両親が上京してくることになった。

結婚して後を継げと親から強いられている。お見合いの話もいくつかあるという。でも今はまだここで気ままな生活をしていたい。

それを避けるために考えてきた方策がある

。好きな人と同棲していることにする。いずれ結婚するつもりだと言えば、両親が反対するに決まっている。それで時間が稼げる。

良い相手が見つかればその人と結婚したい。今はその相手が絵里香だと思うようになってきている。

あれから彼女のことが気になってしかたがない。絵里香には正直言ってとても惹かれている。

あのどことなく憂いのある雰囲気が気になってしかたがない。

でもあれ以来会っていない。何かと理由をつけて会ってくれないからだ。会うのを避けているみたいだ。

絵里香ときちんと付き合ってみたい。その気持ちの方が強い。

これから何回も会っていればきっともっと気持ちを通じ合えると思っている。今は時間が必要だ。

それでもだめならあきらめるしかないが、やれるだけやってみたい。

こんな気持ちを残したままで、他の女性と見合いをしたり、結婚をしても良いことはないし。相手に失礼だ。ここは時間を稼ぐしかない。

「白石さん、お願いがあるんだけど、リビングダイニングに来てくれないか?」

「どうしたんですか?」

地味子がリビングに出てきた。相変わらずのださいトレーナースタイルだ。

「親父とお袋がこの週末にここに押しかけてくることになった」

「それがどうかしたのですか?」

「故郷へ帰って見合い結婚をして、実家の後を継げとうるさいんだ」

「私とは関係のない話ですが」

「俺がここを出ていくと白石さんもここを出ていかなければならなくなるぞ。それでもいいのか?」

「いつかはそうなるでしょうから、覚悟はできています。でも今すぐと言う話でもないでしょう」

「そのとおり。今、俺はその気がない。好きな娘ができたんだ。だから時間が必要なんだ」

「ちゃんと付き合っているんですか?」

「何で俺が君に彼女との関係を説明しなければならないんだ」

「私にお願いってなんですか?」

「彼女の代わりに俺の恋人になって両親に会ってもらいたいんだ」

「本人に頼めばいいじゃないですか」

「頼めるくらいなら君に頼んだりしないだろう」

「ほかに何人も恋人の役を引き受けてくれる人がいるじゃないですか? あの恵理さんに頼んだらどうですか?」

「恵理に頼んで本気になったらどうする。後始末がもっと大変だ」

「私なら、後始末は簡単だとおっしゃるんですか?」

「もともと恋愛関係にはならないと賃貸雇用契約書に書いてある」

「確かに書いてあります」

「衣服や準備にかかる費用は俺がすべて負担する」

「私ならお金で済むと言う訳ですか?」

「契約の範囲内だと思うけど、時給は10倍出してもいいから、どうしても引き受けてくれないか?」

「引き受けた後はもっと難しいことになるかもしれませんが、良いのですか?」

「どういう意味だ? 俺の恋人になりたいのか?」

「いいえ、私よりもあなたの問題です」

「お引き受けする前に聞いておきたいのですが、あなたはその人のことをどう思っているのですか?」

「本当は俺にもよく分からないんだ。でも彼女にとても惹かれるんだ。初めての経験だから何といってよいか分からない」

「気持ちが固まっているわけではないんですか?」

「よく分からないんだ。だから時間が欲しい」

「時間稼ぎのためですか?」

「親に恋人と同棲しているところを見せると少なくとも見合いはあきらめるだろう。今はそんな気にはなれない。時間稼ぎと言えばそうかもしれない」

「私はどうすればいいんですか?」

「両親は俺の好みを知っている。俺の好みの服装、髪形などをそれらしくしてほしい。きっと信じる」

「両親はいつここへいらっしゃるんですか?」

「土曜日の3時に来ると言っている。そしてここに泊まりたいと言っている」

「ここに泊まるんですか?」

「そうだ」

「私との同居を言っていないのですか?」

「言う訳ないだろう」

「じゃあ、私はどうすればいいのですか?」

「両親は俺の部屋に泊める。ダブルベッドだから二人でも寝られるし、俺が来る前はそうしていたらしい」

「あなたはどうするんですか」

「ソファーでもいいが、それはまずい、恋人と一緒に住んでいるということにしたいから、君の部屋に泊めてくれ」

「困ります」

「頼むよ、誓って何もしないから」

「少し考えさせてください」

地味子は自分の部屋に入って行った。

俺はこの提案を引き受けてもらおうと必死だった。それだけ絵里香に惹かれていることに気が付いた。

コーヒーでも飲もうとコーヒーメーカーをセットする。こういう時はコーヒーを飲んで落ち着くのが一番だ。

小一時間ほどして地味子が部屋から出てきた。部屋に入った時とは違って何かふっきれたようすだった。

「お引き受けします。土曜日の午前中に一緒に出掛けてあなたの気に入った服を買って下さい。帰ってから準備します」

「ありがとう」

「これはあなたの責任ですることです。これだけは承知しておいてください」

それを聞いて安心した。これで絵里香と付き合う時間が確保できたと思った。

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土曜日の9時に母親から電話が入った。これから新幹線で出かけるという。着くのは3時頃だと言う。

それを聞いて二人で今日の服装のためにショッピングに出かけた。

俺は以前に絵里香が着ていたようなシックなワンピースを選んだ。

地味子と絵里香は身長も体つきも似ている。費用は俺が支払った。

それから絵里香がしていたような髪形を説明して同じ髪形にしてくれるように頼んだ。

地味子は髪をカットして帰るというので、お金を渡して、俺は一人でマンションに戻った。

12時前に地味子が戻ってきた。

「お昼は何か召し上がりましたか?」

「いや、余り食欲がない」

「サンドイッチを買って来ました。一緒に食べませんか?」

「ああ、一切れもらうとするか? コーヒーを入れてあげよう」

「ありがとうございます」

サンドイッチを一切れ口に入れる。緊張しているのか、あまり食べる気にならない。

「それで、これからのことだけど、両親が3時ごろに来るから、これから準備をして、俺が呼ぶまで自分の部屋にいてほしい。両親に事前の説明を終えてから、君を紹介するから、恋人の振りをしてくれていればいい。特段、話もしなくていい。すべて俺が話す。いいね」

「分かりました」

「ああ、それからメガネは外してね。それからお化粧もしっかりしてね、頼むよ。成否は白石さんにかかっているから」

「分かっています」

地味子は準備のために部屋に戻った。

そういえば、俺はメガネを外した地味子の顔を一度も見たことがなかった。