時間は直ぐに過ぎた。もう3時になった。玄関ドアの閉まる音がした。両親がこられたみたい。呼びに来るのを部屋で待っていればいい。
しばらくして、ドアがノックされる。出番だ!
「出てきて、両親と会ってくれないか? 紹介するから」
私はドアを開けて出て行った。まっすぐ前をみていたが、篠原さんの驚く顔が見えた。出た後、すぐに部屋を覗いているが他に誰もいるはずがない。
「まさか! 君は!」
絵里香の私はゆっくり歩いて両親の前に行って深くお辞儀をした。
私の後ろに立っている彼はまだ動転しているのか声もない。しばらく間があった。深呼吸をしたと思ったら話し出した。
「しし紹介します。こちらが石野絵里香さんです。ここ半年ここで一緒に生活しています」
「初めまして石野絵里香です」
「真一、そんな話は聞いていないぞ!」
「いずれは結婚を考えています」
「おまえには店を継いでもらいたいと考えている。嫁もそれ相応の人と考えている」
「そんなに簡単に結婚を考えていいの、真一」
「彼女の前でその話はないだろう。失礼だろう」
「あなたには社長の嫁としての覚悟はあるのか?」
「その話は彼女には関係ない」
「関係なくはないわよ。私も大変だったから」
「俺は認めん。帰るぞ!」
「あなた、せっかく来たんですから、泊っていきましょうよ。石野さんともお話してはどうですか?」
「いや、帰る。帰ってお互いに頭を冷やす。失礼する」
お父さまが席を立ったので、お母さまも付いて行った。
「親父、落ち着いて、頭を冷やして考えてくれ! 俺の好きな人と結婚させてくれ!」
「おまえこそ、どこの馬の骨かしらん女と軽々しく結婚するというな! 頭を冷やすのはおまえの方だ!」
やはり喧嘩別れになった。篠原さんが想像していたとおりになった。彼は玄関まで行って話しかけている。私はソファーに坐った。彼は両親を送り出すとすぐに戻ってきた。
「悪かったな、いやな役目を頼んで」
「想像していたとおりでしたから」
「済まない。君が絵里香だなんて今の今まで全く気が付かなかった」
「私もだます気はなかったんです。でもすぐに本当のことを言わずに申し訳ありませんでした」
「俺は本当に今迄どうかしていた。見る目がないと言うか何にも見ていないというか嘆かわしい限りだ」
「いえ、同居の契約書に恋愛関係にならないという条項がありましたから」
「すぐにでも契約書を改訂して削除しよう」
「それでいいんですか?」
「そうしたい。そして俺と付き合ってくれないか?」
「いまさら付き合ってくれはないと思います。もう半年も一緒に暮らしているのですよ」
「そうだな」
「俺のことをどう思ってくれているんだ? あの時、俺の部屋に泊まってくれたじゃないか? 俺が好きだからじゃなかったのか?」
「どうしてか今も分からないのです。あのときどうしてあんな気持ちになったのか?」
「俺は絵里香が好きだったし、今もその思いは変わらない」
「あなたのことがよく分からないのです。一緒に暮らして、あなたの裏も表も見てきました。あなたがこの私をどう思ってくれているのか分からないのです」
「だから、付き合ってくれと言っている。付き合ってくれれば分かるようにする」
「私と絵里香のどちらと付き合いたいのですか?」
「どちらでもない君自身とだ」
「考えさせてください」
「俺も混乱している。考えてみてくれ。いずれにしてもこのまま同居は続けたいと思っている。契約を変更しよう。ただし解除はしない」
「それも考えさせてください」
「分かった」
そう言うと私は部屋に戻って、部屋から出なかった。彼と顔を合わせたくなかったし、これからのことを考えたかった。
************************************
翌朝、私は契約どおりに元の地味な結衣に戻ることにした。朝食の用意をしていると、篠原さんが起きてきた。機嫌は悪くないみたい。
「おはよう。元に戻ったんだ。絵里香のままでいてくれないのか?」
「始めは地味にしてくれた方がよいとおっしゃっていました。契約どおりにしているだけです。見た目で気持ちが変わるのですか?」
「難しい質問だね。人は見た目が9割という。俺は絵里香に恋をしていたんだ」
「今の地味な私ではないのですね」
「そうかもしれない。じゃあ君は絵里香ではないのか?」
「今は白石結衣で、石野絵里香ではありません」
「使い分けている?」
「そんな器用なことはできません」
「絵里香が好きなら、今の私も好きなはずです」
「何と言って良いのか、どうしてか俺は絵里香が好きになったんだ」
「そうですか」
私はそういわれても絵里香になろうとは思わなかった。どうして地味な結衣を好きになってはくれないのか、彼の気持ちが分からなかった。
私の篠原さんへの気持ちも分からなくなった。すごく純粋なところが見えると思うと、女の子とはとっかえひっかえ付き合っている。
彼の気まぐれで、絵里香の私もOne of them のように思われてきて、疑心暗鬼になった。それで、気持ちの整理がつくまでは今までどおりにしていようと思った。
************************************
2日後、篠原さんに九州支社の機構改革のための1週間の出張が入った。篠原さんは「今、ここを離れたくないけど、仕事だからしかたがない。お互いに一人になって二人のこれからをよく考えてみる良い機会かもしれない」といって出かけて行った。
次の日の夜、母から電話が入った。母は53歳になったばかりだったが、定期検診で乳がんが見つかったとのことだった。ステージは2、来週には手術の予定だと言う。
母には苦労をかけっぱなしだった。私を大学までそれも都会の大学にまで出してくれた。それから私の自由にしてよいと東京での就職も認めてくれた。このまま、母が死んでしまうようなことがあれば悔いが残る。すぐに帰ろうと思った。
篠原さんとの関係もこれ以上は進みようもない。ご両親は結婚に反対だし、このまま暮らしていてもお互いに辛いだけだと思った。
一晩寝たら決心は揺るぎないものになっていた。篠原さんもいないし、引き留める人もいない。すぐに派遣会社に電話を入れて退職の希望を伝えた。引越し屋に電話して見積もりを頼んだ。
山内さんにも電話を入れた。彼女には家庭事情で会社を辞めることにしたと伝えた。彼女には篠原さんに私が絵里香だと明かしたと伝えた。そして両親に結婚を反対されたとも伝えた。だから、これを機会に彼と別れて故郷へ帰ることにしたと言った。
そして、篠原さんに私のことを聞かれたら何も聞いていないと言ってほしいと頼んだ。山内さんはすべてを察して承知してくれた。それに彼女は私の出身地は知らないはずだった。
篠原さんが東京へ帰ってくる3日前には仕事の引継ぎもすべて完了した。午前10時に荷物を搬出したが、ほとんど段ボール箱だったので、すぐに終わった。鍵はコンシェルジェに預けた。
素敵なマンションで良い夢を見させてもらった。ありがとう、さようなら! 私は過去との連絡を断った。
しばらくして、ドアがノックされる。出番だ!
「出てきて、両親と会ってくれないか? 紹介するから」
私はドアを開けて出て行った。まっすぐ前をみていたが、篠原さんの驚く顔が見えた。出た後、すぐに部屋を覗いているが他に誰もいるはずがない。
「まさか! 君は!」
絵里香の私はゆっくり歩いて両親の前に行って深くお辞儀をした。
私の後ろに立っている彼はまだ動転しているのか声もない。しばらく間があった。深呼吸をしたと思ったら話し出した。
「しし紹介します。こちらが石野絵里香さんです。ここ半年ここで一緒に生活しています」
「初めまして石野絵里香です」
「真一、そんな話は聞いていないぞ!」
「いずれは結婚を考えています」
「おまえには店を継いでもらいたいと考えている。嫁もそれ相応の人と考えている」
「そんなに簡単に結婚を考えていいの、真一」
「彼女の前でその話はないだろう。失礼だろう」
「あなたには社長の嫁としての覚悟はあるのか?」
「その話は彼女には関係ない」
「関係なくはないわよ。私も大変だったから」
「俺は認めん。帰るぞ!」
「あなた、せっかく来たんですから、泊っていきましょうよ。石野さんともお話してはどうですか?」
「いや、帰る。帰ってお互いに頭を冷やす。失礼する」
お父さまが席を立ったので、お母さまも付いて行った。
「親父、落ち着いて、頭を冷やして考えてくれ! 俺の好きな人と結婚させてくれ!」
「おまえこそ、どこの馬の骨かしらん女と軽々しく結婚するというな! 頭を冷やすのはおまえの方だ!」
やはり喧嘩別れになった。篠原さんが想像していたとおりになった。彼は玄関まで行って話しかけている。私はソファーに坐った。彼は両親を送り出すとすぐに戻ってきた。
「悪かったな、いやな役目を頼んで」
「想像していたとおりでしたから」
「済まない。君が絵里香だなんて今の今まで全く気が付かなかった」
「私もだます気はなかったんです。でもすぐに本当のことを言わずに申し訳ありませんでした」
「俺は本当に今迄どうかしていた。見る目がないと言うか何にも見ていないというか嘆かわしい限りだ」
「いえ、同居の契約書に恋愛関係にならないという条項がありましたから」
「すぐにでも契約書を改訂して削除しよう」
「それでいいんですか?」
「そうしたい。そして俺と付き合ってくれないか?」
「いまさら付き合ってくれはないと思います。もう半年も一緒に暮らしているのですよ」
「そうだな」
「俺のことをどう思ってくれているんだ? あの時、俺の部屋に泊まってくれたじゃないか? 俺が好きだからじゃなかったのか?」
「どうしてか今も分からないのです。あのときどうしてあんな気持ちになったのか?」
「俺は絵里香が好きだったし、今もその思いは変わらない」
「あなたのことがよく分からないのです。一緒に暮らして、あなたの裏も表も見てきました。あなたがこの私をどう思ってくれているのか分からないのです」
「だから、付き合ってくれと言っている。付き合ってくれれば分かるようにする」
「私と絵里香のどちらと付き合いたいのですか?」
「どちらでもない君自身とだ」
「考えさせてください」
「俺も混乱している。考えてみてくれ。いずれにしてもこのまま同居は続けたいと思っている。契約を変更しよう。ただし解除はしない」
「それも考えさせてください」
「分かった」
そう言うと私は部屋に戻って、部屋から出なかった。彼と顔を合わせたくなかったし、これからのことを考えたかった。
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翌朝、私は契約どおりに元の地味な結衣に戻ることにした。朝食の用意をしていると、篠原さんが起きてきた。機嫌は悪くないみたい。
「おはよう。元に戻ったんだ。絵里香のままでいてくれないのか?」
「始めは地味にしてくれた方がよいとおっしゃっていました。契約どおりにしているだけです。見た目で気持ちが変わるのですか?」
「難しい質問だね。人は見た目が9割という。俺は絵里香に恋をしていたんだ」
「今の地味な私ではないのですね」
「そうかもしれない。じゃあ君は絵里香ではないのか?」
「今は白石結衣で、石野絵里香ではありません」
「使い分けている?」
「そんな器用なことはできません」
「絵里香が好きなら、今の私も好きなはずです」
「何と言って良いのか、どうしてか俺は絵里香が好きになったんだ」
「そうですか」
私はそういわれても絵里香になろうとは思わなかった。どうして地味な結衣を好きになってはくれないのか、彼の気持ちが分からなかった。
私の篠原さんへの気持ちも分からなくなった。すごく純粋なところが見えると思うと、女の子とはとっかえひっかえ付き合っている。
彼の気まぐれで、絵里香の私もOne of them のように思われてきて、疑心暗鬼になった。それで、気持ちの整理がつくまでは今までどおりにしていようと思った。
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2日後、篠原さんに九州支社の機構改革のための1週間の出張が入った。篠原さんは「今、ここを離れたくないけど、仕事だからしかたがない。お互いに一人になって二人のこれからをよく考えてみる良い機会かもしれない」といって出かけて行った。
次の日の夜、母から電話が入った。母は53歳になったばかりだったが、定期検診で乳がんが見つかったとのことだった。ステージは2、来週には手術の予定だと言う。
母には苦労をかけっぱなしだった。私を大学までそれも都会の大学にまで出してくれた。それから私の自由にしてよいと東京での就職も認めてくれた。このまま、母が死んでしまうようなことがあれば悔いが残る。すぐに帰ろうと思った。
篠原さんとの関係もこれ以上は進みようもない。ご両親は結婚に反対だし、このまま暮らしていてもお互いに辛いだけだと思った。
一晩寝たら決心は揺るぎないものになっていた。篠原さんもいないし、引き留める人もいない。すぐに派遣会社に電話を入れて退職の希望を伝えた。引越し屋に電話して見積もりを頼んだ。
山内さんにも電話を入れた。彼女には家庭事情で会社を辞めることにしたと伝えた。彼女には篠原さんに私が絵里香だと明かしたと伝えた。そして両親に結婚を反対されたとも伝えた。だから、これを機会に彼と別れて故郷へ帰ることにしたと言った。
そして、篠原さんに私のことを聞かれたら何も聞いていないと言ってほしいと頼んだ。山内さんはすべてを察して承知してくれた。それに彼女は私の出身地は知らないはずだった。
篠原さんが東京へ帰ってくる3日前には仕事の引継ぎもすべて完了した。午前10時に荷物を搬出したが、ほとんど段ボール箱だったので、すぐに終わった。鍵はコンシェルジェに預けた。
素敵なマンションで良い夢を見させてもらった。ありがとう、さようなら! 私は過去との連絡を断った。