幸太郎はお店の人と親しくなり、ちょっとした木工細工の作り方を教えてもらうようになったのだ。

道具や機械は高価で買う事ができなかったけれど、地元の作家を応援する施設があり、無料で機材の貸し出しや、制作場所の提供をしているところがあったのだ。

それまで幸太郎はそんな世界があるなんて知らなかった。

いざ飛び込んでみるとこれがまた面白かった。

木の種類によって何を作るか適している物が変わったり、使いたい木目を吟味している時間も楽しかった。

自分の手をぼんやりと見つめていると、地面に蟻の行列ができていることに気が付いた。

働き蟻たちは一瞬も休まず働いている。

「こんな小さな蟻だって働いてるのになぁ」

蟻たちがどこへ向かっているのが視線で追いかけて行くと、ベンチの後方に植えられている木に群がっているのがわかった。
蜜でも出ているのだろう。

また木か……。

幸太郎は瞬きを繰り返した。

自分が意識しているせいかもしれないけれど、今日はやけに木に縁がある日だ。

幸太郎は腰を上げ、蟻たちが群がっている木にそっと触れた。
暖かくていい香りのする木だった。

この木なら何を作るのがいいだろう。

自然とそんな風に考え始めていた。

ポケットから半分顔をのぞかせたレシートが風でカサカサと揺れていた。
幸太郎が家に帰って晩ご飯の準備を終えたタイミングで、妻が戻って来た。

「ただいま。今日は卵の特売だったから、買いすぎちゃった」

「あぁ。丁度切れていたから助かったよ」

「でしょう? あら、これなに?」

スーパーの袋から卵を2パック取り出しながら、妻がテーブルの上に置かれてるペンケースに気が付いた。

「結婚前に作ったものなんだ」
「これを、あなたが作ったの?」

木工をやっていたことは話していたが、実物を見せたのは初めてだったかもしれない。

今日家に帰ってから押入れの中を探して見つけ出したのだ。

「すごいじゃない!」

木製の筆箱を開けたり閉じたりして妻が言う。

「そうか? でも、それは簡単に作れるんだ?」

「簡単に? あなたが1人で作れるの?」

「もちろんだよ」
頷くと、妻は更に目を大きく見開き、そして輝かせ始めた。

「なによ、こんな才能があるなんて知らなかったじゃない」

「才能なんて……。こんなの、誰でも作れるよ」

「そうなの? だけどあたしには魔法みたいに見えるわよ?」

「それは言過ぎだな」

幸太郎は笑い声を上げた。

こんな風に妻と2人で笑うのは本当に久しぶりのような気がした。
「なぁ……今日も面接もダメだった」

ふと、静かになって幸太郎は言った。

「でも、まだ決まってないんでしょ?」

「そうだけど、もう感覚でなんとなくわかるんだよ」

そう言うと、妻は木製の筆箱を見つめたまま黙り込んでしまった。
自分が妻の立場だったら、きっと同じように無言になってしまっただろう。

「飯にするか」

幸太郎がそう言って炊飯器へ向かった時だった。

「ねぇ、もう1度作ってみないの?」

「え?」

幸太郎は振り向いて妻を見た。