まるで、何も見ていません、何もありませんでしたというような、徹底した振る舞い。いっそ清々しいとさえ感じてしまうのは、一体どういうことなんだろうか。

「おい、晄汰郎! 覚えてなさいよ!」

 ガシャンとフェンスを掴んだ私は、たまらず中腰姿勢でノックを待つ晄汰郎の背中に声を張り上げた。

 今さっきの真顔からは、晄汰郎の真意は読み取れない。でも、しっかり目が合っておきながらその態度はないんじゃないの?と、再び怒り心頭の火がついた。

「ねえ、聞いてんの⁉」
「練習の邪魔。用がないなら帰れよ」
「なっ!」

 けれど晄汰郎は振り向きもせずにそう言い、中腰姿勢でノックを待ち続ける。後ろから見たらゴリラが腕をぶらんとさせて立っているような格好なのに、それがとても様になって見えるから、本当に腹が立つ。

「ちょっと! なによ、その言い方!」
「うるさい。帰れ」
「ほんっと腹立つ!」

 いーっと歯を剥き、私はめいいっぱい顔をしかめてやる。きっとひどい顔になっているだろうけど、どうせ晄汰郎も見ていないんだから、もうどうにでもなれという気分だ。