ところで、もう一方の陸くんのユニフォームなのだが……。
 レオタード型なのは同じ。ボディが青。腕と足は紺。ブーツと手袋が白。胸に濃い
青でRの文字。濃い緑のハンチング帽子に黒のマスク。
 私のユニフォームとお揃いなのだが、何故かジーンズ地の半ズボンが組合わされて
いる。
「何で、半ズボンが付いてるの。ヤダよ、こんなの」
 初めてユニフォームを見た陸くんの反応がこれだった。
 まぁ、分かる気はするけど……。

「だって、男子のレオタード姿って、生理的に嫌いなんだもん」
「どこが!?」
「……それは、その……、股間の……。って、そんなこと、女子に言わせないの!」
「じゃぁ、レオタードじゃないのにしてよ」
「美幸のレオタードに合わせてるんだから、これで良いの!」
「別に合わせなくても、いいじゃん」
「美幸の可愛さを引き出すためには、シンメトリになってるのが断然良い」
「なんで、可愛さ優先なのさ。もっと機能的な……」

 その後、暫くの間、シーちゃんと陸くんが小競り合いを続けていたのだが、結局、
シーちゃんお手製のユニフォームが採用される事になった。
 まぁ、シーちゃんを言い負かそうなんて、陸くんには無理だったろう。
緊急呼び出し)
 さて、ここからが私達にとっての一番の問題。
 どうやって、緊急時に私達を呼び出して貰うのか。
 正体が秘密なので、連絡先は公開できない。
 警察無線や消防無線を傍受しようという話も出たけれど、警察無線は暗号化されて
いるので傍受出来ないし、違法だ。そもそも、そんな連絡がされている事案ならば、
既に私達の出番はないというものだ。

 どうしようか?
 四人して散々考えていた処、アッキーから
「SNSで呼び出して貰ったら」
 とのアイデアが出た。
 どうやるかというと。
「最初は、TVニュースかなんかを見て出動するしかないけど、その時に助けた人に
ビラを渡して、僕達の事を公表して貰うんだ」
「ふんふん」
「そのビラに、『救助要請はSNSで#ソラシドレスキュー』と書いておく」
「なるほど、助けが必要な人は、SNSにそのハッシュタグ付きで状況を投稿すれば
良いのね」
「僕達はそれを見て行動を起こせば良い」

 なるほど、専用の通信手段を持たない私達には適した方法だ。
 興味本位や嘘の救助要請が発生する可能性もあるけど、そこは仕方がない。
 それと、私達は学生なので、全ての救助要請には応えられない。その事も、ビラに
書くことにした。
 私達の救助を当てにして、警察や消防への通報が遅れたら困るからだ。

 さて、これで準備は整った。
 そして、いよいよ、ソラシドレスキューが活動を始めることになる。
 準備万端整った。
 あとは、レスキュー活動の機会を待つだけ。
 とは言っても、救助される側にとっては災難だ。他人の不幸を待っているようで、
気が引ける。
 学生の身なので、ソラシドレスキューとして活動できるのは、放課後か休日だけ。
 それもあって、なかなかレスキュー活動の機会が得られぬまま、夏休みになった。

 夏休みなら、レスキュー活動できる時間が増える。
 期待に胸を膨らませて、毎日AI部に出勤する。
「AI部って、何をやってるの? そんなに忙しいとこなの?」
 連日登校する私を訝って、お母さんがこんな事を尋ねて来た。
「毎年テーマは変わるけど、今年は自分達でスマートスピーカーを作る計画なの」
 と答えると
「あぁ、そのAI……」
 と母は応じたが、果たして分かっているのか?
「シーちゃんやアッキーも一緒だから、心配しないで」
と言うと、安心してくれたようだ。
 ゴメンなさい、お母さん。今言ったのは、方便なんです。
 でも、私は疚しい事はしていません。人の役に立つことをしようとしてるんです。
 どうか、見守っていてください。
 そうこうする内に、私達がレスキュー活動をする時がやってきた。
 夏休みが始まって最初の日曜目。
 その日は、変わった天候の日だった。
 平野部では晴れているのに、山間部で未明にゲリラ豪雨が降った。
 夏休み最初の日曜日、しかも天気が良いとあって、親子ずれがこぞってレジャーへ
繰り出した。そこを、ゲリラ豪雨で増水した川の水が襲ったのだ。
 彼方此方で、増水した川の中洲に取り残される人々が続出した。
 
 TVのニュースが何か所かの現地映像を放映する。
 その中の一か所で、救助が進んでいない場所がある事が分かった。
 中州に取り残されているのは、課外学習にやって来たグループ。
 ボランティアの大人三人と子供七人。
 流れが速く、ボートの接近が出来ない。ロープを使っての救出も深みのため困難。
 近くに送電線があるため、ヘリでの救助も難しい。
 という状況だった。
 川の水かさは増え、取り残された中州の面積も見る間に減っていく。

「行こう。助けに」
 四人の意見は一致した。
「ハーイ。ハーイ。美幸が着替えるから、男どもは出て行くように!」
 シーちゃんに追い立てられて、陸くん達が部屋を出る。
「はい、これ」とシーちゃんからユニフォームを手渡される。
 このユニフォーム、格好は良いんだけども、着替えるのに、服を全部脱がなくちゃ
いけないのが、困りもんだ。
「あの……。シーちゃんも、向こうを向いててくれる」
「そうか、ゴメン」といってシーちゃんが、向こうを向く。
 シーちゃんの背中側で、そそくさと着替える。
「終わったよ」と言うと、シーちゃんが振り向いて
「うんうん。カッコイイ。美幸は何着ても似合うなぁ」と感心する。

「次は陸くんが着替えないと」
 というわけで、陸くんと入れ代わり、ドアの外で着替えが終わるのを待つ。
「これ、部室の中に、着替えられる場所があった方が良いよね」
「そうだね。アッキーに頼んで作って貰うよ」
 そんな会話をしている内に陸くんの着替えが終る。
 旧部室棟の裏口から外に出る。ここは塀と建物に囲まれて、人目が届かない。飛び
立つには、うってつけの場所だ。
「準備オーケー?」とシーちゃん。
「目的地は覚えたか」とアッキー。
「うん。頭に入ってる」と陸くん。
「じゃあ、出発する」と私。だんだん緊張してきた。胃の辺りがキリキリする。

「いよいよだね」
「うん」
「緊張してる?」
「うん」
「無理しないでね」
「うん」
「恐くなったら、帰って来て良いんだよ」
「うん」
「なんか、して欲しい事は?」
「あの、緊張で震えが止まらないから、一回ハグしてくれない」
「分かった」
 シーちゃんが、力強く私をハグする。
「美幸なら出来る。美幸なら出来る」シーちゃんが耳元で暗示の言葉を繰り返す。
 それで漸く私の震えも収まった。
「さあ、行こう」陸くんの言葉に促され、配置に着く。
 陸くんの後ろに立って、陸くんの腰に手を添える。
「最初にステルスモードオン」陸くんが号令をかける。
 二人を包む空気のボールをイメージする。
 そのボールの皮を内側と外側から押し潰すようなイメージを作る。
 私達の周囲に陽炎が立った。ステルスモード完了だ。
「じゃあ、出発する」陸くんの声を合図に、空を見上げる。
「行くよ。3、2、1。ゴーッ」

 空へ。心に強く念じる。
 体の中に熱の渦が湧きおこる。体が軽くなる。
 足が地面から離れる。
 次の瞬間、私は空に飛びたつ。
 全身がGを感じる。 
 学校の一階、二階、屋上を超え、校舎の向こうに町の俯瞰が見えて来る。
 上昇するスピードがグングン上がる。
 地上があっという間に遠ざかる。見下ろせば、シーちゃん達が芥子粒のようだ。
 街並みが遥か下方に去り、地平線が一直線に見えてくる。
 その地平線に意識を移すと、飛ぶ方向が徐々に変わり、水平飛行になる。
 地平の向こうに意識を集中する。ギュイーンとスピードが上がる。
「10時の方向」
 出発前に目的地をWebの地図で確認した。
 そういうのは得意だ、という陸くんにナビを委ねる。
 ゆっくりと左に向きを変える。
 眼下に広がる町並み、山や川が箱庭のように見える。
 その景色が、次々に後方に飛び去って行く。

「怖くない?」と陸くんが聞いてきた。
「大丈夫。平気」と答える。
 バリアのために、風圧にさらされる事もない。寒くもない。
 陸くんとも会話が出来る。
 道路や鉄道、川を目印に飛ぶ。

 晴れやかで清々しい気持ちだ。嬉しいと言っても良いくらい。
 人命救助という使命を以って飛んでいるのだが、ウキウキと湧きたつような気分。
 飛ぶって、こんなに楽しいんだ。まるで、空を飛んでるよう……って、何か変か?
 景色の様子が変わって来た。建物が減り、水田や緑が増えてきた。
「もうすぐだよ」と教えられ、速度を落とし、高度を下げる。
 川に沿って飛ぶ。水嵩が多いのが、上空からでも見て取れる。
「あれだ」と陸くんが指さす。
 川幅が広くなっているところがある。
 川に平行に並ぶ道路に救急車両が沢山集まり、人だかりが出来ている。
 上空をマスコミのヘリが旋回している。そのヘリを避けながら降下を続ける。

 激しい流れの中、八畳ほどの中州に10人の大人子供が身を寄せ合っている。
 両岸で20人程のオレンジ服のレスキュー隊員が作業をしている。
 川の流れに斜めにワイヤーを張り、中州に渡ろうとしているが、流れが急なため、
動きが取れずにいるようだ。

「中州に降りよう」陸くんの言に従い、中州に着陸する。
 取り残された人たちが、驚きの顔で私達を見つめる。
 突然、空から人が現れたのだから、驚くのも無理はない。
 三人の大人に、子供たちが纏わりつく様にしがみ付く。
「き、君たちは。……何なんだ」年かさに男性が尋ねてきた。
 私は、相手を怖がらせぬよう、静かに落ち着いた声で話かける。
「私たちはソラシドレスキューです。皆さんを助けに来ました」
「助ける?」
「そうです。今から一人ずつ人を運びます。お子さんから先に運びますので、順番を
決めて下さい」