その青年は陽当たりの良い最前列の席で、堂々と机に突っ伏していた。
 柔らかそうな黒髪が陽光に透けて深い青に染まっている。紺色の髪はエファランでは珍しい。外国人の血が入っているのだろうか。
 半袖の白いシャツから伸びた腕は細い。日焼けしているものの、地肌が明るい象牙色なので色白の印象がある。肩幅は男性らしく広かったが、華奢な体格はどこか少女めいていた。
 
 イヴは、青年の後ろ姿を見て眉をしかめた。
 授業中に最前列で寝るとは、度胸があると感心すべきなのだろうか。
 それにしてもいったい誰だろう。
 今日は、同学年の竜族と竜騎士志望の生徒が集まっての、初の合同授業だ。見知らぬ顔ぶれが混じっている。だから知らないのも無理はないのだが。
 
「……サーフェス。起きなさい。起きろ……!」
 
 教壇に立っている女性教師が、そろそろ我慢の限界だと声を荒げた。
 ついに、一向に起きない彼に業を煮やして、ノートを丸めて頭をパコンと叩く。
 
「って!……誰か俺の頭を叩きましたか? ローストチキンの丸焼きにかぶりつくところだったのに……」
 
 頭をさすって、彼はぼんやり教師を見上げた。
 
「カケル・サーフェス! 君は何のために授業を受けに来た? 寝るためか?」
「睡眠学習ですよ、先生。授業はちゃんと聞いてますから、お構い無く」
 
 カケルという生徒は、まるで悪気なくいけしゃあしゃあと答えた。
 会話を聞いていたイヴは彼が「あの」カケル・サーフェスだと気付く。確か下から数えた方が良い成績だと教師が言っていた。それで授業中に寝るとは、けしからぬ根性だ。
 教師は丸めたノートを手でもてあそびながら、さらに聞く。
 
「では、私が先ほど何について説明していたか言えるか?」
 
 イヴは「当然、寝てたから答えられる訳ないよね」と思った。
 
「言えますよ。来週の学年合同の校外演習についてですよね」
 
 あれ?
 てっきり口ごもると思っていたカケルが、すらすら答えを言ったので、イヴは驚いた。
 教師も苦い顔をする。
 
「そうだ。竜と竜騎士のマッチングの一環でもある。竜に変身できるようになったか、サーフェス?」
「う……」
 
 途端に、カケルという生徒は旗色が悪い様子になった。
 
「先生。俺、変身の練習したいんで、授業は早退します……」
「おい!」
「今日は説明だけですよね? 来週のキャンプにはちゃんと参加しますから」
 
 教師は「待て」と呼び止めるが、カケルはとんでもないマイペースだった。いきなり教室の窓を開け、窓枠に足をかける。
 
「それでは皆さん、ご機嫌ようー」
「こら、サーフェス!」
 
 三階の窓から、カケルはひらりと跳躍した。
 まるで吹き込む風と一体化するような、軽やかな身のこなし。
 さすが、細身でも竜族だ。
 人間なら大怪我をする高さでも、安定感のある着地を披露する。
 教室の他の生徒たちは、唖然としたり、面白がって窓から彼の行動を眺めたりしている。
 
 何なの……?
 
 破天荒なカケルの行動に、イヴは驚愕していた。
 教師が咳払いする。
 
「あー、あの馬鹿の奇行は気にしないように。イヴ・アラクサラくん」
「はい?」
 
 いきなり自分の名前が呼ばれて、イヴはペンを取り落としそうになった。
 
「イヴ・アラクサラ。学年合同の校外演習だが、君とカケル・サーフェスは同じ班だ」
「……何ですって?」
「一番成績優秀な君に、落ちこぼれのサーフェスの面倒を見てほしい。要はそういう事だ。校外演習の間だけ、我慢してくれ」
「えええ?!」
 
 教師の通告に、思わずイヴは人目は忘れて立ち上がり、淑女らしからぬ大声を出してしまった。