「つまり、AOでFラン大学に行けと?」

 蒼ちゃんの言いたい事を悟り、蒼ちゃんを白い目で見ると、

 「そうは言ってないじゃん。『AOで行けるところに行く手もあるぜ』っていう…」

 蒼ちゃんが、俺の視線に目を合わせない様にしながら言い訳をした。

 「俺の頭でAOで行ける倍率低めの大学って、Fランじゃん‼」

 今度は近くに転がっていた蒼ちゃんの枕を蒼ちゃんに投げつけた。

 蒼ちゃんに腹が立っているわけではない。Fラン大学にしか行けないくらいの頭しかない自分が悪いのだから。でもイラっとした。迫りくる受験にイライラした。

 「俺はもう少しいい大学に行きたいから、指定校が無理なら公募推薦狙うわ」

 進学したくないと騒いでいたくせに、受験が余裕な拓海はAO入試は受けないらしい。

 「俺も一応推薦は狙うけど、ダメなら一般で試験受ける。がっくんも勉強頑張ろうよ‼」

 頭の良いマルオもFラン大学はお断り。

 「するよ、勉強‼ 俺が勉強しないでどうやって大学に行くんだよ‼ 嫌だー‼ 受験、嫌ー‼」

 頭が悪いくせにFラン大学は行きたくない、我儘極まりない俺は発狂。
 「叫ぶな、がっくん。ウチの親が近所の人に怒られるだろうが‼ 取りあえず、受験は頑張るとして、今後の岳海蒼丸について語ろうぜ」

 蒼ちゃんがのたうち回る俺に、さっき俺に投げられた枕を押しつけた。

 蒼ちゃんが変えた話題に、みんなの瞳が輝く。

 大学はもちろん大事。でも、俺らにとっては岳海蒼丸の方がもっと大事だった。

 「映像作品もいいけど、舞台もやりたいよね」

 「舞台だったら、マルオの道具作りの腕が光るしね」

 「台詞覚えるの、大変だけどね」

 「でも、4人だけの舞台とか、やってみたいかも」

 など、4人の口からは夢と希望が絶え間なく零れた。

 4人で枕を並べるのも楽しくて、修学旅行気分で寝るのを忘れて喋り、ふざけ、笑い続けた。

 そんな楽しい時間は光の如く高速で過ぎ去り、俺らは高3になった。

 受験生に、なってしまった。
 高校受験と同様に、大学受験が終わるまで岳海蒼丸の活動はおあずけ。

 4人共塾に通い、受験モードに。

 勉強嫌いの俺にとっては苦痛で苦痛で仕方がない受験地獄を1番に抜けたのは、宣言通りに指定校推薦を勝ち取った拓海だった。

 そして、後に続いて蒼ちゃんが大学を決めた。拓海と同じ大学に、なんとAO入試で受かったのだ。

 しかし、芸術学部の拓海と文学部の蒼ちゃんはキャンパスが違うらしい。

 そして、トントントンとリズム良く公募推薦でマルオまで受かった。まさかの拓海と蒼ちゃんと同じ大学だった。

 工学部のマルオは、蒼ちゃんとキャンパスも一緒らしく、喜びを爆発させていた。

 そして俺はというと…。

 「がっくんの大学、聞いたことないな」

 「それ、東京?」

 「実在する?」

 拓海と蒼ちゃんとマルオが首を傾げる、見たことも聞いた事もない大学に受かった。

 推薦でアッサリ合格していく3人に焦ってしまい、蒼ちゃんの案に沿ってAO入試を試みて、来年から開校する、Fランかどうかも分からない未知の大学に決めてしまった。

 俺だけ別の大学になってしまったが、淋しいと思わなかった。

 なぜなら、来年からは事務所が借り上げてくれた家に、岳海蒼丸でルームシェアをする事が決まっていたから。

 誰も知らない大学の生活と、岳海蒼丸での活動が待ち遠しくて、胸が高鳴ってどうしようもない。

 楽しかった高校を卒業するのは、淋しいさよりもワクワクの方が何倍も大きかった。

 高校を卒業し、晴れて大学生になった。岳海蒼丸揃って上京。

 東京に来たからって、事務所に入ったからといって、仕事が入ってくるわけではない。

 周りの大学生と同じように学校に通い、大学で仲良くなった仲間と一緒に、可愛い女子と仲よくなりたいが為に、旅行サークルにまで入った。

 岳海蒼丸の活動はネットへの動画投稿から、纏まった長期の休みに事務所所有の劇場での舞台公演とシフトチェンジした。

 大学も楽しい。岳海蒼丸も楽しい。俺の生活は充実していた。

 岳海蒼丸の他のメンバーはと言うと…。拓海は、東京に降り立った瞬間にオーディションを受けまくった。どんな役柄だろうが、どんなに出番が少なかろうが、そんなのは全く気にせずに我武者羅にチャンスを掴みに行った拓海は、ポツリポツリと単独の仕事を取ってくるようになり、3番手でドラマに出たりもするようになった。
 蒼ちゃんは、高校時代に動画撮影時にしていた赤髪が相当気に入っていたらしく、大学に入った途端に髪を大好きな赤に染め、以後黒く戻すことはなかった。
 そんな蒼ちゃんは、シナリオコンクールに送った脚本がグランプリを獲り、それが深夜ドラマになって高視聴率を叩きだし、脚本のオファーが次々と舞い込んできた。蒼ちゃんがなりたがっていた、【監督兼脚本家兼演出家兼編集】のうちの脚本家の部分は、早々にして叶えた蒼ちゃんを流石だなと思う。だから蒼ちゃんは岳海蒼丸の活動でしか表舞台には出なくなった。まぁ、岳海蒼丸の舞台でも、相変わらず早々に死んでしまうのだけれど。

 マルオは、蒼ちゃんの推薦で、蒼ちゃんが書いた脚本のドラマに、役者ではなく美術として参加しだした。元々物作りが得意なマルオは、美術の仕事が楽しくて仕方がない様子。なのでマルオも岳海蒼丸の活動以外では裏方メインだ。
 俺以外は、岳海蒼丸以外の仕事も積極的にしていたが、岳海蒼丸の仕事さえちゃんとしていれば事務所にとやかく言われなかった事もあるし、個人の仕事がしたい‼ という気持ちも特になかった俺は、焦ることも全くなく、なんなら大学で彼女を作り、みんなに遅ればせながらも大人の階段を上ったりしていた。

 3人が単位を取るために必死で仕事を調整している最中、合コンに行ったり旅行したりな俺。

 俺と他の3人との間に距離が出来てしまっていることは、気付いてはいたが、ちゃんと見ようとしなかった。だって、相変わらず岳海蒼丸は仲が良く、岳海蒼丸以外の仕事もすべきだよ‼ などと言ってくるヤツもいなかったから。

 能天気に過ごしていた事を後悔したのは、大学を卒業してからだった。
 「卒業おめでとーう‼ 蒼ちゃん以外。かんぱーい‼」

 リビングに4人が集まり、音頭を取る拓海の右手に持たれた酒入りのグラスに、

 『かんぱーい‼』

 蒼ちゃんとマルオと俺が勢いよく、各々のグラスをぶつけた。

 グビグビと喉を鳴らせて美味しそうに飲酒する蒼ちゃんに、

 「イヤイヤイヤ、キミ。卒業出来てないやん」

 左手の甲で蒼ちゃんの胸を軽く叩き、ベタにツッコむ。

 「だから、3人のお祝いだよ。俺の卒業祝いは9月に改めてやってね」

 『いいじゃんいいじゃん』とグイグイ飲み続ける蒼ちゃん。

 「『拓海の事は、8年掛かっても卒業させますから』って俺の親に宣言してたくせに、俺が4年で卒業で、自分は留年て」

 拓海が蒼ちゃんを指差してケタケタ笑った。拓海は酒好きではあるが、あまり強くない。すぐに顔が赤くなり、いつも1番初めに酔っぱらう。 
 「まぁ、蒼ちゃんは1番忙しくしてるからね」

 『頑張ってるもんね、蒼ちゃん』とマルオが蒼ちゃんの肩を抱くと、『マルオー‼』と蒼ちゃんがマルオに抱き着いた。

 世間一般的には露出が多い拓海が忙しそうに見えただろうが、実際は蒼ちゃんの仕事量がダントツに多かった。脚本依頼は途切れる事がなく、事務所から『岳海蒼丸の舞台は今回は見送ろう』と追われるほど多忙だったにも関わらず、蒼ちゃんは『優先順位は岳海蒼丸が1位。舞台が流れるくらいなら、脚本の方を断る』と言って、岳海蒼丸の仕事もキッチリこなしていた。

 『岳海蒼丸が1位』。これは拓海もマルオも俺も一緒だった。

 拓海は岳海蒼丸の舞台と重なる仕事の依頼が来た時、かなり魅力的な役柄のオファーだったのに、『それでも蒼ちゃんの脚本の方が面白いから』とアッサリ断った。

 マルオも岳海蒼丸の舞台期間は他の仕事は入れなかった。

 俺は……他の仕事などなく、必然的に岳海蒼丸が1位になっていただけだが、仮にあったとしてもみんなと同じ気持ちだったと思う。