交際を始める最初のデートをどうしようかと篠原さんは迷ったみたい。街中で二人が歩いていると結構人目につく。だからドライブはどうかと相談された。私は行きたいと伝えた。
私は土曜日も仕事があるので、デートは日曜日の朝から出かけることになった。篠原さんが9時に家まで車で迎えに来てくれた。
ドアホンが鳴ったのですぐに作ったお弁当を抱えて玄関ドアを開けた。篠原さんがニコニコして待っていてくれた。私の後から母が出て挨拶をする。
「結衣の母親の白石澄子です。わざわざお迎えに来ていただいてありがとうございます。結衣がお世話になります。どうかよろしくお願いいたします」
「初めまして、篠原真一です。お嬢さんをしばらくお預かりします」
「娘にはもう少しオシャレをしないと篠原さんに失礼だと言ったのですが、そういうことに無頓着でお気を悪くなさらないで下さい」
今日の私の服装もおばさん風に見えると思う。ここのところ着飾らないようにしていたからデートするのにふさわしい適当な服もなかった。
「いえ、そういうところが白石さんらしくて良いと思っています。お気になさらないで下さい」
後ろから車が来たのですぐに車に乗り込んだ。家の前の道路は狭いので車がすれ違えない。すぐに出発した。
「今日は天気も良いので、海岸を回って来たいと思っているけど、いいかい?」
「そうですね。しばらく海を見ていなかったのでいいですね。お弁当を作って来ましたので、お昼は弁当をゆっくり食べられるところを探し下さい」
「白石さんのお弁当か、楽しみだ」
「あり合わせで作りましたので、お口に合えばいいですが」
「同居していた時に朝食や夕食を作ってくれたけど、美味しかったから大丈夫だ」
直ぐに海の見えるところまで来た。海を近くで見るのは久しぶり。ここへ帰ってくる時に新幹線から見たけど、以前の在来線とは違って海から離れたところを走っていたのでよく見えなかった。今日は波も穏やかだ。篠原さんは機嫌よく運転している。
「白石さんは運転免許を持っているの?」
「はい、ここへ帰ってきて2か月くらい経つと、どうしても必要と分かったので取りました」
「そうだね、ここでは自動車がないと何かと不便だからね。どんな車に乗っているの?」
「母が乗っている軽自動車です。市内だけですからそれで十分です。それに家の前は道が狭いですから」
「免許を持っていらっしゃったんですね」
「ああ、大学を卒業する4年生の夏休みにここへ帰ってきてとった。親父が就職したら取れないから取っておけと言うので」
「この車は篠原さんのですか?」
「親父の車だ。今日は借りてきた。俺もここへ帰ってきてからすぐに教習所へ3日ほど通って練習した。ペーパードライバーだったので免許は当然ゴールドだけどね」
「安全運転でお願いします」
「もちろん、大切な人を乗せているからね」
「行き先はまかせてくれる? 連れていきたいところがあるから」
「はい、おまかせします」
10時前に水族館に着いた。
「水族館はどうかと思って来たけどいいかい?」
「水族館なんて小学校以来です」
「ここのジンベエザメが有名なので見たいと思っていたんだ」
「私も見てみたい」
すごく大きなサメが泳いでいた。そして水槽はもっと大きかった。二人とも優雅に泳ぐ姿に見入ってしまって時間を忘れた。
「見ていると癒されますね」
「そうだね。ゆったり泳いでいる。見ていると確かに癒される。でも俺があのサメだったら」
「サメだったら?」
「きっと退屈して死んでしまうかもしれない」
「あなたらしいですね」
「まあ、ここにいれば餌は貰えるし、外敵もいない。でも恋をしようとしても相手がいない。可哀そうだ」
「もう一匹入れてあげればいいのにね」
「なかなか捕まえられないのだろう。俺もこうして君を捕まえるのに苦労したからね」
「恋の相手に出会うのはどこの世界でも大変なのでしょう」
「そうだね、だからこの再会を大切にしたい」
「私もそう思っています」
館内を見て回った。私から手を繋いだ。自然と篠原さんも繋いでくれた。気が付くともうお昼近くになっていた。
「どこかでお弁当を食べましょう」
「近くに海水浴場がある。季節外れだから人がいないだろう。行ってみないか」
「海岸に座って海を見ながら食べましょう」
すぐに目的の海水浴場に着いた。広い駐車場には車が数台とまっているだけで、人気がない。これなら落ち着いてゆっくり海岸で食べられる。私は用意して来た敷物を取り出して渡した。
波打ち際から少し離れた場所で食べることになった。海の方から吹く風が心地よい。私の作った幕の内弁当を取り出して並べた。
「美味しい、君の手作りの料理を久しぶりに食べた。ありがとう」
「すみません、それ全部私が作った訳ではありません。母が半分くらい作ってくれました」
「黙っていれば分からないのに正直だね。でもお母さんも料理が上手だね」
「母は料理が上手なので私が教わっただけです。今日はお弁当を作って行きなさいと言われてその気になりました。母の言うとおりですね。篠原さんが喜んでくれましたから。母の言うことを聞いてよかったです」
「それで、できたらその篠原さんはやめてくれないか? 昔のことを思いだすから。よかったら真一さんとか、名前で呼んでくれないか?」
「確かにそうですね。それでよろしければそう呼びます。私も結衣と呼んでいただけますか?」
「呼び捨てはどうも気が引けるから結衣さんと呼ぶことにしよう」
篠原さんには遠慮があるのだろうか?「結衣」とは呼んでくれなかった。確かに今座っているけど二人の間には距離がある。2年もの間、遠ざかっていたのだからしかたがない。いつになったらこの距離を埋められるのだろう。時間が解決してくれるのだろうか?
お弁当を食べ終わると、海外線をずっと走り続けて突端の岬に着いた。この岬は海から昇る朝日と海に沈む夕陽が同じ場所で見られることで有名なんだとか、篠原さんが説明してくれた。私のために下調べをしてきてくれたみたいで嬉しかった。
両側に海が広がって景色がいい。灯台があると言うので二人で歩いて行った。人がいなくて静かな所だった。
「見晴らしがすごくいい。気持ちがいいわ」
後ろから抱き締められた。ひょっとするとこうなるかなと思っていた。前にもこんなことがあった。でも緊張する。動けないし動かない。
随分長く抱き締められていた。身体を動かそうとすると向きを替えられてキスされた。最初にマンションでキスされた時もこうだった。あの日のことを思い出してしまう。今はメガネが邪魔をする。
キスの後、顔をじっと見られた。恥ずかしくて下を向いた。もう少し可愛くしてくれば良かったとこの時思った。また、キスをされて抱き締められた。私を放したくないと言うようにいつまでも抱き締めてくれていた。
子供の声がしたので、とっさに身体を離そうとした。抱き締めていた力が緩んだ。それから二人は何食わぬ顔で距離をとった。でも私はしっかり手を握って離さなかった。二人のそばを子供たちが駆け抜けていった。そのあとから両親が追い付いて来た。
二人は元来た道を戻ってきた。黙って手を繋いでいるだけだったけど、もう心が通い合っていると思った。ようやく車に乗り込んだ。誰かに見られているようで落ち着かなかった。私を引き寄せてまたキスをしてくれた。嬉しかった。
「そろそろ帰ろうか? 帰りは来た道とは違う道にするからね」
「それがいいです」
帰り道はほとんど話をしなかった。話をしなくても私は十分心が満たされていた。ずっと黙って穏やかな海を見ていた。私が黙っているのが不安なのか、信号待ちの間に手を伸ばしてきて私の手を握るので、握り返してあげる。彼の顔が緩む。
休憩に海辺のレストランに入ってコーヒーを飲んだ。ここでもほとんど話をしなかった。テーブルの上で手を握り合っていただけだった。話したいことがいっぱいあったのに、今はこうして二人でいるだけでよかった。
4時を少し過ぎたころに、私の家に着いた。母が出てきたので、真一さんが帰りのレストランで買ったお土産を渡して、お弁当のお礼を言っていた。
立ち話をしているとすぐに車が来たので急いで車を出して帰って行った。楽しいドライブだった。今度は紅葉を見に二人で山へ行ってみたいと言われた。
私は土曜日も仕事があるので、デートは日曜日の朝から出かけることになった。篠原さんが9時に家まで車で迎えに来てくれた。
ドアホンが鳴ったのですぐに作ったお弁当を抱えて玄関ドアを開けた。篠原さんがニコニコして待っていてくれた。私の後から母が出て挨拶をする。
「結衣の母親の白石澄子です。わざわざお迎えに来ていただいてありがとうございます。結衣がお世話になります。どうかよろしくお願いいたします」
「初めまして、篠原真一です。お嬢さんをしばらくお預かりします」
「娘にはもう少しオシャレをしないと篠原さんに失礼だと言ったのですが、そういうことに無頓着でお気を悪くなさらないで下さい」
今日の私の服装もおばさん風に見えると思う。ここのところ着飾らないようにしていたからデートするのにふさわしい適当な服もなかった。
「いえ、そういうところが白石さんらしくて良いと思っています。お気になさらないで下さい」
後ろから車が来たのですぐに車に乗り込んだ。家の前の道路は狭いので車がすれ違えない。すぐに出発した。
「今日は天気も良いので、海岸を回って来たいと思っているけど、いいかい?」
「そうですね。しばらく海を見ていなかったのでいいですね。お弁当を作って来ましたので、お昼は弁当をゆっくり食べられるところを探し下さい」
「白石さんのお弁当か、楽しみだ」
「あり合わせで作りましたので、お口に合えばいいですが」
「同居していた時に朝食や夕食を作ってくれたけど、美味しかったから大丈夫だ」
直ぐに海の見えるところまで来た。海を近くで見るのは久しぶり。ここへ帰ってくる時に新幹線から見たけど、以前の在来線とは違って海から離れたところを走っていたのでよく見えなかった。今日は波も穏やかだ。篠原さんは機嫌よく運転している。
「白石さんは運転免許を持っているの?」
「はい、ここへ帰ってきて2か月くらい経つと、どうしても必要と分かったので取りました」
「そうだね、ここでは自動車がないと何かと不便だからね。どんな車に乗っているの?」
「母が乗っている軽自動車です。市内だけですからそれで十分です。それに家の前は道が狭いですから」
「免許を持っていらっしゃったんですね」
「ああ、大学を卒業する4年生の夏休みにここへ帰ってきてとった。親父が就職したら取れないから取っておけと言うので」
「この車は篠原さんのですか?」
「親父の車だ。今日は借りてきた。俺もここへ帰ってきてからすぐに教習所へ3日ほど通って練習した。ペーパードライバーだったので免許は当然ゴールドだけどね」
「安全運転でお願いします」
「もちろん、大切な人を乗せているからね」
「行き先はまかせてくれる? 連れていきたいところがあるから」
「はい、おまかせします」
10時前に水族館に着いた。
「水族館はどうかと思って来たけどいいかい?」
「水族館なんて小学校以来です」
「ここのジンベエザメが有名なので見たいと思っていたんだ」
「私も見てみたい」
すごく大きなサメが泳いでいた。そして水槽はもっと大きかった。二人とも優雅に泳ぐ姿に見入ってしまって時間を忘れた。
「見ていると癒されますね」
「そうだね。ゆったり泳いでいる。見ていると確かに癒される。でも俺があのサメだったら」
「サメだったら?」
「きっと退屈して死んでしまうかもしれない」
「あなたらしいですね」
「まあ、ここにいれば餌は貰えるし、外敵もいない。でも恋をしようとしても相手がいない。可哀そうだ」
「もう一匹入れてあげればいいのにね」
「なかなか捕まえられないのだろう。俺もこうして君を捕まえるのに苦労したからね」
「恋の相手に出会うのはどこの世界でも大変なのでしょう」
「そうだね、だからこの再会を大切にしたい」
「私もそう思っています」
館内を見て回った。私から手を繋いだ。自然と篠原さんも繋いでくれた。気が付くともうお昼近くになっていた。
「どこかでお弁当を食べましょう」
「近くに海水浴場がある。季節外れだから人がいないだろう。行ってみないか」
「海岸に座って海を見ながら食べましょう」
すぐに目的の海水浴場に着いた。広い駐車場には車が数台とまっているだけで、人気がない。これなら落ち着いてゆっくり海岸で食べられる。私は用意して来た敷物を取り出して渡した。
波打ち際から少し離れた場所で食べることになった。海の方から吹く風が心地よい。私の作った幕の内弁当を取り出して並べた。
「美味しい、君の手作りの料理を久しぶりに食べた。ありがとう」
「すみません、それ全部私が作った訳ではありません。母が半分くらい作ってくれました」
「黙っていれば分からないのに正直だね。でもお母さんも料理が上手だね」
「母は料理が上手なので私が教わっただけです。今日はお弁当を作って行きなさいと言われてその気になりました。母の言うとおりですね。篠原さんが喜んでくれましたから。母の言うことを聞いてよかったです」
「それで、できたらその篠原さんはやめてくれないか? 昔のことを思いだすから。よかったら真一さんとか、名前で呼んでくれないか?」
「確かにそうですね。それでよろしければそう呼びます。私も結衣と呼んでいただけますか?」
「呼び捨てはどうも気が引けるから結衣さんと呼ぶことにしよう」
篠原さんには遠慮があるのだろうか?「結衣」とは呼んでくれなかった。確かに今座っているけど二人の間には距離がある。2年もの間、遠ざかっていたのだからしかたがない。いつになったらこの距離を埋められるのだろう。時間が解決してくれるのだろうか?
お弁当を食べ終わると、海外線をずっと走り続けて突端の岬に着いた。この岬は海から昇る朝日と海に沈む夕陽が同じ場所で見られることで有名なんだとか、篠原さんが説明してくれた。私のために下調べをしてきてくれたみたいで嬉しかった。
両側に海が広がって景色がいい。灯台があると言うので二人で歩いて行った。人がいなくて静かな所だった。
「見晴らしがすごくいい。気持ちがいいわ」
後ろから抱き締められた。ひょっとするとこうなるかなと思っていた。前にもこんなことがあった。でも緊張する。動けないし動かない。
随分長く抱き締められていた。身体を動かそうとすると向きを替えられてキスされた。最初にマンションでキスされた時もこうだった。あの日のことを思い出してしまう。今はメガネが邪魔をする。
キスの後、顔をじっと見られた。恥ずかしくて下を向いた。もう少し可愛くしてくれば良かったとこの時思った。また、キスをされて抱き締められた。私を放したくないと言うようにいつまでも抱き締めてくれていた。
子供の声がしたので、とっさに身体を離そうとした。抱き締めていた力が緩んだ。それから二人は何食わぬ顔で距離をとった。でも私はしっかり手を握って離さなかった。二人のそばを子供たちが駆け抜けていった。そのあとから両親が追い付いて来た。
二人は元来た道を戻ってきた。黙って手を繋いでいるだけだったけど、もう心が通い合っていると思った。ようやく車に乗り込んだ。誰かに見られているようで落ち着かなかった。私を引き寄せてまたキスをしてくれた。嬉しかった。
「そろそろ帰ろうか? 帰りは来た道とは違う道にするからね」
「それがいいです」
帰り道はほとんど話をしなかった。話をしなくても私は十分心が満たされていた。ずっと黙って穏やかな海を見ていた。私が黙っているのが不安なのか、信号待ちの間に手を伸ばしてきて私の手を握るので、握り返してあげる。彼の顔が緩む。
休憩に海辺のレストランに入ってコーヒーを飲んだ。ここでもほとんど話をしなかった。テーブルの上で手を握り合っていただけだった。話したいことがいっぱいあったのに、今はこうして二人でいるだけでよかった。
4時を少し過ぎたころに、私の家に着いた。母が出てきたので、真一さんが帰りのレストランで買ったお土産を渡して、お弁当のお礼を言っていた。
立ち話をしているとすぐに車が来たので急いで車を出して帰って行った。楽しいドライブだった。今度は紅葉を見に二人で山へ行ってみたいと言われた。