講演を開始した瞬間、カメラのフラッシュは最高潮に達した。
 講演中の写真撮影は禁止としていたが、マイクを握った画を撮りたがることは予想できたので、講演冒頭だけはうるさく取り締まることはよそう。そんな話し合いをあらかじめ行っていた。

 自分を知る高坂の存在がどうしても気になる。高坂の方は極力見ないようにして、覚えた原稿内容を淡々と声に変えていく。

 聴講者の最前列に、A県知事とO市長の姿が見える。覆面への反応は心配だったが、その隣に座っている部長のにこやかな顔を見ていると、特段悪い印象には繋がっていないようだ。盛り上げることさえできれば、フクロウの本当の顔には興味がないということかもしれない。

 定員五百名の会場は満員御礼となっていた。駆け付けたマスコミは三十社以上。報道のされ方は気になるものの、今回のシンポジウムは成功だと言い切っても差し支えないだろう。
 
 講演は順調に進められている。
 何とか原稿を見ることなく、やりきれそうな感触である。
 スライドを用いた説明も終わり、最後はメッセージで締める。

「私はこのO市に生まれ、O市に育てられました。O市を深く愛しています。今日来てくださっているO市の皆さん、今後も一緒にO市を盛り上げましょう。O市以外の皆さん、また是非O市に遊びに来てください。皆さんがO市に捧げてくれた活動が、私の創作の原動力です」

 何とか言い切ることができた。
 講演を終え、会場前方の講演者控え席に着く。だが、ここにきて大きな問題が発生していた。覆面というものは、長時間装着するのはあまりに苦行であることに気付いたのである。
 早く帰りたい。
 兎にも角にも、このシンポジウムが無事に終わることに思いを馳せた。