僕らの出会いは中2の春だった。

 クラス替えがあり、1番最初に仲良くなったのは、左隣の席の蘭丸だった。

 俺はクラスの中心のグループに入れるようなタイプではない2軍男子で、蘭丸は1軍に憧れを持つ、自分に自信のないやや3軍よりの少年だった。

 そんな蘭丸の視線の先には、俺の目の前の席に座る、女子モテそうな顔面を装備し、その自覚も確実にあるだろう、髪型・オシャレに余念のない、憧れの1軍・拓海がいた。

 そして俺の右隣の席には、なんとも掴みどころのない、奇妙な男・蒼汰が1人でスマホを弄っていた。

 蒼汰は本当に不思議な人間で、決してひとりでいるのが好きなわけではなく、たまにふらっと1軍の輪の中に入り、妙な事を言ってワイワイはしゃいだかと思うと、気まぐれな猫のように自分の席に戻ってまたスマホを触る。軍で言うなら1.5軍。

 俺は日頃、蘭丸とツルみながらも、1軍たちではなく1.5軍の蒼汰の事が気になって仕方なく、気付くと蒼汰を目で追っていた。
 その他大勢とは何かが違う、おかしな蒼汰。

 例えば、俺の前の席で拓海を囲み、1軍たちが騒ぎながら『うるせぇよ、禿げ』とツッコミを入れている声が聞こえると、『今さぁ、【禿げ】より【薄ら禿げ】っていった方がちょっとだけ面白く聞こえない? ツルッ禿げじゃない往生際の悪さがなんとなくさ。【お前の笑い方、気持ち悪いな】より【貴様の薄汚い薄ら笑い、薄気味悪いな】って言った方が若干面白いみたいなさ。ちょっと手を加えるだけで面白くなるからね、日本語って。まじ最強。そして【薄い】は超便利ワード』などと、独自のお笑い論を語ったりする。

 何そのダメ出し。と思いながらも『なるほどね』と蒼汰の言動には興味をそそられていた。

 ある日、蒼汰がいつも使っているスマホではなく、タブレットを指でなぞっているのに気付いた。

 なんでスマホじゃないんだろう? と蒼汰を横目で見ていると、俺の視線に気付いたのか、

 「何?」

 と、蒼汰が俺に話しかけてきた。

 「今日はスマホじゃないんだなーと思って」

 「あぁ、昨日他界した」

 手に持っていたタブレットを机の上に置き、天井に向かって両手を合わせ拝む蒼汰。

 「お前が触ってる時に壊れたんだったら、他界っていうよりお前が殺したんだろ」

 「故意じゃない。死んで欲しかったわけでもない。つか、むしろ生きていて欲しかったのに勝手にぶっ壊れたんだよ。まだ買って1年も経ってないのに」

 『人生が短すぎるだろうよ』と蒼汰が重ねていた両手を擦り合わせた。

 『おやおや、可哀想に』と蒼汰に同情しつつ、蒼汰の机の上のタブレットに視線を落とす。

 タブレットの画面には、文字がびっしり埋め込まれていた。
 「何、読んでるの?」

 蒼汰のタブレットを指差すと、

 「見る?」

 と、蒼汰が自分のタブレットを俺に手渡した時、英語の授業の開始を知らせるチャイムが鳴った。

 俺は英語が昔から苦手で、真面目に授業を受けたとしても、理解も覚える事も出来ない。

 だから、この時間に蒼汰に渡されたタブレットの文章を読むことにした。
 
 ビックリした。余りにも面白過ぎて。文章も読みやすい。スクロールする手が止まらなかった。話の展開が気になって、どんどん読み進めていくうちに最後の行に辿り着いた頃、授業が終わる鐘の音が聞こえた。
 「ねぇ、この続きってないの? 読みたいんだけど‼」

 興奮気味に蒼汰に尋ねると、

 「面白かった?」

 蒼汰が嬉しそうな顔をしながら質問をし返してきた。

 「うん‼ まじで‼ この先の話、早く読みたい‼」

 「じゃあ、早めに書くね。今のところはここまでしか出来てないんだ」

 蒼汰の返事の意味が分からず、

 「書くって何を?」

 首を傾げる俺に、

 「それ書いたの、俺だから」

 と、蒼汰が照れながら、でも少し自慢げに笑った。

 「え⁉ まじか⁉ まじなのか⁉ これ、書き終わったら速攻で何かのコンクールに送りなよ‼ お前、天才だと思う‼ 凄い小説家になれると思う‼」

 お世辞でも何でもなく、本心だった。変わっている人間だなと思っていた蒼汰には、才能があった。

 「ありがとう。なんか恥ずかしいな。でも俺は小説家になりたいわけじゃないから。俺がなるのは、監督兼脚本家兼演出家兼編集だから」

 『なりたい』ではなく『なる』と言い切る蒼汰の横顔を見て、『あぁ、こいつは本当になれてしまうんだろうな』と漠然とした確信を持った。
 「でさ、この話を書き終わったら撮影したいと思ってるのね。がっくん出てくれない? マルオも‼」

 蒼汰が真っ直ぐな目で俺を見た。

 「がっくんって俺? マルオって誰だよ」

 「お前の名前【岳】だろ? がっくんの隣の子【蘭丸】だろ?」

 蒼汰が背中を仰け反らせ、俺の背後から蘭丸に視線を送った。

 「イヤイヤイヤ、【蘭丸】で【マルオ】って。【オ】はどこから持ってきたんだよ」

 俺も身体を反らせ、蘭丸の壁になる様に蒼汰の視線を遮る。

 「【蘭ちゃん】も【丸ちゃん】も可愛い過ぎるし、【丸】だけだと何かが足らないじゃん。ねぇ、一緒にやろうよマルオ‼ 乗り気じゃないなら別にいいけどさ」

 蒼汰が海老反りの様に背中をくねらせ、蘭丸を誘う。
 「全然分かんねぇわ、その理論」

 と細い目をする俺を他所に、

 「マルオでいいよ‼ 俺、やりたい‼ 一緒にやろうよ、がっくんも‼」

 蘭丸は目をキラキラさせながら俺の腕を揺すった。蒼汰の書いた話を読んだわけでもないのに撮影がしたいという蘭丸はきっと、ほぼほぼ1軍に属する蒼汰と何かが出来るという事が嬉しいのだろう。

 「…まぁ、いいけど。俺、【がっくん】かよ」

 こうして俺の呼び名は【がっくん】に、蘭丸のあだ名は【マルオ】になった。もう少し捻りのあるカッコイイ呼び方はないものかと思ったが、そんな事よりも撮影が楽しみでワクワクした。だって、仲の良いマルオと得体の知れない蒼汰とする撮影が楽しくないわけがないから。絶対に面白いに決まっているから。

僕等の、赤。

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