朝か、昼か。
 それはもうわからない時刻。
 俺はメアリーに手料理を振る舞うことにした。


「さて、なにを作るか」


 いざキッチンの前に立つも、そこから前へ進めない。今思えば高校を卒業してからずっと一人暮らし。朝はトーストをかじり。昼と夜はコンビニのお弁当ばかり。だから料理なんて作ってなかったし、そもそも、食材なんて買ってない。
 冷蔵庫の中にあるのは牛乳と卵。それと食パンのみ。

 んー、と考えていると、


「メアリーも、手伝うの」


 と言ってメアリーが俺を見上げてくる。
 子供ができたらこんな感じなのだろうか。めちゃくちゃ可愛い、そう思ってしまう。


「ありがとう。だけど美味い料理は作れなさそうだな」
「大丈夫! なんでも食べるの!」


 なんていい子だ。
 俺はありがとうと伝え料理を始める。
 だけど、ただトーストを焼いて食べるのでは味気ない。それならメアリーが食べたことのないのを食べさせてあげたい。


「メアリー、フレンチトーストって知ってるか?」


 そう聞くと、メアリーは首を傾げる。それに合わせて、蝋燭の炎のような形をした髪と同色の尻尾が左右に揺れる。


「フレンチトースト? わからないの」
「そうか。じゃあそれを作ってやるよ」
「ほんと? 作って作って!」


 ああ、と短く返事をして、俺はすぐさまスマホを手に取る。
 異世界とやらにはスマホはなかっただろうが、ここにはある。どんな情報でも載ってる便利道具が。
 コンビニ弁当ばかり食べる俺がフレンチトーストの作り方を知ってるわけがない。というよりも、食パンに卵を浸して焼くぐらいしかわからない。

 俺はスマホを見ながら料理を始める。

 そんな姿を、メアリーは不思議そうに見てる。


「パパ。それなーに?」
「これか? これはな」


 と普通に返事してるが、俺はパパじゃない。
 そう思ったが、そこで否定するのも疲れる。どうせ否定したとこで、これからもパパと呼ばれるだろうしな。

 スマホの説明を軽くしながら、フレンチトーストの作り方を検索する。

 そしてなんとか、不器用ながらも二人分のフレンチトーストを完成させた。


「よし」
「わー」


 皿に乗せたフレンチトーストをテーブルに置くと、メアリーは口を大きく開けて、嬉しそうな声を漏らす。

 我ながら下手くそな料理だ。
 それでも嬉しそうに、早く食べたいと言わんばかりの表情を俺に向けてくるのは、見てて嬉しく思う。
 それに尻尾の揺れが一段と速くなる。ぶんぶんと、音を鳴らす。


「じゃあ、食べるか」
「うん、食べるっ!」


 床に直座り。
 そしてピッタリ横にメアリーは座る。
 少しもっさりとしたクリーム色の髪の上に付いてる三角形の耳は、感情を表してるのか、ピクピクと反応していた。

 そしてフォークを握るメアリー。小さい手をグーにして、彼女は四角形のフレンチトーストにフォークを突き刺す。
 ナイフもあった方がいいだろうか。そう思ったけど、そんな物は買っていない。


「食べにくいか?」


 そう聞くと、どうやって食べればいいのかわからないでいたメアリーは、ぶんぶんと顔を横に振って、勢いよくかぶりついた。
 牛乳や卵で浸して焼いたフレンチトースト。それにかぶりついたメアリーの顔面は、ベタベタに濡れている。


「やっぱり大きかったか……」


 ティッシュを持ってきてメアリーの顔を拭こうとした。だが、モグモグと頬を膨らませてフレンチトーストを頬張る彼女は、キラキラと水色の瞳を輝かせながら、


「おいしいー! おいしいよ、パパっ!」


 顔面がベタベタになるのもお構いなしといった感じで、メアリーはフレンチトーストを頬張り続ける。

 おいしい、おいしい、おいしい!

 一口食べるごとにそう言われ、俺は彼女の食べっぷりを少しの間だけ見守っていた。
 だけどフレンチトーストをすぐに食べ終えた彼女。満足は、していないように感じた。


「良かったら俺のも食べるか?」


 まだお腹一杯になってないのだろう。
 皿を押し出してそう伝えると、メアリーは首を左右に振る。


「う、ううん、それはパパのだから、いいっ!」
「でも、食べたいんだろ?」
「だ、だけど……ううん、駄目なのっ!」


 俺を見て、フレンチトーストを見て、俺を見て、首を振る。
 遠慮してるのだろう。だからメアリーのフォークを持って、フレンチトーストを半分に切っていく。


「ほら、それじゃあ半分っこだな」


 フォークを渡すと、メアリーは嬉しそうに明るい表情をする。
 そしてフォークでまたぶっ刺し、半分になったフレンチトーストを俺の口元へ差し出す。


「パパ、まだ食べてないの。はい、食べてっ!」
「あ、ああ、ありがとう」


 なぜか照れる。
 あーん、なんて初めてされたかもしれない。
 ただ半分に切った横側を向けられてるから、食べにくい。


「食べない、の?」


 うるうるした瞳で見つめないでくれ。
 それにメアリーの顔面がベタベタしてて、口元とか頬が少し光沢を帯びてる。
 このまま食べたら俺も……。そう思ったが、断ることはできない。

 俺は口を大きく開いて、差し出されたフレンチトーストにかぶりつく。

 我ながら美味しい。
 それに頬がベタベタする。
 だがメアリーは、俺が食べてるのを見て満足そうにしていた。


「ふふっ、良かったの」


 そして、フレンチトーストをガブガブ食べていく。


「美味しいか?」
「うん!」


 俺はメアリーを見ながら、自分のを食べていく。
 誰かに料理を作り食べてもらい、喜んでもらう。
 そんな初めての感覚は、嬉しい、だった。








 ♦







 食事を終えてから、メアリーはスマホに夢中だった。


「パパ、この小さい箱の中に人間がいる!」
「ああ、いるな。ほら、こうやったら少し大きくなるぞ」
「わわっ、本当だ! 不思議なの!」


 両手でスマホを握り、縦向きから横向きにして画面を広くさせて驚くのは、この世界でも、メアリーだけだろう。
 俺とメアリーはベッドに横になりながら、お笑いの動画なんかを見ていた。

 どこか出掛けようかとも思ったけど、さすがにメアリーの耳と尻尾を出しながら街中は歩けない。

 そして夜になると、俺はスマホを置いて立ち上がる。


「風呂でも沸かすか」


 ずっとシャワーだったが、たまには風呂もいいだろう。
 そう思って浴室へ。その後ろをメアリーが付いてくる。

 メアリーは俺に随分と打ち解けてくれた。まだ出会って一日しか経ってないんだが。
 それを言ったら俺もなんだが、メアリーといるとなぜか落ち着く。それはきっと、何をしても驚いてくれたり笑ってくれたりするからだろう。
 色々な反応を見せられて飽きないといった感じか。


「わー、水が勝手に出てる! パパは、魔法を使えるの!?」
「魔法じゃなくて蛇口だよ」
「じゃぐち?」


 蛇口をひねって浴槽にお湯を貯める。
 そんなことでも驚いてくれる。ということは、元の世界にはこういった機械はないのだろう。


「メアリー、魔法っていうのはどんな感じなんだ?」


 ふと、疑問に思った。
 だけどこの質問が失敗かもしれない。


「魔法は、凄いの……みんな使えて、凄い力なの」


 浴槽の中を覗き込んでいたメアリーの表情が暗くなったのに気付いた。
 メアリーはまだ魔法を使えない。アリシスはそう言っていた。それはきっと、メアリーの年齢の問題なのだろう。


「魔法を使いたいのか?」


 そう聞くと、コクリと彼女は頷いた。


「うん。もしメアリーが魔法を使えたら、みんなの力になれたの。みんなに迷惑かけなかったの。だから魔法、使いたいの……」
「そうか。でも、いつか使えるんだろ。だったらそれまで待てばいいんじゃないか?」
「そう、だけど」


 シュンとなるメアリー。

 まだ子供だけど、薄々は気付いていたのかもしれないな。メアリーの身が危ないと思って、アリシスらがこの世界へ避難させたことも、自分のことを周りの連中が守ろうとしてくれてたことも。
 それで彼女は魔法を使えたら力になれる。そう思ってるのかもしれない。


「ほら、風呂が沸くまで戻って動画でも見てよう」
「は、はいなの!」


 浴室から部屋へ戻ると、狐幼女のメアリーがトタトタと追いかけてくる。
 こういう生活も、少しだけ悪くないと思ってしまった。