ブブブブブ。ブブブブブ。ブブブブブ。
 頭上でアラーム音が響く。

 ブブブブブ。ブブブブブ。ブブブブブ。
 うーん。まだ、寝ていたいんだよ。
 もう直ぐ、もう直ぐ起きるから、ちょっと……待ってて……。
「美幸さん。朝だよ。起きて」
 んんん? 男の人の声だ? お父さん?
「美幸さん。起きて。起床の時間」と体を揺り動かされる。
 うーん。伸びをしながら目を覚ます。

 えっ!?
 私の目に陸くんの姿が飛び込んできた。
 な、なんで私の寝室に?
 慌てて枕を胸に抱きしめ、ガードを固める。
「どうしたの? 寝ぼけてる。いま、僕達は宇宙センターに居るんだよ」

 宇宙センター?
 そうだ。思い出した。
 私達は、セルベルクの軌道を変えるミッションのために、ここに居るんだっけ。
 早く起き上がって、準備をしなければ……。
 でも、まだ眠い。
 時計を見ると、午前5時。5時間しか寝ていない。これでは眠いのも無理はない。
 んん? 待てよ……。確か、眠る前に陸くんと何か大事な話をしていたような。
 何だっけか……、たしか……。
「ソラシドレスキューのお二方、お目覚めですか」
 壁に備え付けられたインタフォンから女性の声が流れ、私の思考は中断される。
「二人とも起きています」
 陸くんがインタフォンに向かって応える。
「了解しました。それでは、10分後にお迎えに上がりますので、それまでに部屋を
出られるようにして下さい」

 後10分しかない。
 私達は大急ぎで洗面を済ませ、ソラシドレスキューのユニフォームに着替える。
 着替えの後、私が鏡の前で髪を梳っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
―早いよ。まだ、準備中!―
 大慌てで髪を整え、顔を隠すマスクを装着。
 準備OKの目配せをすると、陸くんがドアを開ける。
 原口局員を先頭に、数人のスタッフが入室してくる。

「おはようございます。良く眠れましたか」
「いえ。あまり」
「そうですか。無理もありません。さて、早速ですが、最後のメディカルチェックを
受けて頂きますので、ついて来て下さい」
 朝の挨拶もそこそこに、原口局員が同道を促すのを
「すみません。その前に、お願いしたい事があるのですが」と陸くんが遮る。
「何ですか」
「僕達のこの服を、トリフネの船内に持ち込みたいんですが」
 と、自らのユニフォームを指し示す。
「宇宙船内では、専用の船内服を着用してもらう事になっています……」
「知っています。ですから、着るのではなく、持ち込みたいんです」
「何故ですか?」
「僕達の痕跡を、残したくないからです」
 原口局員は暫く思案したのち、
「分かりました。船内への私物の持ち込みは、ある程度認められています。私の方で
処置します」
 と応諾してくれた。
 それからは、昨日の訓練以上に慌ただしかった。
 最後のメディカルチェックを受けたのち、打ち上げに備えた医学的措置を受ける。
 シャワーを浴び、体を浄める。船内用のインナーを装着。
 その上に船内服を着る。
 船内服は昨日来た訓練服とほぼ同じで、上下のツナギになっている。
 更にその上に与圧服を着る。これは、船内の気密度が漏れた場合に備えるもので、
密閉された作りになっている。そのため、背中の穴から中に入り込む。
 与圧服は結構重くて、体を動かすのにも一苦労。まるでロボットになった感じだ。
 これでは歩くだけで体力を消耗する、と思っていたら、ここから先は全てカートに
乗って移動するのだと説明された。

 その後、谷田部首相と面会した。
「君達の協力に感謝する。成功を祈る」
 と手を握られて、送り出された。

 私達はカートにのったまま建物を出て、ロケット発射台へ向かう。
 二本の塔に挟まれたトリフネロケットが眼前に迫る。
 高さ60メートル。その巨大さに圧倒される。
 発射台の直ぐ近くでカートを降り、最後の小用を済ませてエレベーターに乗る。
 エレベーターが上昇。少しばかりのGを感じる。
 打ち上げの時には、この何倍ものGを受ける事になる筈だ。
 いよいよかと思うと、緊張で足が震える。
 最上部でエレベータが止まりドアが開く。
 そこからトリフネ本体までは空中回廊になっている。
 回廊の数メートル先にはトリフネの司令船カプセルが見え、その周りにスタッフが
数人待機していた。
 私達がカプセルの前まで進むと、カプセルの搭乗ハッチが開けられた。
 カプセルの中は暗く、幾つかのランプが明滅を繰り返している。
 スタッフに助けられながらカプセルに乗り込む。トリフネの司令船は五人乗りで、
私達二人にとっては充分な広さだ。けれども、ハッチは一人分の間口しかないので、
与圧服を着たまま乗り込むのは大変だった。
 まず最初に陸くんが乗り込み、座席に座る。それから与圧服にケーブルやパイプを
接続していく。
 それが終わると次は私の番だ。同じようにハッチからカプセル内部に入り込んで、
陸くんの右隣りの席に収まり、セッティング作業が続く。

 20分ほどかかって、私たちの搭乗は完了した。
 最後にハッチから原口局員が顔を覗かせる。
「カプセルの準備は出来ました。これでハッチを閉じます。この後は、管制の指示に
従って下さい」
「わかりました。今までありがとうございました」と陸くんが礼を述べる。
「ありがとうございました」と私も続ける。

 原口局員は感に堪えない表情に変わり、
「陸くん、美幸くん……」
 と言って、後の言葉が続かなくなった。
「君達の……無事を祈っている」
 原口局員が手を差し出す。私達は、代わる代わるその手を握りしめる。
 固い握手の交換の後、原口局員の手でハッチが閉められた。
 ハッチの向こうで気密確保のロックが閉じられる音がする。

 それに引き続いて、船外で何かを打ち付ける音が響く。
 カプセルを覆うフェアリングを閉じているのだ。
 やがて、その作業の音が止んだ頃、船内に通信音が響いた。
 続いて
「こちら、発射管制です。トリフネ船内、聞こえますか?」
 と音声連絡が入り、眼前のモニターに管制官の顔が映し出される。
「聞こえています」と陸くんが応答する。
「お二人の搭乗とカプセルの準備が完了した旨、連絡を受けました。そちらの状況は
どうですか?」
「問題ありません」
「分かりました。これ以後は、全てコンピューターの自動制御になります。お二人に
して頂く作業はありません。その場で待機願います」
「了解」
「それから、事前にお約束した通り、船内からの映像音声信号を遮断します。もし、
不測の事態が発生した場合は無線通話で連絡してください」
「了解」
「次のこちらからの連絡は1時間40分後、発射の20分前です」
「了解です」
「では、そちらからの信号を切ります」
 その通話と同時に、船内に設置されたカメラの赤ランプが消える。
 眼前のモニター内の管制官が、私達に向けていた視線を外し、他の作業を始める。
「通信は切れたみたいだね」
「うん」
「ちょっと待って。確かめてみよう……」
 陸くんがカメラに向かって話しかける。
「こちらトリフネ船内。聞こえますか?」
 応答は無い。モニターに映る管制室の様子も変化はない。
「今度は、美幸さんが言ってみて」
「こちらトリフネ船内です。管制室! 聞こえてますか?」
 やはり反応は無い。
「やっぱり通信は切れたみたい」

 うーん。陸くんが唸る。
 そして次の瞬間。陸くんが、カメラに向かって飛んでもない事を話し始めた。
「こちらトリフネ。聞こえてますか。僕たち、気が変わりました。セルベルク行きは
中止します」
「ちょっと! 陸くん! なに言いだすの?」
「僕たちは、セルベルクには行きません。これから実力行使でカプセルを壊します。
近くに居る人は離れてください」
「ちょっと待ってよ。陸くんの言ってた秘策って、これだったの?」
「違う、違う。本当に、回線が切れてるのか確かめてるんだ」
 船外からの反応は無い。管制室の様子にも変化はない。
「本当に、回線は切れてるみたいだ」
 陸くんも漸く納得したようだ。
「じゃぁ始めよう。美幸さん、与圧服の手袋を外して」
 いよいよ、陸くんの秘策が始まるのだ。
 そう、直感した私は陸くんの言うとおりに、両腕の手袋を外す。
 陸くんも手袋を外し、ヘルメットのバイザーを開く。
 陸くんは、バイザーの隙間から与圧服の中に手を突っ込み、首の辺りをまさぐって
何かを取り出した。
 鈍く黒光りする細長い石。陸くんの『お守り』だ。

「美幸さん。この石を右手で握っていて」
 手渡された『お守り』を右手に持ち替えて握り締める。
「次は僕の右手を握って」
 言われた通りに、左手で陸くんの右手を握り締める。
「目を瞑って。眩しくなるから、目は開かないように」
 言われるままに目を瞑ると、すぐさま瞼の向こうが明るくなって来た。
 何だ!? 何が起こるんだ。
 そう思う間もなく、眩しさが増していく。
 そして、私は強烈な光の中に包まれていく。
 私は光に抱かれている。
 体の重さを感じない。無重力空間にいるようだ。
 先ほどまで感じていた、座席の密着感もない
 宇宙船内の電子音も聞こえない。
「ここは?」
 と声を出しても、音にならない。
 私は光に満たされた静寂の世界を、何の感覚もないままで漂っている。
 いや、一つだけ感覚があった。
 それは、私の手を握る陸くんの手の感触だ。
 その温もりと湿りけが、私の心に安らぎをもたらす。
 このまま光のゆりかごの中を漂っていたい。
 そんな気分だ。

 と思った刹那、私は重力のある世界に引き戻された。
 視界から光が消え、体に重みが復活する。
 トンッ。
 次の瞬間、階段から飛び降りたような衝撃を足の裏に感じた。
 それと同時に、自分が地面の上に立っている事に気がつく。
 恐る恐る目を開けると、見覚えのある光景が飛び込んできた。
「ここは……?」
「AI部の部室だよ」
 私の問い掛けに、陸くんが落ち着いた声で答える。
 たしかに、そこは見覚えのあるAI部の部室だった。
 その中に、青い船内服を着た陸くんと私が立っている。
「どうして、私達が此処に? 私達、トリフネの中にいたんじゃ……」
「瞬間移動《テレポート》で、飛んだんだ」
「瞬間移動? って、私、そんな力が使えたっけ?」
「いや、そうじゃない。そうじゃぁ、ないんだ」

 陸くんが私の正面に回り込み、悲しげな顔で私を見つめる。
「美幸さん。今まで、君を騙していてすまなかった。エスパーは僕なんだ」
 えっ?! 何言ってるの、陸くん。エスパーは僕だって、どういう意味?
「超能力を使っていたのは、僕なんだよ。君の持っている『お守り』をかして」
 言われるままに、握りしめていた『お守り』を手渡すと、陸くんは、それを自分の
首にかける。
「見てて」
 陸くんが部室の一角を指差すと、部室のガラクタの中から水鉄砲が現れて、空中を
フワフワ飛んで私の目の前にやって来た。
 この水鉄砲は、最初の超能力実験に使った物だ。中には、水が少し残っている。
 空中で水鉄砲の引き金が動き、水が私に目掛けて吐き出される。
 キャッと身を避けると、水は空中で停止し、そのまま寄り集まって、私そっくりの
顔になった。
「分かったろう。エスパーは僕なんだよ」
 その言葉と共に、水は水鉄砲の中に還り、水鉄砲も元の場所に戻っていく。
「すまない。僕は、自分がエスパーだと知られたくなくて、君をエスパーに仕立てて
いたんだ」
 私をエスパーに仕立てていた? それってどういう意味?