関係者と連絡を取り合っていたロンドは、結論が出たのか、イヴたちに向き直った。
 
「学生はユルグ峡谷から退避させることになった。イヴくんとリリーナくんは、土竜のクリスに乗って彼らの班と一緒に避難するんだ」
「先輩とカケルとオルタナはどうするんですか?」
「僕らは安全な場所に避難して救助を待つ」
 
 まだ学生のクリスは竜に変身しても大勢を乗せられないので、女性のイヴとリリーナを優先して脱出させるつもりらしい。
 獣人のオルタナや竜族のカケルは普通の人間より体力があるので、危険な場所にとどまっても生き延びる確率は高い。
 理屈は分かる。最善策だと言うことも。
 だがイヴはもやもやした気持ちになった。
 
「……嫌です」
「イヴ?」
「私とリリーナだけ避難するなんて納得いかないわ。せっかくチームを組んで校外演習に来ているのに」
 
 一方的に庇護されるのは、竜騎士志望のイヴにとっては我慢できないことだった。守られるより、守りたいのだ。
 イヴの反論に、リリーナが少し迷ってから同意する。
 
「先輩、イヴの言っていることも分かります。私たちだけ帰って、もし先輩やオルタナが戻って来なかったら、私はきっと後悔します」
 
 リリーナは潤んだ淡い水色の瞳で、オルタナを見つめている。
 オルタナが眉ねを寄せ、気まずそうに口元を歪めて視線を逸らした。珍しく言い返したりしない。幼馴染み相手は勝手が違うのだろうか。
 
「……分かった」
   
 ロンドは悩む様子も見せたが、諦めたように嘆息した。
 
「クリスくん、君は竜に変身して、君の班のメンバーと一緒に王都レグルスに戻ってくれ」
「了解しました」
 
 クリスは頷いた。
 彼は上着を脱いで荷物を地面に置いた。
 仲間から距離を計り、竜に変身する。
 蜃気楼のように姿が揺らぎ、首や手足が太い、がっしりとした体格の竜が姿を現す。黄土色の鱗には黒い斑模様が走り、発達中の角は短く尖っている。厚い皮膜に覆われた翼を広げ、彼は仲間が乗りやすいように腹這いになった。
 
「それじゃ、お先に!」
 
 獣人のテオは、同じ班の女の子が竜に登るのを補助しながら叫ぶ。
 
「気を付けてね!」
 
 イヴたちは飛び立つ竜を見送った。
 
「さて。僕らは水場を避けて、野営できる場所を探そう」
 
 ロンドの指示に従い、イヴは地図を広げる。
 一行は崖に沿って歩き始めた。
 少し逆戻りして、崖の上に登る途中にある岩の迷路で休憩することにする。下ると川があるので、ラフレシアがいる可能性が高くなるからだ。
 岩の壁は滑らかに抉れて歪曲しており、うっすら地層の横線が入っている。元々地面だった場所が、水や風で穴が空いて天然の迷路になっているのだ。
 ワームの気配が無いことを確認して、イヴたちは岩の迷路の中で夜を過ごすことにした。
 
「イヴ、おやすみ……」
「おやすみ、リリーナ」
 
 リリーナは疲れているのか、タオルケットにくるまって壁にもたれると眠り始める。キャンプ場で泊まる予定だったイヴたちは、テントや寝袋を持参していなかった。
 イヴは魔術で小さな明かりを作って地面に置く。
 女性二人と男性三人は、壁を隔てた場所で休んでいた。
 
「何だか眠れないわ」
 
 体育座りをして魔術の明かりを眺めていたイヴは、意を決して立ち上がる。眠っているリリーナを起こさないように、その場から抜け出した。
 天井が空いた場所まで行って月を見上げる。
 檸檬色の月面を心いくまで鑑賞してから地上に視線を戻すと、どこかに行こうとしている青年の後ろ姿を見つけてしまった。
 
「カケル」
 
 ビクッと肩を震わせて、カケルが振り返る。
 
「どうしたのよ、こんな夜中に」
「俺はちょっと用を足しにいくところ」
 
 どこか引きつった笑顔を浮かべ、カケルは手を振って足早に去ろうとする。
 
「待ちなさい。本当はどこへ行くつもり?」
「!!」
「あなたと一緒に行動するのは今日が初めてだけど、分かったことがあるわ。あなた、意味もなく馬鹿な行動をしないのね」
 
 イヴは立ち去ろうとするカケルを呼び止めて言った。
 カケルは意表を突かれた顔になる。
 
「もうちょっと真面目にきちんとしてたら、見直してあげてもいいのに!」
「えー、肩が凝るから嫌だよ。それにしても、イヴは普通の優等生のお嬢様だと思ってたんだけどな」
「馬鹿にしてるの?」
「いいや」
 
 カケルはふと、悪戯っぽい不敵な笑みを浮かべる。
 その笑み方は普段のふわふわしたものと違って、腹に一物持っていそうな力強いものだった。琥珀色の眼差しに、男性の戦う意志や決意のようなものを感じ、不覚にもイヴは胸の高鳴りを覚える。
 
「偵察」
「え?」
「キャンプ場が今どうなってるか、ラフレシアはどこにいるか、高いところに登って確かめるんだよ。だから、イヴは戻って休んで」
 
 カケルの声音には、リーダーが指示するときの、上から押し付ける響きがあった。
 イヴはムッとする。
 
「嫌よ。私も一緒に行く!」
 
 落ちこぼれのお昼寝竜に助けられてばかりなど、イヴのプライドが許せなかった。