「がっくんの大学、聞いたことないな」
「それ、東京?」
「実在する?」
拓海と蒼ちゃんとマルオが首を傾げる、見たことも聞いた事もない大学に受かった。
推薦でアッサリ合格していく3人に焦ってしまい、蒼ちゃんの案に沿ってAO入試を試みて、来年から開校する、Fランかどうかも分からない未知の大学に決めてしまった。
俺だけ別の大学になってしまったが、淋しいと思わなかった。
なぜなら、来年からは事務所が借り上げてくれた家に、岳海蒼丸でルームシェアをする事が決まっていたから。
誰も知らない大学の生活と、岳海蒼丸での活動が待ち遠しくて、胸が高鳴ってどうしようもない。
楽しかった高校を卒業するのは、淋しいさよりもワクワクの方が何倍も大きかった。
高校を卒業し、晴れて大学生になった。岳海蒼丸揃って上京。
東京に来たからって、事務所に入ったからといって、仕事が入ってくるわけではない。
周りの大学生と同じように学校に通い、大学で仲良くなった仲間と一緒に、可愛い女子と仲よくなりたいが為に、旅行サークルにまで入った。
岳海蒼丸の活動はネットへの動画投稿から、纏まった長期の休みに事務所所有の劇場での舞台公演とシフトチェンジした。
大学も楽しい。岳海蒼丸も楽しい。俺の生活は充実していた。
岳海蒼丸の他のメンバーはと言うと…。拓海は、東京に降り立った瞬間にオーディションを受けまくった。どんな役柄だろうが、どんなに出番が少なかろうが、そんなのは全く気にせずに我武者羅にチャンスを掴みに行った拓海は、ポツリポツリと単独の仕事を取ってくるようになり、3番手でドラマに出たりもするようになった。
蒼ちゃんは、高校時代に動画撮影時にしていた赤髪が相当気に入っていたらしく、大学に入った途端に髪を大好きな赤に染め、以後黒く戻すことはなかった。
そんな蒼ちゃんは、シナリオコンクールに送った脚本がグランプリを獲り、それが深夜ドラマになって高視聴率を叩きだし、脚本のオファーが次々と舞い込んできた。蒼ちゃんがなりたがっていた、【監督兼脚本家兼演出家兼編集】のうちの脚本家の部分は、早々にして叶えた蒼ちゃんを流石だなと思う。だから蒼ちゃんは岳海蒼丸の活動でしか表舞台には出なくなった。まぁ、岳海蒼丸の舞台でも、相変わらず早々に死んでしまうのだけれど。
マルオは、蒼ちゃんの推薦で、蒼ちゃんが書いた脚本のドラマに、役者ではなく美術として参加しだした。元々物作りが得意なマルオは、美術の仕事が楽しくて仕方がない様子。なのでマルオも岳海蒼丸の活動以外では裏方メインだ。
俺以外は、岳海蒼丸以外の仕事も積極的にしていたが、岳海蒼丸の仕事さえちゃんとしていれば事務所にとやかく言われなかった事もあるし、個人の仕事がしたい‼ という気持ちも特になかった俺は、焦ることも全くなく、なんなら大学で彼女を作り、みんなに遅ればせながらも大人の階段を上ったりしていた。
3人が単位を取るために必死で仕事を調整している最中、合コンに行ったり旅行したりな俺。
俺と他の3人との間に距離が出来てしまっていることは、気付いてはいたが、ちゃんと見ようとしなかった。だって、相変わらず岳海蒼丸は仲が良く、岳海蒼丸以外の仕事もすべきだよ‼ などと言ってくるヤツもいなかったから。
能天気に過ごしていた事を後悔したのは、大学を卒業してからだった。
「卒業おめでとーう‼ 蒼ちゃん以外。かんぱーい‼」
リビングに4人が集まり、音頭を取る拓海の右手に持たれた酒入りのグラスに、
『かんぱーい‼』
蒼ちゃんとマルオと俺が勢いよく、各々のグラスをぶつけた。
グビグビと喉を鳴らせて美味しそうに飲酒する蒼ちゃんに、
「イヤイヤイヤ、キミ。卒業出来てないやん」
左手の甲で蒼ちゃんの胸を軽く叩き、ベタにツッコむ。
「だから、3人のお祝いだよ。俺の卒業祝いは9月に改めてやってね」
『いいじゃんいいじゃん』とグイグイ飲み続ける蒼ちゃん。
「『拓海の事は、8年掛かっても卒業させますから』って俺の親に宣言してたくせに、俺が4年で卒業で、自分は留年て」
拓海が蒼ちゃんを指差してケタケタ笑った。拓海は酒好きではあるが、あまり強くない。すぐに顔が赤くなり、いつも1番初めに酔っぱらう。
「まぁ、蒼ちゃんは1番忙しくしてるからね」
『頑張ってるもんね、蒼ちゃん』とマルオが蒼ちゃんの肩を抱くと、『マルオー‼』と蒼ちゃんがマルオに抱き着いた。
世間一般的には露出が多い拓海が忙しそうに見えただろうが、実際は蒼ちゃんの仕事量がダントツに多かった。脚本依頼は途切れる事がなく、事務所から『岳海蒼丸の舞台は今回は見送ろう』と追われるほど多忙だったにも関わらず、蒼ちゃんは『優先順位は岳海蒼丸が1位。舞台が流れるくらいなら、脚本の方を断る』と言って、岳海蒼丸の仕事もキッチリこなしていた。
『岳海蒼丸が1位』。これは拓海もマルオも俺も一緒だった。
拓海は岳海蒼丸の舞台と重なる仕事の依頼が来た時、かなり魅力的な役柄のオファーだったのに、『それでも蒼ちゃんの脚本の方が面白いから』とアッサリ断った。
マルオも岳海蒼丸の舞台期間は他の仕事は入れなかった。
俺は……他の仕事などなく、必然的に岳海蒼丸が1位になっていただけだが、仮にあったとしてもみんなと同じ気持ちだったと思う。
俺らにとって岳海蒼丸の活動は、盆と正月に必ず帰る実家的な感覚で、やるのが当然。ないと淋しい存在になっていた。
大学を卒業しても、誰一人として『シェアハウスを出る』と言い出さないほどに、俺らの仲は相変わらず良かった。
『誰だ⁉ 勝手に俺のプリン食ったのは‼』的なしょうもないケンカは多々あれど、これと言った大きなぶつかり合いもない、俺らの暮らし。
さすがに30歳まで続くとは思わないけど、ずっとこんな楽しい生活が出来たらいいなと思う。
「つか蒼ちゃん、9月で卒業する気でいるけど、出来んの?」
拓海が一人だけ卒業出来なかった蒼ちゃんに絡む。
「不吉なこと言うなよ」
蒼ちゃんが、拓海に鼻息を荒げながら、グラスに酒を足して口の中に流し込んだ。
「だって蒼ちゃん、秋からの2クールぶっ通しのドラマの脚本の依頼受けたんでしょ?」
『つか、俺らと飲んでていいの?』とマルオが、酒を飲む蒼ちゃんの手を止めた。
「受けたねぇ。……無理かなぁ? 9月卒業も無理かなぁ⁉」
蒼ちゃんは、『俺、いつになったら卒業出来んの?』と嘆きながらも『今日は3人のお祝いだから飲んでもいいの‼』と酒を飲むのを止めようとしなかった。
蒼ちゃんには仕事がたくさんある。拓海とマルオにも決まっている仕事がいくつもある。何もないのは俺だけ。
俺は、周りの人間が就活を始めた時に、『岳海蒼丸の仕事があるから大丈夫』と言ってやらなかった。
年に1、2回しか舞台に出ていなかったくせに、事務所に所属していたがばっかりに、変な安心感を持っていたから。
それが不安に変わるのに、そう時間は掛からなかった。
「おはよー、蒼ちゃん。今日も学校行かないの?」
時刻は午前11時。リビングに行くと、蒼ちゃんが一人でパソコンをせっせと打ちながら脚本を書いていた。拓海とマルオは仕事に行っている様子。
「おはよー、がっくん。てかほぼ昼だけどな。つか、全然学校に行けない。やばいー。9月卒業したいのにー」
『くそー』と言いながらも指は動かし続ける、今日も仕事が忙しい蒼ちゃん。
リビングにいないで自室でモクモクとやった方が捗るんじゃない? と思うが、蒼ちゃんはずっと同じところで作業をするのは気が滅入るらしく、リビングに来たり図書館へ行ったりカフェで仕事をしたりする。気分転換も出来るし、アイディアも湧き易いらしい。
「仕事があるだけいいやん」
それに比べて俺は、卒業してから1ヶ月、全く仕事をしていない。ニート同然。というか、ニートだ。