「……あ、涙出た。ヤバイ、止まらん。やっぱ悲しいんだ、俺。蒼ちゃんがいなくなった事、辛いんだ。どうしよう、がっくん。苦しい。あの日、俺が買い物を面倒くさがらないで行ってたら……じゃんけんしてたら、あの時間に蒼ちゃんがあの場所にいることもなくて、蒼ちゃんが死ぬこともなくて……生きてたはずで……蒼ちゃん、まだ途中だったのに。夢、全部叶えてなかったのに。大学だってまだ卒業出来てなかったのに」

 拓海の目から次から次へと涙が零れだす。

 「拓海まで自分を責めるなよ。拓海は何一つ悪くないだろ!!」

 拓海の肩を摩っていると、遠くで灰色の煙が立っているのが見えた。

 「……あれ、蒼ちゃんかな」

 「……蒼ちゃんだろうね」

 拓海と一緒に空へ上って行く煙を見つめる。

 「……普通に灰色なんだな」

 ボソっと零すと、

 「……え?」

 拓海が泣きながら俺の顔を見た。

 「蒼ちゃん、普通じゃないから。天才だから。赤が好きだから。もしかしたら赤い煙出すんじゃないかと思ってさ」

 言いながら、俺の目からも涙が出た。やっと泣けた事に、少しホッとしながらも、辛くて苦しくて、息もし辛い。

 「……そんなわけないだろ」

 拓海と一緒に声を上げながら泣いた。

 蒼ちゃんの葬儀が終わり、四十九日を過ぎた後、俺たちは4人で住んでいたシェアハウスを出た。

 蒼ちゃんがいなくなり、マルオはあれから精神的にも体調面でも崩れてしまい、実家に引きこもってしまった為、事務所の人間に『2人で住むなら、新人に部屋を譲って欲しい』と言われたからだ。

 4人で岳海蒼丸である俺らが、『じゃあ、拓海と俺とで住もう』とはならず、それぞれ別のマンションに引っ越した。

 岳海蒼丸は、蒼ちゃんの脚本あってのグループだった。『これから岳海蒼丸はどうするのか?』という事務所との話し合いがもたれた時、拓海は『もちろん続ける。存続以外の選択肢はない』と言い切った。当然俺も拓海に同意。2人でマルオの帰りを待つ事にした。

 が、マルオの復帰はもしかしたら相当な時間を必要とするかもしれない。最悪、このまま辞めてしまうかもしれない。
 蒼ちゃんの四十九法要の日、青白い顔をしてうつろな目をしながら蒼ちゃんの遺影を見つめていたマルオに、拓海が『蒼ちゃんの為に前を向いて頑張ろう』と鼓舞すると、マルオは『前ってどっち? どの方向が前なの? 俺はずっと蒼ちゃんの背中を追って進んでた。俺の前にはいつも蒼ちゃんがいた。俺にとっての『前』は蒼ちゃんだった。俺は、どこに向かって行けばいいの?』と身動きが取れない苦しい心の内を話した。

 答えに窮した拓海は『一緒に探す。急かしてゴメン。ゆっくり行こう』と、マルオに岳海蒼丸の活動再開を促すのを辞めた。

 拓海と俺は蒼ちゃんが大好きで、マルオはそれに加えて、蒼ちゃんを慕っていた。

 『こんな楽しい生活が出来ているのは、蒼ちゃんが俺を岳海蒼丸に入れてくれたおかげ』と言い、事務所に入る際に、蒼ちゃんも拓海も俺も本名で登録したのに、『俺は蒼ちゃんが付けてくれたマルオって名前が好きだし、マルオって呼ばれるようになってから、楽しい事ばっかりだから』と、マルオだけ芸名で活動していた。

 それほど、マルオにとって蒼ちゃんの存在は大きかった。
 そんなマルオを待つと宣言した拓海は、相変わらず精力的に働いている。『蒼ちゃんがくれたチャンスだから、足を止めたくない』と言っていた。

 蒼ちゃんの四十九日の日、拓海が事務所の人から聞いた話を教えてくれたのだが、高2の時に事務所にスカウトされたのは、俺ら4人ではなく実は蒼ちゃんだけだったらしい。それを、『4人で活動させてください』と蒼ちゃんが頼み込んだらしいのだ。

 『蒼ちゃんが俺らに最後に言った言葉、憶えてる? 『黙って待ってろ』だよ。俺は待つ。マルオの事も、蒼ちゃんの事も待つ。ずーっと待つ。だから、岳海蒼丸は絶対に無くさない』と拓海は、岳海蒼丸の活動を心待ちにしながら、毎日芝居に磨きをかけている。

 俺はと言うと、オーディションに受かった海外ドラマの吹き替えを、予定通り頑張っている。声優をやるのは初めてだから、失敗ばかりで落ち込んだりもするけれど、オーディションの合格を喜んでくれた蒼ちゃんの笑顔を思い出しては、自分を振るい立たせている。

 声優の仕事の初日、拓海から【結局がっくんの合格祝い出来てないね。ごめんね。頑張れ、ディッくん】というLINEがきた。マルオも【頑張れていない俺に言われたくないかもしれないけど、応援してる。俺もがっくんの声が好き】とLINEしてくれて、心が折れそうになる度にそのメッセージを読んでいる。

 蒼ちゃんに見せたかったな。どこかで見ていてくれないかなと蒼ちゃんへの想いは募るばかりで、悲しみも収まる気配がないけれど、仲間のおかげでなんとかやって行けそうだ。

 仲間は本当に大事だ。だから何がなんでも、岳海蒼丸は死守する。
 
 「現場行ってきまーす。夏川さん、留守番お願いねー」

 「はーい。行ってらっしゃーい」

 建設会社の地方の支社に事務員として入社し、早14年。

 小さい支社なので、事務員は私1人で、作業員やら営業マンやらが出払ってしまえば、事務所には私だけになる。

 月末月初以外は緩めの仕事内容なので、1人の時間はゆったりしていて悠々自適。

 デスクにコーヒーとお菓子を用意し、頬杖をつきながらネットを見漁る。

 「拓海が出るドラマ、今日からかー」

 テレビの予定表を見ながら『21時からね。まぁ、忘れたらネット配信で見ればいっか』などと独り言を言いながらクッキーを口に入れる。

 正直私は、拓海のファンではなく、岳海蒼丸の中では蒼ちゃん推しだった。

 「蒼ちゃんが死んじゃうなんてねー。まだ若かったのに」

 蒼ちゃんはいなくなってしまったが、蒼ちゃん推しとしては、蒼ちゃんがいた岳海蒼丸は応援しようと、岳海蒼丸のメンバーが出る番組などは見るようにしている。

 しょんぼりしながら、拓海のドラマの情報を読んでいると、

 「拓海、高校教師役なんだー。アイツが本当に高校教師だったら、JKとおかしな事になってクビになるだろうなー。拓海、モテるからなー」

 背後から声がして、事務所には自分しかいないと思い込んでいたから、

 「ゴホゴホゴホ」

 ビックリしてクッキーを喉に詰まらせ、粉を吹きながら咳き込んで振り向く。

 「大丈夫?」

 そこにいたのは、蒼ちゃんにそっくりな男の子だった。

 変な気管に留まっているクッキーをコーヒーで流しこみ、

 「気付かなくてすみません。バイトの方ですか?」

 その男の子に話し掛けた。

 ウチの会社には、日雇いだったり短期雇用だったりの作業員が結構いる。『今日、バイトさんが来る事聞いてないんですけど。おかげで独り言聞かれたやんけ』と、連絡し忘れただろう作業員に少し腹を立てていると、

 「バイトじゃないです。佐波野ミソノさん、俺の代わりにシナリオを書いてくれませんか」

 蒼ちゃん似の男の子が、私の秘密を口にした。
 「……誰ですか? それ」

 白を切ろうと試みる。というか、切れると思った。だって私は、この話を家族にすら話した事がない。まして、初対面の自分と関わる機会もない若い男の子に話すわけもない。飲み屋で泥酔したとしても、絶対にない。だって、今までそんな事1度もなかったのだから。

 「とぼけますね、佐波野ミソノさん。やっと報われますよ、佐波野さんの小説。この前応募した作品、大賞を取りますよ」

 しかし、男の子は私に白を切らせてくれなかった。

 目の前の男の子が何者なのか、脳みそをフル回転させる。

 「……出版社の方ですか? 私、応募書類に職場の記入はしてないはずなんですが、どうしてここに?」

 私の秘密を知っている可能性がある人は、出版社の人間だけだった。
 「違いますよ」

 彼は、出版社の人でもないらしい。

 「……あの、今日はどんな用件で? バイトでもないとすると、ウチの社員に用事ですか? お客様が来る事を存じ上げておりませんで、申し訳ありません」

 「佐波野ミソノさんに用事です。さっき言ったじゃないですか。俺の代わりにシナリオを書いて欲しいって」

 全く噛み合わない、蒼汰似の男子と私の話。もどかしい以上に、何故か自分の秘密が目の前の男の子に握られてしまっている事が、恥ずかしい以前に気持ち悪くて、怖い。

 ここは平和な日本の中でも更に平穏な地方。大きな事件など起こった事がないため、事務所のセキュリティーは甘い。誰でも簡単に出入り出来てしまう会社の緩さを今になって恨む。

 この男の子の目的は、ズバリ金だろう。見るからに10歳以上年上であろう私の身体である訳がない。

 『金庫の暗証番号を言え』などと刃物を突き付けられながら脅されたらどうしよう。まぁ、金庫の中には小口現金しか入ってないから、いざとなったら言ってしまおう。でも、『現金これだけかよ‼』って暴れられたら終わりだ。

 「……あなた、誰なんですか?」

 死ぬ前に、目の前の男が何者なのか知っておこうと、前置きや探りを辞めた。
 「佐波野さんが好きな岳海蒼丸の蒼汰です」

 『知ってるでしょ?』と自分の顔を指差しながらニッコリ笑う、偽物蒼汰。だって…。

 「蒼汰くんは亡くなってます」

 この男が蒼汰なはずがない。

 「だからここにいるんでしょ。じゃなきゃ、こんなとこ来ませんよ。縁も所縁もないのに」

 どうにもこうにも噛みあわない、偽蒼汰との会話。

 「……あの、さっきから仰ってる事が良く分からないのですが、蒼汰くんはもうこの世にいないんです。あなたが蒼汰くんであるはずがないんです。確かにあなたは蒼汰くんにソックリです。髪も赤くして、彼に寄せに行ってますよね?」

 蒼ちゃんに憧れすぎて、蒼ちゃんになり切っている、蒼ちゃんの死にショックを受けすぎて、精神不安定になってしまった男が事務所に迷い込んでしまったのかもしれないなと、少し可哀想に思っていると、