくれるように頼んだ。
「多分、ヤケ酒でしょうね」
「ヤケ酒……?」
「もう、対馬さんの気持ちをバラしてしまったから言いますけど……、先生がヒロ君と仲良くしている姿を見たくなかったのかもしれません。単なるヤキモチからのヤケ酒、かと」
海が一望出来る露天風呂。海を眺めながら話す福島さんは何だかいつもとは雰囲気が違う。薄明かりの下、どことなく切なげな表情を見せる福島さん。
もしかして、福島さん……!
「福島さんって……、もしかして……、対馬さんを好きですか……?」
「…………。先生、私の話をちゃんと聞いてます?」
福島さんが答えをはぐらかした。
「ちゃんと聞いてますよ。私、誰かに好かれる事なんて中々無いから、対馬さんがもしも好きになってくれたのなら純粋に嬉しいです……。でも、残念ながら……恋愛感情は抱いた事が無いんです。対馬さんは私を窮地から救ってくれた人ですけど……、大好きですけど、恋愛感情では無いのです……。
最初からお兄ちゃんみたいに接してくれたから、どちらかと言えばお兄ちゃんですね」
福島さんは私を見ては、両頬を両指でつねってきた。
「……ふ、あが、」
私の両頬をつねり、それがどんな意図でそうしたのかは分からなかったが、満足したのか指を離して語り出した福島さん。
「……先生は可愛くて女の子らしくてズルいです。私なんて……、対馬さんに女として見られてないですもん。対馬さんに編集の仕事を教わって一緒に行動したりしてますけど……、対馬さんの目線は常に先生なんです。それを分かってはいるのですが、好きな気持ちって止められないですよ……」
「……わ、分かりますよ、ソレ。わ、私も……ヒロ君の事が好きですが……、ヒロ君には別の好きな人が居るみたいなんです。優しくされると余計に好き、になっちゃう……けど、私に恋心は抱いてないな、って思う」
対馬さんが私を好きかどうかはさておき、恋する福島さんは綺麗。普段、オタク街道まっしぐらな福島さんだけれども、元々が色白の目鼻立ちパッチリの美人さんだから、素顔も本当に綺麗なんだよね。本人は美人さんだと自覚してないみたいだけれど……。
「お互いに報われない恋をしてるんですね。あの二人には私的にはBLでも良いかなぁ……なんて思ってますけども!」
「え……?」
「ヒロ君と裕貴君ですよぉ!イチャイチャしてるのを見てるといても立ってもいられなくなる!脳内はBL変換まっしぐらですよね!」
「……た、確かにどちらも美少年ですからね」
「そうでしょ、そうでしょ!」
福島さんはBL(ボーイズラブ)も大好き。先程までの恋する福島さんはどこに行ってしまったのか……。
でも、漫画以外の事で福島さんとお近付きになれたのは正直に嬉しい。今までは自分以外の誰かと温泉に入る事も無かったし、友達も居なかったから話す相手も居なかった。
高校に行けなくなってからは中学時代の友達とも疎遠になった。他人と話す事さえも苦痛に思えて、"こう言ったら、こう言われるんじゃないか"とか"皆はどうせ、私を嫌いなんだとか"───そう思い始めたらキリが無くなる程、深みにはまって暗い闇へと落ちて行った。
そんな時に出会ったのが漫画担当の対馬さんだった。初めは接するのが怖くて仕方なかったが、優しいお兄ちゃんみたいな存在が私の心を溶かしてくれた。それから連載を持つようになってから、福島さんに出会う。福島さんは年下の私を(漫画を?)尊敬していると言い、ぐいぐいと私の領域に入って来た。次第に二人と一緒に居るのが当たり前になり、現在に至る。
「私、のぼせちゃいそう……。先に上がりますね」
「あ、私も上がります……!」
福島さんの後を追いかけて、私も湯船から出た。口には出さないけれど、福島さんって美人さんなだけじゃなくて、スタイルもめちゃくちゃ良いんだよね。こんなパーフェクトな人を世の中の男性がマークしてないだなんて、不思議でしかない。
「先生、じろじろ見すぎです……!」
「わ。わ、……ご、ごめんなさい……!福島さんってスタイル良いなって思って……」
「あー、それですか。私、たまーにですけど、コスプレとかしてるんで。体型維持するのが大変なんすよ」
「そうなんですね……!今度、良いダイエットとか教えてください!」
「んー、先生は逆にもう少し肉付き良くした方が良いですよ。男は多少、ムチムチの方がグッときますから!」
……ん?福島さんは私の身体をジロジロ見ながらニヤニヤして笑っているけれど、それは誰目線なの?
私は以前、ぽっちゃりしていたから、引きこもり中に痩せた。あの時はとりあえず、何にも喉に通らなかったからなぁ……。