「……もう行こうよ」

 短く息を吐き、皮肉は無視して晄汰郎に近づく。

 もうとっくに顔の横から下ろされていた彼の両手は、代わりに体の脇でだらんと力なくぶら下がっているだけだった。

 鍵に手を伸ばすと、仕方なく、といったふうに晄汰郎が鍵を開けて体をよけた。ガラガラと戸を引いてくれるのは、ここまで強引に連れてきた、せめてものお詫びだろうか。

「……とりあえず、行こ」

 そう言って私は教室への廊下を引き返す。

 ……どうしてこうなったんだろう。

 足を止めて振り返ってみても、けれどそこには、すぐ後ろをついてきているはずの晄汰郎の姿は見えない。

 どうせ同じ授業を受けるのにサボるつもりなんだろうか。坊主でゴリラのくせに。そんな度胸もないくせに。

 だから嫌なんだ。夜行遠足も、お守りも、月曜日も、恋とかいう目には見えない不確かな感情に振り回されるのも、全部、全部。


 別棟から二年生の階の廊下に戻ると、他クラスの男女五人グループが窓のそばで声を上げて笑っていた。彼らが見ているのは、なぜか人っ子ひとりいないグラウンドだ。

 彼らのポンポン飛び交う会話を聞くに、どうやらクラスメイトの男子が後輩女子に本命お守りをもらったらしく、偶然居合わせた彼らが、その一部始終を目撃したらしい。