「さあ、行こう」陸くんの言葉に促され、配置に着く。
陸くんの後ろに立って、陸くんの腰に手を添える。
「最初にステルスモードオン」陸くんが号令をかける。
二人を包む空気のボールをイメージする。
そのボールの皮を内側と外側から押し潰すようなイメージを作る。
私達の周囲に陽炎が立った。ステルスモード完了だ。
「じゃあ、出発する」陸くんの声を合図に、空を見上げる。
「行くよ。3、2、1。ゴーッ」
空へ。心に強く念じる。
体の中に熱の渦が湧きおこる。体が軽くなる。
足が地面から離れる。
次の瞬間、私は空に飛びたつ。
全身がGを感じる。
学校の一階、二階、屋上を超え、校舎の向こうに町の俯瞰が見えて来る。
上昇するスピードがグングン上がる。
地上があっという間に遠ざかる。見下ろせば、シーちゃん達が芥子粒のようだ。
街並みが遥か下方に去り、地平線が一直線に見えてくる。
その地平線に意識を移すと、飛ぶ方向が徐々に変わり、水平飛行になる。
地平の向こうに意識を集中する。ギュイーンとスピードが上がる。
「10時の方向」
出発前に目的地をWebの地図で確認した。
そういうのは得意だ、という陸くんにナビを委ねる。
ゆっくりと左に向きを変える。
眼下に広がる町並み、山や川が箱庭のように見える。
その景色が、次々に後方に飛び去って行く。
「怖くない?」と陸くんが聞いてきた。
「大丈夫。平気」と答える。
バリアのために、風圧にさらされる事もない。寒くもない。
陸くんとも会話が出来る。
道路や鉄道、川を目印に飛ぶ。
晴れやかで清々しい気持ちだ。嬉しいと言っても良いくらい。
人命救助という使命を以って飛んでいるのだが、ウキウキと湧きたつような気分。
飛ぶって、こんなに楽しいんだ。まるで、空を飛んでるよう……って、何か変か?
景色の様子が変わって来た。建物が減り、水田や緑が増えてきた。
「もうすぐだよ」と教えられ、速度を落とし、高度を下げる。
川に沿って飛ぶ。水嵩が多いのが、上空からでも見て取れる。
「あれだ」と陸くんが指さす。
川幅が広くなっているところがある。
川に平行に並ぶ道路に救急車両が沢山集まり、人だかりが出来ている。
上空をマスコミのヘリが旋回している。そのヘリを避けながら降下を続ける。
激しい流れの中、八畳ほどの中州に10人の大人子供が身を寄せ合っている。
両岸で20人程のオレンジ服のレスキュー隊員が作業をしている。
川の流れに斜めにワイヤーを張り、中州に渡ろうとしているが、流れが急なため、
動きが取れずにいるようだ。
「中州に降りよう」陸くんの言に従い、中州に着陸する。
取り残された人たちが、驚きの顔で私達を見つめる。
突然、空から人が現れたのだから、驚くのも無理はない。
三人の大人に、子供たちが纏わりつく様にしがみ付く。
「き、君たちは。……何なんだ」年かさに男性が尋ねてきた。
私は、相手を怖がらせぬよう、静かに落ち着いた声で話かける。
「私たちはソラシドレスキューです。皆さんを助けに来ました」
「助ける?」
「そうです。今から一人ずつ人を運びます。お子さんから先に運びますので、順番を
決めて下さい」
「運ぶ? 順番?」
正体の知れぬ覆面の人物から、助けるから順番を決めろ。などと言われても、直ぐ
には反応出来ないのだろう。大人たちは逡巡した顔を見合わせる。
お前たちー。何をやっているー。
川の両岸から、レスキュー隊員の叫ぶ声が聞こえる。水量が増えたのか、残された
中州の面積がジワジワと少なくなっている。
「わたしが最初に行きます」小学校3・4年生と思しき女の子が一歩前に出る。
ちょっと待て。本当に大丈夫なのか。リーダー格の大人が躊躇する。
「大丈夫です。僕達を信じてください」と陸くん。
私は、女の子の前にしゃがむ。
「あなた、お名前は」
「マキ」
「マキちゃんね。じゃあ、このお兄さんに掴まっててくれる」
陸くんが膝を折り、女の子を抱き抱える。
「マキちゃん。僕にしっかりと掴まって。怖かったら、目を瞑ってていいからね」
女の子が、陸くんにヒシとしがみ付き、目を閉じる。
陸くんが私に目で合図を送る。陸くんの後ろに回り、陸くんの腰に手を添える。
飛ぶ。の掛け声とともに、三人の体が地上を離れる。
1メートル程の高度を保ちつつ、川の上を慎重に移動する。ゴーゴーという流れの
音が恐ろしい。
川を渡り切った。
川岸にいるレスキュー隊員にマキちゃんを引き渡す。
「君たちは何者なんだ?」レスキュー隊員の一人が問う。
「それは後で。次の人を助け行きます」そう答えて、中州に戻る。
次は、小学校低学年の男の子。その次は、女の子。次々と人を運ぶ。
その間にも水かさは増し、水上に残る中州の面積は4畳ほどになった。大人三人は
子供を守るように、手を繋いでいるが、その足首は水につかっている。
子供たちを運び終え、次は大人の番。
大人の最初は二十歳前後の若い女性。陸くん、初めはドギマギしていたが、彼女を
抱きかかえ、無事に岸まで運ぶことが出来た。
次に、大学生と思しき男性を運ぶ。
最後に残った中年男性を運び終えた頃には、中州は完全に水没していた。
「ありがとう。ありがとう」とリーダー格の中年男性から何度も礼を言われた。
「御協力に感謝します」とレスキュー隊員に最敬礼をされた。
ところで君たちは何者なんだ。との問いかけに、あらかじめ用意しておいたビラを
渡し、
「私たち、超能力救助隊のソラシドレスキューです」
と告げて、その場から飛び立った。
救助現場の中州から上昇し、取材ヘリの追跡を回避するため、帰る方向と逆方向に
飛ぶ。途中からステルスモードで身を隠し、帰投するコースに乗る。
「上手くいったね」
「初回にしては上出来だ」
陸くんと、そんな会話をしながら飛行を続ける。
正直、最初からこんなに上手く行くとは思っていなかった。
失敗もなく、全員救助することが出来た。私達が邪魔者扱いされたら、どうしよう
と心配たけれど、大丈夫だった。きっと、先着のレスキュー隊が岸側に居たことで、
私達と干渉することが無かったのが、幸したのだろう。
ああ、良かった。
人助けが出来たことも嬉しいが、自分の力が役にたった事が嬉しい。
心がウキウキする。
嗚呼、鳥のように飛びたい気分。
「ねえ、宙返りしてみない」
「宙返り? やったことないでしょ。そんなの」
「やりたい気分なの。いくよ」
「わわ、待って」
陸くんの返事を待たずに、背中方向に意識を集中。
グングンと体が上昇。地平線が眼下に飛び去る。
視界の全部が青空になる。そのまま飛びつづける。
視界の上部に上下反転の地平線が現れる。今度は、視界の全部が地面になる。
再び、正面に地平線が現れる。
「凄い! 出来た! 気持ちいい!!」
「急にやるなよ」と陸くんが呆れる。
それに応える前に、笑いが飛び出した。
アハハ。アハハハハ。
生きてて良かった。超能力が使えるようになって良かったと。心の底から思う。
そうこうするうち、学校に帰着。
人に見られてはいけないので、直ぐにAI部室に駆け込む。
部室に戻って、改めてアッキー達とハイタッチ。
「凄いよ、大成功だよ。TVもネットもソラシドレスキューの話で持ち切り」
「ホントに?」
「TVで見てみ」
AI部室にあるTVのスイッチを入れる。
どのチャンネルも、ソラシドレスキューの話題を放送していた。
興奮した様子で、現場からの中継を流すチャンネル。
中州に降り立つ私達の映像を繰り返し放映するチャンネル。
救助の様子を映像と共に解説するチャンネル。
更には、私たちの正体や超能力について議論しているワイドショー番組もある。
ネット検索では、「ソラシドレスキュー」が急上昇検索ワードで一位になってた。
どのSNSでも「#ソラシドレスキュー」が席巻している。
ユニフォームのデザインを論評するサイト。
私と陸くんの人気投票をしているサイトも見つかった。
ちょっとした熱狂状態だ。
「凄いな。一躍有名人じゃん。俺ら」と興奮するアッキー。
「有名になったのは、美幸たちでしょ」とシーちゃんがたしなめる。
「ううん。皆が協力してくれたお陰だよ。ありがとう、シーちゃん、アッキー」
二人の手を握り、感謝の意を伝える。
いやぁ、それほどでも。頑張ったのは美幸たちだよ。とシーちゃん達が遠慮勝ちに
喜ぶ。
「陸くんも、協力してくれて有難う」
と陸くんの方に向き直ると、苦虫を噛み潰した顔とぶつかった。
「あの……、陸くん」
苦虫顔がますます苦くなる。
「なんか……、怒ってる?」
「怒ってはいないけど、これからの事を考えると憂鬱」
「これからの事?」
「さっきので、僕らは一遍に注目される存在になった。これから、膨大な救助要請が
来ることになるよ。僕らの手に余るくらいのね」
その懸念は最初から分かっている。
だから、中洲での救助の時に残したビラに注意書きをかいておいた。
『私達は超能力救助隊 ソラシドレスキューです。
危険が迫ったら、SNSに#ソラシドレスキューで投稿頂ければ救助に伺います。
場所と状況を詳しく書いてください。
それと、私達は学生です。救助活動が出来る時間は限られています。本当に緊急の
場合だけ、出動要請してください』
ビラの内容をもう一度陸くんに説明する。
「それは分かってるよ。でも、世の中の人が全員、このビラの内容通り行動するとは
限らない。嘘や悪戯で救助要請されても僕達には分からない。これからの方が間違い
なく大変になるっていう事さ」
陸くんの言葉が胸に刺さる。
ソラシドレスキューの最初の出動は嬉しさ半分、不安半分の結果になった。
翌日から、ソラシドレスキューは大忙しになった。
朝9時に部室に登校した時点で、七ツも救助要請が来ていた。
その中から対応可能な物を選んで、救助に向かう。
巨大仏像の清掃作業中に、風に煽られて宙吊りになっている。
ボートが沖合に流されて漂流している。
落石に前後を挟まれ、自動車が身動き取れない。
一日に二度三度と出動すると、流石に疲れてくる。
でも、助けた人達から感謝されれば嬉しいし、励みになる。
陸くんも四人でいるときには、ソラシドレスキューに批判的な言動をするけれど、
救助現場では率先して行動してくれている。やっぱり、陸くんは良い人なんだ。そう
思う。
次の日以降も、ソラシドレスキューへの救助要請は続く。
ロープウェイが故障して動かなくなった。
山道の事故で自動車が崖からはみ出し、人が取り残されている。
電柱に登った子猫が、降りられなくなっている。こんな可愛い救助要請もある。
忙しくも、楽しい日々が続く。
陸くんも、不平を言わずに救助活動に参加してくれている。
マスコミやネットの一部で、トリック扱いされた超能力も、ソラシドレスキューの
活躍で、世の中に認知されてきたように思える。
超能力を人のために役立てる。その願いが、少しづつ実現しつつあるように思えて
満足感に浸る毎日が続いた。