男はうつろな目でわたしを見るが、まだなにかつぶやいている。少し高い声……

ああ、これは歌を歌っているんだ。どこかで聞いたことのあるメロディだけど思い出す余裕もない。

ピタリと男が口を閉ざし、そしてまた開いた。もう、歌は聞こえない。
笑みをうかべたままで、

「そう。僕が殺したんだよ」

と、当たり前のように言った男が一歩足を前に踏み出した。

「だってこれから香織に会うのに邪魔だろ? 僕たちの本当の出会いは神聖なものにしないといけなかったから、仕方ないんだよ」

「仕方ない……そんな……」

「僕だって大変だったんだよ。ボランティアにまぎれこんで建物に入って、今までリネン庫に隠れていたんだ。ああ、もうすっかり夜なんだね」

また足を進める男に、わたしは同じ歩幅であとずさりをした。

「あなたがあの赤い手紙をわたしに送っていたの?」

「なにを今さら言ってるんだい。僕たち、ずっとつき合ってきたじゃないか」

「そんな、違う……」

冬と言うのに暖房のせいか、汗が頬に流れ落ちた。

うしろを見ると、カップルは廊下の隅で小さく震えていた。