昼寝大好きドラゴンの上手な躾けかた

 助けを求めに来た同級生は、テオという獣人だった。
 獣人や竜族は、普通の人間より身体能力が優れている。
 テオの走りは速かったが、イヴは意地を張ってそれに合わせた。
 
「僕らは滝壺を見に行って、そこで巨大な蜂の姿をした怪物に襲われたんだ。見たことは無かったけどすぐにワームだと分かったよ」
「残してきた仲間は大丈夫なの?」
「土竜のクリスが壁を作ってしのいでる」
 
 竜族の中でも素質のある者は、人間の魔術師とは異なる系統の「属性魔法」を使う。クリスという生徒は土属性の魔法で壁を作ったのだろう。
 追ってきたオルタナが鼻で笑った。
 
「一匹や二匹程度のワーム、戦って倒せばいいじゃねえか」
「無茶言うな! お前みたいなバトルジャンキーじゃないんだよ!」
 
 テオがオルタナに言い返した。
 
「ほら、あれが滝壺だ!」
 
 前方の木立に囲まれた石の壁に、上部から清水が流れ落ちている。
 滝の前の空き地に不自然な土の壁が立っており、防戦一方な同級生の姿が見えた。
 壁に攻撃を仕掛けているのは、黄色と黒のまだら模様の表皮をした一匹の蜂だ。大きさは人間の子供と同じくらい。尻に人の腕ほどの長さの尖った毒針が付いている。
 
「……ミカヅキ」
 
 イヴは、魔術で自分の案内使魔《ナビゲーター》を呼び出した。
 シルクハットをかぶった白い兎が空中に現れて、イヴの疑問に答える。
 
『照合完了。敵は低級ワームの殺人蜂《キラービー》です!』
 
 ミカヅキは魔術のネットワークにアクセス、ワームの種類を特定して、イヴに伝えてくれる。魔術による調査や索敵は、竜騎士の仕事の一部だ。
 イヴは調査の結果を周囲に伝えた。
 
「あれは殺人蜂《キラービー》よ」
「何でも良いだろ。倒せば一緒だ!」
 
 オルタナは殺人蜂に恐れることなく向かっていくと、飛び蹴りで地面に落とし、胴体を踏みつける。
 電光石火の早業だ。
 
「ひええっ……よく平気で攻撃を仕掛けられるな。毒針が怖くないのかよ……」
 
 同じ獣人だというのに、テオはオルタナの行動に引いていた。
 
「怖いなんて言ってたら戦えるかよ」
 
 オルタナは涼しい顔で答えている。
 イヴも内心では同意見だ。
 だがテオと、テオの仲間はそうでは無いらしい。
 
「助かった……」
 
 壁を作っていたクリスという生徒は、地面にへたりこんでいる。
 クリスの隣にいる普通科のオリーブ色の制服を着た二人の少女は、恐怖で口もきけない様子だ。
 
「大丈夫?」
 
 イヴは警戒を解いて彼らに近寄った。
 その時、オルタナが蜂の頭を踏みつぶしながら、鋭く叫んだ。
 
「馬鹿女! 索敵しろ!」
「え?」
 
 土壁の魔法は解かれ、クリスたちもイヴも無防備な状態だった。
 ジジジと翅を震わせる音と共に、上空から別の殺人蜂が降りてくる。
 
「……吹き飛べ!」
 
 不意に、イヴの金髪を巻き上げる突風が吹いた。
 芯の強さを感じさせる力強い声。
 襲い掛かってきた蜂が風に流される。
 
「遅えぞ、カケル」
 
 オルタナがニヤリと笑う。
 振り返ると、片腕を上げて魔法を放った姿勢のカケルが立っている。
 見たことの無い真剣な表情の彼の瞳は、星のような金色に燃えていた。青い風の残滓が彼の身体を取り巻いている。
 イヴは束の間、彼に見惚れた。
 
「カケル、残りは何匹だ?」
「三匹。一匹は今、俺が風で飛ばしたやつ」
 
 オルタナは空を警戒しながら、カケルに聞いている。答えるカケルの表情は冷静で、焦りは微塵も感じられない。
 頭上では風に流された殺人蜂《キラービー》が体勢を立て直して、ブンブン飛び回っているところだった。
 隠れているワームがいると考えもしなかった自分の甘さに、イヴは歯噛みする。
 
「面倒だな……出て来やがれ!」
 
 オルタナが獣の咆哮を放つ。
 空気がビリビリと震えた。
 獣人の咆哮には、敵の注目を自分に引き付ける力がある。叫びに炙り出されたように、殺人蜂《キラービー》が草の繁みから現れた。
 二匹の蜂は真っ直ぐオルタナへ向かう。
 
「同時に二匹を相手にするなんて……!」
 
 無茶をすると思ったイヴの横を、すっと風が吹き抜ける。
 軽やかに走る青年が通り過ぎた気配がした。
 
「!」
 
 オルタナに向かった片方の蜂を、カケルが器用に風を操って地面に落とす。そして自分のリュックを鈍器代わりに蜂の上に振り下ろした。
 
「うっわー、ジタバタしてる」
「さっさと止めを刺せ」
「それはオルトに任せるよ」
 
 二匹めの蜂を容易く片付けたオルタナが、面倒くさそうにカケルが時間を稼いだ三匹めに向き直り、とどめを刺す。
 オルタナもそうだが、カケルも至近距離でワームと接することに怯えている様子はない。まるで家に入ってきたハエを叩くのと同じくらい、迷いのない行動だった。
 そして息の合った連携だ。
 オルタナは三匹めをカケルが相手にすると知っていたように、目の前の敵に集中していた。それにカケルも、オルタナの行動を予測していたように走り出すのが早かった。
 
「……あんたたち、仲が良いの?」
 
 思わずイヴは聞いてしまう。
 
「え? どうだろう。どう思う、オルト?」
「うぜえ」
 
 カケルはきょとんとし、オルタナは嫌そうにそっぽを向いた。
 
「……カケル! いきなり走り出すから何事かと思ったぞ」
 
 ちょうどそこに、リリーナを連れたロンドが追い付いた。
 
「ロンド先輩、それにリリーナ!」
「イヴ、無事で良かった」
 
 リリーナは無傷のイヴを見て安心したように微笑む。
 ロンドは厳しい表情で、イヴに向かって言った。
 
「イヴくん、人間の魔術師がワーム相手に特攻するのは悪手だ。きちんと周囲の状況を確認して、複数のワームに囲まれないか考えて行動する必要がある」
「すみません」
 
 考え無しに突っ走った自覚があったので、イヴは素直に謝った。
 複数のワームと言えば……カケルは敵の数や位置が分かっているようだった。
 
「カケル、あなたワームの気配が分かるの?」
 
 イヴは、戦いが終わった途端に地面にしゃがみこんで、蜂の死体をツンツンしているカケルに聞く。
 答えてくれたのはロンドだった。
 
「カケルは風竜だ。風竜は、敵の気配を感じたり、異変を察知したりすることに長けている」
「なるほど。何とかとハサミも使いようということですか……って、何やってるの?」
 
 何故か、カケルは地面を這って何か探しているようだった。
 奇妙な匍匐前進する彼を、テオやクリスたちも「大丈夫かコイツ」という目で見ている。
  
「蹴り飛ばすぞ」
 
 オルタナが言いながらカケルの尻を蹴ろうとした。
 
「待って待って! オルトのは痛いから嫌だ! あっ!」
 
 蹴りを避けるようにヘッドスライディングして、カケルは頭から草の繁みに突っ込む。
 イヴは非常事態にありえないコミカルな行動に呆れた。
 木の葉を頭に付けたカケルが起き上がり、手に持った草の茎をこちらに向かって振る。
 
「なー、ロンド兄、イヴ。草ってこんなにニョロニョロ活きが良いもんだっけ?」
「!!」 
 
 カケルの手に持つ草がウネウネする。
 見間違いではないようだ。
 テオの仲間の普通科の少女など「気持ち悪い」と顔をしかめている。
 草を凝視したロンドは、急に顔色が変わった。
 
「ラフレシア……ワームを呼び寄せる習性を持つ、植物の姿をしたワームだ!」
 
 動く草を見て顔色を変えたロンドだが、他の面々は今ひとつ状況を理解していなかった。竜騎士の活躍で、街の中までワームが入ってくることは無いので、子供がワームを目にする機会は少ないのだ。
 ロンドは、後輩たちがポカンとしているのを察知し、分かりやすいように解説を添える。

「ワームは脅威の度合いによって、低級、中級、主級、災害級に分類される。このラフレシアは主級。中級低級のワームを率いるため、複数の竜騎士の出動が必要な手強いワームだ」

 イヴは「ラフレシア」という名前のワームについて記憶を掘り返した。
 
「植物の姿をして水辺に潜み、他のワームを誘き寄せて食べる主級ワーム。親株と子株があって、親株を倒さない限り、増え続ける……」
「その通りだ。よく覚えてるな、イヴくん。さすがだ」
 
 ロンドがイヴを褒めてくれる。
 説明を聞いていたカケルは、うねうねしている茎を地面に放り出して言った。
 
「じゃあキャンプ地はヤバいんじゃない? 水辺だよね」
「!!」
 
 ロンドはカケルの言葉に息を飲むと、何もない虚空に視線を向ける。
 空中に淡く輝く平べったい魚が現れた。
 ロンドは魚に向かって話し掛ける。
 
「先生、聞こえますか? 先生……」
 
 魔術で遠距離にいる相手に話し掛けているのだと、イヴは気付く。
 魚は魔術の案内使魔《ナビゲータ》だ。ロンドは連絡用の魔術を起動したらしい。
 
『……ロンド君……ワームがここにも……』
 
 魚が伝達する教師の声はかすれて、ひび割れていた。
 
『生徒たちに……避難と帰還指示を……』
「先生!」
 
 通話は途切れた。
 向こう側でトラブルが起きて、魔術が維持できなくなったようだ。
 
「教師は全員、先にキャンプ地に行って準備を整えていたはずだ。そこにワームが現れていたとしたら……」
 
 ロンドは眼鏡のふちを押さえて考えに耽っている。
 
「他の班と連絡を取って状況を確認しなければ」
 
 案内使魔《ナビゲータ》がコポコポ泡を吐いた。泡から無数の小魚が現れて空に散っていく。おそらく他の班の元に行ったのだろう。
 ロンドはそのまま他の班に同行している年長者と連絡を取り始めた。彼の結論が出るまで、イヴたちは小休止することにする。
 
「……カケル。お前、竜に変身できるようになったのかよ?」
 
 土竜のクリスが、カケルに話しかけている。
 何となくイヴは彼らの会話に耳を傾けた。
 
「まだ」
「だっせえの。いざとなったら俺たちが竜に変身して、皆を背中に乗せて脱出しなきゃいけないんだぜ」
 
 クリスはカケルをこき下ろすように続けた。
 
「そんなんでお前、空戦科の竜としてやっていけるのかよ」
 
 カケルは「そうだね~」と曖昧な返事をして、ふわふわした顔で笑っている。イヴは聞いていてクリスの物言いが勘にさわった。
 
「……壁を作るだけで震えてたくせに、よく言うわね」
「アラクサラさん? でも俺らの中で竜に変身できないのって、カケルだけだぜ」
「それでも!」
 
 イヴが踏み出して目線をきつくすると、クリスは気圧されたように一歩下がった。
 
「自分からワームに向かって行ったカケルは、あなたより勇敢だったわ!」
 
 クリスはびっくりした顔をしている。
 周囲のリリーナやカケルや他の生徒も、いつの間にかイヴを見ていた。
 イヴは注目を浴びていることに気付いて少し恥ずかしくなる。もごもごと言い直した。
 
「それは勿論、竜に変身できない竜族なんて、意味ないと思うけれど……」
「い、いや。俺も言い過ぎたよ。なあ、カケル」
「俺は気にしてないよー」
 
 クリスは苦笑いしてカケルに謝る。
 カケルはふわふわと笑って謝罪を受け入れた。
 気まずい雰囲気に耐えかねたのか、クリスは自分の班のメンバーと会話を始める。
 
「……イヴは俺のこと、嫌いだと思ってたよ」
 
 不意に、カケルが柔らかい口調で言った。
 確かに授業をサボったり意味不明の行動をしたりするカケルを、イヴはあまり良く思っていなかった。無意識につっけんどんな態度も取っていたと思う。
 イヴは、カケルの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見て答えた。
 
「私はいい加減な人は嫌いよ。だけど助けられたのに感謝しないのは、道理に反するわ」
 
 蜂に襲われそうになったところを、助けてくれたのはカケルだった。
 ラフレシアの件があって、きちんと礼を言っていなかった。
 カケルはイヴの言葉を聞いて目を丸くした後、ふっと笑った。
 
「へえー、真面目だなあ。それに意外と可愛いんだね」
「ど、そういう意味よ?!」
「あはは」
 
 意味深な言葉を追及するが、カケルは笑って答えなかった。
 
 
 関係者と連絡を取り合っていたロンドは、結論が出たのか、イヴたちに向き直った。
 
「学生はユルグ峡谷から退避させることになった。イヴくんとリリーナくんは、土竜のクリスに乗って彼らの班と一緒に避難するんだ」
「先輩とカケルとオルタナはどうするんですか?」
「僕らは安全な場所に避難して救助を待つ」
 
 まだ学生のクリスは竜に変身しても大勢を乗せられないので、女性のイヴとリリーナを優先して脱出させるつもりらしい。
 獣人のオルタナや竜族のカケルは普通の人間より体力があるので、危険な場所にとどまっても生き延びる確率は高い。
 理屈は分かる。最善策だと言うことも。
 だがイヴはもやもやした気持ちになった。
 
「……嫌です」
「イヴ?」
「私とリリーナだけ避難するなんて納得いかないわ。せっかくチームを組んで校外演習に来ているのに」
 
 一方的に庇護されるのは、竜騎士志望のイヴにとっては我慢できないことだった。守られるより、守りたいのだ。
 イヴの反論に、リリーナが少し迷ってから同意する。
 
「先輩、イヴの言っていることも分かります。私たちだけ帰って、もし先輩やオルタナが戻って来なかったら、私はきっと後悔します」
 
 リリーナは潤んだ淡い水色の瞳で、オルタナを見つめている。
 オルタナが眉ねを寄せ、気まずそうに口元を歪めて視線を逸らした。珍しく言い返したりしない。幼馴染み相手は勝手が違うのだろうか。
 
「……分かった」
   
 ロンドは悩む様子も見せたが、諦めたように嘆息した。
 
「クリスくん、君は竜に変身して、君の班のメンバーと一緒に王都レグルスに戻ってくれ」
「了解しました」
 
 クリスは頷いた。
 彼は上着を脱いで荷物を地面に置いた。
 仲間から距離を計り、竜に変身する。
 蜃気楼のように姿が揺らぎ、首や手足が太い、がっしりとした体格の竜が姿を現す。黄土色の鱗には黒い斑模様が走り、発達中の角は短く尖っている。厚い皮膜に覆われた翼を広げ、彼は仲間が乗りやすいように腹這いになった。
 
「それじゃ、お先に!」
 
 獣人のテオは、同じ班の女の子が竜に登るのを補助しながら叫ぶ。
 
「気を付けてね!」
 
 イヴたちは飛び立つ竜を見送った。
 
「さて。僕らは水場を避けて、野営できる場所を探そう」
 
 ロンドの指示に従い、イヴは地図を広げる。
 一行は崖に沿って歩き始めた。
 少し逆戻りして、崖の上に登る途中にある岩の迷路で休憩することにする。下ると川があるので、ラフレシアがいる可能性が高くなるからだ。
 岩の壁は滑らかに抉れて歪曲しており、うっすら地層の横線が入っている。元々地面だった場所が、水や風で穴が空いて天然の迷路になっているのだ。
 ワームの気配が無いことを確認して、イヴたちは岩の迷路の中で夜を過ごすことにした。
 
「イヴ、おやすみ……」
「おやすみ、リリーナ」
 
 リリーナは疲れているのか、タオルケットにくるまって壁にもたれると眠り始める。キャンプ場で泊まる予定だったイヴたちは、テントや寝袋を持参していなかった。
 イヴは魔術で小さな明かりを作って地面に置く。
 女性二人と男性三人は、壁を隔てた場所で休んでいた。
 
「何だか眠れないわ」
 
 体育座りをして魔術の明かりを眺めていたイヴは、意を決して立ち上がる。眠っているリリーナを起こさないように、その場から抜け出した。
 天井が空いた場所まで行って月を見上げる。
 檸檬色の月面を心いくまで鑑賞してから地上に視線を戻すと、どこかに行こうとしている青年の後ろ姿を見つけてしまった。
 
「カケル」
 
 ビクッと肩を震わせて、カケルが振り返る。
 
「どうしたのよ、こんな夜中に」
「俺はちょっと用を足しにいくところ」
 
 どこか引きつった笑顔を浮かべ、カケルは手を振って足早に去ろうとする。
 
「待ちなさい。本当はどこへ行くつもり?」
「!!」
「あなたと一緒に行動するのは今日が初めてだけど、分かったことがあるわ。あなた、意味もなく馬鹿な行動をしないのね」
 
 イヴは立ち去ろうとするカケルを呼び止めて言った。
 カケルは意表を突かれた顔になる。
 
「もうちょっと真面目にきちんとしてたら、見直してあげてもいいのに!」
「えー、肩が凝るから嫌だよ。それにしても、イヴは普通の優等生のお嬢様だと思ってたんだけどな」
「馬鹿にしてるの?」
「いいや」
 
 カケルはふと、悪戯っぽい不敵な笑みを浮かべる。
 その笑み方は普段のふわふわしたものと違って、腹に一物持っていそうな力強いものだった。琥珀色の眼差しに、男性の戦う意志や決意のようなものを感じ、不覚にもイヴは胸の高鳴りを覚える。
 
「偵察」
「え?」
「キャンプ場が今どうなってるか、ラフレシアはどこにいるか、高いところに登って確かめるんだよ。だから、イヴは戻って休んで」
 
 カケルの声音には、リーダーが指示するときの、上から押し付ける響きがあった。
 イヴはムッとする。
 
「嫌よ。私も一緒に行く!」
 
 落ちこぼれのお昼寝竜に助けられてばかりなど、イヴのプライドが許せなかった。
「手を貸そうか?」
「いい!」
 
 大きな石がゴロゴロしている急斜面を登るイヴとカケル。
 先に立つカケルが手をさしのべるが、イヴは拒否した。
 
「これぐらいの崖、へっちゃらよ!」
 
 本当はきついのだが、見栄を張った。
 言い放った後、あまりにも強く拒否したので、カケルが気分を悪くしていないか少し気になった。
 イヴはプライドの高い性格だ。
 誇りに見合う努力をしており、同世代の中でトップの成績を修めているが、つい偉そうな物言いで相手を不快にさせてしまうことがよくあった。
 
「カケル……?」
「んー」
 
 振り返ったカケルの表情は、普段と変わらない飄々としたもので、イヴはほっとした。
 月光を受けて、瞳孔が広がったカケルの瞳が淡く光っている。
 猫と同じで竜族も夜目がきく。
 人間のイヴは暗闇を見通せないので、魔術で小さな明かりを作って足元を照らしていた。
 
「偵察のこと、ロンド先輩は知ってるの?」
「勿論。俺は風竜だから、もともとこういう仕事が向いてるんだって。気配に敏感だし、すぐに逃げ出せるし」
「そう……」
 
 目の前の青年は「落ちこぼれ」のはずなのに、なぜだろう。ロンドもオルタナも、カケルのことを信頼して評価しているように思う。
 信頼していなければ、偵察など危険な任務を任せたりはしないだろう。
 
「イヴはなんで竜騎士になりたいの?」
「いきなり何よ」 
 
 唐突な疑問に、イヴは額の汗を拭いながら怪訝な顔をした。
 カケルの方は斜面を登るのに息切れしている様子はない。
 憎たらしく見えるほど余裕綽々だ。
 
「竜騎士って男が多いじゃないか。女性のイヴは人一倍努力しなければいけないのに、大変だなと思って」
 
 それはそうなのだが、落ちこぼれ竜のカケルに涼しい顔で言われると腹が立つ。
 
「竜騎士を目指すのに男も女もないでしょ! 馬鹿にしてるの?!」
「まさか。凄いなと思って」
 
 飄々とカケルが言うものだから、イヴは肩の力が抜けてしまう。
 
「俺はさー。道で寝てる竜を見て、竜族になりたいと思ったんだよね。好きな時にお昼寝できるって最高だろ?」
「ちょっとあんた……空戦科の騎竜は、ワームとの戦いや戦争に駆り出されるんだから、昼寝なんか出来ないわよ」
「へ? そっかー、空戦科辞めちゃおうかな」
 
 前言撤回。やはり落ちこぼれ竜だ。
 空戦科を馬鹿にしているにもほどがある。
 イヴは、へらへら笑うカケルの頭をどつきたくなった。
 
「どうしても空戦科じゃなきゃ駄目なら、パートナーはゆっくりお昼寝させてくれる人が良いな。イヴは可愛いけどお昼寝させてくれなそうだから嫌だ」
「こっちだって、あんたみたいなお昼寝竜お断りよ!」
 
 言いながらイヴの頬は林檎のように赤く染まる。
 こ、こいつ、私のこと可愛いと言わなかった?!
 綺麗だね、や、頭が良いね、などの賛辞は聞きあきているイヴだが、可愛いには免疫が無かった。
 
「おっと。頂上だ」
 
 いつの間にか、イヴとカケルは崖の上に立っていた。
 
「あの辺が、俺たちが行く予定だったキャンプ場だけど」
 
 カケルの指差した先を見て、イヴは愕然とした。
 
「あの森みたいな影、もしかしてラフレシアの親株なの?!」
「たぶんね」
 
 暗くてよく見えないが、昼間には無かった黒い小山のようなものが見える。月光にうっすら肉厚の花弁の端が浮かび上がっていた。
 急成長して山のようになったラフレシアの花だ。
 
「キャンプ場にいた先生方は脱出できたのかしら」
「花粉がきついからね。逃げ遅れて気を失ってるかも?」
「まさか……」
 
 子供の自分達より知識も経験もあるだろう、大人の教師達が逃げ遅れているとは思えない。だが、目の前に山のようにそびえるラフレシアの花は不気味で「もしかして」という懸念をイヴに抱かせた。
 その時、のんびりしたカケルが急に緊張した様子で呟く。
 
「ラフレシアの気配が近くなってる……!」
 
 花の影に見入っていたイヴは、突然、カケルに抱き寄せられて驚愕した。
 
「何するの?!」
 
 カケルはイヴより少し背が高く、男性だけあって体つきはがっしりしている。異性と接触したことのないイヴは酷く動揺する。
 
「大丈夫。俺が守るから」
 
 青い旋風が渦巻く。
 壁を這って伸び上がったラフレシアの触手を、カケルの操る鎌鼬が一瞬で切り飛ばした。
 その光景を、イヴは呆然とただ見ているしかなかった。
 
「ちょっとごめんよ」
「わっ」
 
 カケルは腕の中に囲い込んだイヴをそのまま抱き上げる。
 そして伸びあがるラフレシアの触手を避け、崖の上を軽快に走り始めた。
 
「谷がどうなってるか分かったし、退却しよう」
「待って!」
 
 崖から降りようとするカケルの腕を、イヴは引っ張って呼び止めた。
 
「あそこを見て!」
 
 黒い山のようなラフレシアの下で閃光が走る。
 紅の鱗を持つ竜が、ラフレシアから這い出ようと炎を吐き出していた。
 カケルはイヴを抱き上げたまま立ち止まる。
 イヴは身を乗り出して戦いを観察した。
 
「先生達かしら」
 
 固唾を飲んで見守る。
 竜はラフレシアから逃れようともがいていた。
 ラフレシアから太い触手が竜の翼や足に絡みついている。
 竜は何とか飛び立とうと翼を広げるが、ズルズルと触手に引きずられ、地面に落とされようとしていた。
 
「助けなきゃ……!」
「どうやって」
 
 イヴの呟きに答えるカケルの声は妙に冷静だった。
 諦観しているような響きさえある。
 イヴは怒りを込めて、カケルを見上げた。
 
「目の前で人が死ぬかもしれないのに、黙って見ていろとでも?!」
「落ち着いて、イヴ。俺たちにできることは何もないよ」
「それでも!」
 
 カケルの言う通り、半人前の学生の自分達が現場に飛び込んだところで、要救助者を増やすだけかもしれなかった。
 それでも、イヴには黙っていられない理由がある。
 彼女を突き動かすもの、それは「後悔」。
 
「……あの時、私が手を引いていたら、あの子は死ななかったかもしれない」
 
 ワームに襲われる友達を前に一歩も動けなかった。
 魔術師の家系に生まれたイヴには戦う力があったのに、肝心の時に何ひとつできなかったのだ。
 
「イヴ……」
「離して。もう少しラフレシアの近くに行って、魔術で遠距離攻撃すれば、あの竜が飛び立つ隙を作ることができるわ」
 
 イヴはカケルの腕から飛び降りようとした。
 その瞬間、ラフレシアの触手が崖に殺到し、足場が崩れた。
 
「きゃあっ!」
「イヴ!!」
 
 崖が崩れ、深い谷底に二人の身体は投げ出される。
 谷底ではラフレシアの触手が絨毯のように群れて、二人が落ちてくるのを待ち構えていた。
 あそこに落ちれば命は無いだろう。
 イヴはぞっとする。
 
「――正義感だけで窮地に飛び込むのは、正直、気に入らないな。けど君は俺のために怒ってくれた。だからその一回分くらいなら、付き合うよ」
 
 不意に、柔らかいカケルの声がした。
 青い光の奔流がイヴを飲み込む。
 眩しくて思わず目を閉じる。
 暖かい風がふわりと彼女を包み込んだ。
 何故だろう、敵に襲われて落下中なのにひどく安心する。
 
 数舜の後、地面に叩きつけられる衝撃はなく、固い床に着地した感触がした。
 無意識に四つん這いになってバランスを取る。
 目を開けた時、そこはまだ空中だった。
 自分は空を飛ぶ巨大な生き物の背に着地したらしい。
 
「ここは……?」
 
 見回すと進行方向に鱗に覆われた長い首があり、左右にコウモリ型の巨大な翼が風を孕んで羽ばたいている。
 ここは竜の背中だ。
 夜空を彩る二つの月は、イヴが騎乗する竜の蒼い鱗を照らし出している。
 月明かりを受けて竜の鱗がサファイアのように光った。

『目が覚めた?』
 
 脳裏に響く柔らかい声音。
 カケルの声だ。
 竜になったカケルが念話で話しているのだと気付き、イヴは驚愕した。
 
「あなた竜に変身できないんじゃなかったの?!」
『そんなことは今はどうでもいいじゃないか。それよりも、イヴはラフレシアの近くに行って攻撃したいんだろ?』
 
 蒼い竜は、空中を泳ぐ魚のように、するりするりとラフレシアの触手を避けながら飛行する。
 イヴは動揺が冷めると、蒼い竜の首筋に近い位置に移動した。
 例の竜はまだラフレシアの下でもがいている。
 軽やかに飛ぶ蒼い竜は、ラフレシアの懐に潜り込み、距離を詰めている最中だった。
 イヴの要望を叶えるためだ。
 もう後戻りはできない。
 魔術でラフレシアの触手を攻撃する。
 味方の竜を傷つけずにワームだけ滅するよう、魔術をコントロールしなければならない。
 しかも高速で動いている竜の背から、正確にワームを狙う必要がある。
 私にできるだろうか。
 
「やるしかない!」
 
 イヴは竜の背で膝を立てて半立ちになり、意識を集中して魔術を行使する。
 赤い光の弓が彼女の手に現れた。
 
『できるだけ近づいて、動きを止めるから、その瞬間に狙って』
 
 カケルの声がする。
 蒼い竜は四方八方から迫るラフレシアの触手を潜り抜け、戦地に飛び込んだ。
 敵に近づきすぎず、遠すぎない絶妙な距離。
 味方の竜が射程範囲に入る。
 今だ。
 
「紅玉弾《ルビーショット》!!」
 
 その瞬間、追い風に背を押されるように、イヴは光の矢を空に解き放った。
 
 
 光の矢は、味方の竜を拘束する触手に突き刺さった。
 紅い火花が飛び散る。
 無害で美しい光は、イヴの与えた攻撃の結果を照らし出した。
 触手が一気にブチブチと裁断され、はじけ飛ぶ。
 
「やった!」
 
 イヴは軽くガッツポーズを取った。
 味方の竜は、残りの触手を引きちぎって上昇していく。
 
『くっ!』
 
 軽快に動いていた蒼い竜がバランスを崩す。
 足元を見下ろすと、複数の触手が絡みついていた。
 イヴの魔術に合わせて一瞬停止していた隙を狙われたのだ。
 足に絡みついた触手を振り払い、カケルは飛翔を続けようとする。
 しかし触手は次々に絡みつき、だんだん身動きが取れなくなっていく。
 
『イヴ、いざとなったら俺は構わずに脱出して』
「何いってるのよ!」
『上空で先生の竜が待ってる。イヴだけでも引き上げてもらおう』
 
 見上げると、先ほど脱出した味方の竜が上空で旋回しながら、こちらの様子を伺っている。
 イヴとカケルが脱出するのを待ってくれているのだ。
 
『俺は竜族だから。いざとなれば一人でも何とかなる』
 
 カケルは、イヴを包み込むように蒼い翼を立て気味に広げた。
 時折、搭乗者を狙ってくる触手を翼で遮断し、長い竜の尻尾で叩き落としている。
 
「嫌よ! 絶対に嫌! 私は自分一人だけ逃げないんだから!」
 
 イヴは竜の首にしがみついた。
 カケルが困惑する気配がした。
 構わずに叫ぶ。
 
「一人で大丈夫なんて言わないでよ! 竜と竜騎士は、一人で戦えないからパートナーを組むんでしょ!」
『!!』
 
 カケルがはっと何かに気付いたように息を飲んだ。
 その時、竜の足元で爆音が起きる。
 
「――爆破《クラック》」
 
 上級者向けの設置型魔術。遠隔地に座標を指定して、時間差で攻撃を仕掛ける高度な魔術だ。
 足元の触手の力が緩んだ瞬間、カケルは思いきり加速して飛び上がった。
 
「きゃっ」
 
 イヴはちょうど首筋にしがみついていたので、振り落とされずに済んだ。
 
『ロンド兄! オルト、リリーナ!』
 
 少し離れた崖の上を並走する、黄金の獅子。
 獅子の上にはロンドとリリーナが乗っている。
 先ほどの爆破の魔術は、ロンドが放ったものらしい。
 
『よお、寝坊助! 目は覚めたかよ?!』
『すっごい豪快な目覚ましだったね。俺たちがピンチだってどうして分かったの?』
『馬鹿女が戻ってこねえから、無駄な正義感に駆られて窮地に飛び込むんじゃねえかって、ロンド先輩が予想して追いかけることにしたんだよ』
 
 イヴの頭に響く、念話による雑談。
 竜の姿のカケルと、獅子の姿のオルタナの、気の置けないやりとりだ。
 確かにロンドたちの助けに入るタイミングは絶妙だったと、イヴも思った。
 どうやらイヴがいないことに気付いたロンドたちは、すぐに後を追う決断をしたらしい。結果的にロンドの予想は大当たりだった訳で、イヴとしては複雑な気分だった。
 
『オルトの変身した姿って、初めて見た気がする』
『それはお互いさまだろ。おい、飛び乗るからこっちに寄せろ』
 
 蒼い竜は触手を避けながら低空に寄せ、黄金の獅子の近くを飛行する。
 タイミングを見計らい、獅子は竜の背中に飛び乗ってきた。
 
「着地っと」
 
 竜の背中に着地しざま、オルタナは人間の姿に戻った。獅子の爪で竜を傷つけないためだろう。
 ロンドは「荒っぽいな」と嘆きながら、必死に竜の背の突起部をつかむ。

「はあ、はあ……」
「リリーナ、大丈夫?!」
 
 イヴは慌てて、親友のリリーナを抱き留めた。
 リリーナは乱れた息を必死で整えている。
 鞍も付けていない竜の背中は凹凸が激しく、背筋の突起をつかんでいないと振り落とされそうになる。竜騎士候補として竜に乗る訓練を積んだイヴやロンド、バランス感覚の良い獣人のオルタナは平気のようだが、普通の人間であるリリーナは乗るだけで精一杯だ。
  
『みんな乗った? それじゃー、このまま学校に帰ろう。あー、疲れた。お昼寝お昼寝』
 
 カケルはゆっくり体をひねり、上空で待っていた竜と一緒に飛び始めた。
 緊迫感のない台詞にイヴは思わず笑みをこぼす。
 
「そうね、今回は本当に疲れたわ……」
 
 ワームの出現から今にいたるまで、ハプニングの連続だった。
 
「イヴ、どうだった?」
 
 ようやく落ち着いたらしいリリーナが、微笑みながらイヴに問いかけてくる。
 何のことを聞かれているのか分からずに、イヴはきょとんとした。
 リリーナは言い直した。
 
「カケルくんと空を飛んで、どうだった?」
  
 イヴは、そういえば同級生の竜の背に乗ったのは初めてだったと、今更ながら気付いた。
 蒼い竜の動きは軽やかで、まるで風と一緒になったようだった。
 
「……悪くなかった、かも」
 
 カケルに聞こえないかしら、と思いながらボソボソ言うと、リリーナは蕾がほころぶように笑顔になった。
 
「良かったね、イヴ」
 
 

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