「あれ? そういえば菫(すみれ)ちゃん、戻ってきませんね。このブドウのジュースでも出してあげようかと思ってたんですけど」
「あら、そうね」
青司くんに言われて、紫織さんも菫ちゃんの姿を探す。
サンルームの方を覗くと、なんと奥の扉が開いていた。
「えっ、嘘。まさか外に出ていっちゃったの?」
慌てて走り出す紫織さん。
サンルームは外に通じるドアが付いていて、紫織さんはそこから庭に出た。
わたしも青司くんもその後をついていく。
庭ではくだんの菫ちゃんが、森屋園芸さんと一緒にいた。
にこにこと機嫌が良さそうに花を見つめている。
紫織さんは仕事中の森屋さんに近づくと、深々と頭を下げた。
「あ、すみません、うちの子が。お仕事の邪魔を……」
「いや……」
「ほら、菫、戻るわよ。青司くんがブドウジュースくれるって」
森屋さんは平気だと言うかのように首を振った。
けれど紫織さんは菫ちゃんの手を引っ張って、強引に部屋に戻ろうとしている。
「……ん、んんん~~~!」
菫ちゃんは全力で抵抗しはじめた。
まだここにいたいのだろう。
「もう、言うこときいて! おじさんの邪魔をしたら悪いでしょう」
「いや~~~~!!! まだお花、見るぅ!!!」
顔を赤くして紫織さんの手を振りほどこうとしている。
そんな菫ちゃんの様子に、あの森屋さんが意外な行動をとった。
「待て」
「え?」
「いたいなら、まだいさせてやれ」
引っ張るのをやめて、紫織さんが森屋さんを見る。
「で、でも……ご迷惑に……」
「俺は大丈夫だ。だから、その子の気が済むまでいさせてやってくれ」
「そ、そうですか……? じゃあ……」
ちらりと、紫織さんがこちらを見る。
わたしと青司くんはそろって大丈夫と頷いてみせた。
「森屋さんがそう言ってくれるなんて、すごく珍しいことですよ。でも……そういうことですから遠慮なくお言葉に甘えときましょう」
「そうですよ紫織さん。森屋さんなら、きっと大丈夫です。たぶん」
そう。
だって森屋さんは、ずーっと桃花先生ひとすじだったんだから。
ひとりの人を大切に思い続けられる人だから。
だから、大丈夫。
子ども好き……かどうかまでは知らないけれど、でもなんとなくこの二人は相性が良さそうだと感じた。
菫ちゃんはさっきから花にしか興味がないようだし、森屋さんは森屋さんで何かをしながらもいつも視界の隅に菫ちゃんの姿を入れている。
「じゃあ……よろしくお願いします。菫、飽きたらすぐ戻ってくるのよ」
「……」
菫ちゃんはもうお花に意識が向いてしまっているのか、お母さんの言葉が耳に入らないようだった。
呆れた様子で紫織さんがため息を吐く。
頼まれた森屋さんは軽く頷き、また作業に戻っていった。
その背中に、青司くんが声をかける。
「あ、森屋さん」
森屋さんははたと動きを止めた。
どうやら今日は仕事中でも補聴器を着けていたようだ。
「今日も、良かったらこっちに休憩にいらしてください。またケーキを作ったので。できあがりにはあと三十分はかかるんですけど、その後だったらいつでも大丈夫です」
「……わかった」
青司くんは、ぶっきらぼうでもそう答えてくれた森屋さんににっこりとほほ笑んだ。
わたしたち三人はまた店の中に戻り、カウンター席につく。
そして今度は、紫織さんの身の上話を聞くことになったのだった。
「あら、そうね」
青司くんに言われて、紫織さんも菫ちゃんの姿を探す。
サンルームの方を覗くと、なんと奥の扉が開いていた。
「えっ、嘘。まさか外に出ていっちゃったの?」
慌てて走り出す紫織さん。
サンルームは外に通じるドアが付いていて、紫織さんはそこから庭に出た。
わたしも青司くんもその後をついていく。
庭ではくだんの菫ちゃんが、森屋園芸さんと一緒にいた。
にこにこと機嫌が良さそうに花を見つめている。
紫織さんは仕事中の森屋さんに近づくと、深々と頭を下げた。
「あ、すみません、うちの子が。お仕事の邪魔を……」
「いや……」
「ほら、菫、戻るわよ。青司くんがブドウジュースくれるって」
森屋さんは平気だと言うかのように首を振った。
けれど紫織さんは菫ちゃんの手を引っ張って、強引に部屋に戻ろうとしている。
「……ん、んんん~~~!」
菫ちゃんは全力で抵抗しはじめた。
まだここにいたいのだろう。
「もう、言うこときいて! おじさんの邪魔をしたら悪いでしょう」
「いや~~~~!!! まだお花、見るぅ!!!」
顔を赤くして紫織さんの手を振りほどこうとしている。
そんな菫ちゃんの様子に、あの森屋さんが意外な行動をとった。
「待て」
「え?」
「いたいなら、まだいさせてやれ」
引っ張るのをやめて、紫織さんが森屋さんを見る。
「で、でも……ご迷惑に……」
「俺は大丈夫だ。だから、その子の気が済むまでいさせてやってくれ」
「そ、そうですか……? じゃあ……」
ちらりと、紫織さんがこちらを見る。
わたしと青司くんはそろって大丈夫と頷いてみせた。
「森屋さんがそう言ってくれるなんて、すごく珍しいことですよ。でも……そういうことですから遠慮なくお言葉に甘えときましょう」
「そうですよ紫織さん。森屋さんなら、きっと大丈夫です。たぶん」
そう。
だって森屋さんは、ずーっと桃花先生ひとすじだったんだから。
ひとりの人を大切に思い続けられる人だから。
だから、大丈夫。
子ども好き……かどうかまでは知らないけれど、でもなんとなくこの二人は相性が良さそうだと感じた。
菫ちゃんはさっきから花にしか興味がないようだし、森屋さんは森屋さんで何かをしながらもいつも視界の隅に菫ちゃんの姿を入れている。
「じゃあ……よろしくお願いします。菫、飽きたらすぐ戻ってくるのよ」
「……」
菫ちゃんはもうお花に意識が向いてしまっているのか、お母さんの言葉が耳に入らないようだった。
呆れた様子で紫織さんがため息を吐く。
頼まれた森屋さんは軽く頷き、また作業に戻っていった。
その背中に、青司くんが声をかける。
「あ、森屋さん」
森屋さんははたと動きを止めた。
どうやら今日は仕事中でも補聴器を着けていたようだ。
「今日も、良かったらこっちに休憩にいらしてください。またケーキを作ったので。できあがりにはあと三十分はかかるんですけど、その後だったらいつでも大丈夫です」
「……わかった」
青司くんは、ぶっきらぼうでもそう答えてくれた森屋さんににっこりとほほ笑んだ。
わたしたち三人はまた店の中に戻り、カウンター席につく。
そして今度は、紫織さんの身の上話を聞くことになったのだった。