『僕がそう呼ばれていることを知っているんですね』
俺がブログ主にしたように、ブログ主が痛いところを突いてきた。
いつも自分がしていることをされると、なんとも言えない気持ちになる。
『ネットの噂で知りました。』
嘘を返す。
実際に顔を見られていないのだから、これが嘘だということは伝わらないはずだ。
『噂ですか。なるほど、確かにあなたとは直接話した方がよさそうです』
それはただの文章だった。
それなのに、無性に背筋が凍った。
相手に見透かされているような気分だ。
『会ってくれるのですか』
『いいえ。配信アプリを使って話しましょう』
その返信にはURLがつけられていた。
俺はそれをクリックする。
ブログ主の配信ページに入ると、早速配信が始まった。
「聞こえますか?」
機械越しに聞く声の主は、俺より若いように感じた。
「もしかしてコメント出来ないのかな。なんでもいいんで、文字打ってもらえると助かります」
そう言われて、名前と挨拶の言葉を打って送信ボタンをクリックしてみる。
「お、来た来た。村田さん、よろしくお願いします」
当然、偽名だ。
本名を教えるわけがない。
さっきまでのやり取りは、この名前でやっていた。
「じゃあまず……なんで僕がこういう手段に出たかを言おうかな。村田さん……ネットの噂で僕が死神って言われてるって、嘘ですよね」
疑問符がついていなかった。
主は確信を得て、そう言っているらしい。
「なんでわかった?って戸惑ってるところかな。まあ簡単に言えば、噂されてないからです」
……どうやら俺は間違えたらしい。
「あ、安心してください。さっきまでのやり取りは、こちらで消しておいたので」
そんなことが出来るのか。
ネットでのやり取りを消すことは不可能だと思っていたが。
いや、表面上は消せるか。
完全なデータが消せないだけだ。
俺はその裏側を見すぎた。
「僕を死神と呼ぶのは……自殺した者だけです。つまり、村田さんは知人が自殺したか……警察ってことになります」
コメントなんて打つ余裕がなかった。
主が淡々と話し続ける。
「自殺した者の遺書。あれは、僕が言いました」
……は?
「個別にコンタクトを取ってきた人、つまり自殺したい、僕の考える世界にしたいと思って人に、そう残して欲しい、と」
これは……殺したも同然ではないだろうか。
「その遺書が全国的に出てくれば、僕にたどり着く。そうすると、僕の考えに賛同してくれる人が増える。そう思ったわけです」
自殺希望者を増やす、だと……?
ふざけるな。
人の命をなんだと思っているんだ。
そんな簡単に奪っていいものではない。
「んー……やっぱり会いますか、村田さん」
その声はどこか楽しそうに聞こえた。
「一方的に話しても伝わらないですし。なにより、僕の話を聞いて怒ってる……いえ、これはやめておきましょう。で、どうですか?」
……狂ってやがる。
怒りと、なんとも言えない恐怖とで、混乱する。
『会いましょう』
「よし。では、村田さんが場所、時間を指定してください」
そう言われて、明日の夕方、近くの人気のない場所を指定した。
「あー、ここですね。了解です。では、また明日」
そうして主は配信を終了した。
気が狂いそうだ。
正直、主の考え全てを反対していたわけではない。
わからないこともなかった。
だが、それはブログに書いてあることだけだ。
自殺する人を増やそうとするあたりは全く持って賛成できない。
主の問題視することの解決法。
もっといい方法があるはずだ。
だが、どれも主のたどり着く答えには敵わない。
「くそ……考えたこともなかった……」
一晩中そのことに悩まされ、俺はよく眠れなかった。
「お前……それ、本当か?」
翌日、先輩に死神のこと、ブログのことを話した。
「はい。ですが、確かな証拠がありません。このブログの主はただ自分の考えを書いているだけで、自殺を勧めてはいません」
「つまり、この考えを知って、自殺したってことか……」
「……それと、遺書の指示をしたのはこのブログ主でした」
先輩の顔が険しくなっていく。
「湯村は今日、このブログ主と接触するんだな?」
先輩は睨み続けていた俺のタブレットを返し、確認してきた。
「はい」
「じゃあ、俺がこの前自殺した奴のパソコン履歴を調べてみよう。このサイトにアクセスしていたら、上も動かせるだろ」
先輩の言葉が信じられなくて、思わず凝視してしまった。
「……なんだよ」
「いえ、お願いします」
なんだかんだ、先輩も市民が大切なんだな。
そう思いながら、一日の業務を終えた。
約束の時間が近付き、俺は待ち合わせ場所に向かう。
妙な緊張感に襲われる。
指定したのは、川辺だ。
夕方になると、恐ろしく人がいない場所。
そこに行くと、人影があった。
「……え……」
一気に動揺が走った。
夕日に照らされ、川面を眺めているのは、女子高生だった。
ただ女子高生が佇んでいるだけかもしれないと思ったが、彼女は俺に気付くと、小さく微笑んだ。
「村田さん……ですね?」
彼女はゆっくりと俺に近付いて言った。
その名を口にするのは、ブログ主しかいない。
間違いなく、彼女が死神だ。
さっきまで感じていたものとは全く別の緊張感。
そして、動揺。
「ふふ、固まってる」
彼女は俺を見て笑う。
その姿からはあの考え、大量自殺を企てているようには思えない。
「驚きました?」
頷くか返事をするかしたいところだが、俺の体は動かなかった。
「村田さんって、真面目な人なんですね。きっちりとした髪型にスーツが物語ってます」
俺の動揺なんかよそに、彼女は楽しそうに話す。
「でも……悲しみより怒りが強い。やっぱり、警察の人なんですね」
今度は悲しそうに笑う。
こんなにころころと表情が変わるのか……
しかしどれも目を奪われる。
「……どうして」
やっと出てきた声は、恐ろしく小さかった。
それでも彼女は笑わず、俺の声に耳を傾けてくれる。
「どうして、自殺者を増やそうとするんですか」
彼女は驚きの表情を見せたと思うと、笑いだした。
……不思議でわからない人だ。
「面白いくらい緊張してますね。うーん……なにから話そうかな」
俺は相手は男だと思っていたのだ。
ただでさえ狂っている奴に会うというだけで緊張していたのに、相手が女。
しかも、年下となると緊張しないわけがない。
免疫がないのだから。
「まあいいや。村田さんにほとんど伝わってないと思うので、初めから話しますね」
彼女はまた川面に視線を移した。
川面に反射した光に照らされる彼女は、不覚にも見とれてしまうくらい、美しい。
「この国の問題に、少子高齢化があります。そして地球温暖化。これらが問題視される、本当の理由を考えてみたんです」
彼女の真っ直ぐな視線に、真剣な気持ちが伝わってくる。
「どちらも、人間がいるから悪いのではないか、と思いました。子供が少ないのは教育の環境が整っていないことと、男女ともに働かなければならない時代が原因。高齢化は医療の発達」
後者については喜ばしいことのように思うが、彼女にとってはそうではないのだろう。
「地球温暖化だって同じです。人間が地球を壊してる。技術の発達が、温暖化を進めてます」
それに関しては同意する。
「どちらも解決するなら、この世界から人間がいなくなればいい」
しかしそのぶっ飛んだ結論には頷けない。
「若者を減らすことは違うとわかってます。でも、高齢者を殺すことだってできない。……だから、未来ある若者に訴えるしか出来なかった」
こちらを向いた彼女は、儚げな瞳をしていた。
気を抜けば吸い込まれてしまいそうだ。
彼女なりに世の中を変えようと思って、あのブログを書いたのだろう。
「村田さんは……この世を変えたいと命を絶った人たちを可哀想だと思いますか?私が殺したと、思いますか?」
まるで助けを求められているような気分だった。
俺は答えに迷う。
潤んだ瞳に、選択を間違えそうだ。
「思わない。……君がその解決法を思うのは、自由だ。それに関しては、俺が口出しできることではない。だが、苦しいから、誰かに聞いて欲しいからとブログに書き、発信してしまったことはよくない」
すると、彼女から表情が消えた。
背筋が凍る。
「もっと単純な人だと思ったのに」
さっきまでの彼女は演技だったようだ。
上手いこと騙されるところだった。
「じゃあどうしろって?この変わらない世界の中で、黙って生きろって?そんなこと出来ない。正しいと思う答えにたどり着いた。だから、行動した!私は間違ってない!」
感情を顕にした彼女を見て、少し安心した。
とても高校生には見えない雰囲気が崩れたような感覚だ。
まだ未完成で不完全。
だからこそ、間違いに気付きにくい。
彼女に対して何が出来ると言われれば、何も出来ない。
彼女ほど、この国の問題に対して思ったことがない俺に、どうしろと言う。
彼女と話していたら、俺のほうが子供のような気がしてくるのだ。
それでも、彼女よりは長く生き、経験を積んできた。
その中で思うことだってある。
「対策してないわけじゃない。発達したことに問題だってない。戻ることも出来ない。……その点で行けば、君の考えは正しい。だけど、それはその問題と向き合っていない。逃げている」
彼女は睨んでくるけれど、俺の話をきちんと聞いている。
間違っていると言われて反論してくるかと思ったが、どうやら違ったようだ。
彼女はきっと、答えを求めているだけだ。
この国の問題を解決する方法を。
そして、それを行動に移すことを。
国が問題視していて解決方法を考えていないわけがない。
だが、それが彼女に伝わっていないから、彼女は国が問題だと言っているだけで何もしていないと思っているのだろう。
目に見えた結果が欲しいのだろうか。
「君は……この国を変えたいのか?」
彼女は首を縦に振る。
高校生がそう思うような世の中なのか。
どうにかして答えを出したいところだが、俺だって二十歳そこらの若者だ。
彼女が納得できる答えなんて持ち合わせていない。
だけど、その答えを出さなければ。
そう思えば思うほど、何も考えられなくなった。
「……ねえ。拳銃、持ってる?」
彼女の質問には耳を疑った。
俺はその言葉を口にした彼女に再び恐怖を感じ、情けなく首を振ることしかできなかった。
「……じゃあいい」
彼女はスクールバックに手を入れた。
彼女の行動に目を奪われた俺は、頭が回っていなかった。
彼女が取り出したのはカッターだ。
刃が出てくる音に、恐怖心を支配されていく。
「なにを……」
「だってお兄さん、何も言わないのに意見だけ否定するから。だから……」
彼女はその先を言わなかった。
言わなかったけど、なんとなくわかった。
彼女はこの世を去るつもりなのだろう。
「ダメだ!」
俺は彼女の手からカッターを取り上げる。
彼女はさっきまでよりも強い憎しみを込めて俺を見た。
「初めからこうすればよかった。みんなに死んでもらうんじゃなくて、私が一番に死んで続いてもらえばよかった」