「ちょっとごめんよ」
「わっ」
カケルは腕の中に囲い込んだイヴをそのまま抱き上げる。
そして伸びあがるラフレシアの触手を避け、崖の上を軽快に走り始めた。
「谷がどうなってるか分かったし、退却しよう」
「待って!」
崖から降りようとするカケルの腕を、イヴは引っ張って呼び止めた。
「あそこを見て!」
黒い山のようなラフレシアの下で閃光が走る。
紅の鱗を持つ竜が、ラフレシアから這い出ようと炎を吐き出していた。
カケルはイヴを抱き上げたまま立ち止まる。
イヴは身を乗り出して戦いを観察した。
「先生達かしら」
固唾を飲んで見守る。
竜はラフレシアから逃れようともがいていた。
ラフレシアから太い触手が竜の翼や足に絡みついている。
竜は何とか飛び立とうと翼を広げるが、ズルズルと触手に引きずられ、地面に落とされようとしていた。
「助けなきゃ……!」
「どうやって」
イヴの呟きに答えるカケルの声は妙に冷静だった。
諦観しているような響きさえある。
イヴは怒りを込めて、カケルを見上げた。
「目の前で人が死ぬかもしれないのに、黙って見ていろとでも?!」
「落ち着いて、イヴ。俺たちにできることは何もないよ」
「それでも!」
カケルの言う通り、半人前の学生の自分達が現場に飛び込んだところで、要救助者を増やすだけかもしれなかった。
それでも、イヴには黙っていられない理由がある。
彼女を突き動かすもの、それは「後悔」。
「……あの時、私が手を引いていたら、あの子は死ななかったかもしれない」
ワームに襲われる友達を前に一歩も動けなかった。
魔術師の家系に生まれたイヴには戦う力があったのに、肝心の時に何ひとつできなかったのだ。
「イヴ……」
「離して。もう少しラフレシアの近くに行って、魔術で遠距離攻撃すれば、あの竜が飛び立つ隙を作ることができるわ」
イヴはカケルの腕から飛び降りようとした。
その瞬間、ラフレシアの触手が崖に殺到し、足場が崩れた。
「きゃあっ!」
「イヴ!!」
崖が崩れ、深い谷底に二人の身体は投げ出される。
谷底ではラフレシアの触手が絨毯のように群れて、二人が落ちてくるのを待ち構えていた。
あそこに落ちれば命は無いだろう。
イヴはぞっとする。
「――正義感だけで窮地に飛び込むのは、正直、気に入らないな。けど君は俺のために怒ってくれた。だからその一回分くらいなら、付き合うよ」
不意に、柔らかいカケルの声がした。
青い光の奔流がイヴを飲み込む。
眩しくて思わず目を閉じる。
暖かい風がふわりと彼女を包み込んだ。
何故だろう、敵に襲われて落下中なのにひどく安心する。
数舜の後、地面に叩きつけられる衝撃はなく、固い床に着地した感触がした。
無意識に四つん這いになってバランスを取る。
目を開けた時、そこはまだ空中だった。
自分は空を飛ぶ巨大な生き物の背に着地したらしい。
「ここは……?」
見回すと進行方向に鱗に覆われた長い首があり、左右にコウモリ型の巨大な翼が風を孕んで羽ばたいている。
ここは竜の背中だ。
夜空を彩る二つの月は、イヴが騎乗する竜の蒼い鱗を照らし出している。
月明かりを受けて竜の鱗がサファイアのように光った。
『目が覚めた?』
脳裏に響く柔らかい声音。
カケルの声だ。
竜になったカケルが念話で話しているのだと気付き、イヴは驚愕した。
「あなた竜に変身できないんじゃなかったの?!」
『そんなことは今はどうでもいいじゃないか。それよりも、イヴはラフレシアの近くに行って攻撃したいんだろ?』
蒼い竜は、空中を泳ぐ魚のように、するりするりとラフレシアの触手を避けながら飛行する。
イヴは動揺が冷めると、蒼い竜の首筋に近い位置に移動した。
例の竜はまだラフレシアの下でもがいている。
軽やかに飛ぶ蒼い竜は、ラフレシアの懐に潜り込み、距離を詰めている最中だった。
イヴの要望を叶えるためだ。
もう後戻りはできない。
魔術でラフレシアの触手を攻撃する。
味方の竜を傷つけずにワームだけ滅するよう、魔術をコントロールしなければならない。
しかも高速で動いている竜の背から、正確にワームを狙う必要がある。
私にできるだろうか。
「やるしかない!」
イヴは竜の背で膝を立てて半立ちになり、意識を集中して魔術を行使する。
赤い光の弓が彼女の手に現れた。
『できるだけ近づいて、動きを止めるから、その瞬間に狙って』
カケルの声がする。
蒼い竜は四方八方から迫るラフレシアの触手を潜り抜け、戦地に飛び込んだ。
敵に近づきすぎず、遠すぎない絶妙な距離。
味方の竜が射程範囲に入る。
今だ。
「紅玉弾《ルビーショット》!!」
その瞬間、追い風に背を押されるように、イヴは光の矢を空に解き放った。
「わっ」
カケルは腕の中に囲い込んだイヴをそのまま抱き上げる。
そして伸びあがるラフレシアの触手を避け、崖の上を軽快に走り始めた。
「谷がどうなってるか分かったし、退却しよう」
「待って!」
崖から降りようとするカケルの腕を、イヴは引っ張って呼び止めた。
「あそこを見て!」
黒い山のようなラフレシアの下で閃光が走る。
紅の鱗を持つ竜が、ラフレシアから這い出ようと炎を吐き出していた。
カケルはイヴを抱き上げたまま立ち止まる。
イヴは身を乗り出して戦いを観察した。
「先生達かしら」
固唾を飲んで見守る。
竜はラフレシアから逃れようともがいていた。
ラフレシアから太い触手が竜の翼や足に絡みついている。
竜は何とか飛び立とうと翼を広げるが、ズルズルと触手に引きずられ、地面に落とされようとしていた。
「助けなきゃ……!」
「どうやって」
イヴの呟きに答えるカケルの声は妙に冷静だった。
諦観しているような響きさえある。
イヴは怒りを込めて、カケルを見上げた。
「目の前で人が死ぬかもしれないのに、黙って見ていろとでも?!」
「落ち着いて、イヴ。俺たちにできることは何もないよ」
「それでも!」
カケルの言う通り、半人前の学生の自分達が現場に飛び込んだところで、要救助者を増やすだけかもしれなかった。
それでも、イヴには黙っていられない理由がある。
彼女を突き動かすもの、それは「後悔」。
「……あの時、私が手を引いていたら、あの子は死ななかったかもしれない」
ワームに襲われる友達を前に一歩も動けなかった。
魔術師の家系に生まれたイヴには戦う力があったのに、肝心の時に何ひとつできなかったのだ。
「イヴ……」
「離して。もう少しラフレシアの近くに行って、魔術で遠距離攻撃すれば、あの竜が飛び立つ隙を作ることができるわ」
イヴはカケルの腕から飛び降りようとした。
その瞬間、ラフレシアの触手が崖に殺到し、足場が崩れた。
「きゃあっ!」
「イヴ!!」
崖が崩れ、深い谷底に二人の身体は投げ出される。
谷底ではラフレシアの触手が絨毯のように群れて、二人が落ちてくるのを待ち構えていた。
あそこに落ちれば命は無いだろう。
イヴはぞっとする。
「――正義感だけで窮地に飛び込むのは、正直、気に入らないな。けど君は俺のために怒ってくれた。だからその一回分くらいなら、付き合うよ」
不意に、柔らかいカケルの声がした。
青い光の奔流がイヴを飲み込む。
眩しくて思わず目を閉じる。
暖かい風がふわりと彼女を包み込んだ。
何故だろう、敵に襲われて落下中なのにひどく安心する。
数舜の後、地面に叩きつけられる衝撃はなく、固い床に着地した感触がした。
無意識に四つん這いになってバランスを取る。
目を開けた時、そこはまだ空中だった。
自分は空を飛ぶ巨大な生き物の背に着地したらしい。
「ここは……?」
見回すと進行方向に鱗に覆われた長い首があり、左右にコウモリ型の巨大な翼が風を孕んで羽ばたいている。
ここは竜の背中だ。
夜空を彩る二つの月は、イヴが騎乗する竜の蒼い鱗を照らし出している。
月明かりを受けて竜の鱗がサファイアのように光った。
『目が覚めた?』
脳裏に響く柔らかい声音。
カケルの声だ。
竜になったカケルが念話で話しているのだと気付き、イヴは驚愕した。
「あなた竜に変身できないんじゃなかったの?!」
『そんなことは今はどうでもいいじゃないか。それよりも、イヴはラフレシアの近くに行って攻撃したいんだろ?』
蒼い竜は、空中を泳ぐ魚のように、するりするりとラフレシアの触手を避けながら飛行する。
イヴは動揺が冷めると、蒼い竜の首筋に近い位置に移動した。
例の竜はまだラフレシアの下でもがいている。
軽やかに飛ぶ蒼い竜は、ラフレシアの懐に潜り込み、距離を詰めている最中だった。
イヴの要望を叶えるためだ。
もう後戻りはできない。
魔術でラフレシアの触手を攻撃する。
味方の竜を傷つけずにワームだけ滅するよう、魔術をコントロールしなければならない。
しかも高速で動いている竜の背から、正確にワームを狙う必要がある。
私にできるだろうか。
「やるしかない!」
イヴは竜の背で膝を立てて半立ちになり、意識を集中して魔術を行使する。
赤い光の弓が彼女の手に現れた。
『できるだけ近づいて、動きを止めるから、その瞬間に狙って』
カケルの声がする。
蒼い竜は四方八方から迫るラフレシアの触手を潜り抜け、戦地に飛び込んだ。
敵に近づきすぎず、遠すぎない絶妙な距離。
味方の竜が射程範囲に入る。
今だ。
「紅玉弾《ルビーショット》!!」
その瞬間、追い風に背を押されるように、イヴは光の矢を空に解き放った。