真一さんは、店の経営にも見通しがついてきたので、経理を見てもらったお礼に夕食をご馳走したいと誘ってくれた。

久しぶりで二人でゆっくり食事ができるのでそれに甘えることにした。場所はお見合いをした料亭だった。あそこなら人目にもつきにくい。

ここの料亭へは伯父に一度連れて来てもらったことがあり、料理がとても美味しいと知っていた。部屋で真一さんが待っていてくれた。

私が座るとすぐに料理が運ばれてくる。お互いにビールを注いで乾杯をする。でも真一さんはどこか落ち着かなくてぎこちない。

出て来る料理を次々と平らげている。美味しいお料理なのによく味わっているのかしらと思うほど早く食べている。私はゆっくりと食べて味わっている。

「ここのお料理は本当に美味しいですね」

「そういってもらうと招待した甲斐がある。ゆっくり食べて」

「真一さんもゆっくり味わって食べてください」

「ああ」

「お店が順調になって良かったですね」

「ありがとう、結衣さんのお陰だ。本当にありがとう。助かった」

食べながらたわいのない話をする。でも真一さんは何かほかのことを考えているみたいで気もそぞろだ。

お腹が一杯になったころに、デザートが出てきた。今日は私も少しビールを飲んだ。真一さんと一緒だから安心している。気持ちがいい。最高の気分。

すると真一さんがもぞもぞして坐り直した。そして真剣な顔になって言ってくれた。

「結衣さん、俺と結婚してほしい。どうか俺のお嫁さんになってほしい。お願いします」

深々と頭を下げた。私はすぐに「お受けします。ありがとうございます。とっても嬉しいです」と応えた。

真一さんがこちらへ寄ってきてポケットからケースを取りだして、婚約指輪を私の薬指にはめてくれた。指輪はぴったりだった。そして抱き締められた。私がうっとりしているとキスしてくれた。いい感じ! 私たちは婚約した!

その時「お料理お済ですか?」と仲居さんが襖を開けた。真一さんは驚いて私から離れたが、口には私の口紅が付いていた。しっかり仲居さんに見られたと思う。私たちの様子に気が付いて「失礼しました」と慌てて襖を締めて行った。

良いところだったのに残念だった。私は真一さんの口についた口紅をハンカチでそっとぬぐってあげた。

「帰ろうか、送って行くから」

「はい」

店を出てタクシーに乗る時に、あの仲居さんが「申し訳ありませんでした」と謝っていた。真一さんは「口外しないでくれればいいから気にしないで」と言っていた。でもきっと噂になるだろう。あのカッコいい御曹司が地味な社長の姪といちゃいちゃしていたと!

私を送って別れ際に真一さんは「すぐに伯父さんにご挨拶に行くから」と言っていた。

次の日に真一さんは朝一番で『吉野』の本店に社長を訪ねてきた。そして私と婚約したことを伝えてくれた。伯父は「地味な姪が結婚しないので心配していた。真一さんと結婚することになってこんなにめでたいことはない」と喜んでくれたことをあとから聞いた。

真一さんがお見合いして地味な私と交際していることはもう社員の誰もが知っていた。社長の真一さんは、私と婚約したことを月1回全員で行っている朝の月例ミーティングで報告したという。

パートの年配女子社員から「ご婚約おめでとうございます。社長が見初められたお方だから、よっぽどよい方なんでしょうね」と言われたが「その言い方には全くいやみがなかったし、感じられなかった。結衣さんが褒められているように思えて嬉しかった」と教えてくれた。

私はそれを聞いて、真一さんのお店の社員の方は見る目があっていい方ばかりだと、とても嬉しかった。でもうちの店の社員はあんな噂話をしてと、思い出して悔しさでいっぱいになった。

「私のことはともかく真一さんのことを悪く言われたのが悔しい」と真一さんにいうと、「いつも冷静な結衣さんらしくないね、その恨みは二人の結婚式で果たしてやればいいじゃないか」と言ってなだめてくれた。

結婚式の会場と日程を決めたので、結婚式の司会を頼みに山本隆一さんのところへ二人で会いに行った。

真一さんは電話では二人で行くと言っただけで、あえて婚約者はあの白石結衣さんだとは言わなかったという。

『山城』本店の応接室で待っていると、あの山本隆一さんが現れた。もう老舗『山城』の立派な社長さんだ。

「どうしたんだ! 婚約相手というのは白石結衣さんか? 行方知れずになったと言って大騒ぎしていたのにいったいどうなっているんだ」

真一さんは山本さんに偶然にお見合いで私と再会してからこれまでのことを話した。

「俺も真一が菓子店の社長の地味な姪子さんとお見合いをしたと言う話は噂で聞いていたが、まさかその地味な姪子さんが白石さんだったとは思いもつかなかった」

「やはり、同業では真一さんが社長の地味な姪とお見合いをして付き合っていると言う噂が広がっていたんですね。それもお金目当てだとか言って」

私はその噂をムキになって確認した。山本さんはその噂を否定はしなかった。私はそれでますます感情的になってしまった。

「結婚式では前の絵里香よりもずっとずっと素敵な女性に変身して、その噂話を打ち砕いてやります。誰よりも大切な真一さんが侮辱されました。絶対に見返してやります!」

「まあ、まあ、そう興奮するなよ、そんな結衣さんを初めてみた。俺のためと言ってくれるのが嬉しい」

「おいおい、二人でのろけ合っていないで、俺に頼みってなんだ」

「結婚式の司会を頼みたいんだが、引き受けてくれないか?」

「喜んで引き受けるが条件がある。俺に友人代表の挨拶もさせろ! それが条件だ。おまえも俺の結婚式では友人代表で挨拶しただろう。だから俺にもさせろ!」

「分かった。司会と友人代表の挨拶をお願いしたい」

「承知した」

それから3人でこれまでのことを思い出しながら話をした。山本さんは真一さんの店のことを心配してくれていて、ときどき電話をくれて、経営の相談も聞いてくれていたそうだ。

持つべきものは親友だ。真一さんは良い友達を持っている。山本さんは私たち二人の婚約を心から喜んでくれた。

二人の新居は駅裏の新築のマンションを購入することにした。真一さんの前の会社の退職金を頭金にしてローンを組んだ。ここにいれば、駅の土産物売り場の売れ具合と他店の状況が毎日手に取るように分かるといっていた。さすがに社長らしい。私も賛成した。