煌めく青春を取り戻す、君と───

見た目が変わっても人目が怖いのは、自分に自信が持てないからだ。そんなだから、引きこもって漫画を描いているのが丁度良かった。

通信制の高校に通う事になってレポートは出しても、設定された登校日に行く事が出来なかった。"学校"に出向くと言う事だけで、身体が拒否してしまっている……。

「……こんな事を聞くのもなんだけど、カナミちゃんは人混みが苦手?」

私は人とすれ違う度にビクッと反応してしまっていた。ヒロ君がそれに気付いていた。

「……はい。苦手なんです。苦手で…たまに過呼吸起こすから紙袋を持っていたんです」

「そっか、何となくそんな気はしてた。過去に何があったかは分からないけど、俺で良かったら、協力するから焦らないで……ゆっくり克服して行こう」

「………は、い……」

ヒロ君は何故そんなに私に優しくしてくれるのだろう?私の事は本名も知らないし、過去も知らないのに……。私は優しさが嬉しくて、涙がボロボロと溢れ出した。

後僅かの距離で本屋さんに辿り着くのに、私は立ち止まって泣いてしまった。行き交う人々が驚いて、私を避けて離れて歩いている。

最近は本当に人の有難みが分かるようになり、感慨深くなっている。

優しさに触れれば触れる程に感情が溢れ出す。
ヒロ君は「おいで……」と言って、手を引っ張った。

初めて会った時みたいに怖くなかった。あの時みたいに手首ではなく、手の平と手の平を合わせて手を繋いだ。

「落ち着いた?」

本屋さんの横にあるカフェに入った。私の顔はぐじゃぐじゃで化粧も取れていると思う。ウォータープルーフのマスカラだから、さほどパンダ目にはなっていないとは思う。

バッグからハンカチを取り出し、涙を拭く。

「やっぱり怖かった?」

「……ち、違うの。怖かったんじゃなくて……えっと……」

「………?」

「わ、たし……人に優しくされるのに…慣れてないから、嬉しくて……つい泣いてしまいました。ごめんなさい……」

「……カナミちゃんは感情が豊かなんだね。俺、カナミちゃんが思ってる程、そんなに優しい人じゃないけど……」

あ、やっぱり思った事を口に出したのが不味かったかな?何でも伝えれば良いってものでもないんだな……。ヒロ君の表情が困っているような気がした。

「……カナミちゃんが人は怖くないんだと思えるように、出来る限りの事はするよ」

ヒロ君は優しく微笑んだ。注文していたアイスカフェオレと紅茶が届いた。ヒロ君はアイスカフェオレにガムシロップを一つ入れて、ストローでクルクルと掻き混ぜた。私も暖かい紅茶を一口、口に含んだ。ダージリンの良い香りが漂っている。

「カナミちゃんは本当に紅茶が好きだね。流石、お嬢様って感じだなぁ」
お嬢様だなんて、本当は嘘なんだよ。

私はいつまで騙し続ければ良いのだろう?

ヒロ君と会う回数が増える程、罪悪感に悩まされる。いっその事、本当の事を言えたら楽なのに……。

「全然、お嬢様じゃないんです。頭も良くないから、必死で勉強してやっと高校に入って……」

ヒロ君ならば、ありのままを受け入れてくれるかもしれない。そう思いながら自分の事を話してみようかな?と言葉を選びながらも話し出すとヒロ君は私の言葉を遮った。

「俺も頭が良くなかったから必死で勉強して、高校に入れたんだ。それまでは勉強とは縁が遠くて適当に過ごしてた。中三の後半なんて、柄にもなく塾も必死に行ってた。

でも頑張って良かったと思ってる」

ヒロ君は努力して高校に入ったんだな。明らかな勝ち組のヒロ君は私とは全然違う。

「人間、きっかけは誰にでもあるもんで、きっかけがあれば変われるって知った。……だから、今の俺が居る。

………こんなんでも、国立大学生だからね、俺」

「こ、く、りつ……」

言葉を飲みこんだ。きっかけがあったにしろ、国立大学まで入れたなんて素晴らしい。私が目標としていた場所にヒロ君は手が届いている。

きっかけは良くも悪くも、人生を左右するものだ。そして、人との繋がりもまた人生を左右してしまう。自分の力だけでは太刀打ち出来ずに、運命の歯車は回ってしまうものだ───……
飲み物を飲み干し、本屋さんに向かった。

ヒロ君が努力の結果に国立大学生と言う地位を手に入れたと言う衝撃を受け、私は自分の価値を考えてしまう。

私は本当に漫画家になって良かったの?

目指していたものは何だった?

考えれば考える程、答えは見つからなかった……。

駅ビルの中にある本屋さんで、入り口付近には漫画の紹介コーナーがあった。

以前は漫画コーナーの前に置かれていたのに配置換えをしたのだろうか?見渡してみると本棚は配置換えをしてない様だった。紹介コーナーだけが大きなスペースに移ったみたい。

「カナミちゃんは漫画読む?……読まないか。カナミちゃんは興味無さそうな感じがするもんね……」

「あ、えっと……」

漫画の紹介コーナーは入り口なので、ヒロ君の目に真っ先に入った様だった。心做しか、ヒロ君の目が輝いている気がする……。

「この漫画、知ってる?……って、少年漫画だから知らないか……」

ヒロ君は指をさしたのは私の描いている漫画だった。

「俺は昔から漫画やゲームが大好きだから今だに読むし、ゲームもしてる。以前よりは興味は薄れてきたけれど、たまたま週間漫画を立ち読みした時に面白いのがあって、また再熱した。この漫画だけは全巻揃ってる」
嬉しそうに話しているヒロ君が可愛い。

私の漫画が紹介コーナーに全巻揃って平積みにされていた。先日出たばかりの新刊も沢山置いてあった。嬉しい事に新刊を手にしては、レジに並んだ人も居る。

ヒロ君も新刊を手に持ち、参考書を見に行った。私達は本屋さんでは別行動にする事にした。

まさかのまさか、ヒロ君が私の漫画を読んでいたなんて!!しかも、私の漫画のコミックスを全巻持っててくれている!!

素性は明かせないけれど、それを描いているのは私です。

飛び上がる程に嬉しくて、心の中が舞い上がっている。

私は紹介コーナーから離れて、雑誌コーナーへと向かった。流行り物とファッションのチェックの為に雑誌を二冊購入した。

その後、ヒロ君も私の漫画の新刊と参考書を買っていたみたいだった。

何だかんだ言ってもヒロ君は勉強家だなぁ。ヒロ君は時間を勉強をする事にさかなかっただけで、苦手ではなかったから国立大学生になれたんじゃないのかな?話を聞いていたら、中三からの追い上げが凄かったみたいだから。私はついて行くのに必死だったから、国立大学なんて行けなかったと思う。

持って生まれた天性はこういう事だ。
───今日の外食は中華になった。

ヒロ君が「お腹が空いたから沢山食べたい」と言って、テーブルバイキングの中華のお店を見つけて即決だった。

久しぶりに食べるお店の中華料理。

私達は海老好きなのでエビチリにエビマヨに海老焼売など、傍から見たら笑ってしまう程に海老尽くしだった。

「中華料理では、エビチリが一番好きです」

「俺もエビチリ」

ヒロ君と一緒に取り分けて食べる中華料理がとても美味しい。こんな楽しい来る日が来るだなんて、あの時からは思わなかった。

自分からの第一歩を踏み出しただけで、素敵な日々を手に入れた。

ヒロ君は彼氏でもなく、友達でもないが、一緒に笑いあえるだけで充分。

お腹がいっぱいになった私達はスーパーにより、食料品の買い出しをした。荷物が沢山あったので、帰りはバスにした。

夜だったので、バスの利用客は少なくて良かった……。

不思議だな、ヒロ君と一緒に居ると何でも乗り越えられる気がするんだ。外の暗闇でも、一緒ならば怖くない。どちらかと言えば男性の方が怖いのに、ヒロ君は怖くない。それだけ特別だと言う事なのかな?

「今日は有難うございました。カフェと中華料理の代金払います!いくらでしたか?」

私はバス代と自分の食料品代しか出してない。以前もエビグラタンをご馳走になったのに、またご馳走になってしまった……。
「俺が誘ったんだから、食事代くらい奢らせてくれる?それから今日はバイト代いらないから!遅刻もしたし、買い出しに来ただけで何もしてないから……」

「バイト代はきちんとお支払いしますし、次に外食する時は私が出します。お手伝いして頂いてるのにご馳走になってしまうなんて申し訳ないです……」

「うーん……、じゃあ間をとって1時間分だけバイト代をつけといて下さい。食事代は俺もご馳走になってるから、気にしないで。また今度、買い出しに行った時に外食しよう」

「はい、楽しみにしてます。今日はご馳走様でした」

冷蔵庫にナマ物や飲み物をしまいながらお礼を言う。短時間でも一緒に居られて、毎日が幸せ。

「……そう言えば、カナミちゃん。夏頃、連休取れたりする?」

「連休です、か……?」

「泊まりになってしまうけど、一緒に"旅"に行きませんか?当然、やましい意味はないです。カナミちゃんと一緒に行きたい場所がある」

お泊まり?旅?……私の頭の中は整理し切れていない。

「もちろん、別々の部屋にするよ。カナミちゃんが行けなかったら、俺一人でも行きたいから、その時は連休貰えるかな?」

「はい、私が行けない時はお休みして下さい。私も予定を調整してみますね!」

調整すると言ったのは良いが、原稿間に合うかな?一回だけお休みにして貰おうかな?

アシスタントさんも来てくれるし、2日位は休んでも平気なのかな?

とりあえずは対馬さんには相談してみよう……。
ヒロ君が帰った後に対馬さんと福島さんが来てくれた。しばらく来ないかも?と言っていたのに、対馬さんは早速来てくれた。

「先生、何処かにお出かけしてたの?可愛い格好してるから……」

「え?ちょっと買い出しに行って来ました」

「夕方にですか?珍しいですね」
「違うでしょ、福島。ヒロ君が着てたから可愛い格好をしてただけじゃないの?」
「それもそうですね!」

勝手に二人で問題を解決したらしい。買い出しに行って来たのは本当だけれど、ヒロ君と二人で行って来た事は黙っていよう。それよりも……!

「対馬さん、折り入って相談があります。一回だけ連載を休めますか?」

「え、どうしたの、急に?体調悪い?学校の件かな?」

「ち、違うんですっ……!実は…りょ、旅行に行きたくて……」

「どこに?」

「わ、分かりません……」

「分からないって今から決めるのかな?友達や家族の旅行だったら、全然OKだよ。カナちゃんは頑張ってくれてるから一回休んでも大丈夫だと思うよ」

「有難う御座います!」

行先も日程も分からないが、今からウキウキしている。友達なんて居ないから、旅行に行った事もない。問題は本当の事を黙っているか、どうか……。
「カナちゃんは三回分のストックはあるから休まなくても平気かな?どうだろう?アシスタントさんも来てくれる事になったから進み具合では穴開けなくても大丈夫かもしれないよね。まぁ、とりあえずは編集会議にかけてみるね」

「あ、あの……実はっ……!」

「んー?何、顔を真っ赤にして。もしかしてだけど……」

対馬さんに正直に伝えようとして、ヒロ君の事を思い出したら顔に火照りを感じた。付き合っているとか友達でもないけれど、一緒に旅行に行くんだ。この際、一緒に行けるのならば肩書きなんて何でも構わない。

「……ヒロ君と一緒に行くの?二人で?」

対馬さんにはお見通しだった。私はコクンとうなづいて、それ以上は口を開かなかった。

「カナちゃん、ヒロ君と付き合ってるの?」

問いかけに首を振る。

「カナちゃん……、付き合っても居ないのに男と二人きりで旅行に行くなんて有り得ない。やめなさい!」

珍しく、対馬さんは私の事を冷ややかな目で見てきた。

「先生……、ヒロ君って飯スタントの?ダメですよ、絶対、ダメです!二人きりなんて許しません!うぅ……、先生が私の知らない所に行ってしまう……」

福島さんにも反対された。

そりゃそうか……、付き合っても居ない男の子と二人きりは駄目だよね。部屋は別々でも駄目なのかな?

「部屋は別々にすると言ってましたし、私が行けなくても行くとも言ってました。行き先は聞いていません……」

「じゃあ、詳しく聞いてみて!話はそれからだよ」

対馬さんはヒロ君の話題になると機嫌が悪くなる。福島さんは私がヒロ君と二人で出かけると言ったからショックを受けているらしい。

明日、ヒロ君に詳しく聞いてみよう……。

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