「結局これって何のためにやるんですかね?」
神崎が切込んだ角度はシンプルにして鋭かった。
原点に立ち戻ることは、混迷した会議のイロハのイである。
「我が街の振興のため、かな」
「それはわかってますよ。でもなんていうか、手段が目的化してしまってますよね…」
言いたいことはよくわかる。
今の寺岡の回答の場合、次に議論されるべきは振興のための最適な施策は何か、になる。でも既に施策は決まっている。そこに理由はない。いや、正確には、我々に納得のいく理由が説明されていない。
「じゃあ『部長に言われたからやる』とでも言うか。さすがにやる気が削がれるだろ」
自分で言って、自分でゲンナリしてくる。上から言われたからやりましょう、は最低の動機だ。そんなこと言いたくないし、言われたくもない。
不幸にもゲンナリ気分は神崎にも伝播したようで、沈黙の再来。
第一幕と同じ流れになってしまった…
現状を分析すると「変化がない」ことがこの会議の最大の毒素になっている気がする。ともあれホワイトボードに文字を書いてみることが大事では、と思い始めた。
目的:我が町の振興
先ほどの議論を踏まえてはいないが、ぶれることのない不変の理から構成していくのは悪くないだろう。
「どうしたんですか、突然」
「書いてみることが気付きになると思ってな」
そう言って、寺岡はホワイトボードの文字を凝視する。神崎も同じようにホワイトボードの文字を凝視し始めた。
「うーん、振興となるとやっぱり名物の宣伝とか交えたほうが良いですかね」
「名物、あるいは名所とかかな…」
「キャベツ、あるいは神社…」
キャベツも神社も嫌いではないが、キラーコンテンツとするにはあまりに頼りなかった。キャベツのシンポジウムというと、なんだか新興宗教っぽい怖さをはらんでいる。神社をメインコンテンツにするなら、神社で行うイベントに切り替えた方が良いだろう。シンポジウムにはならないが、それはそれで逃げ道としてはありうるかもしれない。
ともあれ、アイデア出しミーティングにおいてダメ出しはご法度なので、
「方向性は悪くないね」
と陽気にホワイトボードに書き込んでみる。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
議論が進んでいるのか、迷っているのか、寺岡自身もよくわからなくなっていた。そこで、少し観点を変えて、話を進めてみることにした。
「イベントの中身で勝負するか、ゲストで勝負するか。そのどっちを目指すのか、から考えてみるのもありではないかな?」
そう言って、とりあえず追記していく。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:中身 or ゲスト
「イベントの中身ってシンポジウムは確定ですよね」
うなずいて肯定の意を示す。
「シンポジウムのテーマってことですか?」
「そうだな。あと細かいけど、講演だけなのかパネルディスカッションも入れるか、とかかな」
いや、それは違うか。
「さすがにそれは集客に大きな影響はないか。論点はテーマに絞ろう」
「だとしても、ですよ。例えば、女性の社会進出とか、自動運転とか、いかにも流行りのテーマを打ち出したところで、それだけで人は集まりますかね」
なるほど、確かに神崎の言う通りかもしれない。特に流行りのテーマの場合、「誰が」主催しているかが重要なファクタとなりうる。国のイベントならともかく、弱小地方自治体がいくら耳触りの良いテーマを並べても世間はさほど注目しない。
「人が来るイメージ湧かないな」
「ですよね」
話は完結した。
結論は残念ではあるが、方向性は絞られてきた。
「つまり結局は魅力的な講演者が用意できるかどうか…」
「単純ですけどそうなりますね」
ホワイトボードも少しずつ白みを失っていく。
「中身」を消し、「ゲスト」の横に追記した。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
「客寄せパンダって、有名人ってことですよね?」
視野を広げれば色々選択肢はありそうではあるが、有名人を呼ぶのが最もわかりやすいだろう。
「いますかね。ただ同然で来てくれる有名人なんて」
悩ましい命題だった。とりあえずGoogle先生にお伺いを立ててみる。「講演 無料」っと。
「無料で講演を引き受けてくれる人は、いるにはいるみたいだが…」
この方々に集客力があるかどうかは、一つずつ精査しないといけない。
「こんな片田舎の自治体イベントに来てくれる有名人は…多分有名人じゃないです」
禅問答のような真理を神崎は言い放つ。
有名な人は客を呼び込める。客を呼び込めるというのはお金を生みだせる。お金を生みだせるならビジネスが発生する。当たり前の話だ。
そんなお金を生めるポテンシャルのある人が、我が街にただ同然で協力する理由はない。議論の行き詰まりを感じながらも、ホワイトボードに追記していく。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
→ 協力的な有名人
「協力的ってのは攻めどころになりますかね?」
「どういう意味だ?」
「つまりその、何と言いますか、ボランティア活動的なことをしたいと思っている人とか。積極的に禊をしたい人とか」
積極的に禊…なかなかのパワーワードが飛び出した。
「例えばですよ、不倫とかのスキャンダルで干されたタレントさんのイメージアップにつなげてもらいつつ、お客さんも呼ぶと」
面白い発想だった。
公務員のような手堅さを第一とする人種にはいささか不向きな戦略ではあったが、弱みに付け込むという発想は素晴らしい。
「同じような発想だと、犯罪歴ありのタレントという線もあるかもな」
更生の場の第一歩。我々のような弱小自治体のイベントはあまりに小さな一歩かもしれないが、小さい街への貢献だからこそ、逆に好感度は反比例的に上昇するかもしれない。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
→ 協力的な有名人
・訳アリの人
方向性の正しさに疑問を覚えて唸っていると、ここで会議室のドアをノックする音が響いた。次の会議室利用者からの「早く終われ」のサインだった。
この調子で進めて良いのだろうか。不安に満ちてはいたが、本日の会議はここで終了。次回は三日後。それぞれにコンテンツアイデアを三つ以上捻出するという宿題を課して、会議をお開きにした。
神崎が切込んだ角度はシンプルにして鋭かった。
原点に立ち戻ることは、混迷した会議のイロハのイである。
「我が街の振興のため、かな」
「それはわかってますよ。でもなんていうか、手段が目的化してしまってますよね…」
言いたいことはよくわかる。
今の寺岡の回答の場合、次に議論されるべきは振興のための最適な施策は何か、になる。でも既に施策は決まっている。そこに理由はない。いや、正確には、我々に納得のいく理由が説明されていない。
「じゃあ『部長に言われたからやる』とでも言うか。さすがにやる気が削がれるだろ」
自分で言って、自分でゲンナリしてくる。上から言われたからやりましょう、は最低の動機だ。そんなこと言いたくないし、言われたくもない。
不幸にもゲンナリ気分は神崎にも伝播したようで、沈黙の再来。
第一幕と同じ流れになってしまった…
現状を分析すると「変化がない」ことがこの会議の最大の毒素になっている気がする。ともあれホワイトボードに文字を書いてみることが大事では、と思い始めた。
目的:我が町の振興
先ほどの議論を踏まえてはいないが、ぶれることのない不変の理から構成していくのは悪くないだろう。
「どうしたんですか、突然」
「書いてみることが気付きになると思ってな」
そう言って、寺岡はホワイトボードの文字を凝視する。神崎も同じようにホワイトボードの文字を凝視し始めた。
「うーん、振興となるとやっぱり名物の宣伝とか交えたほうが良いですかね」
「名物、あるいは名所とかかな…」
「キャベツ、あるいは神社…」
キャベツも神社も嫌いではないが、キラーコンテンツとするにはあまりに頼りなかった。キャベツのシンポジウムというと、なんだか新興宗教っぽい怖さをはらんでいる。神社をメインコンテンツにするなら、神社で行うイベントに切り替えた方が良いだろう。シンポジウムにはならないが、それはそれで逃げ道としてはありうるかもしれない。
ともあれ、アイデア出しミーティングにおいてダメ出しはご法度なので、
「方向性は悪くないね」
と陽気にホワイトボードに書き込んでみる。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
議論が進んでいるのか、迷っているのか、寺岡自身もよくわからなくなっていた。そこで、少し観点を変えて、話を進めてみることにした。
「イベントの中身で勝負するか、ゲストで勝負するか。そのどっちを目指すのか、から考えてみるのもありではないかな?」
そう言って、とりあえず追記していく。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:中身 or ゲスト
「イベントの中身ってシンポジウムは確定ですよね」
うなずいて肯定の意を示す。
「シンポジウムのテーマってことですか?」
「そうだな。あと細かいけど、講演だけなのかパネルディスカッションも入れるか、とかかな」
いや、それは違うか。
「さすがにそれは集客に大きな影響はないか。論点はテーマに絞ろう」
「だとしても、ですよ。例えば、女性の社会進出とか、自動運転とか、いかにも流行りのテーマを打ち出したところで、それだけで人は集まりますかね」
なるほど、確かに神崎の言う通りかもしれない。特に流行りのテーマの場合、「誰が」主催しているかが重要なファクタとなりうる。国のイベントならともかく、弱小地方自治体がいくら耳触りの良いテーマを並べても世間はさほど注目しない。
「人が来るイメージ湧かないな」
「ですよね」
話は完結した。
結論は残念ではあるが、方向性は絞られてきた。
「つまり結局は魅力的な講演者が用意できるかどうか…」
「単純ですけどそうなりますね」
ホワイトボードも少しずつ白みを失っていく。
「中身」を消し、「ゲスト」の横に追記した。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
「客寄せパンダって、有名人ってことですよね?」
視野を広げれば色々選択肢はありそうではあるが、有名人を呼ぶのが最もわかりやすいだろう。
「いますかね。ただ同然で来てくれる有名人なんて」
悩ましい命題だった。とりあえずGoogle先生にお伺いを立ててみる。「講演 無料」っと。
「無料で講演を引き受けてくれる人は、いるにはいるみたいだが…」
この方々に集客力があるかどうかは、一つずつ精査しないといけない。
「こんな片田舎の自治体イベントに来てくれる有名人は…多分有名人じゃないです」
禅問答のような真理を神崎は言い放つ。
有名な人は客を呼び込める。客を呼び込めるというのはお金を生みだせる。お金を生みだせるならビジネスが発生する。当たり前の話だ。
そんなお金を生めるポテンシャルのある人が、我が街にただ同然で協力する理由はない。議論の行き詰まりを感じながらも、ホワイトボードに追記していく。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
→ 協力的な有名人
「協力的ってのは攻めどころになりますかね?」
「どういう意味だ?」
「つまりその、何と言いますか、ボランティア活動的なことをしたいと思っている人とか。積極的に禊をしたい人とか」
積極的に禊…なかなかのパワーワードが飛び出した。
「例えばですよ、不倫とかのスキャンダルで干されたタレントさんのイメージアップにつなげてもらいつつ、お客さんも呼ぶと」
面白い発想だった。
公務員のような手堅さを第一とする人種にはいささか不向きな戦略ではあったが、弱みに付け込むという発想は素晴らしい。
「同じような発想だと、犯罪歴ありのタレントという線もあるかもな」
更生の場の第一歩。我々のような弱小自治体のイベントはあまりに小さな一歩かもしれないが、小さい街への貢献だからこそ、逆に好感度は反比例的に上昇するかもしれない。
目的:我が町の振興
名物(キャベツ)、名所(神社)の宣伝(?)
ポイント:ゲスト(客寄せパンダ)
→ 協力的な有名人
・訳アリの人
方向性の正しさに疑問を覚えて唸っていると、ここで会議室のドアをノックする音が響いた。次の会議室利用者からの「早く終われ」のサインだった。
この調子で進めて良いのだろうか。不安に満ちてはいたが、本日の会議はここで終了。次回は三日後。それぞれにコンテンツアイデアを三つ以上捻出するという宿題を課して、会議をお開きにした。