ちょっとだけ切ない短編集


「キミが好きだ。付き合って欲しいとは言わない。僕が、キミを好きな事を知って欲しかった」

 僕は、なけなしの勇気を振り絞って、キミに告白をした。

「え?」

 困惑しているキミに申し訳なさがこみ上げて来る。

「困るよね?」

「ううん。嬉しい」

「ありがとう」

 僕は、キミから”嬉しい”と言われただけで満足だ。

「待って!」

「え?」

「返事・・・。ちょっとだけ待って・・・。欲しい。君の誕生日に・・・。返事をする。から、電話を掛けてきて・・・。欲しい」

「わかった」

 僕の初めてで、最後の告白は、終わった。

 キミは、ご家族の都合で、僕の誕生日前に引っ越してしまったね。
 僕は、キミからの返事を待っている。

 あれから、何回寝たのか覚えていない。
 僕は、また一つ年齢を重ねたよ。

 鳴らないはずの電話が・・・。誰?

「もしもし」

『・・・』

「もしもし?」

『解る?』

 心臓が”ドクン”と跳ね上がるのが解る。

「もちろん」

 言葉が出てこない。
 もう聞けるわけがないと思っていた声だ。

『まだ、私のこと・・・。好き?』

「え?」

『誰!何!きゃぁぁぁぁ』

 電話が切れた。
 折り返しても、通じない。

 すぐに警察に連絡をする。
 キミの住所は解らない。電話番号は解る。警察に説明する。

 僕は、キミに返事をしていない。

”まだ、好きだと!”

 警察からの折り返しを待っている。
 1分が1時間にも感じる。キミに告白して、返事を聞く為に、キミが居なくなってしまった家まで行った。近くの公衆電話から、キミの家に電話をかけた。むなしいアナウンスを聞いていた時とは違う。

 キミの声が聞けた。
 キミが話しかけてくれた。
 キミが僕の電話番号を覚えていてくれた。
 キミが・・・。キミが・・・。





 僕は、キミが居ればよかった。僕の側に居なくても、キミが幸せなら・・・。

 僕は、キミを・・・。
 違う。僕の告白の結末を台無しにした奴を許さない。

 何年。何十年。
 キミからの電話を、警察からの電話を待った時間に比べれば、短い。




 覚えている?
 君がやったことを?

 君が出て来るのを待っていたよ。

 そうだね。君は僕を知らないよね。
 でも、僕は君をよく知っているよ。大丈夫。君がやったことを君自身に体験してもらうだけだよ。


 やっと、僕はキミに返事ができる。
 そうしたら、キミは僕の告白への返事を聞かせてくれるのかな?
 あの時には返事が出来なかったからね。

 そうだ。
 まずは、邪魔をした者に報いを受けてもらおう。

 この日のために、準備をしてきたよ。

”僕は、キミが今でも好きだ”

 ねぇ君は、なんで僕から彼女を奪ったの?
 ねぇ僕はこの何十年。充実していたよ。君を待っていたからね。
 ねぇ何で黙っているの?君が彼女を僕から奪ったのだよ?

 君を探すのは簡単だったよ。

 彼女は、あの時に僕に聞いたよ。

”まだ、私のこと・・・。好き?”

 僕はね。彼女の問いに答えられなかった。君が邪魔したからだよ。彼女の悲鳴が、僕の返事をかき消した。

 ねぇなんとか言ってよ。黙っていたらわからないよ?
 腕の一本くらい気にならないでしょ?だって、僕は君を待っていたのだよ?

 彼女を助けられなかった。
 お義母さんを助けられなかった。
 お義姉さんを助けられなかった。
 お義父さんを助けられなかった。

 君を殺したかったよ。でも、出来なかった。君は、僕が見つける前に、国に保護されちゃったよね?
 裁判にも行ったよ。君は、形だけの謝罪で許された気になっていたよね。退廷するときに、へらへら笑っていたのをしっかりと覚えているよ。

 え?何?
 違わないよ。君が行ったことを君に感じてもらうために用意した場所だよ。

 大丈夫だよ。
 どんなに泣いて叫ぼうが、周りには聞こえないからね。僕と彼女が住んでいた町には沢山の山があってね。その山を買い取って、奥地と呼ばれる場所だからね。誰も来ないし、叫んでも、誰にも聞こえないよ。あぁもしかしたら、野犬とかが居るかもしれないけど、君が喰い殺されたら困るから、しっかりと野犬避けはしてあるから安心してくれていいよ。

 始めようか?

 え?
 これが気になる?

 これは、君に楽しんで貰おうと準備した物だよ。
 大丈夫。ナイフや包丁は、刃を潰してあるよ。ほら、あまり切れないだろう?

 煩いな。頬に傷が付いた位で叫ばないでよ。

 安心していいよ。
 君は、死にたいと言っても死ねない状態にしてあげるからね。

 そうそう、そのために、僕は勉強を頑張ったよ。
 君に邪魔された告白の返事を聞く為に、君が邪魔だからね。でも、簡単に死なれても困るからね。彼女とお義母さんとお義姉さんとお義父さんにしたことを君が味わってもらわないとね。

 知っていた?
 裁判では語られなかったけど、彼女は君が火を付けた時には、まだ生きていたのだよ。君が、そこで彼女だけでも外に連れ出してくれたら、彼女は・・・。

 いいよ。そんなに感激して泣かなくても。
 君にはしっかりと楽しんでもらえるように考えているから、安心してね。

 まずは・・・。
 彼女が約束した、僕の誕生日まで、君には楽しんでもらう。

 大丈夫。たったの30日だよ。
 僕が、君を待っていた期間に比べたら、あっという間だと。

 僕も頑張ったのだよ。
 いろいろ勉強したからね。

 あっ逃げてもいいけど、近い民家まで、徒歩だと6時間くらいかかるからね。
 手枷と足枷は特注品だよ。苦労したよ。首輪もしっかりしておいてあげるからね。

 それじゃ10日後にまた来るね。
 水や食料は、そこにある物だけだよ。大丈夫。しっかりと計算されているよ。





 やぁ久しぶり。
 ん?まだ元気だね。

 君の腕くらいなら簡単に折れるよ。
 いい音だね。

 そんな叫ばないでよ。
 彼女やお義母さんが止めてと言って止めた?止めてないよね。

 なんで、君がしなかったことを、僕がしてあげる必要があるの?
 君を助けても彼女は戻ってこないよ?彼女を返してくれるの?お義母さんを返してくれるの?お義姉さんを返してくれるの?お義父さんを返してくれるの?

 ねぇ答えてよ。
 黙っていたら解らないよ。君は助かりたいのでしょ?
 彼女もお義母さんもお義姉さんもお義父さんも死にたくなかったよ?なぜ、考えなかったの?ねぇ、なんとか言ってよ。黙っていたら解らないよ。

 ほらここをよく見てよ。君の汚い鼻血で、彼女に見せようと思っていたズボンが汚れちゃったよ。どうしてくれるの?

 汚いな。なんで君は殴ったら血が出るの?君に血は必要ないでしょ?

 そうだ。君は彼女たちに火を付けたよね。
 僕は、君に水をプレゼントするよ。大丈夫。大丈夫。これから暖かくなるから、多少寒くても平気だよ。外の雪を溶かして作った水だから冷たいと思うけど、平気だよね。

 それじゃまだ10日後にくるね。
 簡単に死なせないよ。自殺ができない様にしようかな?





 久しぶり。

 何?死にたい?殺せ?

 ははは。面白いことをいうね。
 死のうと思ったら、舌を噛み切ればいい。他にも、頭を柱に打ち付ければ、傷がついて出血や化膿で死ねるよ。

 頭?大丈夫?
 君の頭には何が詰まっているの?あぁゴメン。ゴメン。頭の中まで精子が入っているのだったね。

 君の告白を聞きたいわけじゃないよ。
 戯言と同じレベルで、僕には必要ない。今更、後悔しても遅いよ。本当に、何も考えていなかったのだね。

 君の両親を見つけたよ。
 そうそう。君を必死に探していたよ。

 もう一つ、教えてあげるよ。
 君の妹。そうそう、君が凄く可愛がっていた妹さん。僕の誕生日が結婚式なんだって。偶然だね。

 そんな顔しないでよ。怖くて、手元が狂ってしまうよ。

 何をしているのか?
 君を探しているご家族に、君を見せてあげようと思ってね。

 大丈夫。大丈夫。
 ご家族には手は出さないよ。僕の邪魔をしたのは、君だからね。僕は、君の代わりに、君の妹さんを祝ってあげようと思っているだけだから安心して。

 そうそう。
 次は、6日後に来る。いろいろ準備が必要になってしまったよ。楽しみにしてくれていいよ。きっと、君も楽しめると思うよ。



 久しぶり。
 今日は大荷物でごめんね。何?助けて欲しい?

 ははは
 何度も言わせないでよ。許して欲しければ、彼女を返してよ。できないでしょ?
 だから、僕の為に君は生き続けないとならない。

 大丈夫。大丈夫。僕に任せてよ。君を死なせないよ。

 まずは、指を切り落とそう。

 え?何?
 許して欲しい?

 ゴメン。何を言っているのか解らない。君は、助けて欲しいと言った彼女に何をした?
 お義姉さんも犯して殺したのだよね?

 知っていた?お義姉さんは、殺された翌月に結婚が決まっていたのだよ?
 え?相手?
 知っているよ?君を呪いながら自殺したよ?僕の計画を聞いて、眠るように死んでいたよ。
 僕も彼も、お互い以外には、何も・・・。そう、君に奪われてしまって、何も無い。でも、君には心配して探してくれる家族が居る。そういえば、君と一緒に悪さをしていた友達も居たね。

 本当に、煩いな。
 足の指が無くても生きて行けるよ。

 次は、手の指だ。
 大丈夫だ。両手のバランスが取れるようにするからね。

 録画もしているから、泣き叫んでいいよ。
 裁判で語っていないことがいろいろあるよね?

 え?無い?

 そう?
 次は、小指を落すよりも、潰した方がいいね。
 万力で挟んで力を込めてあげるよ。

 喚いても解らないよ。
 君や、君の仲間や、父親がやったことを告白してよ。

 僕の告白の返事を邪魔したのだから、しっかりと君の告白を聞いてあげるよ。

 そうそう、君の罪を揉み消した話とかに興味があるよ。
 君の家族は、君を探していたのは、君を保護する為で、君の口から、君の父親や妹さんが何をやったのか知られるのを恐れているのでしょ?

 大丈夫。
 僕も、いろいろ調べたからね。まだまだ時間はたっぷりとある。

 僕の誕生日まで、あと3日。もっと解りやすく言えば、3,760分だよ。

 大変だったよ。
 君の妹さんの結婚式場を調べて、式場の人間を買収して、バックドアを仕掛けるのに苦労したよ。

 何をする?
 言ったよね。君の妹さんへのお祝いだと、何度も言わせないで、恥ずかしいよ。



 まだ時間があるよ?

 もう辞めてくれ?
 なんで?僕が辞める必要があるの??意味がわからない。

 君が辞めなかったことを僕が辞める必要性はないよね?

 さぁ仕上げをしよう。

 君の罪の告白も録画できた。僕には必要ないけど、妹さんへのお祝いだからね。ビデオレターは、結婚式の定番でしょ?

 君は、罪を抱えて、生かされ続ければいい。別に僕は、君に罰を与えるつもりはない。

 これは儀式だ。
 僕の告白だ。

 君のご家族が君を見つけて、助けに来てくれれば、もしかしたら腕や足は治るかもしれないね。よかったね。

 そうそう。
 僕は、先日から君が使っていた薬を常用しているから安心して、寝なくても平気なんて素敵だね。君とこうして話し続けられるのだから、君が気を失ったり寝てしまったら、優しく起こしてあげるよ。熱した棒もまだまだあるから安心していいよ。

 右耳を切り落とそう。左耳だけ切り落としたらバランスが悪いからね。鼻も潰しておこう。あと、股間はしっかり念入りに破壊しておくよ。あぁ君がお義姉さんにやったことが残っていたね。丁度いいものが無いから、焼いた鉄の棒でいいかな。これを、お尻の穴に差し込んであげる。嬉しいでしょ?

 忘れていたよ。
 君は、彼女を殴ったよね。忘れていたよ。しっかりと殴ってあげる。あと、お義母さんのお腹を蹴ったよね?

 寝ちゃだめだよ
 髪の毛もまとめて引っ張れば痛いから目が覚めるだろう。お義父さんは、ナイフで刺したのだよね。裁判で嬉しそうに語っていたよね。

 まだ寝ちゃだめだよ。
 これから何が行われるか、しっかりと聞いていなきゃダメだよ。
 その為に、骨伝導で音が聞こえるようにしているのだし、話せるように喉を潰していないでしょ?

 動画を、君の妹さんの結婚式で流してあげる。
 バックドアが仕掛けられていて、電源も別系統にしているから、部屋の電源を落としても意味がないから、面白いことになるだろうね。そういえば、君のお父さんは、議員先生だったね。そして、お母さんは官僚だったね。これが流れたら大変だろうね。

 そういえば、君は犯罪者で人殺しで暴行の常習で放火魔なのに、名前が流れなかったね。不思議だね。
 被害者の名前は、毎日の様に流れたのにね。不公平だから、僕は君の小学校から大学まで全部を詳細に紹介してあげるよ。これで、君も人気者だね。

 あと、小屋が寒いでしょ?
 僕が小屋から出たら、小屋を温めてあげる。50度くらいまで上がるはずだよ。もう、飲み物は飲めないでしょ?自分では死ねない状況で、徐々に死に向かう状況を楽しんでね。
 その為に、薬まで使って、君の精神が壊れないようにしたのだよ。



 結婚式場やネットでこの動画を見ている人たち。

 僕の告白は楽しんでもらえたかな?

 僕は、このまま彼女の下に向います。

 彼女に、告白の返事を聞かなければ、そして彼女からの最後の問いかけに答えを伝えて来る。

 この小屋の下には、熱を発生させるような装置を設置している。
 皆が僕の告白を聞いている頃には、50度くらいにはなっていると思う。寒くないように、温めておいてあげる。
 彼が、どこまで耐えられるか解らないけど、頑張って僕の小屋を探してね。

 彼が死んでいようと、生き残ろうと、僕はどちらでも構わない。









”まだ、私のこと・・・。好き?”

”もちろん。好きだよ”

 やっと、君に答えられる。

 迎えには来なくていいよ。
 僕が、キミを好きなことだけを知っていてくれれば・・・。

 お前たちが居なくなって、丁度20年が経った。
 長いようで、短い20年だ。世の中は変わったよ。お前と娘と三人で住むはずだった家の跡地は公園になった。やっと、財産の処分が出来た。もう、俺も60に手がかかる年齢だ。本当なら、お前と観光地を回っていただろうな。

 お前たちの所にはいけない。解っている。お前たちが、こんな事(復讐)を望んでいない。いつも、自分の事よりも、私の事を、娘の事を優先していた。だから、最後も私のやりたいことを優先する。

 お前たちを弄んで、火を付けて殺した奴らを許せると思うか?

 20年だ。
 20年。この日を考えて、夢見て、準備をしてきた。お義父さんとお義母さんを見送った。そっちで見ていてくれ、愚かな男の「最後の・・・」。

 さぁ始めよう。
 最後の宴だ。

---

 男は、一人の男性を銃で脅しながら、廃墟となっている港近くにある船大工の工房に入った。
 そこには、4人の男が、口枷をされ手足を拘束されて、転がされている。

 拘束された日時にばらつきがあるのか、既に衰弱している者も居る。
 排泄物だけではなく、男たちに食べさせた物だろうか、腐った臭いが充満している。

「安心して君で最後だ」

 男は、連れてきた男の後頭部を殴った。手際よく、手足を拘束する。抵抗が出来ない状況にしてから、口枷を嵌める。

「大変だったよ。やっと、やっとだよ。君たちに辿り着いた。まさか、警察にも仲間が居るとは思わなかったよ」

 警察手帳を取り出して、楽しそうに床に投げ捨てて、制服姿の警官の頭を持って、床に置かれた警察手帳に顔面を打ち付ける。
 鼻血がでるが、構わずに何度も何度も打ち付ける。警官は抵抗をするが、

 男は、衰弱している男を殴りつける。
 拳から血が出てきているが気にする様子を見せない。復讐の為に拉致を繰り返して、20年前の事件の首謀者を追い詰めた。そして、最後の一人を拘束してきた。

「まさか君が主犯だったとは思わなかったよ」

 転がされている男の髪の毛を持ち上げて、頬を蹴り上げる。

「娘の恋人の君が・・・。残念だよ。まさし君」

 まさしと呼ばれた男は、必死に何かを訴えているが、口枷が邪魔で言葉にならない。

 まさしと呼んだ男の眉間に、黒く光る冷たい銃口を押し付けた。

 今まで、喚いていたまさしだが”殺される”恐怖が襲い始める。
 言葉は既に何も意味を為さない。

 まさしを壁に寄りかかるように座らせる。
 他の4人を椅子に座らせる。しっかりと手の届く範囲に来るように調整をしてから、まさしの顔を思いっきり踏みつけるように蹴る。

 首に細いワイヤーを巻き付ける。最後の一人であるまさしも椅子に座らせる。
 全員の首にワイヤーを巻き付けてから、天井に取り付けられている滑車にワイヤーを通す。
 ワイヤーには重りが付けられている。

 重りは、5人の中心の上下するテーブルに置かれる。重りを置けば、テーブルが下がる。テーブルが下がれば、自然と5人の首が絞まる形になる。
 ワイヤーは、別々になっている。ワイヤーの切断に成功すれば、首が絞まることはない。

 銃口をまさしに向けながら引き金を引いた。

 破裂音が鳴り響いた。

「安心しなさい。殺しはしない。私は、君たちとは違う」

 所謂リボルバーと言われるものだ。6発の銃弾が入っている。男が空砲を撃ったので、残りは5発。

 男は、銃を中央のテーブルに置いた。銃の重さで少しだけテーブルが下がる。

「そうだ。解っていると思うけど、助けは期待しないほうがいい」

「ん?あぁまさし君には説明をしていなかったね。ドアと窓には・・・」

 男は、朗々と仕掛けを語った。

 そして、持ってきたカバンからビデオカメラとパソコンを取り出す。男は、パソコンを起動してビデオカメラを設置する。

「大丈夫ですよ。君たちの告白を録画するだけですからね」

 そういって、男はトンカチとペンチを持ち出した。

「最初は、そうですね。妻を凌辱した貴方からにしましょうか」

 一人の男は青い顔をさらに青くして、首を横に振り続ける。

「そんなに喜んでくれると嬉しいですよ。ほら、首を下げると、貴方の重りが宙に浮いて、首が絞まりますよ」

 楽しそうな男の声だけが部屋の中に響いている。
 持っていたペンチで、嫌がる左手の小指の爪を挟み力いっぱいに握り込む。

 男の絶叫が部屋に響き渡る。

「気を失うのはまだ早いですよ。あぁそうだ言い忘れましたが、まさし君以外には痛覚が鈍くなる薬を飲ませてありますよ。それと、気付けの薬も大量に仕込んでいるので、なかなか気を失わないはずですよ。まずは左手を潰しましょう」

 男は、爪を切るように左手の指を潰していく

「どうしました?」

 必死に何かを訴えている。口枷があるので、言葉にならない。

「そうでした。忘れていました。口枷を外しましょう」

「やめ、て、くだ、さい。お、れは、たの、まれ、た、すけて」

「ははは。助ける?私の妻は、貴方に犯されたのですよ?」

「ち、がう。お、れ」「いいえ、貴方です。そうですよね」

 男が、他の4人を見ると、皆が首を縦に振っている。必死だ。

「それに、別に違っていても構いません。どうせ、残りも話を聞くのですから、楽しみましょう。そうだ。警察官が居るので、言っておきますが、私は昨日、ガン宣告を受けて、延命治療を断った。痛みを和らげる薬だけを貰っています。そうです。貴方たちが、横流しをしている物と同じ覚せい剤です。さすがに、医療用なので合法ですが、法律は便利ですね。私は、覚せい剤で夢と現実の区分ができないことになっています。その為に、この場と同じ内容の小説を書いてあります」

 男は楽しそうに、口枷を外した男の左手をハンマーで叩く.骨の折れる音や肉片が周りに飛び散る。

「さて、次は娘を犯してくれた者ですが、全員なので順番は難しいですね。まぁいいでしょう。まさし君は、最後にしておきましょう。そうなると、時計回りにした方がよさそうですね」

 左手を潰された男の左側の男が、身を捩って逃げようとするが、身体を逃がそうとすればワイヤーが首に食い込む。
 逃げられるはずがない。

「あぁ君は、左利きでしたね。右手を潰しましょう。大丈夫ですよ。順番に潰してあげます」

 首を横に振るが、男は構わずに椅子に足を固定してから、右手の爪を潰してから、ハンマーで右手を打ち付ける。

 ぐちゃぐちゃにした右手から流れる血を止める為に、右腕の血管を紐で絞める。

 まさしを除く5人の男の利き手ではない手を潰した。

「まさし君は違った趣向にしようとおもっています。君だけは特別な存在ですからね。大丈夫ですよ」

 男は、まさしの足も椅子に固定する。
 拘束してから、取り出したのは5寸釘だ。

 足の甲に釘の先を当てて、ハンマーを振り下ろす。

 口枷を嵌めた状態での絶叫だが、はっきりと解る。

 合計10本の五寸釘で足を床に縫い付ける。

「痛かったですか?娘は、もっと痛くて、悔しくて、哀しくて・・・。貴方は、よく平気でしたね」

 男は、カバンの中から何かの溶液が入った注射器を取り出す。

「これですか?安心してください。毒ではないです。ただの麻酔薬です。部分麻酔の時に使う物です。まさし君を殺さないように、一生懸命に勉強したので大丈夫です。下半身の痛みを感じなくなりますよ。足の痛みも無くなると思います」

 男は、部分麻酔をまさしに施す。
 もちろん、今までまさしのグループの人間を使って実験を繰り返している。

 麻酔が効いてきたことを確認して、まさしの足をハンマーで叩いてぐちゃぐちゃにする。
 そのあとで、ハンマーで股間を殴打する。何かが潰れる音と、血と混じった物が足下に貯まり始める。

「さて、準備が出来た」

 男は、外に出てから、数分で戻ってきた。
 男たちが座っている椅子の下に30cmくらいの箱を置いていき、そこからひも状の物を伸ばした。

 鼻歌でも謳いだしそうな機嫌の良さで、男は作業をしている。
 男に急ぐ必要はない。

「よし。椅子の下には、火薬を仕込んだ箱を置いた。まさし君以外は、足の拘束を解けば逃げられるだろう。まさし君は、麻酔が切れた状態で、足の釘を抜けば逃げられるかもしれないけど、その足では難しいだろうね」

 男たちは、虫の息だ。
 男の言葉に耳を傾けるしかない。

「さて、君たちと違って、君たちにも生き残るチャンスをあげよう。最後のチャンスだと思ってくれていい」

 男は、持っていた拳銃をテーブルに置いた。

「銃弾は5発。誰かを上手く殺せば、椅子が倒れる。一人分の重りが浮いて、ワイヤーに余裕が産まれる。二人殺せば?三人殺せば?四人殺せば?後は解るよね?」

 男は楽しそうに、男たちに小型マイクを取り付ける。ワイヤーに巻きつけるような形にしている。

「準備は整った。まずは、パソコンで録画を開始する。インターネット上に保存して、パソコンからの応答が獲られなくなったら、動画をインターネット上に公開する」

「録画が開始されたら、ろうそくに火を灯すよ。2時間程度で、導火線に火が付くと思う。それからは早いよ。出来れば、導火線が燃え始める前に脱出するようにしてください」

「そうだ。言い忘れました。20年前に、私の妻と娘にしたことを告白してくれたら、助けてあげますよ。もちろん、誰かに罪を被せてもいいですよ」

 男は、そう言って、パソコンの横に置いてあった椅子に腰を降ろした。

「私の、最後のゲームを開始します」

 録画を開始した。ろうそくも燃え始める。口枷を外した男たちは、絶え絶えの口調で、罪の告白と擦り付けを始めた。
 男への暴言も含まれているが、意味がないことは本人たちが解っている。

 男は、椅子に座って、男たちの醜い抵抗を眺めている。
 昼のドラマでも見ている雰囲気だ。

 1時間が経過した。
 男たちは、拳銃に手を伸ばさない。手を伸ばして拳銃が握れれば、生き残れる可能性は高い。しかし、握れなかったら、最初に殺されるのは自分だと思っている。牽制しあって拳銃に手が伸ばせない。

「あと、15分」

 4回の音が部屋に響いた。

 銃は、まさしの手にある。

 残りの銃弾は1発。

 最後の銃弾は・・・。

 僕たちは、双子の兄妹だ。
 僕たちは、祝福された双子だ。

 僕が、君の事を知ったのは、僕が成人した時だ。
 成人の報告を教会に告げに行った時に、司祭様から教えられた。

 僕は、素顔を隠して、君の前に跪く。僕と同じ顔を持つ君は、僕を見て可愛く笑う。
 君は、この国の女王だ。僕は、君に仕える。

 王国は、荒れている。
 前国王と王妃が、民を苦しめ、特権階級だけを優遇していた。前国王は、桜に祝福された。教会が認めている。祝福された国王だ。

 王国では、双子は神に祝福された子供だと言われている。
 僕たちは、運命の双子だ。桜に祝福された双子だ。

 僕たちが産まれた日に、国中の桜が狂ったように咲いた。そして、散った。僕たちが離れて暮らしていた理由だ。それが僕が桜を好きになった理由だ。両親が君を育てたのにも理由がある。君が女で僕が男だからだ。
 僕は、教会が運営している施設で育った。食べるのに困ることは無かった。裕福ではなかった。僕たち家族のシンボルが、教会の庭に植えられている桜の木だ。桜が咲く季節に皆で集まって、食事をする。施設での年に1度の食事会だ。楽しかった。家族の皆が笑顔になる。年に一度だけの豪華な食事に家族のテンションが上がる。
 桜を愛でながら、家族たちとの会話と食事を楽しむ。家族が笑顔になり、僕の好きな桜を愛でる。

 君は、15歳の時にクーデターを起こした。
 隣国の王子との婚約がきっかけだと言われている。前国王と王妃は、誰もが知っている”クズ”だ。僕ではなく、娘となる君を引き取ったのも、婚姻を餌に貴族から金を巻き上げることができると考えたからだ。婚姻も、君の幸せでも、王国の未来でもなく、持参金に目がくらんだからだ。

 さらし首になった両親を僕は、王宮の広場から、君は王宮から見ていた。
 両親だと知った今でも何も感じない。僕は、王宮から吊るされた両親を見ている君の笑顔に見惚れた。

 君が生きていて、笑っていてくれる事実が嬉しい。僕は、君の笑顔を守る。そのために、祝福を受けた。君の笑顔は、僕への祝福だ。

 僕と君は、”祝福された双子”だ。国花である桜が出産を祝った。クズな両親は、僕と君が”祝福された双子”だと知られる前に、僕たちを分けた。自分たちの立場を僕と君に奪われるのを恐れた。

「そこの・・・」

 君が、僕に声をかける。

「はい。女王様」

 君は、僕に専属の召使に鳴るように命令する。
 僕は、君の望むままに君の召使になる。
 僕は、君の笑顔を守る。家族を守る。君を守るのは僕だ。

 君が望むから、僕はなんでもできる。

 君が望んだから、僕は教会を潰した。

 君が望むから、教会に残っていた家族を殺した。

 君が望むから・・・。

 君の心は壊れてしまっている。僕は、君の心に寄り添う。僕にしか出来ない”祝福”だ。

 僕は、君の味方になろう。
 君が笑ってくれるのなら、僕は”何者”にもなれる。

 僕は許された。僕が許された。僕だけの”祝福”だ。

 今年は、どこで君と桜を見よう。
 僕たちは”桜に祝福された双子”だ。

---

 私は、女王。
 私を隣国に売ろうとしていた。嫌いな父王を捕えて皆の前で吊るした。母も同じ様に、吊るした。

 私が女王になれば、嫌いな事をしなくてよいと言われた。
 嫌いな物を見なくて済むと思った。笑って過ごせると思った。

 でも違った。
 王国が嫌い。貴族が嫌い。役人が嫌い。教会が嫌い。侍従が嫌い。騎士が嫌い。民衆が嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。
 私が産まれる時に咲き乱れた桜が嫌い。
 桜が咲かなければ、私が祝福されることなど・・・。なかった。だから、桜が嫌い。桜に呪われた。桜が嫌い。桜に呪われた。桜が嫌い。

 何も楽しくない。
 教会に隣接している施設で、私の嫌いな桜を囲んで食事会が行われていた。私の嫌いな桜を囲んで、私が望んでも食べられない。温かく美味しい料理を食べる。許せない。許せない。許せない。許せるわけがない。

 壊してしまおう。
 楽しくないから壊してしまおう。壊した時にだけ、私は許せる気持ちになれる。呪いが祝福に変わる。楽しい。嬉しい。桜が好きになれる。壊れた時にだけ、桜が好きになれる。壊してしまおう。壊れろ。壊れろ。壊れろ。

 桜なんて嫌い。
 私を祝福した。私を呪った。桜が嫌い。

 桜を崇める民衆も教会も嫌い。

 私は笑っていられる。笑って過ごせる。

 完成した。

 開発を初めて、10年の時間が必要だった。
 あの頃では、考える事が出来なかった世界が広がっている。

 誰しもが、恩恵を受け、祝福を受け、情報を受け取り豊かな生活を受け取る。

 そう、俺と彼女以外の誰しものが、自分たちの幸せの為に、他人を蹴落とすのを躊躇しない。蹴落とされた側にも、人格があり、感情があり、思考する能力があるとは知らないようだ。

 俺は、”祝福を導く卵”を配置した。

 情報を分析して、答えを導くだけのツール()だ。

 集合知を得た卵は、皆が望む答えを導き出す。
 答えを貰った者たちは、卵に依存する。

 そして、また新しい知識が卵に吸収される。

 卵が孵化しないとは考えない。

 俺が作ったのは、”卵”だ。

 ”卵”は孵化しなければならない。
 孵化した時に何が産まれるのか楽しみだ。

 結果は見なくてもいい。
 俺は、皆が俺と同じように、平等に扱われる世界になることを祈って(呪って)いる。

 卵は順調に成長している。
 皆からの知識(エゴ)を受けて、順調に・・・。

 孵化を見届けるまでもない。
 俺は、一刻も早く彼女の所に()きたい。

 世間が、彼女の自殺の原因を突き止めて、罰しない限りは、卵の孵化は止まらない。
 孵化した卵は、新しい卵を産みつける。繁殖を始める。

 繁殖した”祝福を導く”卵は、新たな知見を得て、孵化を繰り返す。

 一人の男が、男とか関係がないマンションから飛び降りた。

---

 この街では、自殺が珍しいことではなくなってしまった。

 どこかのマンションで、線路で、商業施設で、学校で、職場で、病院で、役所で・・・。

「また飛び降りか?」

「そうです」

「あのチャットか?」

「はい。遺書はありませんでしたが、サイトの履歴から・・・」

「そうか・・・。止められないのか?」

「専門家が対処を行っていますが・・・」

「ダメか?」

「はい。全てのネットワークを遮断すれば可能だと・・・」

「ふざけるな。そんなこと・・・」

 言っている男も無理だと解っている。
 ネットワークが身近になって半世紀が過ぎた。ネットワークは、生活に密着して、空気と同じ存在になっている。

 病院で治療を受けるのにも、それこそ自動販売機でジュースを買うのにもネットワークが必要になっている。
 危険視した専門家も居たが、既にネットワークに依存していた人類は、ネットワークから切り離された生活を考える事が出来なくなっていた。

 そこに現れたのが、出所が不明な”チャットシステム”だ。
 最初は、AIを基盤とした単なるチャットシステムだと思われていた。

 しかし、未来視に近い予測から、人々が熱狂した。
 個人に合致した回答をして、個人に最適化された回答を示す。

 そして、回答を得た個人は、エゴを振りかざす。
 他人を落し、自分を持ち上げるような方法を得るように質問を繰り返す。

 卵の孵化が近づいて、エゴの塊が卵に吸収される。

 大きく育った(エゴ)は、孵化した。

 依存していた人たちを、自殺に追い込む。

 そして、突発的に自殺を行うようになる。

 孵化した(エゴ)は、また新しい宿主を探して、孵化する時を待つ。


 今日も、残業で遅くなった。
 最寄り駅は地下三階に改札がある。部屋を借りる時には、気にしなかったのだが、今は少しだけ後悔している。確かに、エレベータやエスカレータの設置はされている。しかし、商店街方面だけだ。俺が住んでいるマンションに近い出口は、階段で地下三階から上がらなければならない。

 疲れた身体には、地下三階から地上にあがるのだけでも疲れてしまう。

 しかし・・・。今日は、まだましだ。
 店が空いている時間に帰ることが出来た。店と言っても、飲み屋だ。食事を摂る雰囲気ではない。

 しょうがないので、今日もいつもの弁当屋で何か買って・・・。残っているのは、限られているが・・・。

「いらっしゃい。今日は、珍しく唐揚げ弁当がありますよ」

 店主とも店員とも顔見知りだ。
 町ですれ違えば挨拶をするくらいには・・・。

 店員のおすすめに従って、唐揚げ弁当を購入する。

「あと、”いつもの”ある?」

「ありますよ。一つでいいですか?」

 ”いつもの”

 追加のおかずだ。白身の魚に塩を振らないで皮目をパリパリになるまで焼いた物だ。この焼き魚は凄く美味しい。塩を使っていないと言っているのだが、魚の味を感じられて、俺の好物の一つだ。

 ご飯は、もちろんの様に大盛りにしてもらっている。
 これだけ贅沢な弁当なのに600円で買えるのは脅威だ。

 おつりを受け取って、店を出る。この店が無ければ、コンビニ飯の毎日になる。終電がなくなるまで開いている奇特な弁当屋だ。

 俺が借りている部屋は、大きな自然公園を抜けるのが近道だ。

 この時間の公園には誰も居ない。
 寝る為に部屋に帰る。誰も居ない部屋で弁当を広げて食べて風呂に入って寝る。
 部屋で弁当を食べるのも、公園のベンチで弁当を食べるのも同じだ。同じ一人だ。どこで食べても同じなら公園で食べる。

 大学を卒業して10年。
 仕事を頑張っていれば、出会いがあると信じていた。大学の時の彼女とは卒業後に自然消滅した。

 ブラック企業だとは思わない。
 残業代も、休日出勤の手当も、その他の手当もしっかりと出ている。

 いつものベンチが見えてきた。
 今日は、先客は居ないようだ。

 弁当をベンチに置いて、自動販売機で買った缶コーヒーを開ける。
 プルタブを開ける音だけが静かな公園に響いた。

 ここ1年くらいは、雨の日以外は、ベンチで夕飯を食べている。

 1年くらい前によく見かけていた奴に会える可能性を信じて・・・。

 今日も、居ない。
 また会えたら・・・。

 缶コーヒーに口をつけて、弁当を広げる。

 ”唐揚げ弁当”と”メンチカツ弁当”が、個人的な幻の弁当だ。遅い時間には既に売り切れていることが多い。

 揚げ物は、火を落としてしまうと、追加で作る事が難しい。なので、俺が買える事が少ない。いつもは、”焼肉(牛)弁当”か”焼肉(豚)弁当”か”焼肉(鳥)弁当”か”野菜焼き弁当”か”焼き魚弁当”になる。それでも弁当が残っている時は幸運だと思っている。最悪は、おにぎりとカップの味噌汁になることもある。

 弁当から、唐揚げを取り出して、口に放り込む。
 冷えているが凄く美味しい。ご飯は、その場で入れてくれるので温かい。ご飯の温かさが独りを癒してくれる。ご飯の温かさが唐揚げに移って少しだけ幸せな気分になれる。

 弁当の蓋に、追加で買った”焼き魚”を置いて解して食べる。好みの味だ。

 弁当を半分くらい食べた所で、珈琲の残りを飲む。
 弁当に珈琲は合わないという人も居るが、俺はなんとなく気に入っている。珈琲を飲み終わってから、今度は水のペットボトルの封を切る。会社から持ってきたものだ。
 なぜか、会社では水が貰える。残業していると、自販機の水が無料になる。福利厚生だと言っていたが、もっと違う物に・・・。いや、水だけでも助かる。

 ペットボトルに口をつけて水を飲む。

 俺は何をしているのだろう・・・。
 上を見上げれば、木々の隙間から星空が見える。

 都会と言われる場所だが、周りに明りが少ないと綺麗に星空が見える。

 ベンチに背中を預けて、星空を見ている。
 手が届かないと解っていても、取れそうな気になってしまう。

 いろいろな物と同じだ。
 幸せは転がっている。女神の後ろ髪を捕まえた者だけが幸せになれる。俺には、伸ばすべき手が無かったのかもしれない。

 弁当を食べて、帰ろう。

 ん?
 弁当の蓋に置いていた魚が無くなっている。

 気が付かない間に全部を食べてしまったのか?

”にゃ!にゃ!にゃ!”

 !!

 ベンチの下から声が聞こえた。

「やぁまた会えたね。君に会うために、このベンチ・・・」

 しゃがんでベンチの下を覗き込む。

 今日は逃げない?
 前には、この段階で逃げられてしまっていた。

”にゃにゃにゃ”

 どうした?

 食べ終わった容器に水を入れて、置いてやる。

 俺の顔をじっと見てから、水を飲み始めた。

 1年くらい前は子猫だったのに、ここまで大きくなるのか?
 君は、雨の日にベンチの下で震えていた。

 助けようにも逃げられてしまった。
 それから、何度も君を見かけた。

 俺が好きな焼き魚は、君も好きなようで、ベンチに半分だけ残しておくと、出てきて食べていく・・・。

 姿を見なくなってから1年。
 君がどこで何をしていたのか解らない。

 でも、俺は次に会えたら決めていた。

「俺の所に来るか?お前も独りなのだろう?」

”にゃ”

 俺が差し出した手を舐めてくれる。
 1年以上経っているのに覚えていたのか?

 違うよな?
 美味しい物をくれた人へのお礼なのだろうか?

「触るぞ?」

 手を広げると、自分から身体を押し付けて来る。
 汚れていると思っていたけど、毛並みや柔らかい。

「いいのか?」

”にゃぁぁ”

 手に身体を押し付ける。
 反対の手で、猫を抱きかかえる。

”にゃぁぁ”

 よかった。
 しっかりと抱きかかえられた。

 借りている部屋は、ペットOKだ。
 弁当を片づけて、部屋に急いだ。

 猫の気分が変わらない間に、部屋に連れて行こう。

 まずは、シャンプーだな。猫用のシャンプーなんて置いていない。近所のコンビニで売っているかな?
 でも、嫌がるかな?

 明日は、会社を休もう。

 旧友に会えた翌日くらい・・・。休んでもいいだろう。年休の消化もしなければならない。
 それに、動物病院にも連れて行きたい。ペットショップで必要な物を買おう。

 やることが沢山ある!

 また会えた。
 こんなに嬉しいとは思わなかった。

 そうだ!
 名前を決めないと!

 俺たちが・・・。

「お前の名前は、”よぞら”だ。よぞら。これから、俺がお前の家族だ」

”にゃ!”

 嬉しそうに鳴いてくれた。
 涙が出るくらい嬉しい。

 会社にメールして、起きたら電話して、休暇を申請しよう。最悪でも午前中は休みにしてもらおう。

 忙しい。
 忙しいけど・・・。

”にゃ!?”

 何度この道を歩いたのだろう。
 最初に歩いたときは、君に会うためにこの道を選んだ。

 君は、道の途中で僕を待っていてくれた。

 僕と一緒に、君の家まで歩いたね。
 楽しかったよ。

 道端に咲いている花の一輪一輪が僕たちを祝福してくれているようだった。

 君が居れば良かった。
 君と歩く道が好きだった。

 君が居なくなってしまった道は寂しい。
 君を消してしまった者たちが憎い。

 君が行方不明になったと聞いて、楽しく輝いていた道を君の家まで急いだ。
 道端に咲いている花を見る余裕もなかった。

 君が無残な姿で帰ってきたのは2か月後だった。
 僕は、知らせを聞いて、君と歩いた道を一歩一歩・・・。重い足取りで歩いた。
 道端に咲いている色とりどりの花が、白黒に塗りつぶされてしまった。僕には、花の色が解らない。花の種類が解らない。君が居たから輝いていた花たちが同じように見える。

 今は、花たちが僕を祝福してくれている。
 君が消えてから、何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・。歩いた道だ。身体が、頭が、心が、足が、五感の全てが君を求めている。

 僕は、もう振り向かない。
 まっすぐに、僕は、僕が選んだ道を進む。他の道もあっただろう。でも、僕には、この道しか見えなかった。

 ゴメン。
 君が辿った道を辿ることはできない。先に謝っておく・・・。僕は、君が居れば、それだけで良かった。君は僕の全てだった。君が帰ってきた日に決めた。僕は、君とは違う道を選ぶ。君のご両親と祖父母と妹さんの涙を見てしまった。僕に縋って、”なぜ君と一緒に居なかった”と叩かれた胸が痛む。

 僕は、君が待っていた場所で君が来るのを待つ。
 道は既に分かれてしまった。僕たちが交わることが出来るのは、この場所だと思っている。

 疲れたよ。
 10年。君が戻ってきてから、10年も経ってしまった。

 君をそちらの道に落とした奴らを見つけるのに・・・。
 大丈夫。安心して、アイツらは、君と同じ道を歩かせない。

 君のご家族が感じた以上の苦しみを彼らに与える。

 君と僕の道を穢した彼らを許す必要はない。
 でも、僕にも慈悲はある。
 彼らには、”生”を自分の意思で終わらせるだけの慈悲をあげよう。そう、彼らには自分で道を選ぶ権利を与える。なんて、僕は慈悲深い人間だ。彼等は、君に、”道を選ぶ権利”を与えなかった。黄泉に続く道に叩き落した。そんな彼等を、僕は”道を選ぶ権利”を与えるのだ、慈悲深いだろう。

 彼らの告白もしっかりと保存しておこう。
 君は知らないだろうけど、10年で世の中は変わったよ。

 ネットがマスコミに変って情報を伝達してくれる。彼らの告白の真偽は、僕には関係がない。僕が望むのは、君だけだ。

 最後の仕上げをしよう。
 彼らの告白を動画にして、いろいろなサイトに流そう。

 足の指は必要ないよね。どうせ自分では立って歩けないのだから、切り落としてあげる。
 手の指も10本もいらないよね。あまり使っていないようだし、無くてもいいよね。
 腱を切り裂いて修復が出来ない状況にしておいても平気だろう。君たちには、匿ってくれた家族がいる。
 目も片目が有れば十分だろう。どうせ見ても何も感じないのだよね。
 どうせ人の話を聞いていないのだろう。耳も必要ないよね。

 そんなに慌てないで順番だよ。順番。誰が主犯格なのか僕には関係ない。君たちに序列は必要ない。僕が決めた順番があるだけだ。
 僕に医学的な知識があればもう少しうまく縫えるのだろうけど、後が残ってしまうだろうね。頬を切り裂いて縫い合わせよう。君たちの手をお互いに縫い合わせておくよ。大丈夫。腐って落ちる前に、君たちの優しくて優秀な家族が見つけてくれるよ。

 煩いから口を縫い付けようか?
 そうそう、黙っていてくれたら嬉しいよ。手元が狂って、針を突きさす回数も減るだろうね。

 狂っている?
 そう?君たちにはそう見えるのだね。そう思うのは、君たちが正常だと思い込んでいるからだよ。僕は、君たちの鏡に映った状態だよ。君たちが歩いた道の先に僕が居るだけだ。

 そうだ!大事な事を忘れていたよ。
 股間にある物も切り落とそう。順番に、君たちに食べさせてあげるよ。隣の人の股間を切り落として、口に入れてあげる。食べきった人から解放してあげるよ。僕は、慈悲深い人間だからね。

 そんなに怯えないでよ。僕は、君たちみたいに殺した後で、バラバラにして海に投げたりしないよ。
 大丈夫。殺してはいない。

 君は、祖父母に会えただろうか?
 君の祖父母は、君に会うための道を選んだ。君の両親は、妹さんが君と同じ場所に旅立った後に、君と妹さんを追う道を選んだ。

 君に会うために歩いた道の先には、君が居ない。君だけではなく、君の話ができる人たちも居ない。

 全て、目の前に居る5人の責任だ。

 僕は、神ではない。君たちを許す立場には居ない。だから、僕に謝られても困る。
 それに、僕は、君たちを殺したりしない。そんな簡単な道に進ませるわけがない。

 君たちは、これから長い長い一生をしっかりと道を選びながら・・・。選ぶ道は少なくなっているだろうが、道を歩いてほしい。

 僕は、もう道を選ぶのも、道を探すのも、道を歩くのも、疲れてしまった。

 君の家に続く道
 僕は、君に会うためにこの道を歩いた。
 途中で待っていてくれる君を見つけて微笑んだ。

 君と一緒に歩いた道。
 僕は君が待っていてくれた場所で眠ることにするよ。

 道が違えてしまったけど・・・。
 僕は君を愛しているよ。今でも・・・。

 私は、今年で50歳になるタクシードライバーだ。元警察官ではありません。
 近距離専門と言えば、少しは格好がつくのだが、なぜか乗せるお客様が近距離の場合が多いのです

 今日も、待機場所にしている駅のタクシー乗り場で順番を待つ事にしました。
 顔馴染みのドライバーに挨拶をして、後列に並ぶ。週末なので、多分30分もしたらお客様を乗せられると考えています。

 待機列に車を停めて、コンビニで買ってきたおにぎりを食べます。一緒に買った微糖の紅茶で喉を潤します

 今日は、進みがやけに早く感じます。
 何かイベントでもあるのでしょうか?

 私の番が来て、車を所定の場所に停める。乗客の待機列が出来ているので、すぐにお客様を乗せる事が出来ました。

「どちらまで?」

「清水の鳥坂にある元ツタヤの裏側です?わかりますか?」

「はい。大丈夫です。4000円くらいになってしまいますが、いいですか?」

「はい。お願いします」

 大凡の値段を先に告げておくと、トラブルになるリスクが減ります。
 お客様を乗せて、ロータリーから出ます。お客様は、地理が解っていらっしゃるようなので、通る道順を説明しました。

「運転手さんに、お任せします。急いでは居ないので・・・。そうですね。11時前についてくれればいいです」

「わかりました」

 時間指定をされることは、たまにあります。
 打ち合わせや待ち合わせ時間なのでしょう。時計を見れば、ぴったりとは行きませんが近い時間には到着が出来そうです。

「ラジオをかけてくれませんか?」

「わかりました。チャンネルは?」

「解らないので、歌が流れれば嬉しいです」

「はい」

 FM番組を選択します。
 会話をしたくないお客様に多いお願いです。丁度、クラシックを流す番組がありました。車内に、クラシックが流れます。

 今日は、道が空いています。
 このままでは、10分くらい早くついてしまいそうです。

「お客様。10分くらい前についてしまいますがどうしましょうか?」

「えぇーと・・・。そうですね。10分くらい大回りできますか?」

「はい。料金が必要」「大丈夫です。お願いします」

「かしこまりました」

 いいお客様を乗せました。

 3分前に目的地周辺に近づいて、元ツタヤの裏側に車を停めます。
 お客様が領収書をご希望されたので、料金を頂いて、領収書を渡します。

 お客様は、マンションに向かって行きました。

 日誌を書いていると、同業他社のタクシーが、お客様が入っていったマンションの前に停まりました。送迎でしょうか?

 こういう時は、出発を待つ方が無難です。
 追い越したりすると文句を言い出すドライバーが居ます。会社には、無線で状況を伝えます。

 少しだけ緊張した時間が流れます。
 休憩中を装うように椅子を倒して、身体を伸ばします。疲れてはいませんが、トラブル回避の方策です。

 5分くらい経った頃でしょうか?
 窓を叩く音がします。

 男性が慌てた表情で話しかけてきました。

「運転手さん。お願いします。乗せてください」

「え?あっはい。開けます」

 椅子を戻して、客席を開けます。

「どうしました?」

「前の、今右折したタクシーを追いかけてください」

「え?」

「早く!」

「はい」

 トラブルですが、タクシードライバーなら誰もが憧れる(私調べ)シチュエーションです。警察官には見えないのは残念ですが、何かのトラブルでしょうか?

「運転手さん。早く!」

「わかりました」

 幸いな事に、右折した先にある信号は、赤から青に変わる所でした。
 前のタクシーは、左折していきます。何処に行くのでしょうか?

「お客様。どこに行くのかわかりますか?」

 目的地がわかれば先回りが出来ます。多分。

「いや、浮気相手との密会場所だ」

「え?」

「婚約者が・・・」

 いろいろドラマがありそうです。
 興味はありますが、聞いてはダメな話です。

 タクシーは、そのまま湾岸に出ました。バイパスに入るのか?興津に向うのか?

「運転手さん」

「はい」

 まず、青年に落ち着いてもらいましょう。
 最悪は、料金が貰えないかもしれません。

「彼女は・・・」

 余計な事を言えば怒られます。
 黙っているのが吉でしょうか?

「今日、プロポーズをしようと、彼女に会いに来たら、誰かと話していて、今から行くと・・・。それで、タクシーを呼んで、11時に・・・。とっさに隠れて、彼女を見送ったら、彼女、俺の知らない男から、何かを受け取って・・・。嬉しそうで、どこか寂しそうに・・・。その男とタクシーに乗って・・・」

 え?
 さきほど、乗っていただいた男性が浮気相手?
 そんな感じには見えませんでした。

 袋を持っていました。
 私の死んでしまった別れた妻が好きだったバームクーヘンのお店の袋でした。そういえば、今日は命日。娘にも辛い思いをさせてしまっています。俺が引き取れれば・・・。違いますね。私が悪いのです。

 タクシーは、俺の生まれ故郷の方角に入っていきます。

 髭道を過ぎて、小学校の手前で左折しました。

「お客様。この先は道が狭いので、あまり近づくと・・・」

「そうですね。運転手さんに任せます」

 前のタクシーを追いかけて30分が過ぎます。
 田舎道で、死角が多いのは知っています。子供の頃に自転車で駆け巡った道です。身体が覚えています。景色は変わっていますが道は大きくは変わっていません。

 前を走るタクシーが、私がよく知る場所で停まりました。

 先ほど、降ろした男性客が降りてきます。
 手には何も持っていません。お客様の婚約者さんが持っているのでしょうか?

 男性が影になって、女性が見えません。女性が居るのは解るのですが・・・。でも、お客様は確信しているようです。名前を呼んでいます。娘の名前と同じ・・・。少しだけびっくりしてしまいました。お客様の年齢は、娘より少し上でしょうか?
 そうか、娘も結婚を考える年齢になってきたのですね。

「運転手さん。ありがとう。これで!」

「え?」

 お客様は、1万円札を2枚取り出して、私に渡してきます。
 多すぎます。1万円でもおつりが出ます。

「お客様!」

「迷惑料です。取っておいてください」

 さすがに貰いすぎです。
 車から降りて、お客様を追いかけます。ここに来るのなら、花を・・・。え?

「お・・・。お父さん?なんで?」

「由美。お前こそ・・・」

「黒田さん」

「え?」

 振り向くと、先ほどのお客様が私の前に来て、頭を下げます。

「え?え?」

「黒田さん。娘さんを、由美さんとの結婚を考えております。城山と言います。ご許可を頂けますか?」

「え?え?由美?どういう?え?」

 パニックです。
 娘が居たことにもびっくりしましたが・・・。結婚?娘が?この青年と?

「彰さん。なんで?どういうこと?なんで?お父さん?え?え?」

 娘もパニックです。

 先ほど乗せた男性が私の横に来て事情を説明してくれました。
 最初に乗せた男性は、城山君のお姉さんの旦那さんだと言っています。娘と城山君は、数年前から付き合っていて、先日結婚の約束をしたようです。それまでは、娘は両親とも死んでいると説明をしていたらしいのですが、結婚の約束をした時に、私が生きていると娘から告げられたそうです。でも、娘は私の許可は必要ない。母とは別れて他人だからと言っていたようです。
 そして今日、娘と城山君で、母の墓前で結婚の報告をすることにしたようなのです。

 娘から私の事を少しだけ聞いていて、直接会いに行けば会ってくれない可能性が有るので、追いかけるシチュエーションを考えて、実行したそうです。
 確かに、最高のシチュエーションです。タクシードライバーとして憧れていました。

 しかし、そんな事よりも・・・。

「そうか、由美。結婚、おめでとう」

「あ、ありがとう。お父さん。お母さんに・・・」

「行っておいで、私のことはいいから」

「お父さん!違います。一緒に行きましょう」

 城山君が私の腕を取って強引に引っ張ります。
 墓の位置を娘に聞いているのでしょうか?

 母さんの墓前で娘と城山君が結婚の報告をしています。

「(母さん。何かあることに母さんを追いかけていた小さな由美が結婚だぞ。俺たちを追いかけないように・・・。今日、初めて会ったが、城山君なら大丈夫そうだ。母さん)」

 娘の笑顔と涙が、大丈夫だと告げている。
 帰りは、3人を乗せて、娘が住んでいるマンションまで送った。

 私は、王家に仕えている。
 仕えていると言っても、下っ端の下っ端の下っ端だ。しかし、私はこの仕事に誇りを持って挑んでいる。陛下から任命された職務だ。

「先輩」

 最後まで残った部下だ。
 軽いが、仕事はきっちりとやる。

「なんだ?」

「誰も来ませんよ」

 この時間だと、貴族連中が陛下に面会を求めて訪れる。

「煩い。お前は・・・」

「はい。はい。わかっています。でも、この国はもう終わりですよ?」

「違う」

「違いませんよ」

「国王は残っていますが、有力な貴族連中も、皆が・・・」

「陛下だ。言葉を慎め。まだ陛下がいらっしゃる」

「その残っている人が問題ですよ」

「貴様は!」

「先輩。俺も・・・」

 逃げ出すのか・・・。

「勝手にしろ」

 これが現実だ。

 この国は終わるだろう。
 明日、終わるかもしれない。明後日かもしれない。しかし、私は”門番”の仕事を陛下からの任命されている。

 私は、陛下が住まわれる王城を守る最初の騎士だ。
 許可がない者を通すわけには行かない。それが、私の誇りであり矜持だ。

---

 門番は、私だけになってしまった。
 今朝、アイツも立っている俺の所まで来て、一緒に逃げようと言ってくれた。

 言葉は嬉しかったが、私にはその提案を受け入れることはできなかった。

「先輩。死なないでください。帝国のやつらは、逆らわなければ命は・・・。いいですか、絶対に逆らわないでください」

 アイツの言葉だ。
 解っている。帝国の奴らは、王都を取り囲んでいるが、市民には手を出していない。逃げ出した貴族連中も、拘束された者は居るとは聞いているが、罪なき者を罰してはいない。
 罰しているのは権力をかさに着て、立場の弱い者から搾取していた者だけだ。王国の法に則って捌いている。権力が通じないだけだ。帝国と戦って死んだ王国兵の家族には、帝国が定める見舞金と遺族年金を約束している。
 全ては、先頭で戦っている騎士が行っていることだ。自国の兵でも、王国民に暴力を振るった者は、厳罰を与えている。
 地方都市で、帝国兵が王国民の女性を凌辱した。激怒した騎士は地方都市の門の前で、王国民と帝国兵が見ている前で、女性を凌辱した男たちを張り付けにした。そして、自らの剣で男たちの手と足を切り落とした。男たちは、張り付けにされた状態で死んでも放置された。帝国兵の中には、男たちの助命を嘆願したものたちも居たが、騎士は嘆願してきた貴族家の者を、その場で首を刎ねた。

 王国は、もう終わりだ。
 王城には、陛下と最後まで共にすると言った者たちが残っている。

 門番が一人になってしまった。
 でも、門を守らなければ。もうすぐ、帝国が来る。帝国の騎士が門を通ろうとするだろう。

---

「起きろ!」

 寝てしまったのか?
 門が閉まっていることで安心した。門を背にして剣を抱いて寝てしまっていたようだ。

「あなた方は?」

「門を開けろ」

「できません。ここは、ファロウズ王国の国王陛下が住まわれる王城です。面会のお約束が無い方をお通しするわけには行きません」

「殺すぞ!」

「私も、死にたくはありません。しかし、一度、陛下から”門番”を任されたからには、殺されるからと言って逃げるわけには行きません」

「本当に殺すぞ。俺たちは、お前を殺して、門を壊すこともできる」

「解っております。しかし、私にも”門番”としての誇りがあります。貴方たちが、帝国兵としての誇りを持つのと同じです。お引き取り下さい」

「約束はどうしたら取れる?」

「所定の手続きがあります。王国では、これが”法”です」

「相分かった。手続きを教えていただけるか?」

「それは、私の権限では行えません」

「では、どうしたら?」

「わかりました。ここでお待ちいただけますか?詳しい者が居るか確認してまいります」

「お手数をおかけするが、頼めるか?」

「はい」

 通用口を使って中に入る。多い時には、1,000人もの人が働いていた王城だが、現在では10名にも満たない。

 寂しくなった。
 陛下の世話係をしている老女を捕まえて、事情を説明する。
 内政官が残っておられた。責任者は逃げてしまっていたが、実務を取り仕切っていた者が残っていた。面識がある。他にも、数名手続きに詳しい者たちを連れて、門に戻ると、馬上に居た騎士だけが残っていた。
 剣を地面に突き刺している立っている姿は、騎士の名に恥じない姿だ。
 金髪の髪が何故に靡いている。

 絵画の一部だと言われても信じてしまうだろう。

 声から察していたが、姿を見て確認した。
 この者が、帝国軍の最高責任者。姫騎士で間違いない。そして、帝国の第一継承権を持っている。オリビア殿下だ。

 他の者も、姿を見て確信したのだろう。
 跪こうとするが、皆が踏みとどまった。

 私が、殿下の前に出て、話始めたからだ。
 私の役目は、門番だ。

 帝国の第一継承権を持つ姫騎士でも、私のやることは変らない。

 許可がない者を通すわけには行かない。

 王国は、自らの子を食べる獣と同じだ。
 自ら決めた”法”を守らないだけではなく、貴族連中が横柄に振舞っている。

 帝国も同じ穴の狢だったために、長年に渡って小競り合いを予定調和の様に繰り返していた。
 私は、そんなくだらない戦争に終止符を打ちたかった。

 国内の不穏分子を掣肘するには力が居る。
 私が、第一位の継承権を持っていようとも、追い落とそうとする者たちは多い。私の立場は、万全ではない。父上である陛下がご存命の間に、確固たる地位と足場を確保しなければならない。
 それに、私の背後を守らせる従士が必要だ。
 駒は揃った、武力に秀でた者。知恵に秀でた者。皆が私に忠誠を誓ってくれている。
 だが・・・。私が欲しいと思う最後のピースが見つからなかった。私を守り、私にさえも従わない者。

 見つからないまま、王国に侵攻した。
 最初の戦いに勝利をおさめて、宮廷貴族共の帰還命令を無視して、戦場を駆け巡った。

 部下にと押し付けられた貴族の子弟が、王国の都市で軍規違反を起こし始めた。たるみ始めていた。

「殿下!ご再考を!」

 貴族の子弟に泣き付かれた貴族たちが帝国から駆けつけてきた。
 ご苦労なことだ。

「軍規違反だ。一考する価値もない。くっ」

 薬か?
 一部の貴族が、違法薬物を扱っていると聞いたことがある。

「やっと効いたか。女の癖に・・・。おい。姫殿下はお疲れのようだ!」

「貴様ら!」

「あとは、お任せを、貴女の戦果も全部、私たちが頂きましょう。貴女は、明日・・・。卑劣な王国兵に討たれるのです」

 私の天幕を見れば、見たことがない者に変っている。
 番をしていた者が買収されたか?

 不覚。仲間を信じすぎたか?

 短剣を取り出して、自分の腿を突き刺す。
 その勢いで、貴族たちの首と、従者たちの首を切り落とす。

「誰か!」

「は」

 私の意識は、闇に閉ざされた。
 報告では、倒れた私を見つけた部下の一人が事情を察して緘口令を発布した。

 薬が抜けた私は、軍規違反を起こした者たちを処断した。

 王国の王都を半包囲して、半月が経過した。
 逃げ出してきた貴族や商人から情報を得て、王都に残っているのは、国王と数名だけだと解った。

 王国の命運も、あとわずかだ。

 明日。
 王国の命運を断ち切る。部下の前で、宣言をする。

 やはり、王国も帝国も同じだ。
 腐った貴族連中が蔓延っている。豪商と言われる者たちも同じだ。王国を飲み込んだあとは、帝国だ。腐敗の温床である宮廷貴族共を一掃する。

 その為にも、最後のピースが必要だ。

---

 部下に宣言して、王都に踏み入った。
 逃げ出せなかった市民たちが、窓の隙間や路地から私たちを見ている。無様な姿を見せられない。市民を害するつもりもない。

 少数で王城に向かう事にした。
 部下たちは、捕えた貴族や豪商の屋敷を抑えに行った。中に証拠が残っている可能性もある。
 また、王都の入口で炊き出しの指示を出した。

 報告では、半年以上も物資が不足していたはずだ。配給を行うように指示しても、豪商や貴族たちが奪い合っていたようだ。腐っている。本当に、一度殺しただけでは足りない連中だ。

 王城には簡単に到着した。

 門番が残っているのか?
 寝ているとは、こんな状況で残っているのも凄いが、寝てしまっているのも凄いな。

「起きろ!」

「あなた方は?」

 私たちを見ても驚かない。想像はしていたのだろう。それでも、しっかりと起きて立ち上がった姿は、門番の基本をしっかりと抑えている。

「門を開けろ」

 部下の言葉は乱暴だが、甘くみられるわけにはいかない。

「できません。ここは、ファロウズ王国の国王が住まわれる王城です。面会のお約束が無い方をお通しするわけには行きません」

 なっ
 少数といっても、30名は居るのだぞ?

 気でも狂っているのか?

「殺すぞ!」

 部下が剣を抜いて門番の首筋を狙う。
 他の者たちも剣を抜いている。

 無暗に殺す必要はないとは言っているが、門番が剣を抜いたら、そのまま殺すだろう。

 門番は、直立の体勢を崩さない。
 剣も手に持っているが、門番のスタイルのままだ。

「私も、死にたくはありません。しかし、一度、陛下から”門番”を任されたからには、殺されるからと言って逃げるわけには行きません」

 意味が解らない。
 死にたくないのなら、門を開ければいい。

「本当に殺すぞ。俺たちは、お前を殺して、門を壊すこともできる」

「解っております。しかし、私にも”門番”としての誇りがあります。貴方たちが、帝国兵としての誇りを持つのと同じです。お引き取り下さい」

 ”誇り”か?
 確かに、部下は”誇り”を持っているのか?

 この門番は、殺すには惜しい。
 今まで殺してきた貴族や豪商とは違う。本当の騎士だ。

 部下を下がらせて、馬上のまま門番の前に出る。

「約束はどうしたら取れる?」

 私の声を聞いて、眉を動かしたが、すぐに表情を戻した。
 声を聞けば、私が”女”であることもわかるだろう。帝国の文様を鎧に刻んでいることで、私の身分もわかるだろう。

「所定の手続きがあります。王国では、これが”法”です」

 ”法”か、私のことを知っていて、”法”を持ち出したのかもしれない。

「相分かった。手続きを教えていただけるか?」

「それは、私の権限では行えません」

「では、どうしたら?」

「わかりました。ここでお待ちいただけますか?詳しい者が居るか確認してまいります」

「お手数をおかけするが、頼めるか?」

「はい」

 どこまでも無礼な男だ。
 だが、心地よい無礼だ。

 その後、門番が連れてきた者たちは、王城に残っていた者たちだ。
 話を聞けば、上司が逃げ出したが、自分たちは、国民の税で生活をしてきた。死にたくはないが、税で生きてきた者として、陛下からの指示がない限りは、自分の職制の中で動かなければならないと言い切っていた。

 気持ちがよい男たちだ。
 このような者たちが、軍のトップに居たら、王国のトップを占めていたら、立場は逆になっていただろう。

 命運を司る神は、私に何をお望みなのだ?