二〇一八年四月、陽光うららかな春。並木道では桜の花びらが散り始め、それらを暖かな風が柔らかくさらっていく。

 そんな中、大学生になったばかりの羽根田千聖(はねだ ちさと)は、目の前の巨大掲示板と睨めっこしていた。大学の学生食堂に設置された掲示板には、アルバイトの求人情報がいくつも貼り出されている。とはいえ、やはり家庭教師や塾講師など、大学が奨励するものばかりが占めていた。

 教えるというのは大変難しいものだ。いい経験になるだろうが、千聖にはぴんとこない。

(う~ん。もっと私に合ったもの、ないかな……)

 ここは、都会でも田舎でもない街。強いて言えば田舎に近いのかもしれないが、電車で二駅先に行けば、そこには夜も眠らない繁華街が待っている。レストラン、ブティック、カフェ――そういった接客業に、千聖は挑戦してみたかった。

 第一志望の四年制大学に無事入学できたとはいえ、奨学金制度を利用しても、恐らく家計は火の車だ。千聖は母と二人暮らし。小学二年生の時に父を亡くした。

 その父が残した借金を返済するため、母は仕事を掛け持ちしながらも、千聖を育ててくれている。アルバイトを探しているのは、少しでも家計の足しにするためだ。

 周囲の学生たちは、「アルバイトって、もっと大学に慣れてから始めたほうがいいんじゃない?」と言っているのだが、千聖はこうと決めたらすぐに行動しないと気が済まない。いわゆる、せっかちなのだ。今日の講義は全て終わったので、次はアルバイト情報誌を探しに行こうと、千聖は大学を後にした。

 自転車に乗り、最寄り駅へと向かう。そこから電車で五駅、繁華街とは逆向きに進めば千聖の家がある街だ。改札を出て、一気に静かになってきた商店街に向けて歩きながら、本屋かコンビニエンスストア、どちらに行くかを考えていた時だった。

(あれ? こんなお店、あったっけ?)

 アーケードの手前、交差点近くの角に、見慣れぬ店が構えてあった。千聖自身も商店街近くまでやってくるのは約一週間ぶりなのだが、それでも建設中ならば目につくはずである。

 ペールグリーンのペンキで塗られた壁、セピア色の屋根と扉。植木鉢に咲いた黄色と白の花々。四角い窓からは中が見えそうなのだが、開店前なのか、暗くてよく分からない。千聖は興味津々で、引き寄せられるように、入り口の扉へと近付いた。そこには紙が貼ってある。