次の日、元のように篠原さんは出勤した。また、日常が始まる。
夕食を終えて部屋で休んでいると、7時過ぎに絵里香宛てにメールが入った。そういえば、インフルエンザに罹っている間にメールは入っていなかった。とてもそんな余裕はなかったのだと思う。
[しばらく連絡できなかったけど元気にしている?]
すぐに返信した。[はい、元気にしています。お元気でしたか?]
すぐに返事が入る。[インフルエンザに罹ったけど、ようやく治った。週末に会えないか?]
[この前と同じ場所、時間でよろしければ]
[了解、待っている]
元気になるとすぐに女の子を誘う。篠原さんらしい行動だ。でもあのインフルエンザの時は、神妙に私の言うことを聞いていた。可愛げがある。
本当に分かりやすい人だ。意外と単純な良い人かもしれない。せっかくだからとことんつき合ってみても良いかなと思うようになった。
************************************
金曜日の午後8時、前回のラウンジに行った。今日はシックな落ち着いたダークグレーのワンピースに可愛いベストにしてみた。毎回違うものを着るのはエチケットでもあり、私の見栄でもある。篠原さんの視線が気になる。じっと見られた。
「また会ってくれてありがとう」
「私も誰かと少しお話がしたくて」
「相談事があるのなら、相談にのるけど」
「そんなものはありません。ただ、誰かとおしゃべりがしたかっただけです」
「リハビリの一環かな」
「そうかもしれません」
「私は元カレと別れてから私のどこが気に入ってもらえたのか考えていました」
「それでどうだったの、どこを気に入ってもらっていたのか分かったの?」
「きっと私の見た目が気に入っていただけだったんです。私の内面というか私自身を気に入っていたのではなかったように思いました。いろいろありましたが、表面的にしか私を見てもらえていなかったから、心から好いてもらえていなかったのだと思いました」
「どのくらい付き合っていたの?」
「1年位でしょうか?」
「私はすべてを見てもらっていたつもりでしたが、彼は表面的にしか私をみてくれていなかったのだと思います」
「彼の責任と言いたいのか」
「私の見せ方が悪かったのかもしれません。彼に見る目がなかったのかもしれません。分かりません」
「それで俺に何を聞きたい?」
「あなたには私を見る目があるのでしょうか?」
「俺に見る目があるかどうかは分からない。それに君とそれほど付き合っている訳ではないからね。それで君はどうなんだ。男を見る目があるのか? 自分ではどう思っているんだ」
「私も分かりません」
「まあいい、今日はこれからカラオケにでもいかないか?」
「そうですね。歌を歌って憂さ晴らしもいいかもしれません」
「それなら、俺のマンションに来ないか?」
「あなたのマンションにですか?」
「カラオケがある」
「本当ですか?」
「それに俺の住んでいるところも見てもらいたい。連れ込んで君をどうかしようとか思っている訳ではない。俺を知ってもらいたいだけなんだ」
「カラオケだけと約束していただけるのなら、行ってもいいです」
「そうか、ありがとう」
「じゃあ、ちょっと電話させてくれ。同居人がいるから都合を聞いてみる」
篠原さんは席を立って私に電話を入れるつもりだ。そういうこともあろうかと、携帯の電源は落としてあった。私はここへ来る前に「今日の帰宅は10時以降になります」と篠原さんにメールを入れておいた。
すぐに篠原さんは席に戻ってきた。
「電話に出ないけど、まだ帰っていないみたいだ。大丈夫だから行こう」
「同居している人がいるんですか」
「俺の従妹だから心配ない」
「それならなおのこと安心です」
私がすんなりマンションへ行くのに同意したので、拍子抜けだったのかもしれない。機嫌よく私を案内してくれた。ホテルの前からタクシーでマンションに向かった。ほんの5分で到着した。
私はいつもタクシー代がもったいないので遅くなっても歩いて帰っていた。途中は夜遅くとも危険は感じない。この前、私より早く帰っていたのはタクシーで帰ったからだと思う。酔っていると確かにその方がよい。
受付にはコンシェルジェがまだいた。出かける時にはできるだけ見られないように顔を合わせないようにして出てきた。前を通る時は顔を伏せて目を合わせないようにした。そうすると彼もあえて見ようとしない。
まあ、篠原さんは結構違う女子を連れ込んでいたから、彼もあえて見ないようにしているのだと思う。
エレベーターに乗ったので一安心。
「すごいマンションですね」
「親父の所有で、俺が維持費を負担して住んでいる。従妹を同居させてその代わりに掃除、洗濯をしてもらっている」
「維持費って結構かかるんですか?」
「前に住んでいた1LDKのマンションよりも随分かかる」
「こんな豪華なマンションに住めていいですね」
すぐに32階に着いた。玄関ドアを開けて中に招き入れてくれる。同居している従妹が帰っていないかと言って、私の部屋をノックして声をかけていた。いる訳ない。笑いをこらえるのに苦労した。
「左の部屋が俺の部屋で、右の部屋が従妹の部屋だ。ここがリビングダイニングでカラオケはここに置いてある」
「広いですね」
「ソファーに坐っていてくれないか。コーヒーを入れるから。砂糖とミルクはどうする?」
「ブラックでお願いします」
コーヒーメーカーにセットしてソファーに戻って、カラオケの準備をしてくれる。
「歌いたい曲を決めておいて」
そう言うとキッチンにコーヒーを取りに行った。
「決まった?」
「『レモン』をお願いします」
「俺もそのあと歌わせてくれ」
「いいですよ。初めて聞かせてもらえますね」
私はコーヒーを一口飲んで歌を歌い始める。いつもこのカラオケで練習しているので歌いやすく余裕を持って歌うことができた。情感を込めて歌えたと思う。
次に篠原さんが歌った。前に聞いた時よりもうまくなっていた。いつ練習したのかしら?
「上手ですね。情感が籠っていて、いいですね」
「ほめ上手だね。他に歌ってみたい曲はないの?」
「それじゃあ、『君を許せたら』をお願いします。このまえより上手くなっていると思いますので、聞いてもらえますか?」
「この前もすごくよかった。聞かせてほしい」
私は、今度は篠原さんを見つめて歌った。彼はジッと私を見ていてくれた。
「いいね、2曲ともいい曲だ。こんな歌が好きなんだね」
「悲しい曲が合っているように思います。歌っていると歌の中にいるような気持になって」
「歌に酔っている?」
「そういうんじゃなくて、身につまされるというか、悲しくなります」
「ロマンチストなんだ」
「自分が悲劇の主人公のように思えるのかもしれません」
「じゃあ、俺が悲劇のヒロインを助ける王子様になってあげる」
「私はお姫様ではありません。ただの失恋したOLです」
篠原さんが私の方へ近づこうとするので、私は立ち上がって窓際へ行って外を見た。今頃のここからの夜景はとても綺麗で部屋からいつも見ていた。
夕食を終えて部屋で休んでいると、7時過ぎに絵里香宛てにメールが入った。そういえば、インフルエンザに罹っている間にメールは入っていなかった。とてもそんな余裕はなかったのだと思う。
[しばらく連絡できなかったけど元気にしている?]
すぐに返信した。[はい、元気にしています。お元気でしたか?]
すぐに返事が入る。[インフルエンザに罹ったけど、ようやく治った。週末に会えないか?]
[この前と同じ場所、時間でよろしければ]
[了解、待っている]
元気になるとすぐに女の子を誘う。篠原さんらしい行動だ。でもあのインフルエンザの時は、神妙に私の言うことを聞いていた。可愛げがある。
本当に分かりやすい人だ。意外と単純な良い人かもしれない。せっかくだからとことんつき合ってみても良いかなと思うようになった。
************************************
金曜日の午後8時、前回のラウンジに行った。今日はシックな落ち着いたダークグレーのワンピースに可愛いベストにしてみた。毎回違うものを着るのはエチケットでもあり、私の見栄でもある。篠原さんの視線が気になる。じっと見られた。
「また会ってくれてありがとう」
「私も誰かと少しお話がしたくて」
「相談事があるのなら、相談にのるけど」
「そんなものはありません。ただ、誰かとおしゃべりがしたかっただけです」
「リハビリの一環かな」
「そうかもしれません」
「私は元カレと別れてから私のどこが気に入ってもらえたのか考えていました」
「それでどうだったの、どこを気に入ってもらっていたのか分かったの?」
「きっと私の見た目が気に入っていただけだったんです。私の内面というか私自身を気に入っていたのではなかったように思いました。いろいろありましたが、表面的にしか私を見てもらえていなかったから、心から好いてもらえていなかったのだと思いました」
「どのくらい付き合っていたの?」
「1年位でしょうか?」
「私はすべてを見てもらっていたつもりでしたが、彼は表面的にしか私をみてくれていなかったのだと思います」
「彼の責任と言いたいのか」
「私の見せ方が悪かったのかもしれません。彼に見る目がなかったのかもしれません。分かりません」
「それで俺に何を聞きたい?」
「あなたには私を見る目があるのでしょうか?」
「俺に見る目があるかどうかは分からない。それに君とそれほど付き合っている訳ではないからね。それで君はどうなんだ。男を見る目があるのか? 自分ではどう思っているんだ」
「私も分かりません」
「まあいい、今日はこれからカラオケにでもいかないか?」
「そうですね。歌を歌って憂さ晴らしもいいかもしれません」
「それなら、俺のマンションに来ないか?」
「あなたのマンションにですか?」
「カラオケがある」
「本当ですか?」
「それに俺の住んでいるところも見てもらいたい。連れ込んで君をどうかしようとか思っている訳ではない。俺を知ってもらいたいだけなんだ」
「カラオケだけと約束していただけるのなら、行ってもいいです」
「そうか、ありがとう」
「じゃあ、ちょっと電話させてくれ。同居人がいるから都合を聞いてみる」
篠原さんは席を立って私に電話を入れるつもりだ。そういうこともあろうかと、携帯の電源は落としてあった。私はここへ来る前に「今日の帰宅は10時以降になります」と篠原さんにメールを入れておいた。
すぐに篠原さんは席に戻ってきた。
「電話に出ないけど、まだ帰っていないみたいだ。大丈夫だから行こう」
「同居している人がいるんですか」
「俺の従妹だから心配ない」
「それならなおのこと安心です」
私がすんなりマンションへ行くのに同意したので、拍子抜けだったのかもしれない。機嫌よく私を案内してくれた。ホテルの前からタクシーでマンションに向かった。ほんの5分で到着した。
私はいつもタクシー代がもったいないので遅くなっても歩いて帰っていた。途中は夜遅くとも危険は感じない。この前、私より早く帰っていたのはタクシーで帰ったからだと思う。酔っていると確かにその方がよい。
受付にはコンシェルジェがまだいた。出かける時にはできるだけ見られないように顔を合わせないようにして出てきた。前を通る時は顔を伏せて目を合わせないようにした。そうすると彼もあえて見ようとしない。
まあ、篠原さんは結構違う女子を連れ込んでいたから、彼もあえて見ないようにしているのだと思う。
エレベーターに乗ったので一安心。
「すごいマンションですね」
「親父の所有で、俺が維持費を負担して住んでいる。従妹を同居させてその代わりに掃除、洗濯をしてもらっている」
「維持費って結構かかるんですか?」
「前に住んでいた1LDKのマンションよりも随分かかる」
「こんな豪華なマンションに住めていいですね」
すぐに32階に着いた。玄関ドアを開けて中に招き入れてくれる。同居している従妹が帰っていないかと言って、私の部屋をノックして声をかけていた。いる訳ない。笑いをこらえるのに苦労した。
「左の部屋が俺の部屋で、右の部屋が従妹の部屋だ。ここがリビングダイニングでカラオケはここに置いてある」
「広いですね」
「ソファーに坐っていてくれないか。コーヒーを入れるから。砂糖とミルクはどうする?」
「ブラックでお願いします」
コーヒーメーカーにセットしてソファーに戻って、カラオケの準備をしてくれる。
「歌いたい曲を決めておいて」
そう言うとキッチンにコーヒーを取りに行った。
「決まった?」
「『レモン』をお願いします」
「俺もそのあと歌わせてくれ」
「いいですよ。初めて聞かせてもらえますね」
私はコーヒーを一口飲んで歌を歌い始める。いつもこのカラオケで練習しているので歌いやすく余裕を持って歌うことができた。情感を込めて歌えたと思う。
次に篠原さんが歌った。前に聞いた時よりもうまくなっていた。いつ練習したのかしら?
「上手ですね。情感が籠っていて、いいですね」
「ほめ上手だね。他に歌ってみたい曲はないの?」
「それじゃあ、『君を許せたら』をお願いします。このまえより上手くなっていると思いますので、聞いてもらえますか?」
「この前もすごくよかった。聞かせてほしい」
私は、今度は篠原さんを見つめて歌った。彼はジッと私を見ていてくれた。
「いいね、2曲ともいい曲だ。こんな歌が好きなんだね」
「悲しい曲が合っているように思います。歌っていると歌の中にいるような気持になって」
「歌に酔っている?」
「そういうんじゃなくて、身につまされるというか、悲しくなります」
「ロマンチストなんだ」
「自分が悲劇の主人公のように思えるのかもしれません」
「じゃあ、俺が悲劇のヒロインを助ける王子様になってあげる」
「私はお姫様ではありません。ただの失恋したOLです」
篠原さんが私の方へ近づこうとするので、私は立ち上がって窓際へ行って外を見た。今頃のここからの夜景はとても綺麗で部屋からいつも見ていた。